07#いつきとの再会
翌朝、私は遠くの人の話し声で目を覚ました。それは一度夜中に目を覚ました時に開け放したままだった窓から、風に乗って届いたもので、寝ぼけながらも聞き覚えのある声だったことだけ感じ取ったのだ。
ここで聞くはずのない、いつきの声。
(いつき?)
がばっと勢いよく起き上がり、慌てて窓辺へと寄る。離れた場所に見える銀髪のツインテールは、きっと間違いなくいつきだろう。
「葉桜様、おはようございまーす」
部屋の前にいつから控えていたのかわからないが、着物を用意している美津と梓に、私は頭をさげる。
「あ、あの、急いでいるのでっ」
「はい」
どうにか部屋を出ようとする私に素早く着付け、美津と梓は笑顔で送り出してくれた。まるで、これから私がどこへいくのかわかっているみたいだけど、そんなことはないだろう。
急いでいたが、結局道がわからなかった私は、途中で見えた方向へと繋がる開けた窓から、外へと飛び降りた。そのまま、足が汚れるのにも構わずに、いつきの声の聞こえる方へと向かう。
「なあ、小十郎様。なして、葉桜はひとりで出てっちまったんだべ」
拗ねるようにいつきが問いかけている。それを聞いたところで、あと少しだというのに、私は進めなくなった。そうだ、今更会ってどうするというのか。嫌われたことを確認したくないから、私はこっそりと出て行ったというのに。
「不思議な力のことなら、気にせんでええのに。村の皆も葉桜には感謝してもしきれねえって思ってるだよ。なのに、どうして何も言わずに小十郎様達といっちまっただ?」
優しいいつきなら、言ってくれるかもしれないと期待していた言葉に胸がつまる。
「さあな」
片倉はいつきには何も答えず、何か仕事をしているようだ。しばらくして、手を止めた片倉が私のいる方を見る。見えているはずはないけれど、気配が読まれたのかもしれない。
「本人に聞いて見ちゃどうだ」
そのまま片倉の近づいてくる気配に私は慌てて隠れる場所を探す。でも、あいにくと適当なものがなにもないようだ。もうダメだ、と思った私の前に片倉が現れる。
「お、オハヨウゴザイマス」
ぎこちない挨拶をする私を片倉はにこりともせずに見下ろす。片倉から伸ばされた手を避け、私は後退り、首を振る。
「葉桜」
だが、宥めるように名前を呼ばれ、片倉のごつごつとした大きな手に捕まってしまった。
「アンタを心配して来たんだ。少しぐらい会ってやれ」
ふるふると首を振る私に、片倉はため息をつく。と、急に私の身体が地を離れた。
「な、片倉様!?」
荷物のように担がれ、そのままいつきの前に降ろされる。私は顔を上げることができなくて、俯いたままで。私の前にいつきの膝が見えたと思うと、私の目の前が暗くなり、肩と胸が苦しくなった。いつきが私を抱きしめたからだと気づく。
「無事だっただな。心配したべ、葉桜」
本気で心配するいつきの姿に戸惑う私は、どうすることも出来ずにされるがままで。私を見つめるいつきの眼差しには嘘など欠片も見当たらない。
「いつきは、私が怖くないの?」
「なしてだ? 葉桜はおら達を助けてくれたでねが。何を怖がることがあるだ」
それから、いつきは村の人達が私にどんなに感謝しているかをとうとうと語ってくれて。
「葉桜さえよければ、また村で一緒にくらすべ。おらもみんなも歓迎するべよ」
とてもとても魅力的なその誘いに、思わず頷きそうになる。だけど、急に私の肩を強く抑える手があって。
「生憎、葉桜はここに滞在することが決まってんだ、悪いな」
まったく悪びれる様子のない声を顧みる。背後にいたのは伊達政宗で、いつきを真っ直ぐに見つめている。
いつきは私と伊達政宗を交互に見てから、心配そうに呟く。
「本当だべか、葉桜?」
少しためらい、視線を彷徨わせた私は、畑にいる片倉がこちらを見ていることに気がついた。片倉を見ていると、なんだか居心地が悪くて、身じろぎして、伊達政宗の手から逃れる。それから、ゆるくいつきに微笑む。
「うん、少しの間、ね。このお城にお世話になることになったの。いつきと住むのも楽しかったけど、私がいると村の冬の食料をわけてもらうことになっちゃうし、やっぱり悪いと思って」
いつきは寂しそうな顔をしていたが、少し考えて、ふるふると首を振った。揺れる銀髪がうさぎの耳みたいだな、なんてどうでもいいことを考えてしまったのは、無意識に泣きたくなるのを堪えたからかもしれない。
