幕末恋風記>> 本編>> (明治三年春以降) 終章 - 終わらない宴

書名:幕末恋風記
章名:本編

話名:(明治三年春以降) 終章 - 終わらない宴


作:ひまうさ
公開日(更新日):2007.5.2 (2008.12.10)
状態:公開
ページ数:6 頁
文字数:10330 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 7 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
1-選択:揺らぎの葉(156)
2-桜宴:揺らぎの葉(157)
3-終わらない宴:揺らぎの葉(158)
4-あとがき
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p.1

1.0-選択







 北の大地の夏は遅く、短い。だけど、たしかにそこに夏はあって、それは京よりは寒いけれど、夏は夏だった。

 木の枝に腰を下ろし、ゆらゆらと足をぶらつかせながら下を見下ろしつつ、扇子を揺らす。面倒な髪結いはせず、留めない髪が風にわずかに揺られて、さらってゆく。数人が贈り物をしてくれたけれど、葉桜の髪に留めることが出来たのはただ花のみだ。サラサラと砂のように零れて消えてしまいそうな光を風に流している髪に器用に飾られた白い花は落ちるか落ちないかギリギリのところで絡まり、留まっている。

 着ている着物も贈り物の一つだ。薄桜色の女物の着物を葉桜は嫌がることなく着ているが、行動は普段と何ら変わりない。

 酒盛りから数日、葉桜はそこに留まっていた。毎日皆が忙しそうだけど、自分がやるべき事はないし、もういる意味なんて見出せなかったのだけど、ただそこにいることが心地よくて。

「…ぁ…ふ…」
 大口を開けて欠伸をする。こんなところを目撃している者もいないから、当然口うるさく注意されることもない。

 やることがないのは平和な証拠で、こんな毎日が続くことだけが葉桜の今の願いだ。変化を求めているワケじゃない。ただ、こんな風にのんびりとした毎日だけが望みだった。

 争いのない国も世界もない。だけど、ほんのひとときの平和ぐらいはあってもいいと思う。次の争いは次の世代へ任せればいい。自分の為すべき事はすべて終わったのだから。

「、にしても暇ねぇ。誰かからかってこようかな」
 ぱちり、と手元の扇子を鳴らす。同時に両目を閉じて、目当ての人を探す。そんなことぐらいはもう呼吸するように楽に出来る。



▽2007/09/14 →近藤を探す re120070920

▽2007/09/14 →土方を探す re120070915

▽2007/09/14 →沖田を探す re120070917

▽2007/09/14 →山南を探す re120070916

▽2007/09/14 →永倉を探す re120070914

▽2007/09/14 →斎藤を探す re120070918

▽2007/09/14 →原田を探す re120070919

▽2007/09/14 →才谷を探す re120070921

▽2007/09/14 →山崎を探す re120070922





p.2

 ぱちりと再び扇子の音を合図に目を覚ます。一人一人に会いに行くのもいいんだけど、なんだかだんだんと午後のまどろみに身を任せてみたい気分だ。端的に言えば、移動するのが億劫になっただけだが、それも自分らしいといえばそうだと返されるだろう。

 もうひとつ、大きな欠伸をする。そうすると、いよいよ眠気は強くなり、一、二、三と数える間に本当に眠れそうだ。一二三と書いて「うたたね」と最初に読ませた人は天才だと思う。

 心の中で、いち、と数える。風がゆるりと足を撫でて消える。

 心の中で、に、と数える。白くて甘い闇がゆるりと自分の中へと広がってゆくのを感じる。

 心の中で、さん、と数える。遠くで聞こえる爆発音を子守歌とするように、葉桜は意識を放した。たぶん、山南が何かの発明に失敗して、これからみんなでわらわらと集まって、また騒ぐのだろう。何が起こったのかは、後で誰かに聞きに行けばいいや。

 春まではまだ遠く、一日は長く大切だ。平和をただ満喫して眠るこの時も、大切だ。たった一年だけど、何かが変わる訳じゃない。私は何も変わらないし、誰も何も変わらない。変わることは大切だけど、変わらないことが大切なことだってある。葉桜にとって、変わらなくて大切なのは、ただ、日常。あたたかな日差しの中でまどろんでいられる平和な時間だ。

