幕末恋風記>> ルート改変:永倉新八>> 慶応四年如月 16章 - 16.4.1-温もり

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:永倉新八

話名:慶応四年如月 16章 - 16.4.1-温もり


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.12.13
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:2451 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(121)

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p.1

 部屋と廊下の境目に座り、葉桜は素足を投げ出し、両手で包み込むように持った湯飲みからお茶を啜りつつ、外を眺めていた。本日はあいにくの雨である。江戸へ来て以来、外へ出て歩き、気持ちを落ち着けていたのだが、こういう日は出て歩く気もしない。

 シトシトと降る雨の音を目を閉じて聞いてみる。そうすると、不思議に気持ちが落ち着く。でも、目を開けて現実を見つめてしまうと不安が襲ってくる。

 何度震えて眠る夜を越えれば強くなれるのか。何度一人で過ごす夜を越えれば皆を守れるほどに強くなれるのか。少なくとも、今の自分は全然強くないと、葉桜は思っている。弱くて、とても弱くて、一人でいられないほどに弱いから、不安が消えていかないのだ。

 不安なときほど笑うようになったのはいつからだろう。笑顔は唯一、弱さを強さに変えてくれる武器だから、そうすることしかできなかった。

「葉桜、いるか?」
「何かくれるのかー?」
「その、いる、じゃねェ」
 降ってくる拳を受け止めて、見上げてにやりと笑う。ちゃんと笑えているといい。これは、こんな不安なんて知られるのは格好悪いから、誰にも本当に知られたくないんだ。

「はははっ、冗談だ。それより、時間あるならちょっと寄ってけよ」
「あぁ」
 どかりと葉桜の斜め前に胡座をかく永倉を前に、葉桜はまた外へと視線を移した。

「何してんだァ?」
「雨を感じてる」
「?」
「目を閉じてみればわかるよ。雨の唄が聞こえてくるんだ」
 笑顔の源はいつだって父様との想い出で、この話も雨を哀しんでばかりいた小さな葉桜に教えてくれたのだ。

「小さい頃は雨が降ると哀しくて、哀しくて、私は父様を困らせてばかりだった。世界が嘆いているように感じていたのかもしれないけど、今はもうよく憶えていないんだ」
 ウソだ。本当ははっきりと憶えている。雨の中に私は世界の終わりを感じていたんだ。

 じっとこちらに向けられている永倉の視線を受け止めて、顔を向けずに静かに微笑む。

「そういうときに父様は決まって、私を膝に寝かせて、お話してくれたんだ。いろんな楽しい話を私が眠るまで続けてくれて。その後で、雨は楽しいもんだ、って教えてくれた」
 だから。

「だから、こうしているととても落ち着くんだ」
 雨の中で記憶の中の父様の優しい声が聞こえてくる。低くて、少しだけ濁声で、明るい優しさに包み込まれる。今はもうない温もりを思い出す葉桜を現実に温かさが包み込んで、ゆっくりと目を開けた。

「何の真似、永倉?」
 外そうとは思わなかった。人の温もりは、暖かいから。

「落ち着くか?」
「…まぁ、少しは」
 そういうと少しの間を置いて、抱きしめる腕がきつくなる。

「なんだ?」
「…わかってたけど、オメーはマジで鈍いな」
 その意味が分かって、小さく笑う。

「はっ、それでいいんだ。私は」
「え?」
「しばらく、このままでいいか?」
「あ、ああ」
「ありがとう」
 わかってはいるんだ。だけど、これ以上、巻き込めないから応えない。何も、話せない。ずるいけど、永倉の温もりは父様にとても近いから。卑怯だとは思うけど、少しの間だけ温もりを分けてください。



p.2

(永倉視点)



 江戸に戻って以来、葉桜はじっとしていることがなくて、いつも誰かを探すみたいに出歩いていた。雨の日ぐらいは居るかもしれないという淡い期待で部屋に行ったら、葉桜は一人で座って茶を飲んでいて。座れというから、座って話を聞いていたら、あんまり哀しそうな顔で笑うから堪えられなかったんだ。

