BSR>> あなたが笑っていられる世界のために(本編)>> 31#-33#(完)

書名:BSR
章名:あなたが笑っていられる世界のために(本編)

話名:31#-33#(完)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.6.19 (2012.6.21)
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:5938 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
31#告白、そして……
32#腕の中で
33#確かめてもいいですか

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<< BSR<< あなたが笑っていられる世界のために(本編)<< 31#-33#(完)

p.1

31#告白、そして…



 初めて片倉様と会った時も、こんなだったなとぼんやりとした頭で私は考えていた。あの時と違うのは私達が敵同士ではないということぐらいだろうか。

 あの時と同じように私は舞の力で集めた力を味方である政宗様に投げ渡し、自分の中から急速に失われていく力を感じながら、地に倒れた。

 だが、硬い地面に激突する前に、大きな力に包み込まれる。侍なのに、血よりも土の匂いのする不思議な男の腕に中で、私はぼんやりと彼を見ていた。

「葉桜」
 苦しそうな顔で私を見る片倉様を見ていると、私まで胸がきゅっと苦しくなる。

 こんなに好きなのに、彼は私の本当が見えるとは言わない。でも、きっと見えていたとしても言ってはくれないだろう。政宗様大事のこの人が政宗様を差し置いて、言うとは思えない。

 夢で里長は真偽を確かめる方法を教えてはくれたけれど、私はそれを実践するつもりがない。そんな風に隠していることを暴いたとしても、きっと禍根が残るだけだ。そんな風になるぐらいなら、今のままがいい。

 こんな大技を実戦で使ったことはないけれど、練習では一週間寝込んだ。だから、しばらくは片倉様と言葉を交わすことはできないだろう。

「片倉、様……」
 瞼がかなり重い。回復のための眠りが必要になっているのだろう。里があれば、里にあった祖霊を祀る洞に勝手に移動してしまうのだけれど、その里も洞も今はない。だから、これから眠ってしまった自分がどうなるのかわからない。

「……また、助けられてしまいました……」
 だけど、今はそんなことは瑣末なことだ。私は片倉様に苦しい顔をしていてほしいわけじゃない。笑っていて欲しいから、頑張ったのに、これでは甲斐がない。

 力を振り絞って伸ばす自分の腕が常より少しばかり大きくなっていることに、私は気が付かなかった。それに自力では立つことも出来ないほどに酷い眠気に襲われているから、細かいことなど気にする余裕もない。それも目的を達する前に、力尽きて落ちてしまった。

「片倉様が穏やかに笑っている顔を見たかった」
 あの夢の中のように、大切な人たちの笑顔が、とりわけ片倉様の笑顔が私は欲しかったのだ。今はただ、硬い表情の中で瞳だけが戸惑いに揺れているのがわかる。

 こんな風に想われることさえも彼には枷となるのだろうか、と少しだけ寂しくなった。

 今回の眠りはどのぐらい深く、長いだろう。この人が生きている間に、私はまた会えるだろうか。言葉を、交わせるだろうか。

「ごめんなさい、私は諦めが悪いから、今でもやっぱり片倉様が好きです」
 笑いながら言うとますます片倉様の表情は硬くなった。

「葉桜、俺は」
 瞼が重くて、もう目を開けていられない。でも、これが最後かもしれないからと、私は必死に目を開けようとした。振り絞る力も残っていないから、全然開けることは出来なかったのだけど。

「アンタのことは嫌いじゃねぇ」
 片倉様はかなり言葉を選ぶようだったけれど、嬉しい言葉が聞けたから、私はもうそれだけでいいと思った。

「あり、がと……ござい……ま、す……」
 私を呼ぶ片倉様の声はひどく焦っていて、なんだかそれが暖かくて、くすぐったくて。私は幸せな想い出を胸に、眠りについたのだった。

 眠りの時間はどのぐらいだったのかはわからない。けれど、起きた私を迎えたのは、とても驚いているのか、両目を見開いている片倉様で。

「Good Morning, Honey」
 何故だろうか、聞き間違いだろうか。政宗様みたいな言動をするようになったのだろうか、と私が悩んでいると、その後ろから政宗様がおいでになられた。