(平和だなぁ)
 遠くで聞こえる喧噪を子守歌に眠る葉桜の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。



p.3

2-桜宴







 時間はゆっくりと穏やかに過ぎて、あの日から一日を大切に大切に葉桜は過ごしてきた。蝦夷共和国として独立したこの国で、元新選組の面々はそれぞれに役を受け、仕事に勤しんでいる。そして、葉桜はあの転化を行った翌日は一度消えかけはしたものの、それからゆっくりと姿形と色を取り戻し、一年かけてすっかり以前の姿に戻っていた。今は国守りの巫女として、日々を過ごしているのだが、取り立ててすることがあるわけでもなく、ふらふらと好きなように出歩いては周囲を心配させている。

 ゆっくりとだが確実に時間は過ぎ、夏が来て、秋が来て、冬が来て、そうして、やっと北の大地に春が来た。この地に桜はなかったが、葉桜たっての願いで五稜郭の敷地内に染井桜を植えてあった。春になればそれらは薄紅よりももっと薄い僅かに緑がかった華をつけている。

「うーん…この辺りはどうして緑が入るのかしらね?」
 蕾をつけ始めてから毎日通っていた葉桜だったが、その日はことさらに早くその場所を訪れていた。夜も明けやらぬ間から、満開に咲き誇る花の枝に腰を下ろし、ゆらゆらりと両足をぶらつかせる。着ている着物は薄紅色で、白く描かれているのは大輪の花だ。その姿で桜の中に埋もれて、目を閉じた。

 やっとこの日が来た。誰にも、何も言っていないけれど。きっと、今日が本当の別れの日。今日まで持ってきた身体も見た目は元に戻って見えるが、直に消えてなくなる予感がした。どうせ消えるのならば、この花の中に溶けてしまいたい。そんな風に感じているのも確かだ。

 今日は遠方から藤堂と鈴花もやってくる。だから、花見をしようということになっていたのだが。

「もう散り時なのね」
 ぽつりと呟いた言葉も、全てが花の中に溶けてゆく。

 宇都宮を出てからここまで多くのことがあって、とても楽しかった。哀しいときや苦しいときもあったけど、やっぱり残る想いは楽しかった事ばかりだ。今までの全てに後悔していないワケじゃない。やり直したいと思った時もあった。だけど、選択したことに間違いはなかったと信じている。たとえ、自分が消えてしまうのだとしても、それも運命なのだろう。

 人の気配に目を覚ました時には太陽がもう昇りきっていたから、おそらく正午をまわっていただろう。一人訪れる度に指先で呪を描き、ひとつひとつと花を生み出してゆく。人でなくなってからというよりも、土方に想いを開放されてからすべての力は戻っていた。そういえば、父様といるときは使う事なんてほとんどなかったから、自分が元々は巫女の力を惜しみなく使っていたことを忘れていた。

「見事な桜ですね」
 最後に藤堂夫婦が訪れて。鈴花の感歎のため息に皆が賛同している様を上から眺めながら、自分を隠していた結界を消した。とたんに、辺り一面に出現させた花片が舞い落ちる。上手い具合に風に流され、煽られて、辺りは鮮やかな色彩に包まれた。

「いらっしゃい、鈴花ちゃん」
 軽く木から飛び降りる葉桜からも僅かに花片がこぼれ落ちる。幻想的なその様に、一同は言葉を無くしていた。

「お久しぶり、葉桜さん。…あの、葉桜さんですよね?」
 戸惑う鈴花にここで暮らしている面々は不思議そうな顔をする。鈴花はやはり鋭い。もう自分の気配なんて、ほとんど人ではないだろうから。

「わからないかしら、鈴花ちゃん?」
「え、い、いえ。疑っているわけじゃなくて、その…っ」
「そう、わからないの。私は鈴花ちゃんのこと忘れた事なんてなかったのに、鈴花ちゃんは私の事なんて忘れてたのね」
「えええ、いえ、本当にそうじゃなくてっ」
 慌てて弁明する鈴花の腕を引き寄せ、出会ったときと同じようにぺろりとその耳をなめた。

「きゃぁっ」
「葉桜さん!?」
 鈴花の小さな悲鳴に即座に藤堂が駆け寄ってくる。それは、大切にしているという証だ。

「あははっ。相変わらず隙だらけよ、鈴花ちゃん」
「こんなことするのは葉桜さんくらいですよ、もぅ~。…やっぱり、葉桜さんですね」
「ふふふ」
 鈴花を守るように抱えて困惑している藤堂の頭に手を置く。彼は少しの警戒を見せるが、困惑の方が強いようだ。

