幕末恋風記>> 日常>> (文久三年水無月) 01章 - 01.4.1#火事騒ぎ(追加)

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:(文久三年水無月) 01章 - 01.4.1#火事騒ぎ(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.3.15 (2009.12.28)
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:4854 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
11#火事騒ぎ
(近藤、永倉)

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p.1

(近藤視点)



 触れれば斬り殺されそうな殺気を放っている人物がひとり、いらいらと俺の部屋で座っていた。約ひと月前に入隊した女性隊士、葉桜君だ。

 見た目は女とも男ともとれる女性だが、なかなか腕は永倉くんやあの総司に張るというのだから、大したものだ。だからといって、それを誇るでなく、弱いものにも強いものにも別け隔てなく、ただ信念のままに動く葉桜君は見ていて羨ましいほど真っ直ぐだ。

 そんな彼女がこの場を飛び出して、ある場所へ向かうのを俺が留めている理由は、たった一つである。

「あのさー……」
「なんですか」
 葉桜君は気を使っているのか笑顔で返してくれるが、抑え切れていない殺気の前ではそれは怖いばかりだ。もしこの場に葉桜君が可愛がっている桜庭君がいたら、桜庭君は何が何でも逃げ出していただろう。

 そんな状態の葉桜君だが、つい先程のことを考えれば、俺は葉桜君を今、自由にするわけにはいかない理由があった。

 こうなった事の発端は、昨日の火事である。非番で郊外まで出掛けていた葉桜君は戻ってくる際にそれに遭遇し、炎の中から家人を幾人も助けたそうだ。行動は無茶だが、おかげで今回の騒動は葉桜君の大活躍ということで幕が引かれた。

 これだけならば美談で済んだ話だが、問題はその火事を起こしたのが誰あろう、芹沢さんだという事だ。戻ってきた葉桜君はその噂の真相を確認すべく、俺たちの所に来たらしい。その上で、機会悪く俺とトシの会話を聞いてしまった。

「なぁ、トシ。あれって結構やばくないか?」
「ああなるとただの犯罪だな」
「まいるよなぁ、まったく」
 そんな会話をトシと二人で、のんきにしていた処へ葉桜君は遭遇してしまったわけで。

 その時のことを思い出すだけで、俺は胸が透く思いだ。なんでこの子は、ああも気持ちよく局長室の障子を開け放つのかね。スパーンと背中で勢い良く開かれたときは、もう心臓が止まるかと思ったよ。

「葉桜君」
「なんですか」
 さっきからこんな笑顔ながらに刺のたつ調子では、いくら俺でもどうにも話しにくい。

「話が無いなら、芹沢さんを殴りに行かせてください」
「だから、それはだめだって~」
 俺は立ちあがろうとする葉桜君の腕を引いて、留める。もうさっきから何度こんなことをやっただろうか。

 たしかに今回の大和屋の火事は大事だ。葉桜君のおかげで壬生浪士組の評判が一気に悪くなるということは避けられたが、次にまた同じようなことがあればどうなるかは想像に難くない。

「たまたま私が早く帰る気になって、あちらの道を選んでいたから良かったですけど、通りがからなかったらどれだけの人が死んだと思っているんですか。なんなんだよ、自分がどれだけ偉くなったっていうんだよ! 何もできないくせにっ、何も、わかってないくせに!!」
「はいはい、落ち着いて」
 話しながら興奮している葉桜君は、俺が気になる言葉を数々吐いてはいるが、今つっこんでも逆上させるばかりだ。先程逆上されたばかりだ。

 葉桜君の握り込みすぎて白くなる手を取り、俺はゆっくりと開かせる。案の定、葉桜君の掌には爪の後がしっかりとついているし、所々には血も滲んできている。

「とにかく今回は葉桜君のお手柄で誰も死ななかったし、大事に至らなかったんだからさ」
「だからって!」
「芹沢さんを殴るのはやめておいてよ。葉桜君がいなくなったら、桜庭君が悲しむよ」
 いくら葉桜君に人望や信用があっても、芹沢さんに殴りかかったら葉桜君の方が返り討ちに遭うのは目に見えている。芹沢さんはただの筆頭局長というわけでなく、実力の意味でも壬生浪士組では頂点に立っているのだ。俺やトシだって、サシで勝てるかどうか怪しい相手で。ここに来る前に葉桜君が昏倒させたという話を聞いて入るが、おそらく芹沢さんに酒が入っていたせいというのが俺の見解だ。泥酔でもしていないかぎり、葉桜君に勝ち目はない。

