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書名:Routes -1- rinka -
章名:素直になれない10のお題&溺愛10題

話名:1#奥歯を噛んで


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.10.16
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3320 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
「素直になれない10のお題」より


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p.1

 俺を育ててくれたアルバは拳闘士だった。それもただの拳闘士じゃない。魔剣使いや剣術使いにも負けない、最強の拳闘士だ。

 憧れた俺は自然と男言葉になり、利便性や機能性を考えても女の服を着ることなどなかった。あんなヒラヒラしたもん着てたら、蹴り一つ満足にできねぇ。

「リーンーちゃんっ」
「げ」
 いつものようにこっそりと城を抜けだそうとしていた俺は、姫の姿を認めて渋面した。彼女に会うと碌な事がない。

「そろそろディルとのお茶会でしょ。さ、準備しましょうね~っ」
「嫌だっ」
 逃げ出そうとした俺の足元をふわりと風が渦巻く。俺はそれを踏み越えようとして。

「ぶっ」
 無様に転ばされた。振り返ると、犯人は不敵な笑顔で、扇子のように広げた札を閃かせている。

(バク)
 姫が力ある言葉を言うと同時に、その札が一枚消えて。代わりに空中へ突如出現した光沢のある白い布に、俺はあっという間にぐるぐる巻きにされてしまった。

「観念して、私に着せ替えられなさい、リンちゃん」
 悔しいが、俺は女に手は出さない主義だ。涙目で睨みつけたが、姫には「あら可愛い」と頭をなでられてしまった。

 少しだけ、俺はどきりとした。姫のちょっとした優しさに、俺はどうしたらいいかわからなくなるんだ。だって、姫はとっても綺麗で優しくて、その上ディルが大好きで。それなのに、俺みたいなのがディルの婚約者に収まってしまって。

 どうして、ディルも姫も俺に、こんなに優しいんだろう。

「ほら、急がないとディルが来ちゃうわよ~」
 ただ二人共どうしてこう人のことを玩具にしたがるのか。

「い、嫌だっ!」
「さ、行きましょ~、(ゆう)
 ふわりと体が浮かんだと思えば、姫はしっかりと俺を縛った白い布の一端を握っている。その手元はいつの間にやら、可愛らしいリボン結びだ。

「いーやーだーっ」
 俺が無駄なあがきをしている間にいつもならそのまま衣装部屋へと連行されてしまうのだが。

「あら、今日はもう公務終わり?」
 姫の朗らかながらもタイムリミットを告げる言葉に、俺はがくりと全身の力を抜いて、目を閉じた。どうやら、今日の脱出は失敗らしい。

 王侯貴族の嗜みなどといって、毎日毎日催されるお茶会は、俺にとっては窮屈なお仕着せと退屈で面倒なイベントでしか無い。そのメンバーがよく知るものだけであったとしても、ディルと姫は俺をからかって遊ぶし。勘弁して欲しい。

 ディルを見つけた普段の姫なら迷わず走りよっていくのに、今日はなかなか移動しないことに不思議に思った俺は目を開けた。

 そこに飛び込んできたのは。

「…誰だ?」
「アメリア。アメリア=リゼ=ドルブ。ディルの国外にいた婚約者ね」
 黒くて長い真っ直ぐな髪の女性は、頭の上で円を描くような髪型をしていて、着ているドレスは一発で上物と分る紫のベルベッドだ。薄紫のレースをあしらうそれは、彼女にとても良く似合っている。涼し気な目元にわずかに惹かれた赤のライン。ほんのりと頬を彩る紅色は、きっと化粧ではなく素のものだ。そして、瑞々しい紅の惹かれた唇がディルに何かをささやき、俺を見て、彼女が嘲笑った気がした。

 姫の気が逸れて、緩んだ戒めから俺は駆け出す。

「リンちゃんっ」
「リンカっ!」
 姫とディルの声が聞こえたけれど、俺は廊下の角を曲がったところで、手近な部屋に飛び込んだ。俺はそこが衣装部屋であることは知っていたし、そこから出られないこともわかっていた。でも、どうしても今はディルに会いたくなかった。

 俺はどんなに着飾ったところで俺でしかなくて、あんな綺麗な女にはなれるはずもない。ディルの隣に自分がふさわしくないことなんて、とっくにわかっていたんだ。

 なのに、なんで今こんなに、奥歯を噛むほど苦しいんだ。

「リンカ」
 部屋の戸を叩く音とディルの声に、俺はビクリと身を震わせ、部屋の奥へと隠れるために進んだ。

 ドアが開けられ、ほんの少しだけ廊下の空気が流れ込んで、すぐに閉じられた。

「リンカ、どうしたんですか?」
 隠れている俺のいる場所まで迷いなく歩いてくるディルの声に、俺はなんとか隠れようと躍起になって、そこらじゅうのドレスを片っ端から自分の後ろへとなぎ倒して、逃げて。