「鈴花ちゃんを幸せにしてくれてありがとう、藤堂」
「そんなの、当たり前だよ」
「うん、当たり前よね」
 当然のように返してくる相手の頭をそのままぐしゃぐしゃと撫で回すと、迷惑そうにしているのが面白い。

「おい、葉桜。宴会の準備してたんじゃねーの?」
 その葉桜の頭を後ろから小突いた原田に向き直る。

「ああ、してあるじゃないよ。そこに」
 葉桜の指したその場所には先ほどまでは何も無かったはずだが、しっかりと朱い敷物が敷かれ、重箱やら酒やらが用意されていた。

「おお、すっげーっ」
「これは葉桜君が作ったのかい?」
 口々に出される感歎の声をあっさりと葉桜は否定する。

「いいえ、城下の美味しい小料理屋で作ってもらったの。料理は得意じゃないし、綺麗な花と美味しいお酒に私の料理じゃ釣り合わないわ」
 さあと促されるままに全員が席に着き、そうして宴会が始まる。楽しい楽しい宴会が。

「ささ、ぐいっと!」
 葉桜がどこからかもってきた大きな杯に並々と酒を注いで薦められ、戸惑いながらも藤堂がそれを手にする。

「マジ? マジでこれ?」
「大丈夫、いけるって。この酒ちょー薄いもん」
「そりゃあ、葉桜にかかっちゃ、大抵の酒は薄いだろうよ」
「オメーが弱いのは外来の酒だもんなー」
「外来の酒ならあるがでよ」
 皆で藤堂を囲んでいる中でいきなりかけられた言葉に葉桜が振り返る。そこには、本当に久々に見る姿があった。以前と変わらない飄々とした様子に安堵して、思わず涙ぐむ。

「梅さん…」
「葉桜さんはせんばんときれえになっちゅう」
「いつ…なんて、あなたには愚問ね。お酒、いただいても」
 ふらりとそちらへ行ってしまいそうな葉桜の腕を永倉が引き、倒れ込んできた身体をしっかりと腕に抱き留める。視線は、才谷に向いていた。

「才谷さん、冗談はやめてくれ。こいつァ、酔うととんでもねぇから」
「ちょ、とんでもないって何よ!!」
「オメーは覚えてないだろうが、あんときゃ俺と左之はひでェ目にあったんだぜ」
 抜け出そうともがいても動けない。そういえば、永倉も女の扱いに慣れた奴だった。こんな風に押さえ込むのは慣れているのか。

「ひどい目? ちょっと迫ってみただけじゃないの。あんなのいつもやってもらってるでしょ?」
「覚えてんのかよ」
「ふふ、今更しらばっくれてもね~。って、こら、いい加減に離しなさいよ、永倉」
 掴まれた腕が痛いというと、難しい顔をしてからぎゅうぅと強く抱きすくめられた。抗議の声を上げようとしたが、囁く言葉にそれをやめて、甘んじて受け止める。

「…わかってていうなよ。惚れた女に迫られて、平気でいられるわけねェだろ…」
 あの時から既に自分に惚れていたのかとは問わない。すべては今更、だ。返答の代わりに腕を背中に回して、こちらからもぎゅうぅぅっと抱きしめ返す。

「葉桜…」
「何も、返せないのよね」
「え?」
「…何も、返せないの」
 繰り返す葉桜の言葉にのろのろと永倉が力を抜いて、腕の中の葉桜を見つめる。それに対して、ただにっこりと葉桜は笑ってみせた。緩んだ腕から抜け出して、ひらりと才谷と山南の輪に入る。

「いいのかい、永倉君は?」
「ええ。梅さん、それちょうだい」
「いいぜよ」
 才谷の注いでくれる血のように紅い酒を一気に煽ると、喉が灼けるような感覚が通り過ぎて、後には軽い酩酊感が残る。

