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書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:永倉新八

話名:慶応三年水無月 12章 - 12.2.1-女のカッコ


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.8.20
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:6380 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(86)
永倉イベント「女のカッコ」
一条ケイさんのリクエスト

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p.1

(永倉視点)



 そば屋で昼飯を食べ、腹ごなしに京の町を歩いていたら、道の向こうからエラく綺麗なねーちゃんが歩いてくるのを見つけた。年の頃は十五、六で、歩く姿に隙はなく、どっかの公家さんみたいに穏やかそうな空気を纏っているのに思わず息をついた。

 辺りも少しざわめきたつがそれは俺と同じような溜息を吐くものだ。とても好意的なそれの中、彼女が数人の浪人に路地裏へ引きずり込まれるのを見て、慌てて走りだす。距離は三間ほど離れていたけど、そんなこたァたいしたもんじゃねェ。ヤツらが始める前に止める自信もあった。だけれど辿り着いた俺が見たのは、昏倒したり蹲っている浪人たちの中、毅然と佇むあの女だった。

「…あーもう汚すと怒られるのは私なんだぞー…」
 ブツブツと呟く声に覚えはある。だけど、まさかと思うじゃねぇか。そしたら、女は俺を振り返って、いきなり怒鳴った。

「助けに来るならさっさと来いよっ」
「…お」
「そうすりゃ着物汚さずに済んだのに。烝ちゃんに怒られたら、永倉のせいだぞっ」
「オメー」
 その声も物言いも身のこなしも、気づいてみれば顔立ちや背格好にいたるまであいつに違いなかった。

「オメー、葉桜か?」
「何、まさか気が付かなかったわけじゃないだろう?」
 一応助けに来てくれたみたいだしな、とカラカラ笑うのはいつもの通りで、さっきまでの自分の考えが一気にどこかに飛ばされた気がした。

「近藤さんだって、一発で気づいたんだぞ。永倉が見間違えるなんて」
「悪ィ」
 近寄ってきたこいつの前で俺はどんな顔をしていたのか。ふっと俺の様子を息を吐いて少し哀しげに笑う。

「…そういや、この姿で遭うのは初めてだな。そんなに驚かれると傷つくなー」
 普段男姿に見慣れてるんだから、いきなりそんなに様変わりされてちゃ誰だって驚くだろ、などと言い返すことも出来ないでいる俺を通り越し、葉桜は再び陽の当たる往来へ戻ってゆく。それを慌てて追いかける。

「葉桜っ」
 声をかけると歩を止めて、くるりと振り返り、華のように笑った。こいつがこんなに女らしいカッコしてるのなんて初めてで、どう対応していいのかもわからなくなっている自分がいる。この永倉様ともあろうもんが、情けねェ。

「おー、やっと戻ってきた。せっかくだから、付きあいなさい」
「あ、ああ」
「烝に簪買ってこい命令受けて、しかもついでにこれを返品してこいとか言うのよ。あいつ、絶対この間みたいなことしてるから、助けて」
「この間?」
 今回はどうやら賭けに負けて女装しているらしく、その度に何かを買いに行かされるらしい。

 近くまで寄ると歩き出す葉桜の隣を歩く。普段なら気にならないほんの少しの身長差だというのに、隣で笑う葉桜の首筋から薫る香の匂いに理性が揺らぐ。

「この間は着物を届けに行って、そのあと選ばせられた。しかもそこの店主も商売人でさ、選ぶまで返すなと言われてるって聞かなくて。結局通りがかった近藤さんに助けてもらったのよ」
「今度も絶対簪を選ばせられる。私、そーゆーの苦手なんだよねー」
 だから、助けろという彼女の頭でりりり、と簪が揺れた。言葉遣いや対し方を除いてはほとんど別人で、俺は柄にもなく動揺していて、何を話したのかも実は覚えていない。

 烝の奴に頼まれた買い物というのも済ませ、橋の欄干に腰をかけて簪を揺らしている葉桜を前に、俺はようやく平静を取り戻しかけてきた。

「やっぱ近藤さんも永倉も選び慣れてるなぁ」
「経験ってやつだろうよ」
「私は興味もないから、さっぱわかんないや」
「…珍しい女だなァ」
「ああ、元々道場主だったって言っただろ? 普段から稽古着しか着なかったし、登城も男装で許されてたし。それに旅するのに女姿は不便だから、ずっと男姿だったし。新選組に入ったら一生着なくてもいいと思ってたんだけどなー」
 その言を意外に思う。だって、これだけの女だ。きちっと女姿で育てた方がいいに決まってんのに、子供の時分から稽古三昧かよ。

