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書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:土方歳三

話名:慶応二年師走 09章 - 09.5.1#やせ我慢


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.6.28 (2012.10.24)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3348 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
鈴花、原田イベント「朝稽古」中の裏話

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p.1

(土方視点)



ーー集中できねぇ。

 俺は息を吐いて筆を置き、部屋の障子を開け放った。入ってくる光は考えていたよりも強く、一瞬だけ目の前が白く霞む。だが、直ぐに自由になった視界には、見慣れた後ろ姿が縁側の柱で寄りかかっている。かすかに聞こえてくる唄はそこから零れているようだ。

「葉桜、いくら非番だからって人の部屋の前で騒ぐんじゃねぇ」
 俺が低い声で咎め立てると、葉桜がいつもの笑顔で振り返る。

「あはは、やっと出てきたー」
 いや、いつも以上に葉桜の元気は空回っているらしい。

「昼間っから酔っぱらってんのか」
「いくら私でも、真っ昼間に酔っぱらうほど呑みませんー」
 カラカラと乾いた葉桜の笑い声は、普段のカラ元気以上に陽気さに無理が目立つ。俺は足を踏み出し、より日の光の強い葉桜の側へと進んだ。

「だったら、自分の部屋で騒いでろ」
「それはできません」
 やけにきっぱりという葉桜に俺が理由を問うと、桜庭が風邪で寝込んでいるから、と言った。最近葉桜も少々熱を出したが、そういう時は心細くなるから普通は一緒にいてやるもんじゃねぇのか。俺がそう言うと、葉桜からは原田が看病しているから自分のいる場所がない、と寂しそうな笑顔が返された。

 日頃から保護者と自称するほど桜庭を溺愛しているというのに、珍しく原田に立場を譲ったということらしい。

「休憩なら、土方さんも一杯どうです?」
「やっぱり呑んでんじゃねぇか」
 俺が咎める声にも葉桜がカラカラと笑っているのはいつものことだが、こうして責められると知っていてどうして俺に声をかけるのか。俺は手招きに誘われ、葉桜の隣に腰をおろした。

「一つしかないんで、どうぞ」
 俺がそれに気がついたのは、葉桜から持っていた猪口を渡された時に漸くだった。一瞬だけ触れた葉桜の指先は、異常なほどの高い熱を持っていて。

「お前…っ!」
 思わず俺がその手を掴むが、葉桜はまったく動じることもなく、それを振り払った。

「まぁまぁお小言はあとで幾らでも付き合いますから」
 怒鳴ろうとした俺を目線だけで抑えて、、葉桜は器用に腕を伸ばして酒を注ごうとする。袖を抑えるふりをしつつ、さりげなくもう片方の腕で脇腹を抑えているということは、つまりそういうことか。

「葉桜、お前それはいつだ?」
 俺の問いの意味がわかっているのだろう。葉桜は、近藤さんのような気の抜けた笑顔を返してくる。それが普段以上に相当意識して行なっていることだと、何故俺は気がつけなかったのか。

「昨日か?」
 葉桜が死番だった昨日、数人の隊士が死んだ。彼女がひとり踏み込んだとき、後ろから襲いかかられたと報告を受けていた。ただ屋内に踏み込んだ彼女は一人だけだったとけろりとした顔で出てきたとも聞いていた。葉桜にしては珍しくその一人を捕縛ではなく、殺していたというのに。どうして今まで誰もこいつの怪我に気がつかなかったんだ。俺も含めて。

「ちょっと油断してね。まぁ私より外にいたやつらのほうが重傷だったからいいかなって」
 酒でも飲んでりゃ治るだろうとは、葉桜は時々馬鹿なことを言い出すが、今回のはかなり悪い。俺が額に手を当ててため息を零すと、葉桜はけらけらと笑っている。本当に葉桜は、どうしようもねぇ馬鹿野郎だ。

「立てるか?」
「嫌」
 俺が差し出した手は、葉桜に笑顔で払いのけられた。先程手をとった時もそうだが、触れた面積の大きい分、葉桜からは熱が強く伝わってくる。少しだけ頬に赤みが差しているのは酔っているわけじゃなかった。

「仕方がねぇ。大人しくするんだぜ」
 葉桜から了承をとるのは諦めて、俺は彼女を抱え上げた。彼女の身長は新八たちより少し低いぐらいだったが、見た目よりも随分と軽く柔らかい。葉桜はまったく抵抗することもなく、素直に俺の肩に腕を回そうとして、顔を顰めた。それも一瞬のことで直ぐさまへらへらと笑って、俺の胸に体を預けてくる。

 俺は足で障子を開け、葉桜を自分の部屋へそっと降ろしてから、障子を後ろ手に閉めた。

「見せてみろ」
「いやぁん、トシちゃんのエッチ~!」
 熱のせいなのか酔っているからなのか素なのかわからないが、山崎みたいな猫なで声で逃げようとする葉桜は、妙に艶がある。

「変な声を出すなっ」
 焦る俺をカラカラと笑う葉桜を抱き寄せる。瞬間的に歪む表情で、触れた箇所ーーやはり脇腹の辺りが痛いらしい。

「烝ちゃんに似てたっ?」
「似てねぇよ」
 俺が葉桜の襟元に手をかけて着物を肌蹴させると、知っている通りに胸から腹にかけてぐるぐるとサラシが巻いてある。右脇腹に俺が触れると、葉桜は強く拳を握って耐えて、悲鳴一つあげない。どこまで馬鹿なんだ、こいつは。

