BSR>> あなたが笑っていられる世界のために(本編)>> 01#-06#

書名:BSR
章名:あなたが笑っていられる世界のために(本編)

話名:01#-06#


作:ひまうさ
公開日(更新日):2011.7.22 (2012.2.19)
状態:公開
ページ数:6 頁
文字数:16965 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 11 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
01#ツインテールの女の子
02#武器は舞扇
03#竜に攫われて
04#女中が付きました
05#Dinerの時間
06#片倉と握り飯


01#ツインテールの女の子 02#武器は舞扇 03#竜に攫われて 04#女中が付きました 05#Dinerの時間 06#片倉と握り飯 あとがきへ 次話「07#-09#」へ

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p.1

01#ツインテールの女の子



 雪の中、凍える寒さが身に染みる。このまま死んでしまえたら楽なのに、と夢現で考えた。どの程度北まで来たのだろう。人目を避けて北上してきたので、今がどこなのかわからない。途中の道で拾った地図もなくしてしまったし。

(もう、いいかなぁ)
 誰にともなく問いかける。痛覚も麻痺して、自分がいまどういう状態なのかもわからないが、五体満足とは言えないだろう。

 私には家族はいない。物心ついたときには山奥で育てられ、舞い方と戦い方だけを教わって生きてきた。その山奥の里は十二の歳に何者かの襲撃を受けてなくなり、それから三年間を共に逃げ延びた姉様とその伴侶と過ごした。だが、彼らもつい三年前に私に願いを託して亡くなった。

 姉様たちの願いーーそれは、はるか昔から続くこの国の浄化だ。夜を支配する月読命様の力を受け継いできた姉様たちは、この国の闇を集めて浄化することを生業としてきた。それを継ぐ最後の一人が私というわけだ。本当は、私はこの仕事を継ぎたくはなかった。でも、小さな頃から力に秀でていると姉様たちに褒めそやされ、半ば強制的に仕事の作法を叩き込まれ、その上彼女らの命を犠牲に生かされた。

 一人になってからわかったのは、もう誰も闇を浄化するなんて話をしらないこと。それから、闇を集めて浄化するという私の力が厭われるものだということだ。得体のしれないモノに人は恐怖し、迫害する。それがわかってから、私は人に見えぬところで浄化をするようになった。

 何故そこまでして浄化するのかといえば、理由はひとつだ。私を護ってくれた姉様たちが、それを望んだから。それさえなければ、私はとっくに生きることを諦めている。闇の浄化以外に、私が生きる意味はなかった。

 でも、もう限界だ。

「……ねえちゃん……ねえちゃん」
 誰かの声が聞こえる。可愛らしい少女の声だ。これは、いよいよお迎えが来たのだろうか。どうせ来てくれるなら、最後に一緒にいてくれた姉様のほうが良かった。

「今夜が峠だろうなぁ」
「こんなに若いのに、可哀想な娘だべ」
 ざわざわとひどい訛りとしゃがれたいくつもの男声が私を囲んでいる。どうやら、まだ迎えは来ていないらしいと気がついたのは、ひやりとした冷たい布の感触が額に当てられたからだ。

 私が重たい瞼をゆっくりと開けると、朝日に照らされる真っ白い雪みたいな銀髪を、高い位置で二つに結わえた女の子が、私の覗き込んでいる。

「あ、気がついただか!?」
 その、いかにも純朴そうな優しい顔の少女は、不安そうに私を見ていた。

「おめぇさ、村外れで行き倒れてただ。覚えてるか?」
 なんと返すこともできないまま、私は目を閉じる。胸にあるのは、助かってしまったのかという残念な想いと、助かったのかという何故か安堵する想い。まだ、生きなければいけないのだと、誰かが私を生かしたのだろうか。

「もう少し眠るとええ」
 彼女に言われるまでもなく、私は瞼の重さに逆らわず、素直に目を綴じた。闇は直ぐに訪れ、深く深く私は眠ったようだった。

 次に目を覚ました時、すっかり私の熱は引いていた。凍傷になりかけていた手足は既に治りかけでかゆい。温かい寝床と常人より高い回復力のおかげで、私は直ぐに床から起き上がることは出来たのだが、起きて直ぐに目の前にいた女の子に制されてしまった。しかたなく、床に起き上がった状態に、私は頭をさげる。

「助けていただいて、ありがとうございます」
 私が礼を言うと、昨日見た少女ははにかんで、愛らしく笑った。

「困ったときはお互い様だべ」
 彼女に差し出された湯気のたつ椀を前に、私は戸惑った。部屋の中は囲炉裏があるから少しは温かいものの、ぐるりと辺りを見ても食料は多くない。部屋の中にいる他の者達の姿を見ただけでも、この村そのものがそれ程富んではいないことも知れる。そんな彼らの冬の間の食料を、行き倒れていたとはいえ、私みたいなものがいただいてもいいのだろうか。

「たくさん食べて、早く元気になるべ」
 さあ、と押し付けられた椀には白粥だけが入っていて、具材は何も無い。だけど、口に含むと暖かさがとても身に染みて、泣きたくなった。こんな風に人の温かさに触れるのはいつ以来だろう。

「なに、泣いてるだか?」
 不思議そうに問われ、私はただ首をふることしかできなかった。一口一口を大切に食べてから、ほうと息を吐く。

「こんなに美味しい御飯は久しぶり」
「だべ!?」
 急に少女が勢い込んで目の前に来たので、吃驚した。

「だのに、お侍はなんもわかってねぇべ! おらたちがいなけりゃ食う物にも困るに、なして戦なんかするんだべっ!」
 彼女の逆鱗にでも触れたのかと思うほど一気に捲し立てられて、私は目をぱちぱちと瞬かせる。北上してきたから、この辺りは伊達か上杉あたりの領地だし、それほどひどい統治ではないと聞いていたのだけれど、現実にはもっといろいろとあるのだろうか。