「なんて、もったいねェ」
「はははっ、近藤さんと同じこと言うね」
 笑うコイツを前に段々と腹が立ってくる。だって、こいつはさっきから俺と近藤さんを比べてばかりだ。

「オメーのこの姿はいつも近藤さんと土方さんは知ってんだよな」
「あと烝ちゃんも」
「他に知ってるヤツは?」
 うーんと考え込んでいるこいつの隣に立つ。

「とりあえず声かけてくるのは新選組じゃそれだけ。鈴花ちゃんとは外で遭ったことないしねー」
「マジか」
 いつもは巡察中でもところ構わず声をかけてる連中も、この姿の葉桜には気がつけないだろう。現に俺だってかわからなかったんだから。

「そういや近藤さんも初めてこの姿で遭った時、名前呼んだのに不思議そうな顔してたなー」
 こいつは、本当に鈍いな。そりゃやっぱり驚いたからに決まってんだろ。俺だって、声とあの状況だけじゃ確証なんてなかなか持てねぇぞ。

「オメー、もうちっと自覚持て」
「あん? 何の自覚よ」
 目線が低いせいで、見上げてくる視線が男の理性を揺らすってコトをだよ。出しそうな手を握り込み、ごくりと鍔を飲み込む。あの時の二の舞はご免だ。こいつは手加減しやがらねぇからな。今度は男を潰されかねねぇ。

「俺はこの姿のオメーを見たとき、どっかの公家さんかと思ったんだよ。身のこなしはいいし、何より隙がねェ。そりゃあやしいとは思うけど、そんなもんオメーの顔みりゃ一発で吹き飛ぶ。その化粧、山崎がやったんだろ。上手く化かされたな」
 話していたら、いきなり足踏みつけやがって、そのまま屯所とは別の方へ歩きだそうとしやがる。伸ばした手は交わされて。

「いつもは帰る頃に近藤さんに遭うんだけどさ、近藤さんとちょっと歩いただけで、面白いようにくっついてくるんだよ」
「な」
 あの人、葉桜にも手ェだしてんのかっ。

「別に構わないんだけどさー、頃合い見計らって成敗するっていうのがもう面倒くさくって嫌になるよ。ただでさえ、こっちは動きづらい女姿の運動の後で疲れてるっていうのにさー。まったく私は近藤さんの護衛じゃないって」
 瞬時に脳裏に近藤さんに手籠めにされる葉桜が思い浮かび、慌ててそれを振り払った。冗談じゃない。いくら近藤さんだって、やっていいことと悪いことがある。よりにもよって、葉桜に手を出していいはずなんてねェ。

「今日は大丈夫だと思ったんだけどなぁ」
 俺を心中を解さず、のんきに話しながらも葉桜は早足だ。それから、周囲に視線を走らせ、囁く。

「…逃げるよ」
 いうが早いかいきなり走りだす葉桜に驚いていると、辺りからわらわらと浪人が集まってくる。

「気づかれた!」
「急げ! 近藤の女を捕まえりゃ、手柄だ!!」
 な、しかも近藤さんの女だってェ!? 馬鹿言うな。そんなもんに収まるような女かよ!!

 すぐに葉桜を追いかけ、どこかの邸裏手で人気のない場所まで来てようやく追いつき、その後ろで庇うように止まると、あいつは足を止めた。

「ここまでこればいいか」
「なにやってんでェッ、早く逃げやがれ!!」
「この人数を永倉一人に任せるほど、薄情じゃないよ」
 隣に並んだ葉桜にぎょっとする。懐剣をふたつ逆手に構えている。刀振り回してるのなんて見慣れてるけど、これは初めて見る。てか、女姿で一体どこに二つも隠し持っていやがった。

「今日は本人もいないってのにまた多いねー」
「あぁ?」
「言ったでしょ。くっついてくるって」
 さっきは近藤さんが葉桜にくっつくって意味じゃなかったんかいっ。

「一人じゃ難儀だけど、永倉いるなら少しはマシかな?」
「まさか、その姿で出かける度に近藤さんと相手してるってのか」
「そう言ったよ」
 かかってくる相手の剣を飛び出して受け止め、風のようにその剣を振るう。一太刀毎にしっかりとその手を狙い、剣をたたき落としてゆく。その動きは一片の舞を見るようで、ひらひらと揺れ落ちる花弁のようで、見とれてしまう。

