読切>> 現代系>> Royal MiLK Tea - キミは泣いてツヨくなる

書名:読切
章名:現代系

話名:Royal MiLK Tea - キミは泣いてツヨくなる


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.3.9
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2076 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
J様へ
前話「Royal MiLK Tea」へ p.1 へ 次話「モノカキさんに30のお題 - 07. 携帯電話」へ

<< 読切<< 現代系<< Royal MiLK Tea - キミは泣いてツヨくなる

p.1

 時計の音がやけに大きく聞こえる。その音で目が覚めたのだと思った。一瞬の錯覚が訪れる。

 ここは俺の家であって、俺の家ではない。いわゆる居候ともいう。本当はこんな所に住まなくても、アパートなりなんなり借りる金もあてもある。だが、それをどうしてしないのかなんて、決まっている。

「おかえりなさい、ロッシュ」
 静かにドアを開けた方が言った。今までこの家にいた俺ではなく、この家の家主、志姫の方が。

「早かったな」
 台所へまっすぐに向かう彼女を目だけで追いかける。流しに流れる水音に、なにかが過りかけるのを頭を振って払い落とす。

 視線を感じて振り向くと、彼女が汲んだ水を飲み干したところだった。動作が流れて、ガシャンと少し乱雑にコップがその手を離れた。

「ロッシュ」
 顔を背けられた上に、彼女の細い金茶の髪がかかって、顔は全然見えない。とても薄い色なのに、見えない。でも、俺は彼女がどんな顔をしているのか容易に想像できる。今、彼女が何を言おうとしているのかもわかっている。

「昨夜は、何、してた?」
「ひとりでビデオ見てたよ」
「ここで?」
「ここで」
 昨夜、俺は家主を追い出した。理由は彼女が知るハズもないこと。知ってはいけないことだ。志姫は強いようで弱いから、きっと傷ついてしまうと思ったから。

「私、昨日さー友達とこの辺、通りかかったんだよね」
 夜中に。

 どうして、とはきけない。俺の思うとおりにいかないのは彼女だけだから。

「でさー、うちから出てくる人見たの」
 大丈夫だ、何もなかったんだから。そう自分に言い聞かせる。顔だけはいつも通りに繕って。

「仕事、なの? あれも仕事?」
 泣きそうに瞳が潤んでいる。

「そうだよ」
 いったとたんに、顔を伏せてしまう。床に、小さな染みが広がってゆくのを少し眺め、上へと持ち上げる。泣き顔を見たいわけじゃないけれど、それさえも見えない。

「俺のこと、信じてないのか?」
 静かな部屋に彼女の苦しげな嗚咽と、俺の冷静過ぎる静かな声だけが響く。

「信じられるわけない!」
 苦しげな言葉の端々に彼女の感情が混じる。無理やり、信じたくないと叫んでいるように聞こえる。何故だろう。そう、思ってしまった。

「ロッシュ、ねぇ、どうして私なの? どうしてここにいるの?」
 ここにいる人じゃないでしょ、と。そう言っている。でも、俺が帰る場所はここしかない。騙しきれるとは思っていない。だけど、知ってほしくはない真実もある。

「私はもう泣いてるだけの子供じゃないんだよ?」
「泣いてるだろ」
「ロッシュがいなくても自分で立てるよ?」
 立って、志姫の傍へ行く。細い手に触れようとすると引っ込められ、それでも俺はその肩に触れた。

「知ってる」
「…さ、さわらな…で」
 押し返そうとする手を片手で抑えつけて、腕の中に抱きこんだ。

「何もなかったよ」
「ウソ!」
「ウソじゃない。あいつは、ただの依頼人」
「昔の彼女でしょう」
「一度だけ付き合った。でも、すぐにわかれたよ」
 腕を緩めて顔を見ようとすると、一歩下がられる。信用されてないみたいだ。

 志姫と出会う前。今考えても、どうして彼女と付き合ったのか、もう理由はわからない。ただ、あの頃はどうしても寂しさから逃れたかった。心の中の冷たい空間を押し出したかった。それだけのために、たぶん何人も傷つけた。俺はそんなことに気がつけるほど、自分を知っていなかった。

「じゃ…なんで、あんなカッコで、あんな、怒って、たの?」
 あんな、というのは。彼女がミニスカートでタンクトップにカーディガンを羽織っただけの姿だったからだろう。

「現物支給を断ったから」
 寄せようとした唇を両手で拒否される。

「じゃ、なんで、口紅ついてんの」
 泣いている声ではあったけれど、そこには静かな怒りがある。今日もやはり怒るか。

「断わったのに、どうして?」
「志姫」
 宥めようと伸ばした手を跳ね除けられる。

 俺と志姫はステディな関係だ。利害の一致が最初の理由だったのに、いつしか、俺は彼女の闇と力に気がつく。利用、しているといえばそれまで。

 だけど、本当に愛しているんだ。

「ロッシュなんか嫌い!」
「志姫」
「嫌い…っ」
 嫌いといいながらしがみついてくる細い手。彼女はその手に溢れる程の幸運を与えてくれる。

「志姫」
 泣きつづける肩を引き寄せると、今度は強く胸を叩いてくる。その強さを堪えて、細い髪に指を通す。

「愛してる」
 上に口を寄せると、さっぱりとして甘いチェリーの香りがした。

「うそばっかり」
「志姫が嫌っても、俺は志姫を愛してるよ」
 見上げた瞳は大きく開いているけど、表情は拗ねたままだ。

「うそが上手よ。ロッシュは」
 信じてはもらえないけど、本当に好きだよ。世界で一番愛してるんだ。

 ポケットに手を伸ばす。これで信じてくれるといいんだけど。見た瞬間、どんな顔をするだろう。怒るだろうか、それとも泣くだろうか。 できれば、俺の大好きな笑顔を浮かべてくれるといいな。

「愛してるよ、志姫」
 一日ぶりに合わせる唇は、かすかに震えていた。これから起こる出来事を予感するように。