 侍、と彼女らがいう統治者が誰なのかはわからないが、私にもこれだけは言える。彼が戦をするのは。

「……馬鹿だからじゃないですかね」
 目の前で始まってしまった議論に口をはさむでなく、小さく思ったことを呟くと、急に辺りが静まり返った。

「あ、や、殿様がとかそこまでは言いませんけど、仕えている侍に関してはそこまで頭を使っているとも思えないし……」
 何かまずいことを言ってしまったのかもしれない。これは、ヤバい、かな。

「えーっと」
 でも、正直な話、私は世の武将たちが繰り広げる戦が嫌いだから弁解もしようがない。彼らが戦をするからこの国には闇が生まれ続けているし、浄化が間に合わないのだ。それなのに、彼らに取ってはこの力も使えるものらしく、攫われることも命を狙われることも少なくない。

「アンタ、名前はなんて言うんだべ?」
「葉桜、ですけど」
「私はいつき」
 徐に少女ーーいつきが私の両手を拘束する。これはいよいよまずいぞ、と私が思ったところで、いつきはにっこりと笑った。

「アンタ、このままうちに泊まるべよ」
「へ?」
「どこか宛てがあるわけじゃないべ? だったら、春まで……いや、雪解けまでいるとええ」
 ものすごく愛想の良くなったいつきに戸惑いつつ、周囲を見回す。だが、私は何かを言う前にそれは決定してしまったらしく。

「よろしくな、葉桜!」
「ええと……はい、よろしくお願いします……?」
 そうして、なんだか有耶無耶のうちに、私はいつきと暮らすことになったのだった。

 一緒に暮らしてみると、いつきは働き者で、明るくて、優しくて、正義漢が強くて。見た目通りにとても気持ちの良い娘だった。そして、不思議なことに人を従わせてしまう魅力がある。

「いつき、本当に一揆を起こすの?」
 真剣に頷くいつきに、私は迷った末の答えを出す。

「……私も、手伝っていいかな」
 誰かを助けるために自分の力を奮いたいなんて考えたのは初めてで、口にするのはとても恥ずかしかった。正直、この力で誰かを助けられるなんて、本当には考えてない。ただ私が戦うために培った力があれば、きっといつきを助けられると思ったのだ。

 だけど、いつきはなかなか頷いてくれなかった。

「葉桜はこの村のもんじゃねぇ。巻き込むわけにはいかねぇべよ」
「でも、いつきたちにはずいぶん世話になったし、私も恩返しがしたいよ」
 うーんと唸ったいつきは村の皆と相談してくれた。そして、私はいつきの起こす一揆に参加することになったんだ。この時もしも参加しなければ、と考えたこともあった。でも、いつきに助けられた時点できっと全ては決まってたんだと思う。

 彼らに出会うことも、戦に否応なく巻き込まれることも。

「ねえ、いつき、私絶対に役に立つから」
 もしもこの先、私の持つ力のことでいつきに嫌われたとしても、今その力になれるというのなら、きっと私は後悔しないだろう。

 そんな決意を固める私に、いつきは優しく笑いかけてくれた。

「無理はするんじゃねぇべ、葉桜」
 年下なのに、年上みたいに優しいいつき。あなたが信じてくれるなら、私はあなたのためにこの力を使おう。

p.2

02#武器は舞扇



 一揆が始まってから、私がさせてもらえたのは後方支援ーーつまり、運び込まれる怪我人の対応だ。人を癒す力は持っているけれど、私はいつきたちにそのことを怖くて話せなかったから、ただひたすらに怪我を洗い流し、薬草を塗ることぐらいしかできなくて、それが歯がゆくもあった。

 いつきに私が話したのは、戦えるという一点だけだ。もし、もしも必要がなければ、私の力のことまでは言いたくなかった。いつきに恐怖の目で見られたくなかったから。

 最初のうちは一揆も順調だった。でも、伊達軍の主力が戻ってくると一気に押されてきて。何人も運ぶこまれる怪我人の中には重症の者も多くなってきて。

「このままじゃあ」
 負ける、と弱気なことを呟く彼らを前に、私にはもう我慢できなかった。このままじゃ、いつきまでダメになると思ったから。

「私、行ってくる」
 立ち上がり、救護用に使っている小屋を出ようとした私を、村人たちは止めようとしてくれた。

「ここにいるだ」
「でも、このままじゃ負けちゃうでしょ?」
「だからって、葉桜が出ることねぇべ」
 制止を振り切り、私は自分の唯一の持ち物である舞扇を手に、小屋を飛び出した。目の前をいつきが吹き飛ばされたのはその時だった。

「皆、出るな!」
 戸口から出てこようとする者を怒鳴りつけ、私は雪の上を滑るように走って、いつきと敵との間に割り込む。

「っ!葉桜!?」
 いつきが相手取っているのは強そうな侍二人で、確かに持ちこたえてはいるけど、もう勝負が時間の問題であるのは明白だった。

 それでも、いつきの目にあきらめの色は一切見えないから、私も手にした舞扇を構える。

「何してるだ、葉桜! アンタが戦うことねぇって言ったべよ」
 後ろで私を引きとめようとするいつきにではなく、目の前の侍二人に、私はにやりと笑いかける。

 一人は隻眼の青年で、格好と噂から察するに伊達政宗で間違いないだろう。それよりも、私は彼の隣にぴたりと陣取る顔に傷のある強面の男のが怖い。状況から鑑みるに、片倉小十郎だろうか。