「こんな風に言えばいいんじゃねぇか、小十郎」
 固まったままの片倉様を面白そうに覗きこんだ政宗様が、その視線をたどって私を見る。あの頃より随分と成長なさって、更に色気まで増しているようだ。今は、二十三ぐらいに見える。

 政宗様は私を見て、片倉様のように固まっていたが、違うのは私の顔に手を伸ばしてきたことだ。骨ばっていて細長い指が、薄氷に触れるようにそっと私の頬に触れる。

「If it is all dreams now, wake me up.」
「えー……政宗様はなんて言ったんですか?」
「葉桜に(さわ)れるぞ、小十郎」
「え?」
 ついで、遠慮のかけらもなく、顔全体をぺたぺたと撫で回され、しまいには布団を引剥されて、抱き上げられる。

「Hey、葉桜、いつwake upしたんだっ?」
「うわぁっ、政宗様、背まで伸びてる!? 怖いから降ろしてっ」
 必死にしがみつく私を放り投げんばかりにすると、今度はしっかりと抱きしめられた。

「っ、苦しい……っ」
「……I cannot see your true figure anymore(俺にはもうアンタの本当の姿が見えねぇ)……」
 その腕の中で囁く声はかすかに涙ぐんでいて、意味はわからないけれど私が顔を上げると、一瞬だけ額にやわらかな何かが触れた。

p.2

32#腕の中で



 普通なら長い眠りから覚めて、すぐに自力で立つことも儘ならないだろう。だからなのか、政宗様は私をただ下ろすのではなく、片倉様に差し出した。

「え」
「なにしてんだ、小十郎」
 半ば押し付けるように私を片倉様の腕に乗せる政宗様に、私はなんとしたものかと冷静に考えていた。今は訊ねたいことが多いし、政宗様自身に答えるつもりはないようだ。

 うん、とひとつ頷き、自分の力で地面に降りて、まっすぐに片倉様を見上げる。

「あの、おはようございます、片倉様」
「あ、あぁ」
 やっと聞けた声はかすれていて、私は少しだけ心配になった。

「風邪でも引いておられるのですか? 熱は……」
 片倉様の額に伸ばした腕が慌てて振り払われ、私は少しだけ寂しい気持ちになる。

 私の中ではあの眠る前の出来事は、つい昨日のことと変わらない。けれど、片倉様にとってはかなり昔のこととなるのだろう。

「……す、すまねぇ……」
 私は少し寂しい気分のまま、黙って苦笑して、首を振った。

「っ、俺は喜多に宴の用意を命じてくるからな、それまでにちゃんと話しておけよ、小十郎」
 政宗様が退出し、部屋には二人だけになる。なんとなく、気まずい。

 私が部屋をぐるりと見回してみると、なんとなく覚えがある気がする。奥州でつかわせてもらっていた部屋に似ているような。

「ここ、奥州ですか?」
「あ、あぁ、そうだ」
「私が滞在していた部屋に似ているような」
「…………」
「片倉様?」
 返答のないことを訝しんで振り返ろうとした私を、後ろから大きな腕が包み込む。変わらない土の薫りに胸が高鳴った。

「振り返んじゃねぇ」
 さらに、耳元で深く響く声に動揺してしまう。

「っ、片倉、様……っ?」
 あれからどのぐらいの時が経ったのかはわからないけれど、政宗様の変わりようからして、かなりの時が経ったことは私にも容易に分かった。ということは、私のあの時の告白は、片倉様にとって、もうとっくに昔のこととなっているはずだ。だから、私は平静を装わねばいけないのだ。あの時のままの、子供のままの私が、片倉様に迷惑をかけるわけにはいかないのだから。

「黙って聞け」
 ぞくりと背筋が震える。こんな至近距離で囁かれたりなんて、私には耐えられない。まだ、好きなのだ。でも、迷惑をかけたいわけじゃない。幸せなら、それでいいし、ぶち壊すつもりなんて、毛頭ない。

「アンタが眠ったあと、何故かアンタは俺にしか触れることが出来なかった。政宗様も、真田幸村も、あの時アンタの本当の姿ってやつが見えていたはずのお二人が触れられなくて、俺だけがアンタに触れることができた。だから、米沢城に連れて帰った」
 舞姫は長い眠りにつくとき、祖霊の洞に隠れると聞いていた。でも、里がなくなった時に、それも壊されてしまったから、私自身何が起きるのかわからなかった。

