スパナを右手に構え、目の前の鉄の塊に取り組んでいた私は、ネジを締めたところでひとつ息を吐く。
「隊長ー、終わったよー」
「おー、じゃあ休憩しとけ」
「はーい」
右手を上げて、元気に返事をした私に、周囲から笑い声がかけられるのにも慣れた。変人と呼ばれていたのは昔からだし、変わるつもりも変えるつもりもない。
スパナを腰にはさみ、作業していた場所を離れ、風の吹いてくる方向を目指す。目指す先に岩場があるのはよく知っていて、いつもはそこで仲間と休憩するわけなのだが。
「あれ?」
「お、アンタが桜夜か?」
見たことのない左目に眼帯をした大男がそこに座っていた。でも、向こうは私を知っているらしい。後ろを振り返ると、見知った仲間が悪戯そうな笑いを浮かべている。ということは、仲間に取ってよく知っている人間で、私だけが知らないだけで。あの笑いには危害を加えそうな様子が見られないから、心配はないということだ。
「そうですよー。ご一緒してもいいデスかー?」
近づくまでに納得して、私はごく自然に彼の隣に腰を下ろした。了承を取るつもりは全くない。だって、ここからだと作業場所がよく見えるからだ。作業していたのは大きな船に城と大砲がついた嘘見たいな乗り物だが、やりがいはある。
腰に付けていたサブバッグから、チャックを開けて、握り飯と竹筒を取り出す。握り飯は世話になっている家でもらったもので、水は自分で蒸留したものだ。男の存在を無視して、大口を開けて握り飯を口にする。
「便利そうだな、それ」
声をかけられたことで、私は握り飯を咥えたまま、男を見る。答えずに、バクバクと一つ目を咀嚼し、飲み込んでからにっこりと笑う。
「あげませんよー」
便利というからにはおそらくサブバッグのことだろう。
「どこで手に入れたんだ?」
「さー? 兄が持ってたお下がりなんで、知りませんよー」
営業スマイル全開で答えながら、二つ目の握り飯を口にする。それから、私はようやく男を観察した。身体的特徴からは技術屋とは思えない。それに紫の服に大きな碇っぽいのは武器、だよね。でなきゃ、そんなものを普通に持ち歩くのは変人でしかない。
「最近入った新入りってのは、桜夜、アンタだろ?」
「そうかもネー」
「なんで、自分の組織の頭に挨拶にいかねぇんだ?」
水筒から水をごくんと飲み下してから、私は真っ直ぐに男に向き直った。食事はこれで終わりだ。
「たかが下っ端の分際で、組織のトップに挨拶なんて出来るわけないでしょーが」
隊長とは縁あって、親しくしているし、その縁でここにいるのは確かだ。だが、その程度で一番上にまで挨拶するなんて面倒過ぎる。
「ここは素性を問わない自由な組織なんデショ」
私がいうと、彼は口角を上げてニヤリと笑った。
「ああ、その通りだ」
だからこそ、私のような得体のしれないものでも入れてくれるわけだ。
そう、私はどうやら実験の失敗で、並行世界の戦国時代みたいな場所に飛ばされたらしい。それが一ヶ月前で、色々あって今は隊長の家に厄介になっている。
あ、この世界では私のようにベリーショートの女というのは稀らしくて、胸さえ隠せば男と言っても疑われない。だから、身の安全というのも考えて、一応仕事中は男で通してる。まあ、ばれてるかもだけど、言い寄られたり、襲われなければ、基本的にスルーだ。
元の世界ではちっさい企業でSE的なことをしていたが、何分ちっさい企業なもんで、パソコンの組立は出来て当然、インフラなんかも慣れた。
趣味でもともと機械いじりもしてたし、男と対する時に自分が女かどうかなんて気にしたことはない。そんなことよりもパソコン組んで、ソフト作ったり実験したりのほうが性に合う理系女子だ。……まあ、20代後半で今更女子とか乙女とか主張する気はさらさらないけどな。
