幕末恋風記>> ルート改変:才谷梅太郎>> 慶応三年水無月 11章 - 11.5.1-理想と現実

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:才谷梅太郎

話名:慶応三年水無月 11章 - 11.5.1-理想と現実


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.8.2
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:3506 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(82)
才谷イベント「理想と現実」

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p.1

(近藤視点)



 庭の木々は青々と生い茂り、空はどこまで澄んで青くて、見上げているだけで吸い込まれそうな空をきっと葉桜君も見ているだろうと、彼女の部屋を向かった俺はまず部屋の前にいつもの姿がないことにわずかばかり落胆した。次にきちんと整頓され、いつでも出て行けそうな葉桜の部屋の中を見て、それに気が付いた。部屋のほぼ中央に置かれた一枚の白い紙に書かれた乱雑な文字を苦労して読んで、驚いて持ってた他のものを取り落とした。

「た、大変だ~!」
 紙には一言。



ーー一寸攫われてくる。葉桜



 家出とかならともかく、攫われるって。自分で誘拐されてくるって、何を考えているんだ。葉桜君は。

 トシの部屋に駆け込み、親友にそれをつきつけると眉間に寄せた皺を一段と濃くし、深く深く溜息をつかれた後で一刀に伏されてしまった。

「近藤さん、どうみてもこれは葉桜の悪戯だろう」
「へ…? 悪戯…」
「ああ、だいたい他のヤツに攫われたなら、本人の部屋にこんなものを置いておくより、俺たちに投げ文でもしたほうが効果的じゃねぇか?」
 そういえばと思い返してみれば、葉桜君自身もこの新選組内の指折りの猛者だ。ちょっと強いぐらいで彼女に手を出せば、返り討ちに遭うのは目に見えている。

「あんた、ちゃんと最後まで読んでないな? ってか、あいつもわざとこんな風に書きやがったんだろうけどな」
 突っ返されたそれをよくよく読んでみれば。

「~~~トシ、これってやっぱりワザとからかわれたって思っていいよね?」
 親友の姿は既に無く、俺は決意を胸に葉桜の部屋へと戻った。帰ってきた彼女に、真っ先に会うために。



p.2

(葉桜視点)



 潮の香りを嗅いだことがあるワケじゃない。だけど、周囲を取り巻く風も目の前に広がる大海原もすべてがこの人に繋がっているのだと感じることは出来る。隣にある気配から感じる意思にほくそ笑む。聞きたいことはわかっているつもりだから、黙ってついてきたのだ。

「うみはひろいなおおきいな、か。ここまで大きな船に乗ったのは初めてだよ」
 体を向けて微笑むと、才谷は満足そうに頷く。ここに来るまでの間、終始にこにこと笑っているのはいつも通りといえばいつも通りなのだが、やはりどこか無理している感が否めない。

「風が気持ちイイ~」
「気に入ってくれたかね?」
「ああ。すごいなぁ、梅さん。この船さえあれば、どこにでも行けそうだ…」
「連れて行ちゃおーか?」
 行けるものならば、という言葉を飲み込む。今は日本を、幕府を、新選組を離れられないワケがある。すべてを投げ出すような無責任さは持ち合わせていないんだ。自分の意思で受け取った約束がたとえ、役目に繋がっているのだとしても。やはり自分で始めたことの幕は自分で引くまで終わらない。

「わしは船に乗るたび、よう考えるんじゃ」
 遠くを見つめて未来を語る才谷はとても好感が持てる。もしも私が何も持たないただの女なら、まっすぐにこの人についていったに違いない。

「無意味な枠の中で停滞しゆうのは、まっこと意味のないことじゃと」
「ほりゃあ、人でも国でも同じやか。幕府も朝廷もない、ひとつの日本としてやり直すべきぜよ」
 だけど私は幕府を支える巫女で、その役目を誰かに譲るつもりもない。才谷の言うことはわかっても、この身はついてゆくことができない。

「葉桜さんもまっことはわかっちゅうはずやか」
 両肩を強く押さえられ、まっすぐに見据えられる。それから目をそらすことなんてしない。私はもう決めているから。

「私は、行けないよ。竜馬さん」
 彼の本当の名前を呼んでも、その手は緩まない。まっすぐにみつめる瞳は私を捕らえたまま揺らがない。これが、この人の強さだ。私も私の道を譲るつもりはない。これが、私の強さ。

「わかるからこそ、竜馬さんと同じ道を歩むことが出来ないんだ。私は、幕府の人間だから」
「以前に私の国の話をしたことがあっただろう? あの時、気が付かなかったか? 宇都宮藩の役目を聞いたことはないか?」
 古くから宇都宮藩は日光藩へ、東照宮へ参るための宿場町として栄えた所だ。東照宮を守る要藩の一つだ。

「けんど、葉桜さんはほがなことを気にする人がやないろーう」
 私自身のことは見えても、その奥まではやはりわからない、か。

「私が宇都宮藩の正統な血を持っていたとしても、か?」
 今度こそその目が見開かれた。今抜け出すことは出来るけれど、そうはしない。まっすぐに目を見て話さなければ、真実だと伝わらないから。