「くぅぅぅ~っ、これは効くわね~っ」
 くらりと身体を揺らした葉桜を山南が抱き留める。

「普段はあれだけ飲んでも顔色ひとつ変わらないのに、たったこれだけで…?」
「この国の酒だったらいろいろ飲み尽くしたんですけど、どうも外来の酒は身体が慣れないみたいでね。わいん、でしたっけ?」
「ええ、そうやか」
「もう一杯いただいても?」
 嬉々として才谷が杯に注ぎ、それを葉桜がまたも一気に飲み干そうとした瞬間だった。傾けた杯が手元から消える。見れば、奪い取ったのは原田だ。そのまま一気に飲み干した原田の隣で、またも永倉が騒ぐ。

「だーかーらー、マジでやめてくれよ、才谷さん。こいつのは本気で質悪いんだってっ」
「質悪いってなによ~」
「つか、もう酔ってるじゃねぇかっ。その腕はなんだよ、その腕は」
 言われて気がつく。いつの間にか、山南の首に両腕を回して抱きついていた。

「っと、ごめん。首絞めちゃうところだった」
「!?」
「いや、ほんと、ごめんなさい」
 両腕を外し、名残惜しそうな山南にそのまま今度はしっかりと抱きつく。最初と変わらない感触にほぅと安堵する。

「…生きててくれて、ありがとうございます」
 聞こえてくる心臓の音。それは生きている証。自分のはもうそんな音を聞いていない気もする。ひどく弱い心音はこういう場に紛れると聞こえなくなる。

 以前と同じような状態であったとしても、それだけは決定的に違った。人間として生きている彼らと、妖となった自分。どう考えても、並び立つことはもう叶わない。だから、自分が消えてゆくことは正しいのだ。

「葉桜君…?」
 腕から抜け出し、ひらりと最初に登っていた桜の木を背にして辺りを見回す。

「みんなも、生きててくれて、有り難う。本当に、本当に、有り難うっ」
 笑っている葉桜なのに、どうしてか彼女は泣いているように見えて、辺りが困惑の空気に包まれる。

「ねえ、今はみんな幸せ? 生きてて、楽しい? 嬉しい?」
 葉桜を守るように風が吹き、舞い散る薄紅色の花びらが彼女を薄紅に彩る。

「はい、もちろんです。ね、平助君」
 まず最初に鈴花が本当に幸福そうに頷く。それに、藤堂も同意の声を上げる。そして、それぞれの同意を満足そうに聞きながら葉桜は笑みを変えないままだった。

「それで葉桜、おまえはどうなんだ?」
 土方の問いに対して、葉桜はその笑顔を深くする。緩やかに微笑む。

「私、みんなを守れたかな?」
「ああ、充分にな」
「…もう、頑張らなくても、いいかな?」
 皆が口々にうなずき、宥める声に、やっと葉桜の瞳から涙が溢れてくる。その涙を溢れさせたまま、葉桜は笑う。本当に満開の桜よりも鮮やかな花を咲かせたように。

「あなたたちに出会えたこと、絶対忘れない。だから、私がいたことを私の代わりに憶えておいて。ね?」
 それから誰も一歩も動けなかった。初めて見る葉桜の本当の笑顔に縫い止められたように。止まった時間の中、彼女が桜の木の陰に消えるまで。

「私はいつでもみんなの幸せを願ってる。だから、みんな幸せに生き抜いて、ね?」
 その言葉を最後に、彼女の姿は桜舞う風の向こうへかき消えて。それからどれだけ探しても見つからなかった。



p.4

3-終わらない宴

(永倉視点)





 葉桜が姿を隠してから五年の時が過ぎた。過ごした時間と同じだけの時間が過ぎても、毎年毎年、北の大地に春が訪れる度に俺たちはあの桜の下で集まって杯を酌み交わしている。そうしていれば、ひょっこりとあいつが戻ってくるような気がしていたからというのも理由だ。決して姿を現さない、一人足りない影をそれぞれに想いながら、めいっぱいに笑って騒ぐ。それが、あいつの望みだった。