「やっぱり、いつき一人でなんて戦わせられないよ」
「Hum、何者だァ?」
 一動作で舞扇を開いた私は、敵を見据えたままに深く息を吸い込み、吐き出す。

 攻撃してこないのをいいことに、私は小さく祝詞を唱えながら、一回転する。眼に見える範囲が限界だけれど、私には少しだけ癒しの力が扱える。他人を癒すのは初めてだし、昼の間の力はひどく弱いから難しいかもしれないけれど。今ここでできなければ、きっといつきは死んでしまう。そんなのは嫌だ。

「……葉桜……」
 呆気にとられたようないつきの声を聞き、私は自嘲の笑みを浮かべていた。私の力ーー癒しの舞で、おそらくいつきの怪我は少しでも回復したはずだ。そして、私の異常性も理解したいつきはもう二度と、私に笑いかけてくれないかもしれない。それでも、今はこれしかいつきたちを救う方法は見つからなかった。

「少しは癒えたかもしれないけど、無理はしないで。それから、黙っててごめん」
 いつきからの答えを聞くのが怖くて、私は視線を敵へと移した。

「これ以上、見てられなかった。いつきも皆も、私が死なせないっ!」
 言い終えると同時に私は地を蹴り、ふわりと宙を飛んだ。そのまま、目の前の侍ーー片倉小十郎に舞扇を振り下ろす。その一撃を素手で受け止めた片倉は一瞬眉を顰めたが、そのまま腕を振り払った。

「私は葉桜と申します。片倉様には悪いですが、私に付き合っていただきますよっ」
 どう見てもただの舞扇にしか見えないけれど、それを受けた片倉こそが威力を知っている。ただの舞扇が今は容易にへし折ることもできない強度の武器となっていることを。向かってくる片倉の一撃を舞扇で受け止めると、びりびりと私の腕もしびれた。それでも舞扇を手放さなかったのは、訓練と経験の賜物かもしれない。

 数度の斬撃を繰り出してから、一度片倉が攻撃を止める。たったそれだけなのに、私はすでに体力の限界で、体中で荒い息を繰り返していた。

「アンタ、この村のもんじゃねぇだろ」
「よく、わかり、ました、ね」
 何故攻撃してこないのかはわからないけれど、今のうちにと私は深呼吸を繰り返す。

「どこのものだ」
「いつきに、この村に拾われただけの旅の者です。少しだけ身を守る術を持っているだけの」
 片倉の表情は何故か変わらず、不思議と敵意も見えてこないことに、私は眉を潜めた。

「女一人でか」
「私が女に見えます?」
「……男なのか?」
 ようやっと息が整ったところで、私は強く地を蹴り、片倉に踏み込みながら応える。

「いいや、女ですよ!」
 さすがというか片倉に簡単に弾き飛ばされた私は、それでも受身をとって、構えは崩さずに対峙し続けた。

「そこまでして、何故ここの味方をする」
 息がなかなか整わないのはもう、仕方がないと諦めるしかないかもしれない。そういえば、仕事で力を使った後も少しの間動けなくなることと、姉様たちから体力がなさすぎると扱かれていたことを思い出した。思い出したら、なんだか笑えてきてしまった。いつきを癒すために力を使い、加えて戦うために舞扇を強化し、自分自身の能力の底上げまでしてる。

 このまま負けたら、なんのための加勢かわからない。

「いつきは、この村は、私に取って、恩人なんです。人を諦めかけていた私に、人の温かさを分けてくれた」
 私が構えを変えると、片倉が距離を開ける。先程のことがあるから、何をするか様子をみるつもりなのか。それでもいいか、と私は深呼吸し、両目を閉じた。

 広げた舞扇に力を渡らせ、両目を開けると、あるはずのない錫の音が辺りにリィンと響き渡った。流れる動作で地に舞う私に、片倉からの攻撃はない。私の出方を見ているのか、それともあっけに取られているだけか。

(後者だろうな)
 くすりと私の口元から笑みが零れる。

「弱き者らに祝福と、世界に抗う力を与えん」
 私の小さな言葉と共に、リィンと錫の音が響く。

「何!?」
 音と共に私の身体が光を放ち、それはそのままいつきに吸い込まれていった。ほんの一、二秒のことだが、地に崩れ落ちた私の目には、いつきの手に現れた大きな槌が、伊達政宗を吹き飛ばしたところだ。

 私はというと、倒れているのに片倉から刀を突きつけられている。どんなに力があっても、結局ほとんど力になれなくて、そのうえ私は化け物だと正体を自ら晒してしまって。

「てめぇ、何をしやがった。妖術使いか?」
「ある意味、似たような、もの」
 いつきなら、こんな力を持っている私でも受け入れてくれるかもしれないなんて、馬鹿な事を考えてしまった自分が滑稽だ。今までだって、いつきのような者がいなかったわけじゃないのに。皆、私の力のことを知ると、石を投げて、追い出したのに。

 諦めていたはずなのに、諦めていなかった自分が可笑しくてたまらない。

「民あってこその国だからこそ、私はいつきたちのような者を助けたかった。貴方達侍なんて、勝手に殺し合って、死ねばいい」
 ただの八つ当たりなのに、片倉は私の暴言を黙って聞いているだけだった。いっそ殺してくれたら楽になれるのに、それさえ、おそらく私は儘ならない。私はいつも誰かに生かされてしまうから。

「……なんだ、こいつは……」
 大きな腕が私を抱き上げた気がした。でも、たぶん気のせいだ。

 私は化け物だから。人の中で生きていてはいけない、化け物だから。

 目覚めた私が見たのはボロボロだけど、晴れやかな笑顔のいつきと、慄いている村人たちの姿だった。

 一揆は失敗に終わったものの、いつきによると伊達政宗は民のことを考えてくれる良い主君らしいので、これ以上ここに留まる必要もないと思った。それに、せっかく平和になった彼らの中に私がいたら、きっとまた新たな火種になるに違いないから。