 部屋の隅まで来てしまった。

「もう追いかけっこは終わりですか、リンカ」
 散らばるドレスをものともしないディルは、相変わらず呼吸するように魔法でドレスを片付けてゆく。

 そうして、俺の前に立って、俺を見下ろすディルは、相変わらずの王子然としていて余裕げで。長い金の髪をさらりと揺らして、楽しげに碧眼を煌めかせている。

 こういう時、俺はディルに遊ばれている気がするのが常なんだけど、今の俺にはそれがどうしようもなく苦しい。

「仕事は」
「先程終えたところです」
「さっきの女はいいのかよ」
「さっきの?」
「…アメリアとかって、姫が言ってた。元はディルの婚約者だって」
 俺は顔をそむけていたから、ディルがどんな顔をしていたのか知らない。でも、からかいの空気は消えてなくて。

「ああ…ヤキモチですか」
「…んなんじゃ、ねぇ」
「リンカ?」
 こんなんじゃ、駄目だ。ディルは、王子はこんな風にしたって、納得しない。俺はやっぱりダメなんだって、ディルの隣になんて立てないって、ちゃんと伝えなきゃいけないのに。

「どうしたんですか、リンカ」
 俺は自分に伸ばされたディルの手を反射的にはねのけていた。しまったと思ったけれど、取り繕って作り笑顔を向ける。

「やきもちなんて焼くわけねぇだろ。そもそも、俺と王子は身分違いも甚だしいじゃねぇか。今の状況がおかしいんだ」
「…リンカ?」
「なあ、もういいだろ、 王子。俺を 帰らせてくれ。騙した分なら、もう十分すぎるぐらい支払っただろ」
 俺が笑いながらディルに言うと、ディルはそれまでの表情を消して、鋭く俺を睨んでくる。

「何を言ってるんだ、リンカ」
 でも、そんなものは裏稼業で生きてきた俺には生温い。ただ、その奥にある寂しさが垣間見えることだけが、辛い。

 たぶん、俺はディルに近づきすぎた。だから、こんなにも今胸が痛い。それを見せる気はないけど。

「婚約者「役」なら、俺じゃなくてもいいだろ。姫でも、さっきのアメリアって女でもいいじゃねぇか。ーーアンタに似合いだよ」
 言った瞬間、俺はディルに腕を捕まえられ、引き寄せられていた。

「リンカ、言っていい冗談と悪い冗談があるぞ」
「冗談なんかじゃねぇ、離せよ、 王子
 俺がわざと「王子」と呼んでいるのは、ディルに自分の立場を知らせるためだ。だけど、ディルは苛立たしげに舌打ちして、俺を強く抱きしめる。

「まだわかってないのか」
「何をだよ」
 俺が苛立たしげに問い返すと、ディルはわざと耳元で囁いてくる。俺がそれに弱いと知っているからだ。

「俺はリンカがいい」
「っ」
「他の女なんかどうでもいい。リンカしかいらない」
 ぞくりと背筋を駆けあがる何かに、俺は怯えた。

「っ、離せよ…っ」
 でも、ディルの腕は全然緩まなくて、俺の耳元でことさらに低く囁く。

「まだ信じてなかったとは思わなかった。そんなに俺が信じられないっていうなら、このまま閉じ込めて、わからせてやってもいいんだぞ」
「…ぁ…」
 ディルの息が首筋にかかり、俺は思いがけなく自分の口から零れた声に、目を見開く。な、なんて、声だ。

 少しだけ腕を緩めたディルが俺を見下ろし、柔らかく微笑む。

「冗談っていうのは、こういう風に使うんです。さっきみたいなことをもう一度口にしたら、本当に閉じ込めますからね」
 笑っているけれど、その目はどう見ても笑っていなくて、俺は視線を彷徨わせることもできずに必死に頷く他なかった。そうしなけれど、本気で閉じ込められて、わかるまで何をされるのやらわからないからだ。

「それで、さっきのは冗談なんですよね、リンカ?」
「…はい」
「よろしい」
 不意打ちのように額に口付けられ、俺は顔を赤くして俯いていたから、やっぱりディルがどんな顔をしていたか知らない。でも、覗き見ていた姫から後日聞いた話によると、それはそれは甘い笑顔で笑っていたのだとか。

あとがき

「素直になれない10のお題」より
裏的に「溺愛10のお題より1#猫かわいがり」も含めたら、甘くなった。
でも、リンカらしいからいいかなぁ。


ちなみに、姫の札はパワーアップしてます。
魔法が効きにくいリンカを捕獲するための、王子の策だったりw


何か最近「萌え」が足りない気分なので、糖分を求めて書いてみました。
一応、さくっと終わらせたいです。
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(2012/10/16)