「……葉桜が決めたなら、仕方ないべ。でも、そんたらこと考えんでも、おらは葉桜をいつでも歓迎するからな、だから」
言葉を切るいつきの瞳が、溢れる涙でゆがんでしまう。
「また、きてくれんべか」
私は何度も何度も頷くことしかできなくて、そんな私をいつきはぎゅっと抱きしめてくれて。
「政宗様、葉桜を苛めたら、承知しねえべっ」
まさか、為政者に食ってかかるいつきに、私は慌てて顔を上げた。涙は驚いて、引っ込んでしまった。
「ああ、約束する。葉桜はちゃんと面倒みてやるし、誰にも文句は言わせねえし、泣かせねぇ」
いつきは私の視線に気づくと、とても温かくて優しい眼差しで微笑んでいて、伊達政宗との間にも険悪な雰囲気は一つもない。
「そんなに心配なら、いつでも好きなときに城に来ればいい」
加えて、伊達政宗がそう言ったとたんに、いつきは満面の笑顔になった。
「おら、毎日葉桜に会いに来るべよ」
喜ぶいつきに、長くいるつもりのないことを言えなくなり、私はようやく伊達政宗の思惑に気づいた。
いつきが帰った後で、伊達政宗は意地悪く訊いてくる。
「で、いつ出ていくって?」
いつきにああ言ってしまった以上、すぐにというわけにもいかないだろう。折角和解した彼らの関係を瓦解させるつもりなどないのだから。
それでも、素直に答えるのは悔しくて、私は伊達政宗から顔を背けて答える。
「いつきを説得するまで、です」
「All right!好きなだけいればいい」
まるでそれは無理だとでも言いたげな伊達政宗の苦笑と言い様に、ますます私は眉を寄せた。
08#竜と旅の話
偶然視線の先にいた片倉が幼子を見るような温かい眼差しを向けていた。確かに私の姿はいつきとそう変わらないが。
(これでも十八なんだけどな)
一度も口にしたことはないけれど、伊達政宗も片倉も私を見た目通りに扱っているのは明らかで。なんだか複雑な気分になって、落ち込んでしまう。
思えば、一人でいるようになって成長したのは人ではない力ばかりで、体の方は忘れてしまったかのように成長していない。髪も、そういえば切っていないのに、伸びた覚えがない。それさえも力の影響のひとつなのだと知っているが、それは私の他に舞姫の力を扱える者がないという証のひとつでもある。
舞姫は継ぐものがなければ、それだけ長く時を生きることになる。一番長い者では、齢百まで二十歳前後の外見であったらしい。力が強ければ強いほど、それは顕著に現れ、私は今の姿の十二の歳で時を止めてしまった。だから、本当は先々代から受け継ぐのは私だったのだけれど、外部の襲撃もあって、先代の姉様が中継ぎの舞姫をしてくれたのだ。
(……いつまで、続けなきゃいけないんだろう……)
舞姫なんて、なりたくなかった。こんな風にひとり残されるくらいなら、姉様たちと共に果てたかった。でも、それを私たちの一族は許されていない。誰かが舞姫として、浄化を続けなければ、この国が黒く染まってしまうのだから。
考え込んでいる私の身体が急にふわりと浮かび、なんだか覚えのある体勢になる。そりゃあ、女らしく扱って欲しいとまでは思わないが、何故に荷物のように肩に抱えるのだろうか。
「政宗様、なんで私を抱えるんですか」
「Ah?そりゃあこれから仕事だからだ」
なんでだろう。会話できている気がしない。
「そういうことじゃなくてですね、これでも年頃なんでこういう抱え方はやめてほしいといいますか」
後半はごにょごにょと口の中で小さく呟くだけになったので、きこえなかったのだろう。聞き返されたが言い返す気力もなく、なんでもないですと私は締めくくった。
そのまま伊達政宗に連れてこられたのは自分の部屋ではなく、書類が机に山と積まれた部屋だった。大人四人も入れば、狭くなりそうな部屋だ。
「なんですか、ここ」
「俺の仕事部屋」
「……なんで、私が連れてこられたんですか?」
私を火鉢の前に座らせ、自分は書類の前に座った伊達政宗はなんでか気まずい顔を背ける。
「俺が葉桜と話がしたかったからだ」
「私は話すことなんて何もないです」
「旅を、してきたんだったな。どの辺を見てきたんだ?」
話すことなんてないっていうのに。
「……最初は西を目指しました」
「京にでも行ったのか」
「行きましたよ。秋の枯れ葉が散る頃でした」
「京の椛は良かったか」
「最悪でした」
