幕末恋風記>> 日常>> (元治二年睦月) 06章 - 06.2.1#指きり

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:(元治二年睦月) 06章 - 06.2.1#指きり


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.5.17 (2010.4.9)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2962 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
59#指切り
(伊東)

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p.1

 新しい年が明け、ますます新選組には活気が出てきた。私は稽古で篠原さんや服部さんとも手合わせしたが、思った通り楽しい稽古だ。伊東さん含め、江戸で集めた新入隊士は、今後の新選組にとってもなかなかの戦力と思う。

 これだけの力量の持ち主ばかりの新選組だから、先日の大坂の焼き討ち計画の時も言ってくれれば、この上ない力になったんだろうけど、大坂方でもやはり手柄がほしかったんだろう。池田屋事件の前の土方さんみたいな人も多かったんじゃないかと私は推測する。

 だが、すぐに私は自ら考えを否定した。土方みたいな人が何人もいたんじゃ、たまったものじゃない。

「考え事ですか、葉桜さん」
「あぁ、そんなところ」
 背後からゆったりと近づいてきた伊東に私が笑いかけると、彼の方でもふわりと返してくれる。伊東の場合、格好イイとかよりも美しいという形容のほうが似合っている。かといってその辺に咲いている野花のような笑顔ではなく、どちらかと言えば百合や菖蒲のような凛とした華やかさだ。

 隣に伊東が座るのを横目に、私は急須から冷えた茶を淹れてやる。

「どうも」
 空気はまだ澄んでいて、この縁側は私の肌にぴりぴりとする冷たさを伝えてくるけれど、暖かな日差しがゆったりと流れる時間を提供してくれている。

「寒くはないんですか?」
「このぐらいなら平気です」
 私の郷里はもっと痛い寒さで、この時期になると私はなかなか火鉢のそばから離れられない。京で迎える何度目かの新年を考え、私は小さな笑いが零れた。私はこちらの暮らしに随分と慣れてしまったが、こういうことには一行に慣れていないことに自分で気付いたからだ。

 ふとすれば、全てが終わってから、いやこれから先どうなるのだろうと思索に耽る。依頼の紙にはもうすぐ大事な時が迫っていると書かれている。ひとつ違えれば全てが終わるとわかるが、最初の一つさえどうにかできればきっと新たな道が開けるはずだ。私はぐっと拳を握り直し、決意を新たにする。

 視線を感じて伊東を見ると、私を見て、くすくすと笑っている。

「何を考えておられたのですか?」
「うーんと、今年の抱負です」
「ほう」
「でもやりたいこと、やるべきことが多いから、どれから手を入れようか迷ってしまって」
 もちろん私は欲しいものは全部手に入れるつもりだ。新選組も山南さんの心も誰の心も、私が守るという気構えはある。

「ふふふ、やはり貴方は強い女性ですね」
 気心の知れた相手なら、私も否定するところだが、今の伊東にはゆるく微笑んで見せるだけだ。

「そうでなければ、務まりませんよ」
 私の手を取る伊東の手は、ここに長く座っていた私に比べて、当然暖かい。そういえば、と私は思い出す。まだ小さな時分に、私は父にこんなことを教わった。

「指が心臓に繋がっているって、聞いたことあります?」
 私は握られた手を外し、伊東の小指と自分の小指を絡める。

「子供の頃って、こんな風に約束をするでしょう。これには心に誓うって意味があるんですって」
 私は絡めた指を離し、今度は伊東の心にその手を当てる。

「心、すなわち命を賭けるってことです。知らないで使っているとはいえ、ずいぶんな意味ですね」
 自分の胸から私の手を外し、伊東はそっと包み込んだ。

「それは聞いたことがありませんね」
「ふふっ、そりゃあそうでしょう。父様が作ったんでしょうから」
「葉桜さんのお父上が、ですか?」
 私は伊東の手を外し、澄み切った空に自分の小指を差し上げる。眩しい昼の光に照らされると、教わったときのことを思い出しそうだ。

「だから簡単に約束はするな、約束は死んでも守れって。今思えば、子供にずいぶんな無茶苦茶を言いますよね。おかげで、私は今ここにいるわけですけど」
 手を下ろしつつ肩を竦め、私がくるりと眼を向けると、伊東は穏やかに微笑んでいる。

