幕末恋風記>> 日常>> (元治元年文月) 05章 - 05.1.1#掃討戦

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:(元治元年文月) 05章 - 05.1.1#掃討戦


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.5.10 (2010.2.26)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2129 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
45#掃討戦

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p.1

 御所周辺での追討戦の後、新選組は会津藩兵と共に長州勢を天王山まで追いつめた。追いつめられた真木和泉守は近藤との名乗りの後、詩を吟じ、勝鬨をあげて発砲した後、陣小屋に火をかけその中で見事な切腹を果たしたという。私は後から話を聞いただけだが、それでもやはり長州のその覚悟に対して暫し圧倒された。

 だからといって、戦闘が一段落したということに代わりはなく。

「流石にアンタもお疲れね、葉桜ちゃん」
「烝、」
 隣に立った山崎に、私は情けない声が零れる。疲れてるとかじゃなくて、そうじゃなくてと言いたいけれど、私の今の気分を的確に口にできる自信がない。

「それもあるけど、ちょっと別に気がかりなことが多くてさー」
 例えば、容保様の容態とか。例えば、山南さんの様子とか。京の町の被害状況やらなにやら、考えることが多すぎて、流石の私も嫌になる。

「聞いてあげてもいいけどぉ」
「いいよ、聞かなくて」
「あら残念」
 全然残念じゃなさそうに、私の隣に立つ山崎が言う。今の山崎は普段なら見慣れた暗色の仕事着で、動き易さを優先してか蒸されるのを嫌がってかで肩から先の袖がない二の腕もあらわな装束は、こういう田舎で見ると虫に刺されそうで少し気の毒だ。

「それより、腹減ったよ。どこかで貰ってこようか?」
 私が苦笑を返すと、山崎からも苦笑が返ってくる。こんな状況でこんなに大変な時でも、山崎が笑う姿はやっぱり艶やかで明るくなるなぁと思う。私とは大違いだ。

「お結びあるけど、食べる?」
 普段の私なら、即座に貰うけど。

「そうゆう誘惑をこの状況でするなんて、酷いわっ」
 私が少し芝居がかったように言ってやると、山崎からは呆然とした表情が返ってきた。冗談だと笑い、私は理由を山崎に明かす。

「怪我人が満足に食べれない状況で、どうして無傷の私が食べられるよ。負傷した隊士にあげなさいな」
 誰にも気が付かれていないだけで、私はまだ桂に殴られた鳩尾は痛むけど、刀傷なんてほとんどない私が怪我してる隊士の前で食べるわけないって、山崎なら分かってるはずだが。

「驚いた。アンタ、鈴花ちゃんと同じこと言うのね」
「怪我人優先は常識よ。でも、そうか。鈴花ちゃんが……」
 そういえば、私が再会した後の鈴花もたいした怪我は負ってないみたいだった。鈴花からは近藤や永倉に窮地を救われたと聞いている。

 正直、今回ばかりは私も単独行動が多く目立ち、鈴花まで構っていられる余裕もなかった。それに加えて、近藤に命令を頂かなければ、私には容保様をお助けすることも叶わなかったし、桂に口説かれることもなかった。

 桂を思い出した私は眉間にしわを寄せる。あの状況で桂は何故、私を、敵を口説き落とそうとなんてするんだろう。それだけ余裕があったというのか、それとも、私の迷いを見透かされた、か。

「あーもうっ」
 私は強く地を蹴って走りだす。そうした理由は、かすかに見えた長州藩士の影のためだ。

「あ、ちょっと! 葉桜ちゃん、どこ行くのっ?」
「野暮用っ」
 地を踏みしめるその足で私は草を刈り行き、まだまだ余裕のある体力でもって前を走る背中を追いつめる。

「抵抗しなければ、命だけは助けてやる」
「ひっ」
「私に、剣を抜かせるな」
 言っている側から抜き放たれる相手の剣は震えていて、それは防衛だろうが戦場では戦う意思と同じ意味を持つから。こめられ放たれる殺気に奥歯を噛みしめ、私は一気に間合いを詰める。本当は斬りたくなんてないのに、刃を向けられているのに甘んじて受けるなど、私には許されることではない。

 私が振り抜いた剣が鮮やかな赤い血潮を青空に飛び散らせるのを、どこか遠くに感じる自分がいる。視線の先を流れる白雲は少し早く走ってはいるが、どこまでも続く青空に雨の気配はない。今、雨が降ってくれたら、私は誰に遠慮することなく泣き叫ぶことができるのに。ぼやける視界を手の平でぬぐい去り、私は刀を鞘に収める。そして、新選組のみんなの元へゆっくりと歩きだす。

 家を出るときは身一つでいたのに、今の私には捨てられないものが増えすぎて、いまや新選組そのものが大切な場所となってしまっている。いつか無くなってしまうものに想いを寄せても、哀しみしか残らないとわかっているのに、自分でも止められない。

「あ、葉桜さんーっ」
 遠くで手を振る沖田に、私も手を振り返す。そうするとそれぞれの手が返ってきて、笑顔が返ってきて、私の胸も痛いぐらいに苦しくて。

 本当は少しずつだけれど約束なんて、私には関係なくなってる。京の町が好きで、それを守ろうとする新選組や容保様が好きで、新選組を守ろうとする近藤さんや土方さんが好きで。私には全てを守れるはずもないのに、この手で全てを守りたくなる。

 反面で勤王派志士であっても私には共感できてしまう人がいて、それに賛同する人というのもわかってしまって。その人たちと戦うことが、私にはとても苦しくて。

 仲間の元へ戻った私は山崎に抱きつき、山崎も大人しく抱きしめ返してくれる。

「ただいま」
「おかえり、葉桜ちゃん」
 戦わなければ共に生きられないという世界が、今の私にはとても憎くてならない。そして、こうして大好きな仲間と出会えた世界が、私には愛しくてならない。

あとがき

なんか、書いていて思ったのが、今の日本って本当に平和だなぁと。
基本的に武器持って町中うろついてたら法律的に駄目じゃないですか。
只それだけのことがこの時代できないんですよ。
竜馬はそれだから、日本を変えたかったのかなぁ。
今の世界は竜馬が夢見た世界になっているのかなぁ?
そんな風に考え込んでしまいます。
(06/05/09 17:07)


改訂
(2010/02/26)


~次回までの経過コメント
島田
「昆陽宿にて長州兵の銃や弾薬を押収しました」
近藤
「残党狩りも一息ついたし…それじゃ本隊は壬生に戻るぜ」
鈴花
「はぁ…やっと屯所に帰れる」