「俺だって、葉桜君がいなくなるのは哀しい」
 壬生浪士組に面接に来たときから芹沢さんに食ってかかり、トシにも物怖じせず、自らの信念で真っ直ぐに生きている葉桜君は、俺から見てもとても気持ちいい人だ。かといって、芯から真面目というワケでもなく、隊務の時は怖いぐらいに頼もしく、羽目を外すときは男女に関係なく騒ぐ。でも、どこか人を気遣う気持ちを忘れないという、よく出来た葉桜君だけれど、俺には時折どうしようもなく儚く消えてしまいそうに見える事がある。

 今回の火事の件だって発端に過ぎない。話によると、葉桜君はもし自分が死んだらなんて考えもせずに火の中に飛び込んでいったという。躊躇いも迷いも持ち合わせていないようだという話を聞いて、俺はますます葉桜君という人が怖くなった。自分の命を顧みないというのは凄いけれど、だからといって、葉桜君の行動は行き過ぎていると思った。

「助けたい気持ちはわかるけどさ、あまり無茶はしないでくれよ。もっと自分を大切にするんだ」
「……近藤さん」
 桜庭君の名前を聞いて、少しばかり落ち着きを取り戻した様子の葉桜君が、泣きそうな少女の顔で俺を見上げてくるので、俺は少しばかり胸が高鳴った。

「無茶じゃありません」
 わかってない。葉桜君は可愛い顔して、まったくわかってない。

「あーのーねー」
「私は、」
 何かを言おうと、葉桜君が口を開く。でも、その先は音も出てこなくて、葉桜君は苦しげに咳をして、忌々しげに舌打ちする。

「ごめんなさい、まだ話せないみたいです。でも、これだけは信じてください。私はーー」
 口は動いたけれど、やはり葉桜君の声は出なくて、俺は口の形だけで判断するしかなかった。

 落ち着いた葉桜君が部屋を出て行った後、俺は考える。その、意味を。

「芹沢さんを助けたい、か」
 一体、芹沢さんと葉桜君はどんな関係なのだろう。



p.2

(葉桜視点)



 近藤の部屋を出て、私はひとり廊下を歩きながらも固まった表情が和らがなかった。なぜ近藤が私を留めたのかとか、芹沢が行動した意味も、私だって本当はわかっている。他に道はなかったし、自分が言ったところでもうどうにもならなかったいうこともわかっている。そして、この先の運命が、あの紙に書かれた出来事から逃れられないのだということも。それでも、依頼には無いのだとしても、芹沢が死ななければならないのだとしても、それでも。

「……バカだ、あいつ」
 誰もいない場所で立ち止まり、私は小さく呟いた。聞こえてくる気配は寝息混じりで、起きているものは数人しかいない。見るものがいないと安心しているからなのか、私の頬を伴って落ちてくる篤い雫を拭う。

「何やってんだ、オメー」
 後ろから声をかけられ、私は急いでそれを拭って、振り返った。

「なんだ、永倉か」
「オメー、呼び捨てかよ」
「じゃ、バカ倉がいいか?」
「呼び捨てでいいよ」
 そうかとだけ答え、私は庭に視線を移した。火事の後は快晴になることが多いというが、今も例に漏れず快晴だ。憎らしいほどに澄んだ雲ひとつない高い夏空を見上げて、私の心は晴れない。

 隣に立つ気配に、私は少しだけ場所を空ける。

「ちゃんと寝たか?」
 永倉に訊ねられてから、そういえば自分が戻ってきてからまだそんなに時間も経っていないことに気がついた。外で湯だけもらって帰ってきたが、眠る間もなく芹沢の話を聞いたものだから、その足で局長室に行って、今やっと私は解放されたんだ。

「明日は隊務だろ。ちゃんと寝ておいた方がいいぜ」
「まだ、少し眠れそうにないんだ」
「腹でも減ってんのかよ?」
 昨夜の火事から何も口にしていないが、不思議と今の私に空腹感はない。ただあるのは空虚な怒りのみで、本人にぶつけられない怒りのみで。このままでは眠れそうにもない。

「なぁ、暇ならちょっと相手してよ」
「してんだろ、今」
「違うって、稽古だよ」
 疲れたら眠れるかもしれないとは思わなかったけど、ただこのぶつけられない憤りをどうにかしないと、同室の鈴花を怖がらせてしまうだろう。鈴花だって、夕べの火事に駆り出されて、今は疲れて眠っているはずだろうから。

 永倉の了承を得て、私は道場で二人向かい合う。稽古中の隊士も居たが何かを察して、私たちに快く空けてくれた。

「なぁ、永倉、真剣じゃ駄目か?」
「ダメだ」
「……そうか」
 私は大人しく木刀を握り、永倉と向かい合う。一度目を閉じ、永倉を彼に見立てる。彼に、芹沢に正当な構えは通じない。それに、本気なら殺す気でかからなければ。