「八っちゃん、助けてー!」
 俺の膝に飛びついてきた小さな影は、どうやら平助や総司に追いかけられてきたらしい。

「どうした、葉桜?」
 平助夫婦の娘に、俺らは彼女の名前をつけた。彼女の願いを叶えるために、彼女がいたことを忘れないためにそうした。

「総ちゃんってば、あったとたんに剣のお話ばっかりでまた私に教えようとするし、お父ちゃんはお父ちゃんで剣よりも今は御本を読む方が大切だとかっていって、総ちゃんとまた始めちゃった」
 だけど、そんな必要もないぐらい、こいつはあきれるほどに葉桜そっくりだ。剣の稽古や書物を読むのも好きだし、その気になれば酔っぱらった左之とだって口論ができる。だけど、とにかく稽古や勉強という言葉が嫌いで、縁側でお茶を飲んでいるのが好きなんだ。

「んで、俺にそれを止めろって?」
「あー無理。あれ、山南先生でも無理だもん。八っちゃんじゃ、絶対無理」
 こいつはあいつを知らないはずなのに、あいつと同じ物言いをすることがある。でも、そんなはずはない。俺たちだって会ってないのに、知っているハズがねェ。つか、俺たちに会いに来ないで、こいつにだけ会いに来るなんて言うんじゃ、許せねぇ。

「オメー、どこでそんな言い方覚えた」
 ためしに訊ねてみれば、答えはあっさりと返ってくる。

「お父ちゃんが言ってるよー?」
「こら、平助ー!!」
 のせられているとわかっていたが、それでも心配してくれる小さな葉桜のために、俺は平助たちの輪に加わった。



p.5

(土方視点)



 永倉が平助と総司の輪に交ざってゆくのを楽しげに見つめている小さな少女を抱き上げる。

「あ、土方」
「あ、じゃねぇだろ。葉桜、おまえ、新八であんまり遊ぶな」
「んんん、土方も構ってほしかった? 私がお酌してあげよっか?」
「馬鹿いうな、おまえの母親に俺が怒られるだろ」
「大丈夫よ。だって、いっつもお父ちゃんのバンシャクしてるもん」
 誰が教えたのか、こいつはあの葉桜にそっくりな物言いをする。平助がそういう本を読ませているとは思わねえが、きっとどこかであいつと同じような本を読んでいるのは間違いないだろう。

「はぁ…葉桜、ろくな本読んでねぇな」
「全部、山南先生のおうちのご本よ?」
「山南さんの…?」
「そ、山南先生のおうちにある山南先生のじゃないご本。ええっと、先生の大切な人が置いていったご本ってゆってた」
 今も昔も山南は所帯をもっていない。俺も、だが。それはやはりあの葉桜のということだろう。

「…やっぱりろくでもねぇ」
 言ったとたんに軽い力で殴られる。

「山南先生を悪く言ったら許さない」
「…別にいってねぇだろ」
「山南先生の大切な人の悪口いったでしょ!?」
「…そっちはいいんだよ」
「なんで」
「……」
 しばらくすると、腕の中から小さく謝罪された。

「ごめんなさい」
「どうした?」
「だって、土方、淋しそうな顔してた」
「…そう、かもな」
「山南先生の大切な人って、土方にとっても大切な人?」
「…わかんねぇ」
 以前の葉桜は確かに俺にとって最高の仲間だった。だけど、あいつにとっての俺はそうだったのがわからない。葉桜が姿を隠した日から、俺はあいつの行きそうな場所をしらみつぶしに探し回った。だけど、どれだけ探してもいないことなんて気がついていたんだ。

「一緒にいられない」
 そう言って泣いていた葉桜を忘れたことはない。だけど、姿をいくら覚えていても、温もりは褪せてしまった気がする。人よりも少し高めの子供みたいな体温で、だけど、あの時はもっと冷たかった気がする。

 ぎゅっと小さな葉桜が抱きついてくる。

「その人と私とどっちが大切?」
 一緒に戦った葉桜と、こうして戦いの後に生まれてきたあいつの生まれ変わりみたいな葉桜とどちらが、と。ひどく泣きそうな彼女を包み込む。

「今は、おまえだな」
「本当?」
「生きてるやつは大切にしねぇと、あいつに怒られちまうぜ」
 不満そうな小さな葉桜に笑いかけると、悔しそうな顔をした後でにやりと笑った。本当に、そっくりだ。俺が生涯最後に愛した女に。