 結局、私は明け方の日の出る前に村を出て行ったのだった。

p.3

03#竜に攫われて



「Hey!アンタが葉桜か?」
 村を出て少しして、奇妙な馬に乗った男が近づいてきた。戦装束のままの伊達政宗だ。隣には片倉もいる。

 そもそもなんで伊達政宗は馬に角のようなものをつけているのか、誰かつっこんだりはしないのだろうか。

「こんなところでなにしてる」
 村から少し外れた場所でしていることといったって、歩いているぐらいしか答えようがないではないか。そんなこともわからないのか。

 それとも、彼らは私がどこかの間者だとでも考えているのだろうか。……それもあるかもしれない。ある意味こんな時代に旅なんて酔狂をする人間など少ないに違いないだろう。逃亡、ならともかく。

「あなた方こそ、なぜ何時までもここに留まっておられるのですか」
 私が少し強めの口調で言い返すと、そばに控える片倉の眉間の皺が一本増えた。

「アンタを待ってた」
「私を?」
 それこそ、何の冗談だと私は思わず笑っていた。

「人の身で化け物を飼いたいと? 冗談でしょう」
 ざわりと周囲の者たちがざわめいたのがわかった。でも、もう見られているのに隠す必要もないだろう。

「アンタが化け物? 俺にはただの小娘にしかみえねぇが」
「……ただの小娘が片倉様と打ち合うことができるわけないでしょう。そのぐらい、わかっておいでと思いましたが」
 刺のある私の言葉に、伊達政宗も片倉も動揺ひとつ見せない。

 どうせなら、怒って斬り捨ててくれればいいのに。

「本当なら、あなた方にこの力を使いたくはないですが、いつきを助けてくれた礼です」
 仕方無しに私は数歩下がり、舞扇を構えた。

 眼を閉じて、世界を舞扇に乗せる。その力でもって行うのは癒しの舞いだ。広範囲に届けるこの力は、ひどく体力を使うが仕方ない。舞い終えた私は、両手を前に重ねあわせて、伊達政宗に頭を下げた。

「それでは、せいぜい頑張って戦に勤しんでください。それで、侍なんて、さっさと死んでしまえばいい」
 ざわりと泡立つ空気を尻目に、私は堂々と彼らの脇を通り抜けていこうとした。

「何故そこまで侍を目の敵にする。肉親が殺されでもしたか」
 肩に置かれた手を振り払い、私は強く片倉を睨みつける。

「肉親、だって? ああ、そうだ。おまえら侍は、勝手にやってきて、里を荒らし、私の家族を殺したんだっ」
 やったのが伊達軍じゃないのはすぐにわかった。それでも、侍そのものが私には嫌で仕方ない。

「おまえら侍は、私の癒しの力だって、戦のためとしか見られないのだろう。だから、こんな子供を寝所に引っ張り込んで囲い込もうとしたり、他に取られたら危険だからと排除しようとしたりする」
 驚いたように片倉が目を見開いているが、そう珍しいことでもないだろう。

「侍がそんなだから、この国からは嘆きが消えない。どんなに私が癒そうとも、人の嘆きが終わらないんだ」
 感情が高ぶるのを抑えられなくて、勝手に右目から涙が溢れ出る。こんな、八つ当たりをしたって、なにも変わらないのに、私は何をしているのだろう。

 黙り込んだ私に、伊達政宗が騎乗のまま近づいてきた。

「アンタ」
 伸ばされた手をとっさに振り払う。

「触るなっ」
 一斉に向けられた切っ先に驚いたが、すぐにそれは伊達政宗の合図でおろされた。

「すまねぇ」
 降ってきた謝罪の言葉に、はっと私は顔をあげた。謝ってほしかったんじゃない。私はただ、ただ八つ当たりしただけで。

「……なんで、謝るんだ。里を襲ったのは伊達軍じゃないだろう……」
「そうだな、奥州伊達軍にそんな卑怯者はいねぇ」
 だが、と伊達政宗は続けようとしたが、そのまま口を噤んだ。なんだ、と見上げる私ににやりとその口元が笑う。まるでガキ大将みたいな笑顔だ。

「葉桜、アンタ、旅をしてるんだったな。次の行き先を決めてねぇなら、うちに来い」
 さっきの私の話を聞いていなかったのか、といいかけた私の身体がふわりと浮かぶ。

「何を……!」
「政宗様っ」
 片倉の咎め立てる声に耳を貸さず、伊達政宗は私を自分の前に据えて、快活に笑った。

「俺は葉桜が気に入った。だから、来いっつってんだ」
「私は侍なんか嫌いだと言っているっ」
 抗議する私の頭を伊達政宗は、わざとと思うほどにぐしゃぐしゃに撫でまわす。

「もし俺がアンタの思うような侍なら、好きにすりゃあいい。だが、そうじゃない時は……」
 言葉を切る伊達政宗を私は睨みつける。誰が、侍の言葉など信用するか。

「戦の手伝いならしないからな」
「そんなもんいらねぇよ。もし葉桜が俺たちを認めたときには、一差舞って見せてくれねぇか」
 意味が通じていないのか、と私は強く拳を握りしめる。

「だから、私は侍のために力を使うつもりは」
「力なんか使わなくていい。俺はただアンタの舞を見たいだけだ、you see?」
 本当に何を言っているのか、わからない。力を使わない舞なんて、なんの意味も価値もない。そんなものをみて、どうしようっていうんだ。

 混乱する私を他所に、伊達政宗は馬の腹を蹴りつけた。当然、馬は走りだすのだが、何かがおかしい。

「て、手綱をとれ!手綱を!」
 よく見れば、伊達政宗の両手は私の腰に回されている。つまり手放しで馬のスピードが上がっていくわけで。風に振り落とされそうなのが怖くて。

