甘くて高そうな菓子類に、香り高い紅茶(たぶん、高級品)、それからとびきり甘い空気を醸し出す男の隣に座らされながら、俺はこれ以上ないほど甘やかされている。素直にそれを受け入れられれば楽なのかもしれないが、これまでの人生でされたことのないことばかりで、俺にはどう対応していいやらわからない。
普段ならそれだけのお茶会なのだが、今日は目の前に隣の男ーーディルの元婚約者が二人もそろっているのだ。片方は顔見知りとはいえ、この状況は非常にいただけない。
「リンカ、あ~ん」
俺がジト目で睨みつけるが、ディルは嬉しそうに頬を染めるだけで効果がない。
「噂には聞いてましたけど」
つい先程、俺が全力でディルから逃亡したのを見ていた元婚約者であるという、アメリア姫は呆れた様子だ。彼女にはお茶会の開始時に丁寧に自己紹介を受けたが、今回は特使として来城しているということだ。
「かっわいいでしょ~ぉ」
なぜか自慢気な姫を見て、アメリア姫は温く笑う。
「ええ、まあ、それもそうだけど。まさか、ディルがこんな風になってるだなんて、報告を聞いたときは目を疑ったわよ」
私たちに対しては欠片も動かなかったくせにね、とディルに意地悪く笑う姿も、アメリア姫は様になっている。
「私なんて、リンちゃんを見つけてすぐ、ディルに突き落とされたのよっ。絨毯の上だったけど」
「まあ、それはいつものことですけど」
姫の言う突き落とされたは、出会った当初の姫が幽閉されていた塔でのことだろう。あの時に姫も慣れているとは言っていたけど、俺はてっきり冗談だと思っていた。だが、アメリア姫まで同意するなんて。
「ねえ、ディル、そのお嬢さんがそうだとして、本当に解消してもいいの? 政略上の婚約だったし、私は別に形だけでも構わないのよ?」
ほんのりと頬を染めながらアメリア姫が囁きかけるが、ディルは俺の口にクッキーを入れようとして、まったく聞いちゃいない。
「リンカ、あ~ん。ほら、いつもやってるみたいに」
「誰がいつやったんだよっ!」
反射的に怒鳴り返してしまった俺は、慌てて我に返った。城に来てからなんとか直そうとしているが、口調だけはなかなか治らないから黙っていたっていうのに。
怒鳴らせた張本人は腹を抱えて、くつくつと大笑いしている。確信犯かっ。
恐る恐るアメリア姫をみるが、様子は先ほどと全く変わらないどころか、え、なんでこの人姫みたいに頬染めて笑ってんの。
「アメリアの前で取り繕う必要はないよ、リンカ」
「は?」
「僕には五人の婚約者がいたけど、彼女たちとは僕が女神を見つけたら、婚約解消することを最初から誓約書に書かせている」
だから、と言いつつ、ディルは自分の膝に俺の腰を抱いて引き寄せた。
「うわっ」
バランスを崩した俺は、王子の膝に抱きつくような体勢で座らされ。
「政略でもなんでも、リンカを見つけた今は他の女なんかいらないんだ、アメリア」
その上、額にキスをされた。
「っ、ディルっ!!」
人前でするのは嫌だと何度言っても聞きやしないディルを殴ろうとするが、慣れてきたのか俺はしっかりとその腕に抱き込まれて身動きが取れない。
「愛されてるわねぇ、リンカさん」
「気の毒なぐらいね」
姫が深い同情を込めた目で俺を見るのは、このやり取りさえも見慣れているせいだ。最初は助けてくれたのに、今ではそういうものと割り切ってしまっているようなのだ。
「大丈夫なの、あれ」
「時々辛そうだけど、まあ…」
姫がその先を続けずに、また俺を見る。まあ、の続きはなんだ。
「何を言ってるんだ、姫。この僕にこれだけ愛されて、辛いはずないだろう。ね、リンカ?」
ディルの腕が緩められたかと思うと、俺の顎を掴んでじっと見下ろしてくる。
辛いか辛くないかと言われたら、今はかなり逃げ出したい。でも、そんな風にディルから逃げたくはない。
「リンカ?」
だって、ほら、こんな捨てられた犬みたいな目で見られたら、俺は逆らえない。
「つ、辛くなんかない、ぞ」
