うちの学校には特別な会長がいる。どの辺が特別かと言うと、文武両道で硬派な美人ということもさることながら。
「ねえ」
会長席に座って、仕事もせずに空を眺めていた会長が唐突に俺を見た。その頭上で会長が特別である所以の白くて長くてふわふわと触り心地の良さそうな、普通の人ならありえないうさぎ耳が揺れている。
ある日突然生えてきたという会長のうさぎ耳は、一年以上経っても消えることなく居座っている。元々硬派な美人で人気があり、入学早々に会長となった人だが、この愛らしいうさぎ耳によって、無限大の可愛さまで手に入れてしまった会長は今のところ敵なしである。
ただのコスプレとしたって似合いすぎているのに本物の上、それは会長の感情に合わせて動くというのだから、可愛くないわけがない。
「ねえ、聞いてる?」
その会長がいきなり目の前にいたので、俺は驚いて硬直した。俺は会長の信者や親衛隊ではないが、元々この人の人柄に惹かれて、共に生徒会役員をしている。だから、目の前にいきなり来られると非常に困るのだ。
「き、きいてますよ」
「ふーん?」
「会長に手紙なんて、いつものことじゃありませんか」
会長は人気があるし、このバレンタインから卒業までの時期に告白まがいの手紙を書く者が後を絶たない。
「また女性からですか?」
「ううん、前会長から」
俺の手元で、可哀相なシャーペンがばきりとへし折れる。会長はそれを気にせずに、手元の紙を開いて読み上げた。
「跳ねる雪兎をずっと見ていた。クリスマスのあの月の夜、可愛いサンタ姿で、私を励ましてくれたね。艶やかに咲く花に何故私は気づけなかったのか。蜂鳥のように花に近づきたかったが、貴女を巡る風が許してくれない。貴女を見ることができない時は無に等しく、私はただ一心に貴女という光を求めていた。毎日の水は与えられずとも、貴女は太陽よりも熱く私の心を燃やし続けてくれる。どうかーー」
生徒会室のドアが開き、前会長その人が現れる。
「どうか最後にひとつ、私の願いを聞き届けてはくれませんかーー姫」
冷静に立ち上がった俺は、戸口に近づいた。
「よく、大学に受かりましたね」
「ふっ、彼女を射止めることを想えば、大したものでも……」
語っている前会長を追い出し、俺は冷静に生徒会室のドアを閉め、鍵をかけた。
「会長、春になるとこういう変質者が増えるんですから、いい加減その耳をなんとかしましょう」
ドアの向こうは騒がしいが、俺は元の席に座り直し、鞄から新しいシャーペンを取り出す。
「何とかするったって無理よ、勝手に生えてきたんだから。そんなことより、私は前会長の方が心配だわ。こんな手紙を書いているようじゃ、春はまだ遠いわよ」
「……確かに問題点の多過ぎる手紙ですけどね」
「私なら」
会長が俺の隣に座る。近くの会長からは甘い花の香りがする気がして、俺は意識しないように手元のノートに目を落とした。
「好き」
会長の手が俺の右手に添えられ、俺は思わずシャーペンを取り落とす。近くで見る会長の大きな瞳には、驚いた顔の俺が映っている。
「の、一言で手紙なんて使わないわね」
するりと会長が俺から手を離し、元の会長席に戻った。ああ、またからかわれたのかと、俺は落胆半分安堵半分にシャーペンを拾い、持ち直す。
会長は人をからかうのが好きだと知っているのに、俺はいつもその罠に嵌まる。それは少しだけ甘く、少しだけ切ない。
「お願いですから、俺以外にはやらないでくださいよ」
軽い笑いとともに、いうつもりのなかった言葉が俺の口から零れでた。しまった、と思っても時既に遅く。俺が恐る恐る伺い見た会長は、また空を眺めていて聞いていなかったようだ。
胸を撫で下ろし、俺は業務を再開する。俺にとっての会長は尊敬の対象であって、そこに恋愛感情が混じっていてはならないのだ。だから、淡く灯る想いは淡いままでなければならない。
「ーーするわけないわよ」
仕事に熱中していた俺は会長が呟いた言葉も、その白いうさぎ耳がほんのりと色付いていたことにも気がつかなかった。
夜中に怖い夢を見た上、体調悪くて、現在進行系で動けないので気晴らしです。
無理矢理ほのぼのと甘いのを書けば回復するんじゃないかと思ったんですが。
ーー甘かった。
いろんな意味で。
(2010/3/1)
ケータイSNS「みんなのノベル」で更新して、こっちに上げるの忘れてました。
ごめんなさい!!!
(2010/03/10)