「怖いなら、俺にしがみついてろ。何、落としゃしねぇさ」
 言われるまでもなく私が伊達政宗に抱きつくと、彼はなんでか私を抱く両腕にぎゅっと更なる力を込めて。

「だから、手綱を握ってくれーっ!」
 城までどのぐらいの距離があったのかわからない。だが私にとって、それはとてつもなく長い時間だった気がする。あれほど私は死にたがっていたのに、馬から振り落とされる恐怖のが優ってしまって、気がつけば必死で伊達政宗にしがみついていた。

 びゅうびゅうと耳元を通る風の音は酷くうるさいし、常にない上下の振動は私から物事を考える力を奪う気がする。馬なんて乗ったことはなかったけど、二度と乗るものかとこの時に私は固く心に誓ったのだった。

「Welcome 米沢城へ」
 ふと風の音が止んだかと思うと、伊達政宗の通る声が私の耳元で囁いた。ぞわっと全身の毛が逆立った気がしたのは気のせいじゃないだろう。前に花街の女に聞いたような、聞くだけで妊娠してしまいそうな艶のある男声ってのは、こういうのをいうのだろう。

 私が慌てて熱くなった顔をあげると、それはもう楽しそうに笑っている伊達政宗がいた。

「さようなら」
 思わず馬から飛び降りようとした私の行動は、腰に回されたままの伊達政宗の腕によって阻止されてしまった。

「おっと、そうはいかねぇぜ」
 私の腰に回された腕はびくともしないどころか、抱き潰す勢いで締まっていて。誰か助けてくれる人と視線を彷徨わせて見つけた片倉は、諦めろとでも言うように首を横に振っている。

 そりゃあ、一度は敵対した身だけれど、少しは自分の殿様を諌めてくれないだろうか。そもそも、なんで私はこんなことになったのだろうか。

「離せっ!」
 ぎっと私が強く睨みつけても、伊達政宗はますます楽しそうに笑うばかりだ。

「あんまり暴れるとKissするぜ」
「はぁ?」
 言っている意味が分からない、と怪訝そうな私を伊達政宗はまた楽しそうに笑う。なんで、そんなに笑うのか、私にはまったく理解出来ない。

「政宗様」
 やっと進みでてきた小十郎に対し、伊達政宗はあからさまに舌打ちする。それから、片倉に何かを言われているのに、私を抱えたまま馬から飛び降り、数度馬の首を撫でてから歩き出した。

 何故か私を抱えたまま。

p.4

04#女中が付きました



 伊達政宗は私を抱えたまま入城する。それを周囲は信じられないものをみる目で見ていていて、私はとても居心地が悪い。

「伊達政宗様、もう逃げませんから、私をおろしていただけませんか」
 廊下を進む伊達政宗に、私はめげずに願う。だが、予想通りというか、伊達政宗は返事をまったくしてくれない。諦めたくはないけれど、諦めざるを得ない状況というのはこういうことかと、私は再び深く息を吐き出した。

「着いたぜ」
 すっかり諦めて大人しくしていた私は、伊達政宗がどうやってか開けた襖の向こうへ、放り投げるようにどさりと下ろされた。そっと下ろして欲しいとまでは言わないが、ひどいではないかと、つい呻き声も恨めしくなる。しかし、伊達政宗は気にした様子は少しもない。

「葉桜、アンタの過去に何があったかなんて、俺は知らねぇ。だが、アンタが見てきた侍だけが真実かどうか、ここで見てろ」
 伊達政宗はここと外を指す。私がそちらへと足を向けると、ごう、と強い風が吹きつけてきた。一瞬倒れそうになる私の肩を、大きく力強い手が支える。見上げてみれば、いつのまに私の隣にいたのか、伊達政宗が何故か驚いた顔で私を見下ろしている。

「……あの?」
「……It’s OK。気にすんな」
 何か誤魔化された気がしないでもないが、気にしても仕方ないと私はそのまま視線を外へと移した。高さはかなりあり、流石に飛び降りられそうにない。でも、そのせいか、そこから見える高い蒼天は思わず息を飲むほどに見事だ。青空なんて見慣れたもののはずだが、今日そこに細く棚引く雲はひどく珍しい種類に見える。吉兆とも凶兆とも、どちらにも取られそうな雲だ。

 自分の道の先になにがあるのか、よぎる不安に私はただ強く拳を握りしめる。里を出てからずっと、もう真っ暗な道しか見えなくて、世界が昏くて。怖いけれど、進むしかない道を一人でひたすらに走ってきた。その果てのない道を、いつまで私は進めばいいのだろうか。

「葉桜?」
 優しく労るように私の頭を撫でる伊達政宗の優しい手を見上げると、彼はなぜか苦しそうな顔をする。なんで、そんな風に私を見るのか。

 私に何かを言いかけた伊達政宗は、だが直ぐに口を閉じた。

「政宗様」
 離れていく伊達政宗の向こう、部屋の前には片倉が眉間に皺を寄せて、立っていた。いつのまに部屋に入ってきたのか、全然私は気がつかなかった。

「この部屋は好きに使え。葉桜を客人として丁重に持て成せよ、小十郎」
 そのまま伊達政宗が出ていった後、片倉に続いて女中が部屋に入ってきた。目の細い面の二十代後半らしき女性と、大きな瞳で目元にほくろのある可愛らしい二十代前半ぐらいの女性は、共通して、落ち着いた優しい雰囲気を持っている。

「葉桜、この二人は梓と美津。アンタがここにいる間、アンタの世話をする者だ」
 歳若いほうが梓、目の細いほうが美津と名乗って、私に頭を下げた。

 片倉の噂は、旅の間もよく聞いた。それによるととても厳格な人物だと思っていたのだけれど、片倉はなぜ私を受け入れているのだろうか。怪訝そうな私に気づいた片倉が両まゆを下げて、少し困った様子になる。

