むかしむかし、ひとりの王子が旅をしていました。
旅の途中、ある国で道に迷った時のこと……。王子は森の中の教会で、美しい姫と出会いました。
「なんと美しい姫だろう」
王子はひと目で姫を好きになりました。
ふたりは毎日森の教会で会い、やがて深く愛し合うようになりました……。
ところがそのことを聞いたこの国の王は、たいへん腹を立ててしまいました。
「我が娘(ひめ)をたぶらかす者は誰か?すぐに捕らえよ!」
王は王子を捕らえると、こう言いました。
「旅の王子よ、そなたは姫を好いていると言うが、その言葉に偽りはないか?」
「姫は私の心の幸い。姫の愛さえあれば、いかなる試練も喜びに変えることが出来ます」
「ならばはるか遠く、この世の果ての外国(とつくに)へ旅立つが良い。無事戻ることがかなえば、その時そなたの言葉を信じよう」
こうして王は、王子を遠い国へ追放してしまうのでした……。
遠い国へ旅立つ日、悲しみに打ちひしがれる姫に王子はこう告げました。
「私は旅立たなければなりません。でも、どうか悲しまないでください。私の心はあなたのもの。たとえ世界の果てからでも、いつか必ず迎えに参ります」
それから姫は毎日、森の教会で王子の無事を祈りました。いつか、王子が迎えに来る日を信じて……。
「で続きは? 王子は迎えに来たのか?」
布団の中から尋ねると、姉ちゃんはにっこりと笑った。
「知らない」
「また、オチなしかよ~」
呆れたように云うと、布団を頭から被せられた。
「あんたが“お話”してっていったんでしょ。早く寝なさいよ」
「んな中途半端なのきかされちゃ、ねるにねれないよ」
「…だったら、なんでこんなの聞きたがるのか、あたしのが聞きたいわよ」
今年中学にあがったばかりの姉ちゃんは、俺がせがむといつも“お話”を聞かせてくれる。母譲りのその声はとても心地よいのだが、母ほど話が巧いわけでもなく。いつもおんなじ“お話”で。それでもいつも聞きたくなる。
「続きは“いつか”ね」
「今がいい~」
「いつか、教えてもらえるわよ」
「誰に?」
ぼんやりしていた姉ちゃんは、困ったように笑った。
「そうね、王子様、かな?」
「いや、俺、おうじさまはちょっと…」
「あんたじゃないわよ」
頭をぐしゃぐしゃと撫でられながら、布団に本当に押し込まれた。隣で立ち上がる気配がした。
「姉ちゃんは“おうぢさま”待ってるから、彼氏のひとりもつくんないのか」
布団の中で聞こえないように云ったつもりだったのだが、ドアを開ける音が止まった。
「関係ないわよ。ひとのことより、あんたはどーなのよ?」
「まだ2人かな~」
「あっそ!」
勢いよくドアが閉められた。俺の姉ちゃんだから元はいいんだけど、ちょっと鈍いんだよなぁ~トロいしな~。だから、俺がしっかりしてないと!
