私の彼氏の頭に兎耳が生えました。どちらかというと裏家業の方とでも言いたくなるような彼の頭にある兎耳は、様々な意味で凶器だと思うんですよ。某所のうさみみ会長とか、可愛い女の子なら許せても、これは駄目だと思います。
なので、切ることにしました。
「おい」
「すぐに済むから、じっとしててね」
語尾にハートマークもくっつけて、笑顔で右手の鋏を構えていると、彼はすかさず抑えこんできた。
「凛桜」
その上、ふるふると首を振ると稀の頭上でふらふらと揺れる真っ白で愛らしい、二本の兎耳。
マジ、これはない。
「凛桜、駄目だ」
「なんでよ」
真剣な顔で諭してこようとするのだが、元が元だけに、凄まれているように感じる。彼のことを知る前の私だったら、間違いなくそう思っただろう。
だけど、今は彼を知っているから、私は不満を露わにして、自分の頬を子供のように膨らませた。
「痛い」
……それは、この子供っぽい行動が私に合わないって言うことか。そんなこと知ってるっての。
私は膨らませていた頬を戻して、彼と同じく真剣な顔で見つめ返した。
「達哉、お願い」
少し怯んだが、彼は鋏を持った私の手を掴んだまま、青ざめたまま頬を染めて首を振る。
「駄目だ、凛桜」
「達哉!」
私が怒鳴ると、兎耳が一瞬ビクリと震え、すぐにへにゃりとへたりこんで、小刻みにふるふると震え始める。……これじゃ、私が彼を苛めているようにしか見えない。そんなつもりはまったくないのに。むしろ、周囲の迷惑になるから、即効で抜いて欲しいだけなのに。
「……そんなに、気に入ってるの?」
私が口を曲げて問いかけると、彼は視線を彷徨わせる。本当のことを言われると、彼は誤魔化すようにそうするのだ。そんなところも可愛いのだと友人に言ったら、想像の限界だと頭を抱えて呻いていたが。
無言を貫く彼に、いろいろと私も限界だった。もともとあまり気は長い方ではない。
「私より、も?」
泣きそうな気持ちを堪えて、私は目を細めて、薄く笑みを浮かべた。即座に彼の顔がこわばり、青ざめる。もともと取り繕った関係でもないから、私が何を考えているのかわかったのだろう。
「わかった」
立ち上がった私に縋るように向けてきた手を、私は強く振り払った。
「じゃあ、その耳と一生付き合ってればいいんじゃない? 私は兎耳のついた彼氏なんていらないけど」
そのまま彼を背を向け、部屋を出ようとした私は、背中から黒い影に覆われた。ここは部室棟の中でも使われていない部屋で、重い鉄の扉は引かなければ開かない。なのに、ドアを抑えるように腕をついて、上から彼が私を見下ろしているから、出ることは出来なかった。
「凛桜、話を」
「必要ない」
「……頼む、聞いてくれ」
ドアを押さえる手とは別の腕が、私を抱きしめる。彼の汗の臭いが、私には少しだけ甘く香る。
「短気は、良くない」
「っ、誰のせいよ……っ」
言い返した私の声は、少しだけ震えていた。
「……俺は痛いのは苦手だ」
「知ってる。だから、殴られたくないから、先に殴り返してるんでしょ?」
本人の元々の素質もあって、彼は負け知らずだ。理由は親しくなってから、こっそりと教えてくれた。
「これは切られると痛い」
「見てる方も痛い」
「……慣れれば……」
「その前に死人が出るよ。だって、達哉、それを笑われたら、絶対怒るでしょ?」
私が彼を見上げると、彼は少し考えてから首を振った。彼は、まったく、わかってない。私は顔を前に戻して、瞳を閉じる。私には容易に彼を兎耳を嗤う者たちを想像できてしまうし、それだけで自分の拳に力が入る。
「達哉が怒らなくても、私が怒る。達哉を嗤う奴は、私が許せないもの」
結局のところ、私が兎耳を切ろうとしたのは、彼を嘲笑われたくないという自己保身だ。彼は顔こそ怖いけど、中身は優しいし頼れる人で。時折見せる弱点含めて、私は、私はーー彼のことが大好きなんだ。
視界がぼやてきて鼻が詰まってきて、思わず鼻を啜ると、耳の後ろに吐息がかかるほど近くで彼が言った。
「凛桜」
名前を呼ばれただけで、一気に涙腺が崩壊です。そんな私の身体を彼はただ静かに抱きしめてくれた。ぎゅうっと、強く胸が苦しくなる力で、実際に胸が苦しくて。暫くの間、私たちはただそうしていた。
私たちが現実に帰るのは、もう少し後。午後の授業が始まる予鈴が鳴る頃だった。
切ろうとしたら、バカップルに。
え、なにこれ、予定外すぎる。
つか、見た目に反して、彼氏がヘタレです。
わお、書くまで気づかなかったヨ!!←
(2013/01/12)