 首に手を回され、不意打ちのように頬に口づけられる。

「な!?」
「土方、大好きーっ」
 背後にぞくりとした悪寒を感じて振り返ると、俺の腕から葉桜が取り上げられた。

「ねぇ、葉桜。俺は?」
「勇ちゃんも好きよ?」
 近藤さんの腕の中で彼女が同じように首をかしげながら返す。

「じゃあさ、俺にも…」
「あ、おじちゃーん。今日はなんてお名前ー?」
 身軽に近藤さんの腕を飛び降り、桜の木に寄りかかって座って一人で飲んでいるハジメに葉桜は駆けていってしまった。

「えー、なんでトシだけー?」
「俺が知るわけないだろ」
 と葉桜を眺めていたら、またこちらに駆けてきて足下にぶつかってきた。

「た、助けて、土方!」
「葉桜をこちらに渡してください、土方さん」
「絶対ダメ! 私のテイソウの危機なんだから、助けて!!」
「俺は酌より土方さんにしたのと同じのをって言っただけですよ」
「だーかーらーそれはダメ!」
「なぜ」
「土方はトクベツ!!」
 それは今の葉桜の答えで、俺は正直困惑した。こいつは大切は大切だが、俺が本当の意味で大切だと思ったのはたった一人で。

「くすっ」
 その声は空気を渡って、耳に届いた。たったそれだけだから、空耳かと思った。

「ぜーったい、おねえちゃんより好きって言わせてみせるんだからねっ」
 びしっと俺を指さす彼女は今にも泣きそうだ。

「…葉桜、おねえちゃんって誰のこと?」
 近藤さんの問いかけに答えず、小さな葉桜は強く叫ぶ。

「もー、毎年毎年、隠れてないで自分で出てきてよ。おじちゃんたちが待ってるのはあたしじゃないんだよ!?」
 誰にじゃない。空に向かって放たれる言葉にくすくすという笑いが混じる。

「あたしはおねえちゃんじゃないって、何回言ってもちゃんと聞いてくれないしっ」
 忍び笑いが風と共に駆け抜けて。小さな葉桜の周りを踊り出す。

「はいはい。泣かないの、葉桜」
 ふわりと小さな葉桜の姿が浮かぶ。それから、ゆらりと彼女の姿が現れる。五年前、姿を消したときと全く変わらない姿のままで。たった五年だが、それでも五年経った。葉桜は、姿を消したあの日と変わらない笑顔のままだ。

 腕の中で小さな子供をあやす姿はずいぶんと様になっている。小さな葉桜もかなり懐いているようだ。

「やっぱりこの子をあやしてくれてたのって、葉桜さんだったんですね」
 落ち着いた様子で、桜庭が彼女へ近づく。

「あはは、鈴花ちゃんは気づいてたのね」
「まあ、母親ですから」
 気まずそうにしている平助に、両側から左之助と新八が詰め寄る。

「平助、オメーは知ってたのかよ」
「…まぁ、その…」
「なんで俺らに教えなかったんだよ?」
「…勘弁してよ。俺だって言いたかったけど、葉桜さんに口止めされてたんだって」
 小さな葉桜の面倒を見てやる代わりに、誰にも話すな、と。

「それに誰にも言わなきゃ、葉桜さんはうちにいてくれるって言うし」
 だんだんと声の小さくなる平助を葉桜の笑い声が遮る。

「まあそう責めないであげてよ」
「そーよー。おねえちゃんにいてほしいって頼んだのはあたしなんだからっ」
 二人の葉桜が弁護する。そうして、二人で額を寄せ合って、笑いあう姿はもう親子にしか見えない。

「…まさか、葉桜の母親は…」
「斎藤ーぅ、それは絶対にありえないから。だってさー、鈴花ちゃんたちってばそんな隙もないぐらい毎日べったりで」
「きゃあっ、それはいっちゃ駄目です!!」
「うんうん、娘のあたしも時々いたまたれなくなるくらい、べったり」
「葉桜っ」
 騒いでいる桜庭に葉桜は子供を押しつけて、さて、と彼女は呟いた。

「質問は多いだろうけど、まずは飲まない?」
 飲みながら話すよ、と軽い口調で誘う葉桜の酒豪っぷりはさらに激化していた。気がつけば、その姿はなく。

「平助~っ、今度オメーんとこ遊びに行くわ」
「ええっ」
 それぞれに藤堂家へ行く予約を取り付けたのは言うまでもない。少なくとも、小さな葉桜のいる場所に彼女はいるのだから。風にながれて運ばれてくる忍び笑いはとても楽しげで。それを聞きながら、いつまでも俺たちは宴を楽しんだ。



