いつも強気で、それでいてか弱いなんて言葉なんて全然似合わない。そんな女だった。
「リリー!リリーいる!?」
談話室に駆けこんできた少女をリーマスとピーターが驚く瞳で受けとめる。
「リリーなら、ジェームズのところだよ?」
「じゃ、ジェームズは?」
「リリーのところ…」
「それは聞いた!」
俺は寝転がったソファーから顔もあげずに声をかける。
「リリーに急用か?」
少しの含み笑いを加えて、のっそりと起きあがる。目を向けると彼女は固まったまま俺を凝視しているし、親友二人は不思議そうに俺たちを交互に見ている。
「馬鹿には聞いてないっ」
真っ赤な顔で叫んで、彼女はグリフィンドール搭から姿を消した。
ドアに挟まりかけると思った髪は、するりと抜ける。白い顔を紅に染めて、流れる黒髪がサラリと揺れていても、細い腕がしっかりと握りこぶしを作って仁王立ちしていたとしても。その姿はまこと可愛らしくて、脳裏にまたひとつ焼き付けられる。
「か~わい~ぃ」
今頃リサの頭の中は俺のことでいっぱいだろう。ざまあみろ。
優越感に浸る俺の目の前に、リーマスが立ちはだかる。
「シリウス」
「なんだ?」
「リサに何をしたの?」
おい、親友よ。ピーターがなんだか怯えているぞ。
「いんだよ」
「なにが」
「すこしくらい俺だけのことを考えやがれってね」
背を向けて、リーマスを見ないようにした。俺の親友は温厚そうに見えて、実は誰よりも短気で怖い。
ありきたりで悪い。でも、本気でお前を愛しくなったんだ。誰にも渡せないと、思ったんだ。
だから、少しの間だけ、俺のことだけ考えて。
一羽のふくろうが窓から飛んできて、俺に突っ込んでくる。それを軽く避けると、後ろから蹴りつけられた。
「いてて、ふくろうにまで攻撃させるか」
いいながらニヤニヤする俺を、親友は静かに見守っていてくれる。
「リサから?なんだって?」
後ろから覗きこもうとしてきたところから逃れ、談話室を抜ける。
「シリウス、そろそろ就寝時間だよ?」
「すぐ戻る」
グリフィンドールのドアの前で待つ。その時間はいつもなら長いけど、今はいつもより短くて、少し心楽しい。
廊下の向こうから走ってくる影は、愛しい少女の姿。
「とうっ!!」
飛びげりしてくる身体を避けると、うまい具合に綺麗な着地を決める。埃が立たない辺り、掃除が行き届いていることもわかるが、あまり助走をつけ過ぎていつか床板を踏みぬくんじゃないかとたまに心配する。リサぐらい軽ければ、そんな心配は無用かもしれないが。
「避けんな!!」
「やだよ。いてぇし」
殴りかかってくる手を受けとめて、そのまま握りこんだ。片手で身体を引き寄せて、身動きを封じる。怪我をするのはごめんだ。
「冗談にもほどがあるぞっ。いくら…邪魔だってなぁ…あたしは…っ」
胸に直接響いてくる声がくすぐったい。心地好いメゾソプラノは、かすかに涙を滲ませて、ほんの少し色を加えている。
「冗談ってなにが」
「それはっ…」
「はっきり言えよ」
「そ、それは…っ」
口篭もる姿も可愛い。抑えていた手も背中にまわし、すっぽりと抱き込めてしまう小さな身体も真っ直ぐでさらさらの自分と同じ黒髪もすべてが愛しい。
「おまえはもっと綺麗なのにもてるじゃないか」
返ってきたのはそんなふてくされたような声で、耳が夕焼けよりも朱に染まって。
「それで?」
手元の真っ直ぐな髪を一房手にとり、軽く口付ける。ひんやりとした冷たさは心地好くて好きだ。
「あたしは背も高くないし、綺麗でもないし、頭も悪い。あ、もちろん馬鹿より上だけど」
「そうか?いつも俺が勝ってるだろ」
「魔法薬学はセブルスよりもあたしよりも下だろう」
「今ここでその名前を出すか…」
天敵の名前さえも今は腕の中で逃げずにいてくれるリサのおかげで緩和されて、柔らかくなる。そこにいてくれるだけで、俺は変われるんだ。少しはむかつくけどな。