 外見で腕を判断するのは早計とも言うが、それでもこいつの強さは底が知れねェ。美しさに見とれようが見とれまいが、確実にその舞に斬り裂かれてゆく。命は取らない優しい剣のようで、その実死ぬほどの怪我を負わせながらも死なせてはくれない残酷な剣だ。

「はぁっ!」
 かかってきた相手を俺が叩っ斬ったのは、葉桜の半分にも満たない。当然俺は掠り傷ひとつ負っちゃいねぇけど、葉桜は動きにくいと言いながら袂を斬られたぐらいで済んでいるのがなんっか納得いかねぇ。

 屯所に戻る前、一時的に壬生寺で休憩したときに零すと、からからといつもの調子で笑われた。

「そう怒るなって。お互い怪我してないんだから」
 なんでこいつは見た目こうなのに、いつもいつもいっつも大人しく出来ねぇんだよ。

「聞いていいか?」
「山崎との賭けの話?」
 なんでそうなる。

「動きづらい女姿の運動の後で疲れてるってのは、昼間のあれか」
「他に何があるよ。…あーぁ、折角もらった饅頭、斬られた方の袂に入れてたっけ」
「んで、くっついてくるってのはあの浪人で、成敗ってのはさっきみたいな斬り合いってことかよ」
 心配して損したぜ。俺はてっきり近藤さんに手籠めにされちまったかと思って、焦っちまったってのに。

「なにボソボソ言ってんの」
「なんでもねェ」
「? ならいいけど、屯所に戻ろう。あんまり遅いと外出禁止にされる」
 不思議そうにしながらも差し出された手を思いっきり叩いて、立ち上がる。いっそ外出禁止にされた方がイイに決まってる。俺たちにも相手にも。

「そうだなっ」
 だけど、こいつは聞かないだろうな。守ると、入ってきたときから豪語してきたやつだから。敵も味方もなく、ただ守るために来たのだと、正直に話してくれたときは冗談だろと笑ってやっていた。だけど、サンナンさんの時にこいつの覚悟のほどを知った。命を張るほどの覚悟だと言うことを。

「ねー途中に美味い菓子屋があるんだよ」
「…しょーがねぇな」
「よっしゃ。これで袂のぶんチャラにしてもーらおーっと」
「て、烝にかよっ」
「当たり前でしょー。私は菓子より酒のがいい」
 言い切るな、この蟒蛇め。

「そういや、土方さんにイイ酒が届いてるって聞いたなー。分けてもらおうっと」
「なんでんなこと知ってんだよ」
「ふふふ。人望よ、人望」
 それより、なんでそんな簡単に分けてもらえるんだよ。まさか土方さんもこいつのことを。

 隣を歩く葉桜の手を掴む。でも、こいつはまったく動揺することなく握り替えしてくる。慣れているという感じが悔しい。

「永倉、けっこう手ぇ熱いね」
 そりゃおまえだからだ。柄にもなく、緊張してやがる。

「私相手に緊張してんの?」
「そうだよ」
「へ?」
「…冗談だよ」
「な、なんだ。吃驚させないでよ」
 暑いなぁという葉桜が顔を背けるので、普段よりも露わな項が目に入る。普段の姿なら、こんなにそそられることもねェってのに。わざとやって、るわけねぇか。

「あ、何笑ってんの」
「はははっ、なんでもねぇよ」
 変な永倉、とスタスタ先ゆく葉桜に手を引かれるように歩きながら、やっと気が付いた。こいつは新選組でも俺や総司と張るぐらいの女丈夫で、誰よりも男勝りだけれど、結局は女だってことだ。これほどの女はなかなかいねぇんだ。誰だって惹かれるに決まってる。

 いつものように葉桜の肩に腕を回す。

「永倉、歩きにくい」
 憎まれ口は叩くけれど、それは決して本気で嫌がってはいなくて。こいつにとっては新選組だろうが町人だろうが、気にいっちまえば男も女も関係なくて。

「なぁ、土方さんに酒分けてもらったら俺も誘ってくれよ」
「えーやだ」
「やだってオメー」
「つーか無理。だって、たぶん土方さんと飲むし。飲みたかったら、自分でもらって」
「なんだよ、友達甲斐のねーやつだな」
「私は自分が美味しい酒もらえればいーんですー」
「なんだとー?」
「きゃー、永倉サンに襲われるーっ」
 腕の中ではしゃぐ様子はいつものとそうは変わらない。変わるとすれば、俺の気持ちだけだ。