問われるままに話をして、でも、想い出せば思い出すほどに気持ちが沈んでいくのを感じる。どこに行っても、結局は力のことを知れば、追い出されるか、逃げるかしかしていない気がする。
「なんでこんな時期に北に向かったんだ?」
雪の山ばかりのこんな土地を、こんな時期に旅するものはいない。そりゃあそうだろう。
「……死ねるかと思って」
「Ah?」
「冗談ですよ」
私は笑ったのに、伊達政宗は眉間に皺を寄せている。
「雪を見たかったんです。しばらく西を旅していて、見ていなかったから、久しぶりに雪で遊ぼうと思って」
外を見れば、山に雪が白くかかっているのが見える。この辺りは少し曇っているが、山の上はどうやら晴れているらしい。
ふいに、後ろから温かさに包み込まれる。
「本当に冗談か、葉桜?」
どきりとしたけれど、私は小さく笑ってごまかした。伊達政宗のこんな反応はやはり小さな女の子を気遣っての行動なのだろうなと思う。きっとただ同情されているのだ。
「当たり前ですよ。なんで、私が死ななきゃならないんです」
「さぁな」
伊達政宗が分け与えてくれる温もりは、火鉢の前にいるよりも温かい。けれど、落ち着かない。それを誤魔化し、私は早口に続ける。
「それに北に行くなら、やっぱり雪のある時期のがいいでしょう。私は真っ白な雪景色が好きなんです」
何故か更に私を抱く腕に力が入った気がするが、何故だろうか。
「そこにおいておけ」
どうやら、誰かが来たらしい。しばらくして、私から離れた伊達政宗は部屋の入口から何かを持ってきた。
「葉桜は甘いものは好きか」
「は?」
「食ってみろ」
少し考え、やっぱりこれは小さな女の子に優しくしたいだけなのかな、と結論づける。わざわざ自分で歳を明かして、危険に身を置く必要もない。子供だと思っているうちは手も出されないだろうし。
「いただきます」
見たことのない黒っぽいそれを口に入れると、物凄く甘かった。なんだこれは、と目で訴えると、笑いながら教えてくれる。
「砂糖羊羹だ」
「っっまい……っ」
「俺は苦手だが、
「でも、美味しいーっ」
もうひとつと口に入れていると、やっぱり微笑ましそうな顔をされる。騙しているわけではないが、少しだけ罪悪感で背中がむず痒い。
「……えーっと、ごちそうさまでした」
頭を下げて、ゆっくりとあげながらみようとすると、いきなり頭を撫でられた。
「い、いや、葉桜が気に入ったならいい。明日も用意させるか」
え、と私は慌てて首と手を振って、辞退した。
「た、食べ物で懐柔なんてされませんからねっ」
そりゃ、ちょっとは気持ちが動いたけど。でも、そんなもので簡単に心を許してなるものか、と強く口を引き結ぶ。伊達政宗はそれを残念そうな顔で見る。
「別に懐柔するつもりはねぇよ」
「どうだか」
ふい、と私がまた窓の外に視線を向けると、なんでか後ろで溜息が聞こえた。
09#伊達軍にご挨拶
次の日は何故か道場に連れて行かれて、何故か伊達軍に紹介された。
「覚えているものもいると思うが」
伊達政宗と片倉の間に挟まれたまま、私は彼らを凝視する。柄がいいとは決して言えない。けれど、私の力のことを知っていて、何故笑顔が出るのだろう。
「その節は世話になったな、嬢ちゃん」
最初に声をかけてきたのは髪を前にのばして固めた不思議な髪型の男で。
「筆頭や小十郎様に苛められてねぇか?」
こっそりと尋ねてくれたのは少し太めの体型の男。そのまま多くの者に囲まれてしまったが、別にそれで殴られるとか蹴られるとかがあるわけでもない。
「アンタには大きな借りが出来ちまったからな、なんなあったら俺らが手を貸してやるぜ」
「ばーか、葉桜様はテメェよりよっぽどつぇえだろうが。なんたって、あの片倉様と互角にやりあうんだぜ」
不思議と居心地が良くて、その上照れくさい。こんな風な扱いを受けたことがないから、どうしたらいいのかわからなくて、私は私を連れてきた二人に助けを求めようと思ったんだけど。
「小十郎と、互角、だと?」
え、なんで伊達政宗が近づいてきてるの。それに、なんでかピリピリしているっていうか、なんか周囲がバチバチしてるんだけど。
自然と割れた人波の間を悠然と歩いてきた伊達政宗は、私の前に立つ。
「俺と勝負だ」
「え、ええっ?」
なんでこうなった。慌てて、片倉様を見ると、なに額に手を当ててんですか。ともかく、この人を止めてくださいよ。
「やりませんよ」