*



「おーいらっしゃいー。お茶?お酒?お水?」
 縁側で小さな葉桜と二人で出迎えてくれる葉桜は、まるで毎日逢っているように変わらない応対をしてくれる。姿も、心も、あの頃のままだ。

「むー」
 もちろん、行くたびに小さな葉桜が不機嫌になるのも言うまでもない。







END

p.6

3-あとがき







 ここまで「揺らぎの葉」にお付き合いくださいまして、本当に有り難うございます。

 もともとゲーム中で史実どおりに死んでしまう人たちのエンドを変えたいなぁと思って書き始めたのですが、なかなかどうして。長くなりすぎました。

 あと、夢小説としては書いてないんで、受け入れられないかもしれないなぁと心配していたんですけど、意外と好評で驚きました。

 書き始めた頃は会話編って入れる予定なかったんですけどね(そうしたら、ここまで長くはならなかったのにな…)。訪問者も増えたし、つじつま合わせたりするのにも入ってる方がいいなぁと思って入れました。こういうのは余計かな?と思いつつ、けっこう楽しんでました。

 これでこの話は無事に終わりです。続くように見えても終わりです。ていうか、こういうのちのちに何か続きそうな終わりが好きです。こういう風に書くから「第一部・完」みたいに言われるんだろうな(第二部はありません。

 しかし、長いなぁ。改めて見ても長い。ケータイ表示も考えて(ページングしてるから)、一話一話が短く区切ってあるんですけど、それにしたって長いですよね。

 あんまり長かったので、ちょろっとノベルゲームっぽくしちゃおうかなぁとか考えたのが2006年10月頃でしたか。今月中には年内には(遅くなってて申し訳ありません…))何とかするんで、それでたまに読んでもらえたらいいなぁぐらいに考えてます。

 ではでは。「揺らぎの葉」にお付き合いくださいまして、本当に有り難うございました。ゲームを一度クリアした方も、やったことがない方も、オリジナルのゲームでもう一度楽しんでいただけたら幸いです。こんな風にいろいろと変えて書いてはいますけど、やっぱり幕末恋華・新選組のオリジナルストーリーは大好きです。また、他の作品を読まれる機会がありましたら、よろしくお願いいたします。



あとがき

1-選択


選択しないと、自動的に誰も選ばないエンディング
選択すると、特定の誰かとのエンディング
てか、そもそも選ぶ選択肢がないじゃんというつっこみは待ってください
ノベルゲーム公開後にちょこちょこ開いてい…けたらいいなぁ
、という予定です
(2007/05/02 10:04:30)


分岐公開
(2007/09/14)


2-桜宴


誰ともつながらないストーリーへもちょっと続きます
ここまで長くて趣味色の濃い夢小説を読んでくださってありがとうございます
ここまで書いてこれたのは、読んでくださったあなたのおかげです
小心者で我が侭で気分屋なので、何度も投げ出してしまおうかと思いましたが、読者がいるのに放り出すのも気が引けて
おかげさまで無事に最後を迎えられそうです
本当に本当に有り難うございます!!
(2007/05/02 09:02:02)


3-終わらない宴


本当の本当は主人公いなくなってたんですけど、つまらないので登場させました(え
ていうか、藤堂夫婦の甘々な感じが書けるといいなぁ、みたいな
つか、誰も選ばないと藤堂家に居候ってこと?(聞くな


続きは後書きです。
(2007-05-09)


4-あとがき
初出
(2007-05-09)


アンケートを外しました。
(2008/12/10)


こめんと閲覧

  • KKさん > 現在も時々挿話が増えてますので、機会がありましたら、読んでいただけると嬉しいです。コメント有り難うございました!きゃっほーい!!
    (2013-01-30 11:59:00 ひまうさ_)
  • KKさん > 最後まで読んでくださってありがとうございます! 最後は本当に迷いに迷ったのですが、良かったのかな?と今でも疑問には思ってます。つまり、まだ迷ってます(え。
    (2013-01-30 11:58:00 ひまうさ)
  • 長かったけど全部読みました最後誰かと一緒になるかと思ったけどこの終わりかたもいいですね。お疲れ様でした。
    (2013-01-30 06:24:03 KK)