そのまま俺は心地よい夢に落ちていった。
台所に立った母が夕餉の支度をしていた。
「ただいま~」
「おかえりなさい」
振り返らずとも柔らかな声が俺を包み込んだ。母の声はどこか安心できて、俺は好きだ。あんな声の女の子がいたら、絶対好きになる自信がある。
「尽、お姉ちゃんをあんまりからかうんじゃないわよ」
冷蔵庫を開けて、牛乳を取りだした俺に母が言った。
「からかってないよー」
「お姉ちゃんにもね、あんたよりもっと小さい頃に彼氏がいたのよ」
コップに白い液体を注いで、動きが止まってしまった。俺より小さいというと小学生にあがる前ということで。
「うそだー」
「あら、信じなくてもいいのよ。第一、本人が憶えてないんですものねぇ」
お姉ちゃんには内緒よ、と母は話し始めた。
お父さん、転勤族でしょ? やっぱり引っ越しも多くてね、あれはどこだったかしら。海の見える街にいたことがあったの。その前のところで、お姉ちゃんはすごく仲の良い子がいてね。越してきても珍しく友達つくらなくて、ずっとひとりで遊んでた。
あれは引っ越して1週間ぐらいたったころだったかしら。お姉ちゃんが本当に笑顔で帰ってきたの。
「お母さん、あたし、お友だちできたよ」
「ちっちゃい教会でね、遊んだの」
お姉ちゃんの笑顔はね、魔法がかかってるのよ。みんなが幸せになれるように。
「あしたもちっちゃい教会で会うの」
それから毎日お姉ちゃんは出掛けたのよ。
「けーくんがね、“お話”してくれるの」
「けーくんがね、おひめさまの“お話”してくれるの」
「けーくんがね、おうじさまでね」
「あたしがね、おひめさまなの」
毎日あの笑顔が見れるのが嬉しくて、お母さんついお父さんに話しちゃったのよね。そしたら、あの人ったらヤキモチ焼いちゃって。次の日にお姉ちゃんの後つけたの。へんな男にうちの可愛い娘はやれないって。まだ小学校にも上がってないのに何の心配してるんだか。
帰ってきたお父さんが、教会に天使がいたっていうから、お母さん笑っちゃったんだけど。金色の髪と碧い目の綺麗なオトコノコだったんだって。大きな絵本を抱えて、その子はお姉ちゃんに「つづきの“おはなし”してやる」って。
それからしばらくしてね、お姉ちゃんは目に涙をいっぱい溜めて帰ってきたの。どうしたの?って訊いたら、わんわん泣き出しちゃって。
「けーくんがいなくなっちゃう」
「おうぢさまとおんなじ、とおい国にいっちゃう」
絵本の話を言ってたのね。その男の子が引っ越しか何かでいなくなっちゃうから、重ねちゃったのかも。絵本の王子様は帰ってきたんでしょ、だったら帰ってくるわよって言ったらわからないって。
「つづきのおはなしは、いつかきかせてくれるって。約束」
だから、帰ってきたのかわからないんですって。そのあとすぐに私達も引っ越して、あの子は全部忘れちゃったの。
姉ちゃん、薄情だよなー。でも、俺もその話をきいたこと、忘れてた。
今度の引っ越し先は「イイ男が多い」という定評のあるはばたき市。まさに俺のためにあるような街だ。うわさじゃ、はばたき学園に人気モデルの葉月珪やバスケ界大型新人の鈴鹿和馬や注目の天才芸術家、三原色が通ってるって話だし、いい女も多いらしいし。俺も将来は軽く葉月珪を越えなきゃね。
俺の姉ちゃんにもあれくらいの彼氏がいるといいんだけど。なにぶん奥手すぎるしなぁ~
「けーくんがね、おうじさまなの」
唐突に母から聞いた姉ちゃんの言葉がよみがえった。そういえば、葉月も名前が「けい」だ。
葉月珪のプロフィールを慌てて探し出す。まさか、と思った。もしも、あの葉月がはばたき市に住んでいたとしたら。もしも、その時に姉ちゃんと会っているとしたら。
驚いた事にプロフィールには推測通りの事が書かれていた。しかしその後、彼は一度引っ越して、中等部に上がる頃戻ってきたとある。母ちゃんの話が本当だとするなら、全然不思議な事じゃない。ここに越してきた日、車窓から街並みを眺めながら姉ちゃんが呟いた一言。両親の意味不明な微笑み。
もしもあの街がここだとするなら、葉月が王子だとするなら、流石俺の姉ちゃん!なんだけど。
でも姉ちゃん全部忘れているって言ってたしな。向こうが憶えていても肝心の姉ちゃんが憶えていないんじゃ、俺だってガックリしちゃうよ。
こうなったら直接本人に聞いてみるか。折角同じ街に住んでいるんだから。
*
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
肝心の入学式の日、姉ちゃんは自分のことだってのに、のんきにベッドでぐっすりと眠っていた。
「……るさい、尽…」
しょうのない姉ちゃんだ。いくらなんでも入学式に遅刻はまずいって。なんたってあのはばたき学園には氷室って先生がいるんだから。恐いっていうけど、写真の限りじゃなかなかポイント高いぞ。その先生に嫌われたんじゃ姉ちゃんのスクールライフが台無しだ。
「今日入学式でしょ? 遅刻するよ」
いそいで姉ちゃんは起きあがった。
「うっそーっ早く起こしてよ、尽!」
「俺、先に出るからね」
「ヤバイヤバイマジでやばいって!!」
ドアを閉めながら聞こえる声に俺は嘆息した。
いやホント、マイペースな姉ちゃんには苦労するよ。
姉ちゃんのマイペースは学園に着いても変わらなかった。案内板がついてるのになんで違う方向に行っちゃうんだよ。フラフラと歩く姉ちゃんを俺は人に紛れながらつけた。これじゃ父ちゃんと同じだよ。あ~ぁ
「こら!小学生がなんで…」
うわっ、例の氷室先生だ!!
