闇の中に、ひたりひたりと気配が忍び寄る。ひたり、ひたり、と。それを嗅ぎつけて、葉桜は一度布団に潜り込み、次には思い直したように起き上がった。
傍らの灯籠に火を入れて、障子に浮かび上がる黒い影に問いかける。
「今夜は一体誰で何の用? 私、明日は死番なんだけど」
恐ろしい鬼のように大きく見えるその影が、ガタリと動揺の音を立てる。ホンモノの鬼ならば、どうして動揺することがあるだろう。つまり、これは隊士の誰かがこりもせずにやってきたのだろう。
灯籠の弱い光にゆらゆらゆれる大きな影が、障子の前に立った。それでも踏ん切りがつかないのか、開ける様子はない。そこまで気弱なヤツがこの新選組にいただろうかと考えかけ、やめる。誰だって、時には心が弱くなるときがあるというものだ。だから、聞かない。
「話したいなら勝手に話して。ーー聞いててやるから」
言葉自体は投げているようで、その実はとても優しい響きで満ちているから。たったそれだけで、相手は心の絆されてしまうほどに温かいから。
ひとしきり彼の話を聞いた後、彼もまた寂しそうな笑いと共に零していなくなった。
『ーー敵わないなぁ、葉桜さんには』
たった一度でも想いを伝えたかったのは本当だけれど、それ以上に己の弱さを零せる相手が欲しかったのだと。常には人斬りだ鬼だと騒がれる猛者であっても、結局は人間なのだ。弱さがないわけがない。
灯籠を消して、もう一度寝床に横になろうとして、今度は自分の足で立って、廊下へ顔を出す。姿は見えないが、確かに自分が姿を現した瞬間に動揺があちこちから伝わってくる。
「今夜はもう店終い。おやすみ~」
ぱたん、と。障子を閉じて、今度こそ布団に横になり、気配が完全に無くなる頃にはすぅすぅと穏やかな寝息が部屋に響いていた。
「で、それはいつの話だよ」
眉間に土方みたいに皺の数を増やして、不機嫌そうに聞いてくる永倉に努めて明るく笑いかける。
「あはは、そんなのもうずっとだ」
さらに皺を増やしているであろう永倉に背を向け、両手を組んで前に突き出して、身体を伸ばす。先ほどまで昼寝していたので、少し身体が怠い。本当は一番土方の部屋が寝やすいのだが、流石に毎日行くと怒られるので、けっこう葉桜は永倉の部屋で昼寝することが多い。
ここは他の誰とも違う感じの部屋だ。どちらかといえば、父様の部屋はこんな感じだ。これと書物の匂いがあれば完璧だ。
「ずっとって、ずっとか?」
「ああ、新選組に入った夜にまず夜這いに来たヤツがいてだな」
後ろで盛大に驚いた音がするけれど、とりあえず流しておく。
「まあそんなもんは返り討ちにできるからいいんだけどよ、その足で鈴花ちゃんを襲われたら困るから、襲われるってコトがどういうことか身をもってわからせてやってだな」
何をしたんだとか小さく呟いているようだが、ちょっと急所を蹴りつけてやっただけだ。
「そしたら、泣き言言うからそのまんましゃべらせといたら、なんだか礼言われて帰られて。次の夜から夜這いを口実に来るのが増えちまったってワケ」
あははと笑って話していたら、いきなり後ろに引き倒された。目の前の永倉の苦しそうな顔を見上げる。てっきり土方化しているかと思ったんだけど、そうではないようだ。
「…オメーはよォ」
心配している男の頬を撫でながら、クスリと笑う。
「永倉が気にかけることじゃないぞ? 話すだけで楽になれるんなら、いくらだって聞いてやれる。私にはそれしかしてやれない」
「だからって、付き合う義理なんか」
「あるよ。ここに置いてもらってる」
「…んなことねェよ」
「こうして心配してくれる仲間もいるしな」
抱きしめる腕に力が篭もって。葉桜は心から幸せに笑った。
「だから、私は幸せだよ」
「そうかよ」
「うん」
何を書きたかったのか、途中でわからなくなりました(爆。
とりあえず、「ハートの国のアリス」攻略中で進んでいません。
キャラクターにははまるんですけど、世界構成とか微妙…ってこんなの書いてる自分がいうことじゃないですね(笑。
余談ですけど、この夢主人公のベースは「モノカキさんに30のお題」で書いたはーさんです。
(2007/2/20 10:28:58)