「こがなときに何故ほがな嘘を」
「そう思いたいなら、別に構わない。だけど、な。それがなくても私はいま幕府の側の人間で、坂本竜馬は幕吏に追われる身だ。どちらにしても一緒には行けないよ」
 逡巡する様子を真っ直ぐに見つめる。どう判断しても、私は一緒に行く道を持っていない。

「竜馬さんの考えは父様によく似ていて、そんな日本を私も見たいと思うよ。できることなら本当はついて行きたい。でも、今すべてを投げだして、逃げ出すことは出来ないんだ」
 何かを決心した才谷が急に葉桜を引き寄せ、腕の閉じこめる。

「ほんなら、このまま船を沖に向けて走らせるぜよ。わしは、おまんをさらってでも連れて行きたいからのう」
 そんなことができるなら、本当にできるならどんなにいいだろう。すべてから解放されてしまいたい。だけど、このまま行けたとしたら、きっと近藤さんたちを助けることは叶わない。そんなことになるぐらいなら。

「それなら、私はこの場で果てる。自分の意思でないとはいえ、すべてを捨てるぐらいなら…」
 投げ出したものの結果をみる覚悟まで持ち合わせてはいないんだ。

 はっきりと告げると、次の瞬間才谷は嬉しそうに大声を上げて笑った。

「はっはっはっ! そう言われると思っちょったぜよ!」
「えっ?」
「さすがわしの惚れた女じゃ。わしはそんなおまんに惚れたんじゃからのう。この幕引きは覚悟しちょった」
 体を離して目を合わせると、才谷は本当に心から笑っていて。それに安心してから、言葉の意味を考える。

「ほ、惚れたって…」
「ほんなら、港へ引き返すぜよ」
 体を離し、心からの笑顔を浮かべている才谷を不思議に思う。だって、さっき葉桜をさらってでも連れて行きたいと言った人物と同じには思えないからだ。たしかにあれは心からの願いだと思ったのに、それは私の勘違いだったのか。

「けんど、憶えとくぜよ。わしは本気で葉桜さんに惚れたんじゃ。まだ当分、日本は荒れる。けんど、この先いつまで続くか分からん戦乱の時をわしとおまんが生き延びられちょったら、そん時にゃ問答無用でかっさらいに行くぜよ」
「な、梅さん…!?」
「次にまた会える時が楽しみじゃのぉ! 二人で船ん乗って、遠い世界を見て回るぜよ!」
 もしも、もしもそんな夢みたいなことが叶うなら。

「あ、ああっ。ま、まるで…夢みたいな約束、だな」
 すべてから解放されて、日本を飛び出すコトが出来るというのなら。

「そん時んなってイヤとは言わんじゃろなぁ?」
「その時は喜んで、喜んでついていこう。だからいつか本当に私をさらいにきて、ください」
「…約束じゃ」
 触れそうに伸ばされた手が目の前で止まり、珍しく視線をそらして息を吐き、優しい笑顔でもう一度葉桜を見る。

「京へは他のもんに送らせるぜよ。このまま、おまんを見てたら、お手つきしてしまいそうやか」
 らしくない様子は普段のおちゃらけたそれではなく、真摯に葉桜を見つめている。その本気を受け取り、葉桜も微笑み返した。

「なあ、竜馬さんの考えている日本の話をしないか?」
 港に着くまでの間、私たちはたくさんの話をした。たくさん話をして、やっぱり助けたいって、この人の作る日本を見たいって、強く思ったんだ。

 だからってわけじゃないけど、別れの挨拶は外国風にしてみた。

「どうせなら、口の方が…」
「あはは、それは平和になってから奪いに来い!」
 今はまだお互いにやることがあるから、だからそれまでは。

「生き残れよ、梅さん!」
 陸から強く振り上げた拳に、才谷は大きく手を振って答えてくれた。



p.3

(才谷視点)



 こちらの気持ちを知っていて、それでも態度の変わらない葉桜さんに安堵すると共に、複雑な心境はぬぐい去れない。

 さらいに来てください、とそう言った時の葉桜さんの笑顔が目の前から離れない。あのときどれだけ抱きしめたかったか。どれだけ本当にあのまま連れ去ってしまいたかった。作り物ではない本物の笑顔なのに、なんであんなに泣きそうに見えたのか。

(なあ、葉桜さんの心はどこにあるがでか?)
 あの泣きそうな笑顔の意味を知りたかった。

あとがき

えーっと。
いろいろ行き当たりばったりのように見えて予定通り(どっちだ。
ヒロインが宇都宮藩の姫って設定は最初から作者の心の中にありました。
むしろ巫女よりそっちの設定が先にありました。
その辺を書くと、どんどん本筋から離れるので書けませんが、そのうち家庭環境についてとかも書けるといいなぁ。
でも、その話って新選組に全然関係ないですね。
関係在るとすれば、芹沢さんと良順先生だけだ。
てわけで、ちょっと解説。
ヒロインが普段「父様」と言っているのは育ての父です。
「弟」もその家族。
ヒロインの過去はいろいろドロドロしているので書かないです。


本編までは間に合わなかったので、また次の更新に回します。
いいかげん、ヒロインは酔っぱらった方が良いだろうかと考え中~。
(2006/8/2 10:51:53)