長い廊下はどこか学校を彷彿とさせる。まぁ、学校にこんな赤い絨毯は敷いてないし、こんなにキラキラしたシャンデリアはないし、高級そうなカーテンなんてあるわけもない。それに、窓もこんなに大きくはない。こんなに大きなガラスが家屋に使われることもあるんだなぁとそんなようなことを考える余裕はあった。
とりあえず、ウチが動きにくいドレスなんて着ているのを考慮してか、とてもゆっくりと歩いてくれている。背中でゆらゆらと揺れるぶっとい三つ編みがなんとも憎たらしいと思うのは、心が捻くれているからか。それとも、それが正常なのか。どちらが正常かなんてウチにはわからない。
「あの、食堂までどのくらい歩くんですか?」
「そんなに遠くはありまセンよ」
漫画やアニメなら、今、絶対ウチの頭に怒りマークがついたね。普段から自分が温厚だなんてこれっぽっちも思っちゃいないが、だからって、今のは酷いだろう。だって、この台詞を言われるのは既に二回目だ。
「だーかーらーぁ! …こんなに距離あるなら、こんなに動きにくい服を着せないでください」
「まだ一部屋分も進んでいまセんよ?」
どれだけ広いんだよ、一部屋。
「そうですね、ざっと大沢様のご自宅一つ分でショーか」
嫌みだ。絶対、今イヤミを言われている。つまり、喧嘩を売られているに違いない。
たしかに外観からしてただごとじゃない広さだったよ。ちょっとしたテーマパークなんじゃないかってくらいの広さが。だけど、だからってなんで。
急に腕を掴まれ、引き寄せられる。
「いたいっ!」
男はウチをまじまじとじっくり眺め、にっこりと心底満足そうな笑顔を浮かべる。何度見ても飽きないとでもいうのか。こっちは変態趣味につきあわされて、めちゃめちゃ迷惑だっつーの。でも、文句の一つも言う前に、こいつは腹黒そうな笑顔で言うのだ。
「とても、よくお似合いデス」
ムカツク。このドレスはあの写真の女の子と同じようなデザインだ。ウチから見ても、このドレスはあの女の子のために仕立てられたようなものだ。そんなものが自分に似合わないことぐらいよくわかっているのに、追い打ち駆けるようにそんなことを言われたら。
ちょっとだけ嬉しいじゃないか。
握りしめた拳を開き、大きく息をつく。こうなったら、とことんこの変態に付き合ってやろうじゃないか。少なくとも父の手紙は直筆だったし、父の知人というのは間違いないわけで、あの父がウチをどうこうしようとするような家に預けるとは思えない。だから、きっと大丈夫だ。
「疲れたのでしたら、ちょっと休憩しまショーカ」
「こんな廊下のどこで」
「丁度そちらにテーブルもありマス」
彼が少し身体をずらすと、本当に小さめのテーブルが一つと私たち二人分の椅子が用意されている。まるでここでウチが休むのを予想していたみたいな仕打ちに、俄然反抗意識がむくむくと沸き上がってくる。そうそう思い通りになってたまるか。
「早く食堂へ行きましょう。ウチはもうお腹ぺこぺこですから、そんな休んでなんて」
「そうデスかー? じゃあ、私はここで休んでいるので、どうぞ先へ進んでクダサイ」
え。
「もう少し歩いた先にある階段を降りて、すぐ左にあるドアを進んで、今ぐらいの距離を進んだところにある左の階段を降りて、そのまままっすぐ」
なおも続く彼の説明に脱力し、諦めてウチも椅子に座る。と、すかさず椅子を引いたりしてくれるあたり、なんてか、手慣れてると感じる。
席に着くと、がらがらと台車を押して、一人の使用人が近づいてくる。さっき、アーミーナイフをくれた人だ。彼女は今度はまったく目を合わせることなく、二人分の紅茶を淹れていってしまった。
声をかけようかとも思ったけど、彼女はウチと話したことを知られたくないだろうと思った。何を話したか、まして、アーミーナイフをもらったことをどう説明するのだろうかと。この目の前の男は間違いなく、彼女の上司だろう。彼女の行動はどうしたって、こいつと相反するもののはず。だったら、無闇に話しかけないほうがいい。
彼女がウチの隣をすり抜けていくときに、かすかに香ったのは甘い砂糖みたいだった。
「ね、もっかい勝負しない?」
淹れてもらったカップを一口飲み込み、にやりと持ちかける。そもそもウチがこんな格好をしているのはこの男との馬場抜き勝負に負けたからで、負けっぱなしというのはウチの性に合わない。それに、負け癖がつくのも困る。