 その上、抱きしめたというのに葉桜は全く動揺もなく、体を預けてきて。

「落ち着くか?」
「…まぁ、少しは」
 平然と返しやがって。俺の気持ちなんて、全然知らねェみたいな感じで笑ってやがって。マジ、オメーはずりィよ。

「マジで鈍いな」
 思わず零すと、思いも寄らない答えが返ってきた。

「それでいいんだ、私は」
 後はもうこちらに聞き返す時間もなく、静かに眠りについてしまって。安心しきっているそれを前に俺は動けるわけもなくて。

「んだよ、それ」
 たった一言で、全部わかった。全部、全部わかってしまった。こいつは、葉桜は全部気がついていて、それで選んでいる。そして、全部を受け入れて、ここにいる。

 その中で俺がどういう存在になっているかわからないが、少なくとも男としての意識はされてないのだけは確かだ。

「どうすりゃ、葉桜は俺を見てくれんだ?」
 表情のない寝顔に問いかけても答えはなく、俺は抱く腕に軽い力を込めて引き寄せ、小さな額に口づけた。

 たとえ自分一人だけを見てくれなくてもなんて、俺には思えない。好きな女の心の全てが欲しいと願って何が悪い。俺は、葉桜の笑顔が欲しいんだ。俺のためだけの笑顔が。

 それが望めなくても、葉桜にだけは絶対に幸せになって欲しいという想いはあるが。

「俺は、オメーに何をしてやれる?」
 想いのすべてをかけて、助けてやりたい。こいつに掬う闇の中から引き揚げてやれたら、きっと本当の笑顔が見られるはずだから。

「…葉桜」
「ん」
 腕の中で身じろぎしたかと思うと、ゆっくりとその瞳が開いた。ぼんやりとした瞳が、嬉しそうに笑う。たぶん、無意識に。

「大丈夫」
 普段では聞いたこともないほどに柔らかで優しい声で囁く。声が、届いたのかと思った。

「私が、守るから」
 再び閉じた瞳を前に、やはり俺は動くこともできやしねェ。こいつは、葉桜は。

「大馬鹿だ、葉桜。俺の言いたいこと盗んじゃねェよ」
 考えるまでもない。俺が今こいつにしてやれることは共に戦い抜くことしかないのだから。

「葉桜も、葉桜の守るモノも全部ひっくるめて、俺が守ってやっから。あんまり独りで気負うんじゃねェよ」
 安心しきって眠る葉桜の額と自分の額を合わせ、俺は声を立てずに笑った。共に戦って、戦って、戦い抜いて。葉桜が俺を見てくれるかどうかはその後だっていいだろう。今はただ、葉桜が生き抜けるように一緒にいてやればいい。それだけで、十分だ。

 だから、最後まで逃げずに、戦い抜こうぜ。なァ、葉桜?

あとがき

次回に分けるかどうかの境目。
ですが、分けずに更新します。
今週も忙しいですが。
こんなに急いでも年内に終わらせるのは厳しそうですね。
去年の今頃はこの話の構想だけしかなかったのに(しかも、芹沢さんの件までしかなかった)、16章まで書くことになるなんて。
今さらながらに、やりすぎかなと心配しています。
いや、書いている自分は楽しいのでいいのですけど、読んでくださる方々が大変かなと。
ゲームはちまちまがんばっているんですが、進められません。
音を選んでいる時間がない。
それさえなけりゃ、公開してもいいかもーとかてきとーに考えているんですが。
誰か代わりに音をつけてください。
お願いします(マテ。
ウソです。
多分、ゲームにするなんて、今後なさそうなので自分で愉しんで創ります。
一応、最終話更新と同時に配布する予定なので(未定で、無謀ですが)、気長にお待ちください。


閑話が長いですね、スイマセン。
一応、次回は近藤さんメインの話です。
ツネさんが出ます。娘も出したいです。
揺れるヒロインの心をどうするか考え中です。
ツネさんが思うように動いてくれると平和に進む予定。
ヒロインは各々の心を少しずつ受け止めてはいますが、恋愛初心者なのでどうなるかわかりません。
近藤さんも土方さんも永倉さんも斎藤さんも原田さんも山南さんも沖田さんも梅さんも…みんなガンバレ(ォィ
(2006/12/12 00:51:44)