「山南さんや伊東さん、それに梅さんの言うような国はとても羨ましい。だけど、それじゃ新選組はどうなります。ここに集まった仲間たちはどうなりますか。その答えが出なきゃ、日本は変えられませんよ」
 伊東の穏やかな眼が細められるのを、私は落ち着いた気持ちで聞いていた。

「まるで、あなたが変えさせないと言っているようですね」
「ちょっと考えりゃあ分かることですよ。万人に拓かれた未来って、そういうことでしょう?」
 伊東の鋭く見つめる視線を、私は全て受け止める。伊東が言いたいことをすべてではないにしても、私はわかるつもりだ。今は朝廷も幕府も変わらなければならないのだというのもわかる。だけど、ただの私のわがままだけど、今この時が無くなるのが嫌で、誰が欠けても私は満足できない。

「そんな泣きそうな顔をしないでください」
 私の頬に伊東の暖かな手が触れ、私は思わず後ずさる。その際、直ぐ後ろに柱があることを、私はすっかり忘れていた。

「っ!」
 自分でいうのもあれだが、私が柱に頭をぶつけた音はかなり良い音だった。慌てて、声をあげそうになる伊東を、私は手と声で制する。

「だ、大丈夫ですから」
 私ってヤツはどうしてこうなのか。ぶつけた箇所を抑えつつ、伊東に心配をかけないように私は笑いかける。だけど、流石に今度は伊東も笑ってくれないようだ。

「そういえば、何か私に用ですか?」
 今更のように聞いた私に、手強い伊東参謀からは笑いが返ってこなかった。

「伊東さん」
「はい、なんですか?」
「こんなコトは私が頼むことではないんですけど、どうか山南さんと沢山話をしてください」
 伊東が不思議そうな顔をするのは当然だろう。さっきまで伊東たちの考えを否定するようなことを言っていたのは私自身だ。

「伊東さんと話をしているときの山南さん、とても楽しそうなんです。ここ最近じゃ一番楽しそう」
 自然と温かで柔らかな気持ちになったことは私の表情に出ていたのだろう。

「葉桜さん、やはり貴方は」
 ここに来た時と同じ問いを繰り返そうとする伊東に、これは恋愛感情じゃないと、私は首を振る。私が山南を想うのは、恋というよりも家族を想うようなものの気もするし、自分でも今はわからない。

「ただ私は山南さんが笑っている姿が好きなんです」
 山南に限ったことではないけれど、私が今一番気がかりなのが山南だということも確かだ。意外そうな顔をした後で、やはり伊東はクスクスと笑い出す。

「葉桜さん、それは直接本人に言ってあげた方がいいですよ」
「ダメですよ、誤解されちゃうじゃないですか」
「それが何故いけないのですか?」
 何も知らない伊東に、説明は一切せず、私は穏やかに諭す。おそらく伊東は既に、私がある約束のために新選組にいると知っているはずだから。

「役目を終えるまでの私は一隊士です。女として何も答えることができないのに、そんな酷いことはできません」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
 私がにっこり笑って返すと、伊東からは乾いた笑いが返される。一間置いて、ピーヒョロロロ……と鳥が啼いて、羽ばたいていった。私はそれを合図にそろそろ体を温めますか、と立ち上がる。

「そろそろ稽古でもしてきます。じゃあ」
 背筋をすっと伸ばし、足音軽く歩いてゆく私の背中を伊東の視線が追いかけてくることに気づいていた。けれど、私は気づかないふりをして、そのまま立ち去った。

 小指を胸に抱いて。

あとがき

伊東さんと話をしてみたんですけど、難しいですね。ニセモノですね。
ヒロインの話し方は上に対しては敬語にしようとしているんですけど、敬語って難しい。
それにこのヒロインの場合、我を忘れるとか熱が入ると敬語無くなるんで、余計に難しい。
(2006/05/17)


リンク変更
(2007/08/01)


改訂
(2010/04/09)


~次回までの経過コメント
沖田
「あははは、永倉さん。今度は朝廷から僕たちの活躍を褒められたみたいですよ」
永倉
「ほぉ~、幕府だけでなく朝廷からも認められたってか?」
沖田
「そうですね。これから頑張って人を斬りましょう」
永倉
「…何かイヤな言い方だな、オイ」