慌てて俺は近くの人影をすり抜けた。
「なんだ、お前。制服はどうした!」
「いいやん、センセ。んな細かいこと気にしなさんな」
あ!こないだ公園にいたバイクのにーちゃんだ!
「明日には揃うよって、今日は勘弁してな?」
格好いいな~あのにーちゃん。
「教師に向かってその口の利き方はなんだ!」
関西のにーちゃん、悪い!と心の中で礼をいいつつ、俺は姉ちゃんの歩いていった方向を追いかけた。
こっちだったかな? あ、体育館だ。
「スズカー。おまえ、入学式…」
「出ますって。少しくらいイーじゃないッスか。どうせ入部決定なんだし」
お、バスケ野郎。
「君、そこの花壇に入らないで!」
悲鳴のような声に驚いて、俺は慌てて逃げ出した。俺がいうのも何だが、可愛らしい男だ。母性本能をくすぐるタイプってやつだな。
その先を抜けると、教会があった。今日は入学式でごった返しているっていうのに、ここだけ時間が止まっているみたいだ。
「どうした? 手、かせよ」
姉ちゃんいた! でも、一緒にいるのは…まさか。手を取って立ち上がらせてもらったってのに、気づかないのか。鈍いにも程があるだろう。
「ありがとうございます、先輩」
……………………姉ちゃんんんんんっ。
「俺も一年」
「え?」
「葉月珪、同じ学年だ」
「あ、そうなんだ! よろしくね。私、春霞。東雲 春霞」
笑顔振りまいちゃって、何が宜しく。天下の葉月を知らないヤツなんてそうそういないぞ。
「会場はあっち」
「そうなんだ、ありがとう」
そのまんま行きそうになって、姉ちゃんが振り返った。
「葉月クンは?」
彼は姉ちゃんをまぶしそうに見つめ返した。
「俺は…ここで入学式」
愛おしむ瞳はすぐに教会に向けられ、姉ちゃんは不思議そうに首を傾げながら会場に行ってしまった。その後ろ姿を葉月はしばらく眺めていた。懐かしそうに。
「変わって、ないな」
彼特有の優しい困ったような笑顔だった。
いまので俺は確信した。葉月は間違いなく姉ちゃんの王子様だった「けーくん」で、彼は姉ちゃんを忘れてなくて、まだ脈ありだ。
でも、結局姉ちゃんは忘れてるしなぁ~。
…………よし! ここは弟である俺がちょっと手を貸してやるか!
入学式の翌日、俺は学校帰りに葉月を待ち伏せた。小学生は高校生より授業が早く終わるぶん得だよ。でも、このために里花のお誘い断ったのはいたいな。あとで電話しておくか。
と、葉月が来たみたいだ。彼がいる付近って、空気が変わるからわかりやすいよな。俺も近いうちにそうなるけど。
「あんた、葉月珪だろ?」
物陰から急に出てきた俺に大して驚きもせず、彼は自然に立ち止まった。
「フルネームは止めてくれ」
「んじゃ、葉月」
頭を抱える葉月の手に俺はメモを手渡した。
「かけてみてよ。きっとイイコトあるから」
「……」
「俺? 通りすがりの小学生!」
そのまま言い逃げた。追求されると困るんだ。近くの物陰に隠れて、その後見てたんだけど、彼は口元にかすかな笑みを上らせてメモをポケットにしまい込んだ。
あとは葉月と姉ちゃん次第だ。
俺はマリに電話してデートして機嫌とらないとな。いい男の道は遠いぜ!
主人公と葉月の出会いに大幅に尽が関与している。
かもしれないという創(妄想)の元に。
というか、どう考えてもこれではいろいろとオカシイ。
初めて書いたドリーム小説 v
(2002/07/20)~