立ち上がり、両腕を上に高く突き上げる。
「どうした?」
こちらを楽しげに見ている男を振り返る。
「ずっと同じ姿勢で疲れたんでねー。ちょっと運動しようかなーって」
ぐるぐると両腕を回したり、腕の筋を伸ばしたり、屈伸を数回したあとで、右半身に構える。小さい頃から護身術として習っている合気道は、ここに来てからかなり実戦的に鍛えられた。だが、本物の戦場に出たことは一度もないし、出る気もない。運動が得意ということはなかったけれど、この奇妙な世界に迷いこんでからは少しばかり丈夫になったと思う。
「相手してやろうか」
意外な言葉に目を見開き、次いで私は笑いながら答えた。
「あはは、いらないいらないー。だって、白兵戦する気はないし、私はただの技術屋だよー?」
技術屋が前線に出たら、どんな抵抗も無駄でしょうが。というと、少しの間呆けていた男は、だが真面目な顔で私を見てきた。
「アンタが女だと報告を受けているが、何故女の身で長宗我部軍に入る気になったんだ?」
戦う気がないのに何故、と問われて、私は柔らかく笑った。
「戦に興味はないけど、機械いじりは好きなんでねー。もっとも専門はソフトだし、船なんて作ったことはないけどー」
あれ、と先程まで自分が触っていた鉄の塊を指し、ニヤリと笑う。そんな私を男は不思議そうに見ている。好奇の目には慣れている方だが、気にしないわけじゃない。
最初にこの世界で出会ったのがここの隊長で、その人にも奇異の目で見られた。まあ、かなりのお人好しで、衣食住を提供してくれたばかりが、仕事まで斡旋してくれたわけだが。
「そふと?」
「あーでも、こんな船動かすようなソフトは作ったことないし、一から勉強しないとだめかなー」
それはそれで面白そうだと小さく笑う。
「桜夜は船を動かしたいのか?」
「動くところは見たいけど、動かしたくはないなー。だって、あの上に乗るんでしょー?」
あの、と船の上になぜかある城を指す。
「見晴らしが良すぎて、足がすくんじゃいますよー」
肩を竦めてみせると、男は笑い出す。
「はははっ、そうか!」
「そうですー」
じゃあと持ち場に戻ろうとした私の背に男の声がかかる。
「松川桜夜、お前を正式に雇ってやる。後で、俺の部屋まで誰かに連れてきてもらえ」
「そりゃ、どうも……」
答えてから振り返ると、既に男は私に背を向けていて。あの格好に、最後の雇ってやるという言葉を繋げると。
「……たいちょー」
「おー、よかったなー、桜夜」
持ち場に戻ろうとしたが、その前に私たちを囲んでいた野次馬から隊長が出てきて、乱暴に私の頭を撫でた。
「これでお前も正式な長宗我部軍だ」
「軍属なんて、面倒ー」
「こら、桜夜、面倒とか絶対アニキに言うんじゃねぇぞ」
「アニキ?」
「さっき桜夜と話していたのが長宗我部元親様だが、俺達は信頼を込めて、アニキって呼んでんだ」
「……理解出来ない世界だなー」
言ったとたんに隊長の重い拳が降ってきて、私は頭を抱えてしゃがみ込む。
「ってぇっ!」
「そのうちお前にもわかる日が来る。ま、その前に契約か。雇うのにわざわざ呼び出すってことは、まだなにかあるんだろうな」
「げ」
「お兄様が一緒に行ってやるから、感謝しろよー?」
行きたくなくなってきたと呟く私は、隊長に引きづられるままにどこかへ連れて行かれたのだった。
奥州ばっかり書いていたので、ちょっとアニキ話を書いてみたくなっただけです。
理系女子で、バイク乗りのヒロインは後に奥州に行って、馬イクの整備をします(え
(2011/09/03)
なんとなく追加。
最初にヒロインを拾った兄ちゃんが隊長。
このまま続きも書けそうな気がしてきた。
(2011/12/28)
そういえばメインで公開してなかった←
(2012/04/20)
デフォルト名変更。
(2013/9/5)