 まさか、片倉様だけが触れられる状態だなんて、知らなかった。

「わ、私、片倉様にご迷惑を……っ」
 慌てる私の耳に、片倉様の吐息がかかる。それだけで、身動きひとつ出来ない。顔が熱い。

「迷惑なはずねぇだろう」
 私はまだ夢を見ているのだろうか。

「アンタは奥州の恩人だ。何を迷惑に思うことがある」
 夢、だったらしい。ほっとしたような、残念なようなフクザツな気分で私は息を吐きだす。

「助けられたのは私の方です。あの時だって、政宗様たちがいなければ、私にはあの闇を祓うことは出来なかったんですから」
「もう覚えていないかもしれませんけど、あの時は私のほうがあなた達の助けを欲していたんです」
「だから、どちらかというと私のほうが返しきれない恩があるって状態ですよね」
 誤魔化すように笑う私に対して、片倉樣は後ろから抱きしめる腕を強めてくる。

「あの日のことは全部覚えてる」
「え……」
「忘れられるわけねぇだろ」
 かかか、と自分の体の熱が上がってくるのがわかった。私は期待しちゃいけないのに、なんでそんな風に期待させるようなことを片倉様は言うのだろう。

「三年だ」
 ため息と一緒に首筋に息がかかり、私はますます落ち着けない。

「葉桜が眠って三年経ってる」
「そ、そんなに、ですか」
「政宗様も御成婚なされた」
「わ、おめでとうございますっ」
「それは後で政宗様に」
「っ……は、はいっ」
 何を言われるのかわからないまま、私は腕を決して緩めない片倉様に緊張し続けていた。それでも、聞かなければいけない気がして、口を開く。

「か、片倉様も、その、ご結婚を?」
 返答がなく、片倉の腕が強張ったことを、私は肯定ととった。

「な、なおさら、私にこんなことしてちゃ、だ、だめじゃ、なな、ないです、かっ。ごごご、誤解されちゃいますよっ」
 腕から抜けだそうとする私に、耳元で囁き声が告げる。

 それを聞いた途端、私は体中の力が抜けてしまって、すっかり立てなくなってしまった。

p.3

33#確かめてもいいですか



「葉桜?」
 力の抜けた私はそのまま畳の上に座り込んで、顔を覆う。

「もう、やめてください。片倉様には三年前のーーもう昔のことかもしれませんけど、私にはまだ昨日のことなんです」
「なのに、そんな風に気を持たせるようなことを言われたら、諦めきれないじゃないですかっ」
 私だって泣くつもりなど、なかった。そんな風に子供みたいに泣いて騒いでなんて、したくなかったのだ。受け入れられないまでも、子供扱いなんてされたくなかったからだ。でも、これ以上平静ではいられなかった。

 流れ落ちてくる涙を手の甲で拭いながら、私は片倉様を睨みつける。片倉様は困った様子で、私の前に片膝をつき、懐から手ぬぐいを取り出して、私の目元に押し当てる。

「三年、待った」
「まだ続けるんですかっ」
「いいから聞け。この三年の間、俺はずっと葉桜、アンタのことを考えていた。もちろん、政宗様の天下取りもそうだが、どうしても考えないではいられなかった」
 真摯な片倉様の瞳に押され、私は黙った。片倉様は続ける。

「最初に出会った時にはもう、俺にはアンタが十七か十八ぐらいの娘に見えていた。黙っていたのは、政宗様がアンタに惹かれていたからだ。あの方は幼少の頃にお東様に辛く当たられたせいか、女を苦手とされていたんだ。それが、アンタにだけは心を開こうとなさっていた」
 それは全部政宗様大事の片倉様らしい言葉だけれど、私には納得出来るものではない。

「政宗様は幼少の頃、ずっと御自身を化物なのだと責めておられた。アンタに会って、それを思い出したからこそ、アンタをそのままにしておけなかった御心が、葉桜を求める心に変わっていった」
 化物だなんて、そんなことない。私以上の化物は、いない。政宗様は誰が見ても、ヒトだ。