「それに…好かれる理由なんて思い当たらない」
自信なさそうなリサの姿はたまらなく愛しい。今ならいつもリリーとイチャついてる親友の気持ちもわかる。愛しすぎて、自分がどうにかなってしまいそうだ。
「アホだなぁ」
「馬鹿に言われたくない」
腕を緩めてその細い肩を掴む。少し屈んで目線を合わせて向かい合う。恥かしそうに反らされる視線は、どうにも俺を刺激してしまうと気づいていないんだろうな。こいつは。
「リサ」
「なん…っ」
「好きになるのに理由なんかあるか」
目線を合わせて言ってやると、もっと赤くなって、目が潤んでくる。泣きそうなというよりも怒り出しそうな気配だ。
「もっと言ってやろうか? リサを好…」
「いい、いい!! わかったから! 本気なのはわかったから!!」
ぶんぶんと頭を振る姿がまた愛しくて、思いっきり腕の中に抱きしめた。ぎゅ~っと腕の中に収まってしまう小さな気配は、今も俺だけのことを考えてくれているハズだ。
「で、リサの返事は?」
「だから、信じられないってっ」
「まだいうか」
「や、そうじゃなく! 頼むからちょっと離れてっっっ」
「言うまで離さねぇ」
「待って! 顔見て、言わせて!!」
またそういう可愛いことを…。
「あの考えたことなかったから、そんなこと。で」
「で?」
上目遣いの黒曜石を吸いこまれないように覗きこむ。夜の森みたいでもあるし、暗い夜空の闇のようでもある瞳は、いつもまっすぐでいつも強い光を放つ。ある意味そこから惹かれたのかもしれない。
「今日一日考えた結果は出たか?」
困ったように眉が寄るけど、そこにイヤだという気配はない。望みがまったくないというワケではないのだ。
「まさかそのために朝からあんなものを…」
「そのとおりだ」
「あぁホント、馬鹿だ…」
苦笑がダイレクトに響いてくる。
「NOっていってあげようか?」
「うそをつくなよ」
「この自信過剰男め」
「過剰じゃねぇ。事実だ」
「あぁやっぱ救いようのない馬鹿…」
フッと柔らかいものが口元掠めた。空気よりも軽く、フォークスの尾羽よりも鮮やかに、リサ特有の香りと共に。
「これが返事」
にんまりと微笑まれ、言葉が何もなくなる。混乱が思考を支配する。
日本人って、謙虚で恥かしがりやじゃなかったか。
「あいにくと、あんたたちにつきあってるとそんなものなくなっちゃうんだよね」
だがしかし。リサも身体全体が熱を帯びているように見える。試しに取ってみた手はすぐに振り払われたけれども、普段よりもかなり熱くなっている。
「じゃ、俺も遠慮なく」
「え!?」
唇が触れる寸前で、止まって囁く。
「好きだよ、リサ」
わかりやすいぐらい赤くなる姿に微笑んで、啄ばむように触れるだけのキスをいくつも降らせていた。
「好き…シリウス…」
かすかに聞こえるそれを聞くまでは。
名前で呼んでもらえたのは、本当に久しぶりかもしれない。この先、馬鹿、と呼ばなくなる日が来ればいいけど、きっとリサの性格じゃムリな相談だ。そう考えると、頭を抱えたくもなるが。リサを手に入れた今なら何でも出来る気がしていた。
「俺のことだけ、考えて」
「え?」
「一日全部じゃなくていいから。ほんの少しの時間でいい。俺だけのことを考えてくれ」
他の何も考えないで、ただ俺のことだけを。
「じゃ、シリウスもそうして」
ニッとわらう姿は、やっぱり本当に可愛くて、カッコよくて、綺麗で。
「それなら俺はとっくにクリアしてる」
もうずっと前からリサのことだけ考えてる。
馬鹿な話が書きたかった。馬鹿の話でなく。ね?
主人公さんはシリウスに罠にかけられた模様。
他の人に邪魔されるのはよく見るので、邪魔されないものを書いてみました。
(だって~vsだとR氏もJ氏も黒くなる~)
ここのリーマスは仲間である主人公さんを泣かせたくなかっただけです。
あるのは恋愛感情でなく…保護者?みたいな(笑。
(2003/02/02)