 こんなに葉桜のことを女と想っている自分なんて気が付かなかった。いつもは馬鹿話ばっかりで、俺や左之の下ネタ話でも平気で乗っかってくるし、姿だって普段は優男に見える程度で女の部分なんて欠片も見えなかった。いや、白装束で髪を下ろしてれば見えないこともないが、まあその程度の認識しかしていなかったってワケだ。

 ちょっとは女姿をすれば見れるようになるとは考えていたけど、口に出すことはなんとなく避けていた。見たいけど、それは俺だけに見せて欲しいわけであって、他の奴になんて見せてやりたくなかったんだ。だから、男姿だってコトに何となく安堵していた。

 て、なんだよ。俺はもうずっと葉桜のこと気になってたんじゃねェか。こんな簡単な気持ちにも気が付かなかったなんて、情けねェや。そうだ、葉桜は大切な仲間で、でもそれだけじゃない。女姿でまっすぐに見つめられると簡単に理性が崩れちまいそうなほどに。

「んじゃ、こんど旨い酒仕入れてきてやるよ」
「マジ!?」
「二人で飲もうぜ」
「やったーっ」
 気が付く前ならいざ知らず、もう俺は気が付いちまったんだ。これからは、近藤さんと土方さんばっかりに葉桜は独占させねェ。

 決意を固める俺を不思議そうに見ていた葉桜は目を合わせると、ふわりと微笑んだ。風に流され、またリリリ、と簪が鳴いた。



p.2

「永倉君~、ちょっといいかな~?」
 葉桜と大立ち回りを演じた後で屯所に戻り、夕餉も済ませてから葉桜の部屋へ向かっていたら、いきなり近藤さんに呼びとめられた。

「なんですかい?」
「今日、葉桜君と帰ってきたんだって?」
 これでピンと来ないほど、俺は鈍くはねェ。葉桜にその気はなくても、近藤さんには違うってコトだ。俺と同じ位置にいるに違いない。仲間で、命を張ってくれるほどの友達で、その上、恋愛感情なんてこれっぽっちも持ってもらえねェっていうな。うわ、自分で哀しくなってくるな。でも、ここで引き下がる気はねェ。

「近藤さんの手間ァかけさせませんよ。これからは俺が迎えに行きますって」
「そうはいかないよ~。だって葉桜君は俺の女に間違われているんだから、俺がいてやらなきゃ」
「近藤さんが一緒にいなきゃ、その噂も消えるんじゃァないですかい?」
 そうとう本気だな、近藤さん。だけど、俺にだってこれは譲れねェ。これ以上、近藤さんの女なんて噂を立てられちゃ困るんだよ。それで、葉桜が本気になるコトなんてないだろうけど、万が一ということもある。

 火花を散らし合う俺たちの隣をタタタ、と人影がすり抜けてゆく。その影はまっすぐ土方さんの部屋へ向かい、その障子をためらいなく開け放した。まず屯所内でそんな命知らずな真似が出来る奴は限られる。

「土方さん、良い酒入ったって聞いたんですけどっ」
 部屋から出てきた土方さんが、咎める声と共に葉桜をそのまま引き込んでいく。ったく、本当に困った奴だぜ。

 近藤さんをみると、後頭に手をやっていて、軽く息を吐き出してから、俺と顔を合わせて微妙な笑いを浮かべた。考えることは一緒らしい。

「こら、人前で大声でいうな」
「聞こえたっていいでしょ。みんなで飲んだ方が美味しいのに」
「俺はひとりでやんのが好きなんだ。ジャマさせるな」
「…ふーん、じゃあ私もダメ?」
「そうは言ってねぇだろ。それにお前とはまだ決着がついてねぇんだ、今日こそ覚悟しろよ」
「フフン、今日は待ったなしですよ」
 …きっと一番問題があるのは葉桜の言葉だとつくづく思う永倉と近藤だった。二人同時に土方の部屋の障子を開け放つ。

「トシ、それ俺も混ざりたいな~」
「葉桜、オメー、今度は何の勝負してんだ?」
 二人で障子を開けたとたん、土方の眉間に皺が復活し、葉桜が「碁」と簡潔に答えたのは言うまでもない。



あとがき

一条ケイさんのリクエストで【女のカッコ】です。
大幅に展開が違う気がしても、気にしてはいけない(ォィ。
三つ巴になってしまいますね。
ここに山南さんまで出てくると大変なことに。
沖田が混ざるともっと大変に。
できるだけそろえないように書かなきゃ…u
(2006/8/20 12:35:55)