「葉桜だってヒトだろう」
 当然のように言ってくれるけれど、そんなのただの気休めにしか聞こえない。だって、誰が見たって、私は人であるとは言い難い。

 どれほどの怪我をしても死ぬことはなく、どれほどの年月が経っても、姿形が変わらない。そんなモノがヒトであるはずがない。ヒトであるなどと、言えるわけがない。

 力なく笑う私の頭をただ軽く片倉様は叩いた。

「俺にはずっとアンタがただの女にしか見えない」
「……片倉様は優しいからですよ」
「ああ、甲斐でアンタの舞を見た一度だけは、少しだけ違っていたかもしれん。ーーあんな風に舞手に心を奪われたのは初めてだった。この俺が、政宗様の御声さえ聞こえなかったぐらいだ」
 その時のことを思い出したのか、片倉様はわずかに表情を緩ませた。

 政宗様大事のこの人が目を奪われるほどの舞など、した覚えがない。でも、それはおそらく信玄様に食事と思い出の礼に披露した舞のことだろう。

「ずっと葉桜が眠っている間考えていた」
 大きな手が私の涙で湿った頬に触れる。片倉様をじっとみつめていると、日に焼けたその顔は少しばかり紅いようにも見えるのは、期待しすぎだろうか。

「アンタに、俺は謝らなきゃならねぇことがあるんだ」
「あやま、る?」
「守ってやれなくて、力になれなくて、すまねぇ」
 この人は何を言っているのだろうか。

「謝ることじゃないですよ、それ」
 クスクスと笑う私を、急に片倉様が引き寄せてきた。その胸にぶつかり、慌てて離れようとすると、強く抱きすくめられる。

「俺には政宗様や成実のように、愛だ恋だという色恋のことはよくわからねぇ。だが、アンタが俺に笑って欲しいと願う以上に、俺はアンタにここで笑っていて欲しいと思ってる」
 この俺の隣で、と囁かれ、どくりと心が震える音がした。それに、頭をあずけてしまっている片倉様の胸からも早い鼓動が聞こえてくる。

「か、片倉様……っ」
「ダメか?」
 耳元で囁くのは、凶悪すぎる。そんな風に好きな人に迫られて、嬉しくないわけがない。けれど、私だって、こんな風に誰かを好きだと思ったのは初めてなのだ。

 眼の前の着物に両手でしがみつく。

「これ、夢ですか?」
「……違うだろう」
「やっぱり、夢なんじゃないですか?」
 不安に顔を上げると、片倉様の訝しむ視線と交わる。

 どうしよう、このまま本気にしてしまいそうだ。

「だから、その……た、確かめても、いい、ですか?」
「ああ」
 舞姫にはそういう方法があるのだと疑わない片倉様に目を閉じてもらう。もう後には引けない。

 何度か深呼吸を繰り返してから呼気を止め、ゆっくりと私は片倉様の顔に近づく。

「政宗様?」
 唇が触れる寸前に動き出し、私は慌てて離れた。

「え、な、何……っ?」
「いや、政宗様の気配がな」
「ふぇ? え、ええ、ええええっ!?」
「何をそんなに驚いているんだ?」
「か、片倉様が急に目を開けるからですよっ!」
 もう一度目を閉じてもらってから、私は再度深呼吸して呼気を止める。そしてーー。

あとがき

31#告白、そして…


ヒロイン視点なので、寝てから起きるまでの時間は一瞬です。
夢はこれ以上書くと作者が首を絞めるので、やめました。
政宗様の「さわれる」の意味はまた次回。
あと一回か二回で「やっと」終わらせられるかなー。
(2012/06/19)


32#腕の中で


あーえーなんで終わらないんだろうー。
しかし、すっごい偽物ですよね。
でも、楽しいから放っといてください(え
書いてる本人もどこで告白させたものか、大弱り。
すぱっと言ってくれないかな……。
とりあえず、次こそは小十郎さんに頑張って言ってほしいものです。
(2012/06/20)


33#確かめてもいいですか


やっとです!
でも、予定と違う!
書きたいシーンに展開が持っていけなかった……orz
とりあえず、転げまわって、逃げまわってもいいですか。
終わらせるためとはいえ、無茶しすぎました。


そんなこんなで、これにて本編は終了です。
後はとりあえず色々と(小十郎が)崩壊している感じで、甘々な話が書きたい。
書きたいったら書きたい。
(2012/06/21)