「イイですよ。何にしまショーか?」
てっきり断られると思ったら、あっさりと承諾されて、呆気にとられてから悔しさがこみ上げてくる。勝者の余裕ってやつか。
「といってもあまり長い時間は遊んでいられないデスからネ」
男がポケットから一枚のコインを取り出す。コイン勝負をしようってワケだ。渡されたそれを裏表返して見てみるが、わかることといったら、日本国内で使えるお金じゃないことぐらいだ。英語でなんか書いてあるみたいだけど、あいにくとウチは英語の成績がよくない。つまり、よくわからないってことだ。
「これ、王様の書いてあるのが表?」
「はい」
「じゃあ、方法は一つか」
「大沢のお嬢様が勝たれたら、それを差し上げマス」
「あんたが勝ったら?」
「私は、そのお姿だけで十分デス」
わずかに安堵し、手の上で数度撫でたコインを指で上に弾く。かなり横にそれてしまったそれを間一髪受け止める。運はあるんだけど、運動神経はその、ダメなんだ。とても。
「あ、あはは」
「私はオモテで」
苦笑いしていると、あっさりそう言われ、手を開いてみればウチの勝ちで。勝ったのかどうかも怪しい。
「じゃあ、そろそろ参りまショウか?」
「あーはいそーですねー」
しかたなくウチも差し伸べられた男の手を取った。
最初の階段を降りた時点で既に一階だったはずだ。そう言えば最初の説明でも言っていたけど、階段をそんなにおりるって変だよね。開ける扉のすべてが部屋ってワケじゃなく、廊下の仕切りにもドアなんて、変わった屋敷だ。
今何階だろうと手を引かれながら考えてみれば、地下三階ぐらいだろうか。どれだけ地下屋敷なんだ、ここ。
「考え事をしていると、また転びマスよ」
「煩い」
機嫌悪く睨みあげると、男はくすりと笑った。本当にその顔がむかつくけど、今更どうしようもない。
「てか、こんな格好してなきゃ転びもしませんって」
彼の言うように既に階段一段目から踏み外し、抱き留められたばかりだ。好きな人にとかってシチュエーションならともかく、こんな変態の腕に何度も抱き留められてたら、血管が切れる。
「できれば、夕食ごときでこんな地下まで連れてこられる理由を教えてほしいんだけど」
まともな料理が出てくるんでしょうねと問いかければ、笑顔で肯定されて。余計に不審度が上昇する。
階段を降りきったところで辺りを見回せば、どうやらもう余計な横道はなさそうだとわかる。何故って、目の前のひときわ大きな扉の前に二人のベルボーイが立っているからだ。
「さて、会場に着きマシタ」
「なんでこう都合よくパーティーなんかやってるわけ?」
扉には何かの物語が掘られているらしい。左の扉にキャベツを育てているおばあさんの絵があり、右の扉にそれを眺めている女性が描かれている。少し、その女性が母に似ているような気がするのはきっと気のせいだ。
向こう側からは大勢の人がいるのがよくわかるほどにざわめき声が聞こえてきて、なんだかここに入るのは居心地がとても悪そうだ。思わず自分の格好に目を落とす。ここに来たときの格好ではここに入れないだろうけど、でもだからって、この格好は。
「さて、参りまショーか。本日のメインゲストさん?」
「はぁ?」
ベルボーイによって恭しく開かれた扉から眩しいキラキラと効果音をつけたくなりそうな光が溢れ出て、思わず手をかざす。そして、目が慣れてきた頃目の前に広がる光景に、ウチは息をするのを忘れた。
笑うとかじゃない。それ以前に、この人達の神経はどんな風にできているのだろう。皆が皆、どこか度の超えたかぶりもをかぶったり、仮面をつけたり、お面をつけたりしている。ふと気がつけば、自分の手を引いている人も鼻眼鏡を装着している。
あ、何か妙だと思ったら、ベルボーイもそのほか給仕している人たちも仮面をつけている。
「…何のパーティーですか?」
この場合、何もつけていないウチが変人なのか。いや、流されてはいけないと心中で葛藤しているウチに構うことなく、男はウチを引き寄せる。肩に掛かる手に、背筋を悪寒が駆け抜けた。
帰りたいとウチが思うには、もうすべてが十分すぎる理由だった。
なんでかオリジナルの方が1ヶ月更新になっているような?
ひさびさのラプンツェル。プロット書いてなきゃ、続きが書けなくなってるところでした。
このところ長編ばっかり書いてる気がします。何か短編書こうかなぁ…。
(2006/7/21 11:35:03)