「Hey!誰か葉桜に木刀を渡せ」
「だから、やりませんってばっ!」
投げ渡された木刀をとっさに受け取ってしまった私に、伊達政宗が重そうな一撃を振り下ろす。
「待って……!」
それをとっさに後方へ飛んで逃げた私は、回りこんで片倉の背後に回る。
「あのひとを止めてください。私、侍とやりあえる体力なんてないですよっ」
木刀を押し付けると、片倉は溜息をついて変わってくれた。
そのまま伊達政宗と片倉の稽古になだれ込んだようで、私は安堵の息を吐いたのだった。
「大丈夫かい、嬢ちゃん」
「あ、うん、吃驚したけど、大丈夫」
最初に私に声をかけてくれた男が隣に座ってくれる。
「筆頭は強いお人が好きだからな、アンタの腕前を聞いていてもたってもいられなくなっちまったんだろ」
「なんって、はた迷惑な。こんな幼女虐めてどうすんですか」
「ははは、ちげぇねぇ」
というか、こんなに部下に舐められてて大丈夫なのか、とこっそり心配したのは秘密だ。すぐにそれは必要のない心配だとわかったが。
伊達政宗と片倉の勝負は木刀だというのになんでか、火花が散ったり、雷が落ちたりしている。でも、どちらも、本気じゃない。いや、本気は本気なんだけど、命のやりとりとなる戦場ほどではないだろう。
自然と私の目が追うのが片倉だったのは、たぶん最初に剣を交わしたのが片倉だったからだろう。自分とは違う、力強さと意志の強さが滲み出る剣戟には学ぶことが多い。
あんな風に迷いなく真っ直ぐに生きられたら、私はこんな風にふらふらと彷徨わなくてもよくなるのだろうか。この国を救う価値があるかどうかもわからずにいる自分には、無理な話だろうけど。
「……片倉様になりたい」
「え?」
「え?」
自分で言ったにも関わらず、私は瞬いていた。何を言っているんだ、私は。
「ええと、それはなんだ?」
「お嬢、筆頭のこと」
「ち、違う、違うよ! 片倉様みたいに真っ直ぐに生きられたらって、そう思っただけで……!」
ごまかそうとすればするほど、なんだか深みにはまっている気がする。
「葉桜」
「ひっ!」
急に伊達政宗に両肩を抑えられ、目線を合わせられた私は、喉の奥で小さく悲鳴を上げていた。何を言ったらいいのかわからず、だらだらと冷や汗が背中を伝う。
「な、ん、でしょう、か?」
「……なんでもねぇ」
結局何か言われることもなく、舌打ち一つで解放されたけれど、なんなのだろうか。
「確かに嬢は可愛いが」
「筆頭が幼女趣味?」
それはいくらなんでも失礼じゃないですか、伊達軍の皆さん。
「ないないない」
「だよなー」
「それに私、庶民だし。ありえないって」
あははーと笑っていたら、いきなり頭を掴まれた。
「行くぞ、葉桜」
「いだいー!」
なんかものすっごい握力なんですけど、それになんでそんなに伊達政宗が不機嫌全開なのか、全然わからないんですけど。
「たたた助けてください、片倉様っ」
「政宗様っ」
なんとか片倉様が説得してくれたけど、そのまま連れてこられた伊達政宗の執務室で、私はすごく居心地が悪い。
「私、やることないんですけど」
「葉桜は字を読めるか」
暇をしていたら、なんでか字を教えてくれるそうだ。知っていて損はないかもしれない、と片倉に習うことになった。同じ部屋では伊達政宗が書類を片付けている。
本当は伊達政宗が教えようとしたのだが、今日の仕事が片付いていないからと片倉にやりこめられたのだ。ちょっとだけ良い気味だと思ったのは内緒だ。
「明日までにこれを覚えろ」
「はっ?」
でも、少しだけ伊達政宗に教わったほうが良かったんじゃないかと思ったのは秘密だ。だって、片倉の指導はかなり厳しかったんだ。これなら、絶対稽古していたほうが良かった。
7#いつきとの再会
引越は無事に終わりました。
荷物は片付いてませんが。
あと半分に減らさなきゃ……orz
引越のさなかにちまちま書いていたので、なんかバラバラ感が否めませんが、これでもいいか(おい。
(2011/07/28)
分割
(2011/12/30)
改訂
(2012/02/19)
08#竜と旅の話
分割
(2011/12/30)
改訂。
直せば直すほど、食べ物の話が増えていく……。
(2012/02/20)
09#伊達軍にご挨拶
もう少し奥州での楽しい話を書き足してみたいと思ったら、なんだか筆頭が幼女趣味ということに。
え、本当に誰これ(え
(2012/02/20)