 私の空気が張り詰めるのに合わせ、相手もまた気を合わせてくる。世界が遠くなり、私は彼と対峙する。遠い過去の、幻影と。

「はぁっ!」
 私は気合一閃、一足刀に飛び込んで打ち込んだ。でも、予想通りに防がれ、何度も何度も私は打ち込む。全て、鉄扇に防がれるのを感じるが、気を緩めることもなく、普段の型の意識もなく、ただ思うままに乱雑に打ち込む。

「まだまだ!」
 一度後方へ跳びづさり、私は間を取る。次の手はと考える前に、私の視界はそこで揺らいだ。

「またかよ!」
 道場に響く足音が私に急に現実をつれてくるが、直ぐさま夢へとすりかわる。あの頃の、憎くて愛しい、彼に変わる。

「おい、大丈夫か、葉桜!」
「……まだ、負けてなんか……っ」
 あの頃だって、私は勝てたことがなくて、再会してのあれだって、あいつが酔っていたからで。だけど、このまま負けていたら、最悪のあの日を迎えるしかない。回避する方法なんてたったひとつしか思い浮かばないのに、それさえも叶わない。

 もう負けてなんて、いられないのに。あの人を止めるなら、もっと私は強くならないとならないのに。

「………っ」
 夢の中で私が流す涙を、大きくて温かい手が拭ってくれた。



p.3

(永倉視点)



 布団で静かに寝息を立てる葉桜を、俺はただ傍らに座って眺めていた。起きているときは左之や平助らとつるんでいても変わらないイイ仲間で、こうしていりゃぁ、単なるイイ女なんだけどな。

 葉桜と会う時や剣を交わす時はいつも倒れやがるな、と布団で眠る姿を眺めながら過ぎり、俺は頭を振る。いや、必ずではないな。けれど、葉桜がひとりでいるときってのはたいていこうなる。

 単に廊下で佇んでた葉桜に声かけただけなのによ、泣いた後みたいな、それも女の目ェしてやがるから俺は放っておけなくなっちまってよ。眠れねェっていうから稽古に付き合ったら、葉桜は殺気出して襲いかかってきて、しかもいきなり勝負の途中でぶっ倒れやがる。

「まったく、マジで人騒がせだぜ」
 さっきの葉桜は今までの稽古では見たことのない本気の打ち込みで、俺は本気で殺されそうだったから、本気で応戦したんだけどよ。

 一体誰を相手に戦ってんだよ、葉桜。

 倒れたのは疲れがたまっていたところに追い打ちかけて、稽古したせいってのは俺でなくたって誰でもわかる。どうやら、火事騒ぎで戻ってから一睡もしていなかったせいらしいと聞いたのはついさっきだ。土方さんの話じゃ、芹沢さんを殴りに行くといって聞く耳もたなかったから、近藤さんが抑えていたらしい。

「なあ、オメーと芹沢さんは、何の関係があんだよ」
 眠っている葉桜に問いかけても答えは返るはずもない。起きているときに問いかけたところで話す気がないなら、葉桜は決して答えないだろう。すべてをひとりで抱え込み、頼ることをしないのは生来のものなのか、それとも別の理由でももっているのか。語らない秘密の多い葉桜のことなんか、考えても答えなんて出やしねェ。

「ちっ」
 表情もなく寝ながら涙する葉桜の目元を軽くぬぐう。一瞬だけ幸せそうに笑った顔に、俺は動揺した自分に驚いた。

 誰が見ても、葉桜と芹沢さんには男女の関係がある。昔のことだとしても、今は互いにそうではないと嫌い合っているように見えても、惹きあう様はどうしようもない。誰にも入り込む隙のない二人の関係を知っていて、惹かれちゃならねェ。

「無理、すんじゃねェぜ、葉桜」
 自分の気持を誤魔化して囁く俺に、何故か葉桜は寝ながら眉をしかめて唸った。

あとがき

付け足し。
だって、あの話むかつくっていうか。このヒロインならやりかねない。
でも殴ったら話にならないので、会話で選べない人達に止めてもらいました。
ヒロインを止めてたから、近藤さんと鈴花は話せなくて、
稽古してたから、永倉さんと鈴花は話せなかったってことで。


ギリギリ更新に間に合いますか?


(06/03/15 11:49)


近藤・永倉のモノローグの人称を修正。
(06/07/06 09:03)


改訂
(2009/12/28)