「この辺りか? 折れてるかもしれねぇな」
「そんな大げさな」
 俺が強く睨みつけると、葉桜は小さく肩をすくめてみせた。

「自分の体のことぐらいわかってます。もう医者にも行ってきたし、大体一週間で治るって言われた」
 だから心配するな、と葉桜は言う。俺が触れた箇所はまだ熱を持っているし、痛みもかなりあるのだろう。俺がこうして近くで見ると、葉桜がうっすらと脂汗をかいているのがわかる。

「だったら尚更部屋でねているべきじゃねぇのか?」
「だから、鈴花ちゃんが寝てるんだってば」
 自分のことで妹分に心配をかけたくないのだと、葉桜は妙な意地をはる。その気持ちはわからないでもないが、自分の怪我の程度を考えてほしいもんだ。

「それより、手をどけて、土方さん」
 急に葉桜がすっと笑いを収め、真剣な目で俺を見つめてくる。どうやら、だんだんと堪えきれなくなっているらしく、その上熱のせいもあって、うっすらと彼女の目尻にも雫が溜まっている。

「しょうがねぇな」
 俺の言葉に安心したのか、ふっと葉桜の表情が軟らかくなった。俺は葉桜の体をもう一度抱え上げる。

「なっ、土方さん!?」
 抗議は無視して、俺は奥の部屋でまだ敷きっぱなしだった俺の布団に葉桜を寝かせた。

「そこまでいうなら仕方ねぇ。今日だけここを貸してやる」
「あの、そんなつもりじゃ」
 かなり困惑した様子でなにかを言い募ろうとする葉桜に、俺は有無を言わせず上掛けを引き上げた。

「桜庭に、他の奴らには黙っていてやるから。せめて熱がひくまで休んでろ」
 驚いたように見開かれた葉桜の目が、次いで柔らかく微笑んだ。

「すいません、土方さん」
 今まで痛みと熱に抗っていた分、ずいぶんと消耗していたのだろう。そのまま目を閉じた葉桜からは、すぐに寝息が聞こえてきた。

 こんな状況で敵が来たらどうするつもりなんだと思ったが、葉桜のことだ。きっと何事もないかのように剣を振るうのだろう。そして、誰にも気がつかれぬように振る舞うに違いないことは、俺にも容易に想像がついた。

 このまま葉桜の寝顔を眺めているわけにもいかない。だが、俺が立ちあがろうとすると、袖が引っ張られた。袖を握り締めているのは当然葉桜で、離させようと触れた掌の熱さに俺は怯んでしまった。いや、熱さだけではなく、熱に浮かされたその目尻に浮かぶ涙に、そんな場合ではないのに胸が高鳴る。普段のこいつを知っているのに、知っているからこそ、こんな風に弱った姿をさらされるとーー。

 苦しそうに魘される葉桜を見て俺は我に返り、汗で張り付いている彼女の髪を避けようとその額に触れた。

「…皆…」
 それは小さな小さな声で、俺は一瞬手を止めていた。

「…ごめん…」
 本当にどうして誰も気がつかなかったのか。葉桜は誰よりも仲間想いで、それで今回の失態だ。相当自分を責め続けていたに違いないのに、知っていたのに、その笑顔の裏側に気がつけなかった。

 俺は耳元の髪を避け、口を近づけて小さく囁く。

「もういい、葉桜。お前だけの責任じゃねぇんだ」
「…ごめん…あり、が、と…」
 今度こそ深い眠りに入ったようなので、俺は自分の袂を掴む葉桜の手を開かせようと試みた。だが、石で固められたように、それはまったく動かなく。

「…まいったな」
 だが、普段誰も頼ろうとしない葉桜にこうして頼られるのも悪くないなと、言葉とは裏腹に俺の口元には笑みが浮かんでしまうのだった。

 後日、熱の痛みもすっかり引いた葉桜は、この日のことをまったく覚えていなかった。

p.3

(改定後以下削除)







ーー後日。

 廊下で土方とすれ違い様にいきなり抱き寄せられた。いや、額をぶつけられた。

「い、痛~っ」
「熱はもうないようだな」
 耳元で囁かないでくださいと思いっきり押し返すと、不満そうに眉間に皺を増やされる。

「ありませんけど、なんで土方さんがそれを知っているんですか?」
 私は先日まで怪我をして隊務を休んでいた。私がサボるのなんていつものことだから、皆笑って代わってくれたけど、少なくとも幹部連中や鈴花ちゃんにバレるような行動はしていないつもりだ。

 だから、目の前で不機嫌になられても困るんですってば。

「憶えてねぇのか?」
 聞いているのはこっちなのに、聞き返したらさっさと歩いていってしまった。心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいですか?

あとがき

幕末恋風記 09章 - 09.5.1#やせ我慢原田のテーマイベント「朝稽古」の裏話。
ヒロインが無意識に頼りにしているのは、実は土方だったという話。
(2006/04/14 17:59)


ヒロインはかなり特殊ですぺしゃるな人ですけど、何でも出来るわけではないのです。
新選組にいて、味方の死とも行き会わないわけがない。
前回も熱出してたじゃん、とかいうのはともかく。
この話はずいぶん前から出来上がっていて、いつ入れてやろうかと悩んでいたらギリギリになってしまいました。
時期的に芹沢さんの暗殺話の筋を考えてる最中に書いたのかも。
(2006/06/28) 新規


土方のモノローグの人称を修正
(2006/07/06 15:26)


リンク変更
(2007/08/22 08:57:16)


改訂。
最後の部分が蛇足なので、一行にまとめた。
え、まとまってない…?(滝汗
(2012/10/24)