逃げたくはなるけど。
俺が言わないでおいた言葉は考えないことにしたのか、そもそも考えるつもりがないのか、ディルは感極まった様子で。
「リンカ…っ」
俺の口に触れるだけのキスをした。
一瞬、俺は何が起きたのかわからなくて、頭が真っ白になった。それから、羞恥で体温が上がり、思わず握りしめた拳が震える。
「~~~、人前で、するなっつってんだろーがっ!」
思い切り俺がディルの顔を殴り飛ばしたのは、当然だろう。でも、ディルは床に転がったまま、嬉しそうに笑っている。
「リンカが可愛いのがいけない」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃ…っ」
仁王立ちで反論しようとした俺に、背後というよりすぐ近くの耳元で囁く声がした。
「リ、ン、ちゃ、んっ」
「ひっ」
こういう声の姫はすごく恐ろしいので、思わずそれが声に出た。
「確かにこれまでに無いタイプね」
逆に顔を向けさせられたのは、アメリア姫に顎を掴まれたからだ。今、首で異音がしたんだけど。
それに、なんか、あの、ディルから殺気が…。
「リンカさんは拳闘士としても相当なんでしょう? それなら今度うちで」
アメリア姫が最後まで言い終える前に、俺はディルの元に引き寄せられていた。言われるまでもなく、魔法の力でだ。
「リンカはどこへもやらないぞ」
「ディルっ!」
「リンカを僕から奪おうというのなら、たとえアメリア、貴女でもーー」
不穏な言葉を口にしそうなディルの口を、俺は慌てて両手で塞いだ。
「ななな、何言ってんだっ! だから、そういう言葉は口にしちゃダメなんだって、言ってんだろうがっ!」
特に、ディルのような魔力の高い人間が使う言葉は、シャレにならない事態を引き起こしやすいのだ。本人にその意志がなくても、時々それは力を持ってしまう。
なにやらフゴフゴ言っているディルは置いておいて。
「アメリア姫、俺はディルの婚約者である前に、護衛なんだ。なんの申し出かわからないけど、遠慮させていただくよ」
城に来て、俺達の関係は多少変わったが、最初の護衛契約はまだ続行しているままだ。だから、ディルから離れるつもりはないと言おうとした俺は、アメリア姫の次の言葉で迷った。
「あら、相当強いって言うから、今度のうちの武闘大会に出るか聞いてみようとしただけなのに、残念ねぇ」
アメリアはドルブ共和国の王女だ。そして、ドルブの武闘大会といえば、世界中の猛者が集まるというあの有名は世界大会で。俺を育ててくれたアルバはそこで何度も優勝していて。
「…リンカ?」
「…い、いかねぇ、よ。俺は…仕事、だし」
そう、仕事が、ある。ディルを守るっていう大切な仕事が。
ああ、でも、出れなくてもいいから、一度見てみたいなぁ。まだ一度も見たことないし。
迷いまくっている俺の頭を、ディルが急に優しく叩いた。
「行きたいんだよね?」
「い、行きたくなんか…」
行きたいに決まってる。でも、そんなことを言ったら、ディルが困る。俺だって、自分が未だに刻龍の頭領である紅竜に狙われている自覚ぐらいあるんだ。
俺は頭をブンブンと横に振ってから、無理矢理に笑った。
「今はいいんだ。ーーそんなのより、カークと手合せするほうがおもしれーし」
立ち上がって、俺がディルに手を差し出すと、ディルは俺の手を借りずに立ち上がって、俺を強く抱きしめてきた。
「…ったく、少しぐらいワガママを言ってくれ…」
俺にだけ聞こえるように囁かれた言葉は、優しさに満ちていて。俺は小さく首を振って、ただディルを抱きしめ返した。
裏的に「溺愛10のお題より#2#上目遣い」
スキンシップ過多の王子に、リンカはいつまでも慣れないままがいいと思います。
あと、やっぱり殴り飛ばすのが書いてて楽しい。
頑張れリンカ、負けるなリンカ、多分王子はM属性だ(え
歯が痛いです(いきなりか。
でも、書いてると集中するから痛くない(だから何。
(2012/10/19)