「アンタは、敵じゃねぇからな」
「……なんで言い切れるんですか」
「アンタの剣は真っ直ぐすぎる。謀なんかは苦手だろう?」
 言い当てられて、私は両の眉を下げて、口端も下げてしまった。それを小さく片倉が吹き出す。笑うと、強面の顔が少し和らいで、温かさが見える。

「くくっ、まあ、なんだ。政宗様じゃねぇが、俺もアンタを買ってんだ、葉桜」
 ゆっくりしていくといい、と言い置いて、片倉も部屋を出て行った。残された私はため息を付き、それから女中を見る。

「あの、私のことは気にしないでいいんで」
 言いかけた私の手を梓が取る。細くて柔らかいけれど、少し荒れた手は働いている女性の手だ。

「まずはお風呂ですね」
「は?」
 聞き返す私に美津も頷き、なんだかあれよと言う間に連れてこられた場所はというと、大人の男が十人ぐらいは入れそうな、それはそれは広くてピッカピカの露天風呂。そりゃ、山の中を旅してるのが主だったし、時々天然の温泉に入ったことはあったけれど、こんなに広くて、かつ整った風呂なんて、初めて来た私はもうびっくりして、素に戻っていた。

「え、なにここ、お城の中だよね。て、なになになにー!?」
 驚いている間に衣服をひっペがされ、梓と美津に隅々まで洗われ、風呂に浸かり、なごむ間もなく引っ張り出されて。それから、浴室で肌になんか花蜜みたいないい香りの液体を塗りたくられた私は、部屋に戻る頃には息絶え絶えで。呆然としている間に綺麗な着物を着つけられ、はっと気がついたときには立派な襖の前に立たされていました。

「……え、と、ココドコですか」
「葉桜様をお連れしました」
 ちょ、誰に話してるんですか、美津さん。それに、二人ともなんで頭を下げてるの。

 てゆーか、誰か今の状況を説明してください。

p.5

05#Dinerの時間



 ここに着いた時は昼頃だったというのに、外は既に夕闇に落ちかけていて、薄暗い。呆けている間に整えられた自分の装いを見下ろしてみれば、目も覚めるような明るい瑠璃色地に紗綾柄と花丸紋の小袖を着せられている。その上等さが伺えるのが肌触りだ。着たことのないほどさらりとしていて、自分のような庶民には不相応なのがよくわかる。こんなことなら、呆けていないでしっかりと反対するのだった。

 もっとも美津と梓が聞き入れてくれるとは思えないけれど。

 二人の手で襖がゆっくりと開けられる中、私はしっかりと前を見据えたままでいた。礼儀に反しているのはわかっているが、しっかりと前をみていたかった。自分が侍に屈しないのだと示しておきたかった。

 だが、そんな私の意地の前に現れた、遠く上座にいる伊達政宗の姿を見た私は動けなくなってしまった。彼は別に華美な格好をしているわけではない。甲冑を脱ぎ、寛いだ格好に着替えたと見える藍の着流し姿はとてもよく似合っていて。

「失礼いたします」
 背後で襖の閉まる音がして、私ははっと我に返った。

「あ、の、」
 よく見れば、部屋の中には片倉もいるし、その他に見たことのない男が二人もいる。見たことのない二人は私を吟味するように睨みつけているが、片倉はただ私をまっすぐに見つめたまま頷く。

 こんな風な場面が今までになかったわけじゃない。それなりに私のことを知っていれば、こうするものは少なくない。

 護国の舞姫ーーそんな風に呼ばれることがある。役割は、この国の穢れ、負を祓うこと。その方法が舞なので、舞姫と呼ばれるのだ。それ知る者は神社の関係者であるのが主であるけれど、昨今はそれを知る為政者も増えた。

「何してんだ、早く来いよ」
 手招きされても動けない。今直ぐ回れ右して、逃げ出してしまいたい。

 そんな私の気持ちを察したのか、伊達政宗が近づいてくる。その一歩ごとに逃げたい気持ちと、こんな場面で敵に後ろを見せてなるものかという気持ちが鬩ぎ合い、結果私はじりじりと後退していた。

 だが、部屋を出る前に伊達政宗が目の前に来てしまって。逃げ場のなくなった私は、がっしと両肩を掴まれていて。

「That’s great!想像以上だ」
 屈んで私を目線を合わせた伊達政宗が破顔するのを、目の当たりにしてしまった。逃げたい。本気で、逃げ出したい。なんでそんな親しい者を見るような、優しい目で私を見るんだ。なんでそんなに甘い顔で笑うんだ。なんでそんなに嬉しそうなんだ。

「ぅ、わ……っ」
 唐突に片腕で抱き上げられた私は、自分が伊達政宗を見下ろしている状況に驚いた。なんでという混乱がぐるぐるして、言葉にならない。

「お、おろ……っ」
 近づいてきた時とは違い、大股で上座に戻った伊達政宗は、胡座をかいた膝の上に私を乗せる。

「え、え、な……っ?」
「成実、綱元、こいつが葉桜だ。さっきも言った通り、この城に滞在させる」
 目の前の二人に伊達政宗が私を紹介し、それから私を見る。

「葉桜、こっちの軽そうなのが成実で、怖そうなのが網元だ」
「は、はい?」
 その紹介はどうなんだろう。それに、怖そうなといっても初見の片倉ほど怖そうには見えない。

「他の奴らは明日にでも紹介してやる」
 じゃあ食べるか、と箸を取る伊達政宗の膝の上の私は、困惑してしまう。食べ始めてしまったが、私はいったいどうしたら。片倉に助けを求めて視線を向けると、心得たというように目で合図してくれる。

