それを前にした男どもは見慣れないものを前にひどく興奮した面持ちとなった。だが、長曽我部元親はただひとり真剣になにかを思案しているようだった。
「これはバイクっていって、乗り物です」
「これに乗るって?」
「私はこれを整備するために、外海との繋がりを持つという長曽我部の力が必要なんです」
戦争を知らない平和な時代を生きてきた自分に戦ができるとは思っていない。でも、こんな時代にバイクの整備をするには、少なくとも外洋につながりがなければ、可能性はマンに一つもないだろう。
「長宗我部を利用するってぇのか」
「はい」
そして、それを隠してまで雇ってもらおうとは思わない。ここで世話になっている人には言うなと言われたけれど、元来隠し事が下手な性格を自分でもよく知っているから、隠せるとは思っていないのだ。
私を見る長宗我部元親の目から視線を逸らさずに、私もまっすぐに見つめかえす。甘さなんてものは欠片もなく、ただ緊張感に包まれる中、誰かのつばを嚥む音がゴクリと響いた。
と、不意に長宗我部元親が表情と空気を和らげた。
「気に入った」
「え?」
「できるもんなら、やってみりゃいい。その代わり、俺はアンタの腕と頭を利用させてもらう」
「Give and Take?」
「あん?」
「……持ちつ持たれつって意味。じゃあ、よろしく、長宗我部さん」
私が右手を差し出すと、不思議そうな顔をされた。ああ、まだ、握手は伝わっていないかと納得し、私は一歩下がって、右手を前で曲げ、頭を深く下げて見せる。
長宗我部元親は少し目を見開いていたが、私が少しだけ顔を上げて覗くと、面白そうに笑っている。
「元親でいい」
「あはは、さすがに一国の主を呼び捨てにしたら、私がここの民に殺されますって。全力で遠慮させて頂きます」
私が満面の笑顔で返すと、長宗我部元親はにやりと笑った。
「の割りには、気安いじゃねぇか」
「Give and Takeていいって言ったのは元親さんですよ」
つまり、と私は口端をあげて、にやりと笑う。
「互いに持ちつ持たれつってことはつまりーー対等ってことです」
下に就く気はないとはっきり言うと、周囲がざわついた。
「いうじゃねぇか」
「軍属になる気はないんですよねー。私はただこいつの整備とついでに好きなことが出来れば十分なんで」
私が愛車を優しく撫でていると、しばらくして、長宗我部元親に大爆笑された。
「はははっ、いいじゃねぇか。アンタの腕と知恵を借りる代わりに、俺はアンタにそいつの整備をするために必要なもんを仕入れてやる。それでいいな?」
「十分です」
がっしと肩を組まれて、私は小さく肩をすくませる。非常に重い。
「じゃあ早速だが、軍議に参加してもらうか」
「……は?」
「アンタの知恵を借りたい」
軽く言われたものの、私を見下ろす視線はかなり真剣だ。なにかあるのだろうと察して頷く。
「今の仕事は」
「他のやつにやらせろ」
「……途中で投げ出すのは、気が引けますねー……」
「なに、うちのやつらは優秀だからな。それよりもこっちには桜夜にしか出来ねぇ仕事がある」
にやりと笑う長宗我部元親に、私は笑顔で拳を叩き込んだ。……ビクともしないが。
「気が引けるって言ってるでしょう。一日で引継を終わらせるんで、ちょっと待って下さい」
「お、おぅ」
「たいちょー、そんなわけでよろしくお願いします」
するりと長宗我部元親の元から抜け出し、私は愛車を押して、隊長の元へ歩き出す。が、なんで皆私の後ろを指差したり、凝視したり。
くるりと振り向くと、眉間に皺を寄せた長宗我部元親がいた。不機嫌の理由は知らないし、関係無いだろう。というか、さっきのやり取りに関係があったとしても、仕事を途中で投げ出すようなことはしたくないから、私には聞けない相談だ。
「……半日で終わらせますから、そんな怖い顔しないでくださいよー」
ひらひらと手を振って、今度こそ私は歩き出した。愛車の置き場所を変えなくてはいけない。
「たいちょー、今度はこれどこに隠しましょうか」
「堂々としすぎだ、馬鹿」
なんでか拳が降って来ました。ここにきてから何度となくされてますが、なれるわけがない。痛みには鈍いほうだと思うけど、これは流石に痛いし、慣れない。
「とりあえず、引き継ぎか……」
「まあ、たいしたことはやってないんですけど、流石にひと月ですからねー」
「……そうだなー……」
私の手から愛車を取って、押し始める隊長に続いて、私も歩く。視線が気にならないわけじゃないけど、気にしたところでどうしようもないだろう。
「……はぁ……」
「面倒とか言うなよ。桜夜にとっても、これが一番いいんだ」
「そうかもしれませんが」
「俺らじゃ、ばいく、に必要とするものがなんなのかもわからねぇし」
「かも、しれませんが」
「アニキなら、悪いようにはしねぇから」
「……かも、ですが」
しばらく歩いて、二人きりになったところで、隊長が立ち止まる。
「観念しろ、桜夜」
「むー」
私が隊長を見上げると、隊長は少しだけ表情を柔らかくして、笑った。
「なんだ、淋しいのか」
「うん」
私が頷くと、にやにやと笑う隊長に、私は何も言えずに俯いた。
「だってさー、隊長がいなかったら、私なんて今頃どうなってたかわからないし」
「……まあ、そうだな」
「もしかしたら、二度と陽の目は拝めなかったかもしれないし」
「ははは、そりゃあねぇって」
わしわしと隊長に頭を撫でくり回され、ちょっと目の前がクラクラした。だから、この涙はきっとそのせいなのだろう。
「……別に、今のままうちにいてもいいからな。アイツも喜ぶし」
少し視線を逸らして、ほんのりと頬を染める隊長は、きっと愛妻を思い出しているのだろう。極普通のとぼけた女性だけど、私も彼女と過ごすのは嫌いじゃない。
「嫌って言っても居座りますよ」
「てめ、ちっとは新婚に遠慮しやがれ」
「あははははっ」
そうやって、じゃれていた私は私達を追いかけてきた人影に気づかなかった。そして、隊長もたぶん気が付かなかったのだ。
「……っち、なんだ、あの顔は。俺とはずいぶん違うじゃねぇか」
そんな風に長宗我部元親が悔しげにつぶやいていたなんて、当然知らなかった。