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書名:Routes
章名:読切

話名:Routes -x- risato - 新水


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.3.10
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2171 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚

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 マヒロ、と彼女は僕を呼ぶ。

「マヒロ」
 小さく掠れる声は、耳に届いていたけれど、振り返りはしない。

「ねぇ、みて。マヒロ」
 後ろには何もいないと、自分に言い聞かせる。振りかえってもガッカリするだけだ。強く握り締めた手の平は汗でじっとりと濡れている。そう、感じる。

 音のしない風が正面に周って来ることに気がついて、瞳も閉じた。ペタペタと軽い足音は隣を通りすぎて、今頃目の前にいる。

「私を見て、マヒロ?」
 幻覚が記憶までも呼び覚ます。赤茶けたピカピカ光る髪の恐ろしいほどに白い肌の女性は、僕の前でくるりと回転して見せている。たぶん、赤いフレアなスカートのひだが、風に流れて花が開くようになっている。

 でも、僕はそれを見てはいなかった。

「きれい? きれい?」
 無邪気な彼女は、大きな土色の瞳に星を散りばめて、囁く。

 でも、本当はここにそんな女性はいない。

「ねぇ、キミはシアワセかい?」
 不自然に動いていた風が一時、留まる。そして、笑い出す。

「他人の姿で愛されることが、キミのシアワセ?」
 笑い声はだんだんと下品になり、彼女とは似ても似つかなくなってくる。

「シアワセだって? が、シアワセだったんだろう
 不快な声は、ようやく、彼女のものを作らなくなる。それでも、僕は目を開けるわけにはいかない。

「ああ」
 そこにいるのが彼女でないとわかっていても、僕はきっと躊躇してしまうから。

「だから、彼女を汚すことは」
 幸いにも、声で居場所は割れている。

「何人たりとも」
 軽く振った剣にずぶりと肉の感触が伝わってくる。

 ずぶり。固さに顔を顰め、両手を持って、抉る。

 不快な感触が、伝わってくる。

「許さない」
 断末魔の叫びを聞いて、ようやく僕は目をあけた。そこにあるのは、ただの肉片だ。彼女を形作っていたものが、だんだんと異形へと変化してゆく。

 踵を返し、僕は階段に足を掛けた。

「真行寺!!」
 暗い部屋に白い光が差しこんで来て、その方向をみていた僕は一度、目を閉じた。光源は階段上の扉。開けたのはひとりの女性だ。細めた視線の先でそれを確認して、わずかに微笑む。そう。彼女に気がつかれない様に、ホッとしたため息を漏らした。

「うーわ、なにここ! 臭いよ?」
「倒したばかりだから」
「どーりで…」
 急く心を落ちつかせて、一段ずつ登る階段はやけに長い。

「もー探したよ? 行く先ぐらい誰かに言ってってよね!!」
 光に溶けてしまいそうな輝きの中で、彼女はかなりご立腹の様子。

 高いところで一つに結わえた深い藍の髪が、自然の風で押し流されている。着ているのは、自分で切り裂いたみたいなジーンズ生地の短いズボンに、肩の広く開いたシャツだ。その下にもキャミソールを着ていて、肩紐がかかっている。大理石のように白い肌には、かすり傷一つない。

「だいたいさ、なんでひとりで勝手になんでもかんでもやるわけ?

 いくら、ディニーとかラドニアとかが二日酔いで寝てるからってさー!」
 仲間なんだから、あいつらも使いなよ。と、けっこう酷いことを言う。

 扉を出てから、急に彼女が顔を顰めた。

「うわ…っ」
 視線は自分の体に注がれている。光の中で見ると、けっこう凄惨な姿だ。どす黒い赤い絵の具が体中に跳ねている。これが鮮烈な赤なら殺人犯といわれるかもしれない。

「水…つか、お湯がいい? てゆーか、はやく洗った方がいいよ。それ」
 顔を顰めながら、距離を取る。おそらく、僕の上に水でも呼び出すつもりだろう。

 彼女がなにか魔法的な言葉を言い終えると同時に、その腕を引いて引き寄せる。

 直後に盥をひっくり返したかのような水が降って来て、目を閉じる。

「ぎゃーっ 濡れるーってか、濡れたー!!」
「リサトも巻き添えです」
「真行寺の馬鹿ー!」
「あはは」
 濡れてまとわりついて気持ち悪いという彼女の髪を持つと、ずしりと普段よりも重さが増えている。もっとも下ろすと腰に届く長さだ。そうでないほうがおかしい。

「せっかく、神殿でお風呂もらってきたばっかりなのにー」
 濡れた髪は普段よりもその艶を増し、否応にも彼女の女性らしさを増している。

「真行寺?」
「…すいません、少しだけ…」
 背中に手を回して、強く抱く手に力をこめる。すっかり収まってしまう体は小さい、けれど暖かい。

 彼女とは違う、リサト。生きている、人。

 想い出は甘く、辛い。けれど手放すわけにもいかない。彼女はもう、僕の中にしか生きていないのだから。

 リサトは軽いため息を吐き出して、腕を伸ばして抱きしめかえしてきた。

「大丈夫? 具合悪い?」
 純真な少女。たぶん、生きている人間の中で、僕が一番大切なキミ。

「そうじゃないですけど、ええ」
 手を離して、顔を合わせる。

「元気、いただきました」
 軽く薄い桜色の口唇を塞いで、歩いて逃げ出す。歩きながら、重いマントを脱いで絞ると、ボタボタと吸いこんだ水が廊下に弾けた。

 吸い過ぎた想い出は、他の水で埋まるだろうか。

「~~~~~真行寺ー!!」
 怒って、叫んで、走ってくる姿を思いながら、その場所を出た。

「そーゆー悪ふざけは許さないっていったでしょ!?」
 半分はいつものおふざけだけど、半分はリサトが愛しいから。

 そう言ってキミは信じるかな。



 僕をリサトという水で満たしてください。