「政宗様」
「葉桜は何が好きだ?」
 だが、何かを言おうとする片倉を遮り、嬉々として伊達政宗は私に尋ねる。これまでにも話をきいてくれなかったりされることは多々あったが、私にこんなことをした人間はいない。それは私の力を恐れてのことでもあったし、私自身もそこまでの隙を見せたことなどない。じゃあ、伊達政宗の前で隙を見せていたのかというと、そんなつもりは髪の毛先ほどもない。

「玉子焼きは好きか?」
「あ、あの、政宗様」
 口を開いた隙に放りこまれた玉子焼きは今まで食べたものとは違っていて、私は思わず顔をほころばせていた。

「美味しい……」
「See?」
 もっと食べろとさし出してくる伊達政宗を見ると、本当に心のそこから嬉しそうだ。

「あの、おろしてください」
「いいから、食え」
「その前に下ろしてください」
「気にするな」
 なんなんだ、この男は。

 どうしたらいいかわからずに途方にくれていると、その視界に微笑ましい顔をしている片倉と成実が写る。網元は変わらずに険しい表情を崩さない。

 自分の主を諌めるつもりはないのか、と片倉を睨みつけると、ごまかすように咳払いされる。

「うちの野菜はどれもうまいからな、全部食べて、もう少し太れ」
「政宗様、葉桜は何か言うことがあるようですよ」
 伊達政宗は邪魔をされたことを面白くなさそうにしていたが、不意に私を見て、にやりと笑った。

「礼ならいらねぇぞ。……まあ、葉桜が体で払いたいってんなら歓迎だがな」
 伊達政宗の手元が私の顎をくっと上げさせ、合わせた視線が何故か艷めいた様相を帯びた気がする。囲い込むつもりなら、屈するつもりなど毛頭ない私は、不機嫌に眉根を寄せた。私が何かをする前に、伊達政宗が続ける。

「アンタのDanceは、戦場で見るにはもったいねぇ」
 身体で、というのが護国の舞姫の力を示していると理解した瞬間、私はその手で伊達政宗を殴りつけていた。でも、その体は微塵も揺らがず、却ってきつく抱きしめられてしまった。伊達政宗の吐息が私の額にかかる。

「可愛い抵抗じゃねぇか。成実、網元、刀を下ろせ」
 抱きしめられたのはどうやら刀から護ってくれたからだと気づいたが、先に私を怒らせたのは伊達政宗だ。謝ってなどやるものか。

「護国の舞姫は民の鏡と言ったのは、網元だったな」
「ですが」
「少なくとも北の地の信頼を勝ち得ていた葉桜を俺達が斬れば、民の信頼を裏切ることと同じになる」
 片倉の言葉に、私は眉根を寄せた。そんなありえないことを話していたのか、と。

「アンタたちは馬鹿なのか? 私が斬られたぐらいで、いつきたちがそんなことを思うわけないじゃないか。だって、私はーー」
 記憶の中のいつきや村人の目が私を恐れるものに変わり、私は項垂れる。これまでにだって、当たり前にあったことだから、今更傷ついたりなんてしない。そのはずなのに。

「私は、化け物なんだから」
 小さな小さな呟きだけれど、部屋の中はひどく静かで、よく響いて。

「Ha!アンタのどこがMonsterだ」
 伊達政宗の否定を受け止めながらも、私はその腕を抜け出し、立ち上がっていた。部屋の出口へと向かう足を止められることはなかったが、私の背中を声が追いかけてくる。でも、私はもうここにいたくなかった。

「葉桜」
「部屋に、戻ります」
 無作法だが、部屋を出て後ろ手に襖を閉じる。それから、来た道を辿って、与えられた部屋へと戻った。

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06#片倉と握り飯



 伊達政宗らのいた部屋から戻る途中、私は盛大に迷子になった。が、幸いに出会えた梓に案内してもらって、ようやく最初に案内された部屋に戻れた。

 梓に手伝ってもらって着物を脱ぐと、直ぐ様別の藍染めの小袖を着せられる。もっとゆったりとしたものを着ていたいのだが、梓の仕事としてそうもいかないのだろう。大人しく、着せられた後に通された隣室には既に布団が敷かれてあり、私はその上に倒れこむように寝転んだ。その布団は俯せになっていると、ふんわりとして、暖かなひだまりの匂いいっぱいの布団は泣きたくなるほど優しくて。私はごろりと仰向けに寝直し、左腕を目の上に乗せて視界を遮った。

 そうして思い出すのは先程、部屋を出る前に言った自分の言葉だ。

「化け物、か」
 今までも私はいつきたちのような者に手を貸したことはあった。でも、私の持つ力のことを知れば、必ず恐れられた。癒す力と戦う力、それから人の負を取り除く力。特に三つめの力が恐れられる要因であることは知っている。だから、この力だけは滅多に人に見せることはない。ないけれど、先の二つだけでも十分に特異なのだ。人は異質なるものを恐れる生き物だから。

「葉桜」
「いない」
 襖越しに気遣うようにかけられる片倉の声に、私は反射的に不在を返していた。黙っていても良かったかもしれないが、片倉には気配で分かっているだろうことから、暗に構うなと言ったのだ。だが、片倉は静かに部屋に入り、小さく息を吐いた。

「先程は政宗様が我侭を言って、迷惑をかけた」
 すまないと謝るくらいなら、何故すぐに助けてくれなかったのだと言いかけたが、少し考えれば、それが容易でないことなどわかるだけに、私は押し黙る。

「腹が減っているだろう。握り飯を持ってきた」
 そういえば、食べさせられた玉子焼きは美味しかったなと思いだすと、とたんに腹の虫が騒ぎ出す。半端に食べたから、空腹を思い出したのだろう。

「……いらない」
 腕を少しずらして答えると、片倉は小さく笑っている。その気遣う視線が、憐れむような視線が、私の心を締め付けた。この目を私は知っている。姉様達が私を見るときの、仕方ないなと甘やかしてくれる時の優しい目だ。

 この人は何故一度剣を交わしただけで、こんなにも私を気にかけるのだろう。

「葉桜」
 片倉がもう一度私の名前を呼び、布団の傍らに腰を下ろしたのがわかった。これはもう食べるまで動かないつもりなのだと悟り、私はしぶしぶ腕を避けて、起き上がる。それから睨みつけたが、まったく効果はなかったようだ。

「……噂じゃ、片倉様はもっと融通が効かない、伊達家大事の怖い人だったんだけど……」
 差し出された握り飯はまだ暖かく、口に運ぶと丁度良い塩梅で美味しい。中身は紫蘇梅で、ご飯が良く進んだ。一つ目を食べ終わってから、二つ目に取り掛かり、これもまたあっという間に平らげる。それから、片倉と残るひとつの握り飯を交互に見つめ、片倉がうなづくのを見て、これも平らげた。こんなに腹いっぱい食べるのは久しぶりだ。

「そんなに腹が減っていたのなら」
「あの状況でどうして食べられるんですか」
 片倉の言葉を遮りつつ、私は手についた米粒を口でなめとる。それを見ていた片倉が手ぬぐいを差し出してきた。行儀が悪いと言いたいのだろうか。でも、この米はいつきたちが育てたものかもしれないし、一粒も無駄にするつもりはない。

 全部を舐めとってから、有難く差し出された手ぬぐいで手を拭いて、口を拭う。

「ごちそうさまでした」
 座りなおして、私が深く頭を下げると、片倉はいいと言って、私の頭を上げさせる。困惑が片倉の瞳に映りこんでいる。

「片倉様は何故私にそれほど親切にしてくださるのですか? 剣を交わしたからこそ、私が本気で貴方達に手を貸さないことなど承知でしょう。政宗様が礼をしたいからと招いてくださったから一応いますけど、私はそれほどここに長居する気もないし、貴方達に懐柔されるつもりもありません。それなのに、何故ですか?」
 私の問いかけに、片倉は暫時考え込んだあとで、話しだした。

「政宗様はアンタに礼がしたいだけじゃない。アンタに、自分の治める様を見て欲しいんだろう。アンタが今までどんな侍を見てきたかは知らないが、俺らは違う。そう、言わせたいんじゃないかと思う」
「何故、私に?」
 さて、と片倉は笑った。強面なのに、笑うと優しく見える不思議な男だ。

「何故かはわからないが、俺もアンタには違うと言わせてみたい」
 そういって、大きな手を私の頭に乗せ、そっと撫でた。久しくされていなかったけれど、その心地良さに思わず目を細める。

 数度撫でた手が離れてから、私がゆっくりと目を開けると、片倉はやっぱり優しい目で私を見つめていた。何故、私なんかをそんな目で見るのだろう。

「それからな、あまり自分を化け物などというな。葉桜は人間だ」
 唐突な言葉に、私は困惑しか返せない。

「少なくとも俺にはアンタが化け物には見えない」
「それは片倉様が私の力を知らないから……」
「葉桜の癒しの力は、化け物なんて呼ばれるものじゃない」
 違う、と言おうと思ったのに、言葉は出てこなかった。忌み嫌われるあの力のことを言ってしまえばいいのに、どこかで思いとどまってしまうのは、この人に嫌われたくないからと無意識にブレーキをかけているのだろうか。

 嫌われてもいいはずなのに、片倉も、伊達政宗も、私に取って大嫌いな侍なのに。

「アンタはアンタの力に誇りを持て。どんな力を持っているとしても、アンタは、葉桜は弱いもののためにしかその力を使わない。自分で正しいと思うことにしか使わないのだろう。だったら、自信を持て」
 片倉の言葉は優しくて、縋りたくなる。何も言わない私の頭をもう一度撫でて、片倉は部屋を出て行った。

 一人になった部屋で私は溜息をついて、窓へと足を向けた。真っ暗な夜空に星が瞬いている。

「何が正しいかなんて、私にはわからないよ」
 旅に出たときは侍全部が嫌いだった。でも、三年も旅をすれば、それぞれの思いも見えてくる。

「……姉様、教えて。私は、何を信じて進めばいいの」
 北の果まできたのに、その答えを見つけられない自分が情けない。その道行を示してくれる人が誰もいないことが、不安で不安で仕方なくて。

 私はただ布団に戻り、小さく丸まって眠りについた。

あとがき

01#ツインテールの女の子


長くなる予定です。
元ネタのゲームはやってませんが、プレイ動画で見て回って、キャラ回収中。
前回もそうすりゃ良かった……orz
(2011/07/22)


改訂
(2012/02/09)


02#武器は舞扇


片倉と互角かちょい下に戦闘力を位置づけようと思ったけど、あまりに強すぎるので、体力を削りました←
(2011/07/23)


改訂
(2012/02/09)


03#竜に攫われて


タイトルを馬にするか誘拐にするか迷った末に、こうなりました。
センスなくて、申し訳ない……orz


次の更新はもしかすると、時間かかるかも。
引越があるので。
(2011/07/24)


改訂
(2012/02/15)


04#女中が付きました
(2011/07/25)


改訂
(2012/02/16)


05#Dinerの時間


もうなんか行き当たりばったり。
25,26日は引越なんで、更新遅れます。
28日までに更新できるといいなぁ。
(2011/07/24)


改訂
(2012/02/18)


06#片倉と握り飯


引越前にギリギリ、きりのいいところまで書けた、かな?
(2011/07/24)


改訂
(2012/02/19)