幕末恋風記>> ルート改変:土方歳三>> 慶応二年長月 09章 - 09.2.2#慰め

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:土方歳三

話名:慶応二年長月 09章 - 09.2.2#慰め


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.6.21 (2012.10.22)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:4468 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(59)
09.2.1- 慰 め

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p.1

 じりじりと焼き付けるような暑い日差しで照りつけていたのも、流石に夕刻を過ぎると秋の風を送ってくる。昼間はまだ夏も終わりそうにないというのに、夕暮れの空を見上げていると秋の気配を色濃く感じる。

 りぃん、と澄んだ音色が私の耳を打つ。同時に気配がわかりやすく現れたので、私はくすりと微笑んだ。

「小さな子供のようですよ、副長殿」
 私が仰いでいた扇子で口許を隠しつつ振り返ると、眉間の皺を多くしている土方が私を見下ろしていた。

「どういう意味だ」
 不機嫌そうな土方の声を聞いただけで、並の隊士なら震え上がるところだろう。慣れているから、私はただ小さく笑う。

「ふふふ、座りませんか」
 大人しく私の右隣に座った土方を横目に見ると、まっすぐに私を見つめている。何を話そうか迷う土方の目は、まだ心決まらずといったように見えた私は、適当な話題を口にしていた。

「先日鈴花ちゃんが伊東さんと烝の話をしたそうなんです。伊東さんが、山崎さんは見るたびに美しくなっていきますね、とかいうんで、鈴花ちゃんが、伊東さんはそっちの趣味ですか?って思わず聞いちゃったそうなんですけど。これが、そっちってどっちですかって伊東さんに聞き返されちゃったらしいです」
「伊東さんもよく分からないですよねぇ。まあ、あの純粋さには勝てる人もなかなかいないでしょうし、いくら能力が高くても周囲も大変ですよね」
 私が何の気なしと話している間も、土方はどこか迷っている風なままで。私はそれを口元を扇子で隠して笑った。普段はあんなに自信に満ちているというのに、本当にこんなときばかり子供みたいな人だということを知る人は少ない。

「それは嫌味か、葉桜?」
「いいえ?」
 眉間に指を当て、深くため息を吐く土方に、私はクスクスと笑いながら、自身の持つ酒の入ったお猪口を差し出した。

 伊東は純粋だが、私は土方もある意味純粋で素直な男だと思っている。一本芯の通った土方の固い信念は、私も見習いたいものだ。

「まあ、話したいなら聞いてあげます」
「偉そうだな」
 私が差し出した猪口から酒を飲む土方は、少しだけ、ほんの少しだけ疲労の色が見える気がする。あくまで私から見てという主観で、昼間の近藤や他の連中の様子からはそう感じない。

 しかし、それを証明するように、土方は昼間からここにいる私が酒を飲んでいるーーつまり、日も高いうちから呑んでいることを怒りもつっこみもしない。

「武田の処置、葉桜はどう思う?」
 それほど、土方は今口にした問を、気にかけているということだ。私は扇子の親骨を手の平に落として閉じた。

 私自身も武田が薩摩に近づいていたという話は、別の筋から聞いている。薩長同盟が結ばれている今、倒幕派となった薩摩に与することは、新選組を裏切るということだ。つまり、武田はそれをしようとしたということで、当然の処分と言えるだろう。新選組の情報を流して、その後で薩摩で果たして重用されるとも思えないのに、何故そこまでしてと思わないでもない。

 だが、私はあの人が自分の道を信じて、自らの居場所を求めて、そうしたことを知っている。武田の方法は間違っていたかもしれないが、そうした自由さは私には少し羨ましい。

「土方さんは自分の指示を後悔しているんですか?」
 私が問い返すと、土方は首を振った。

「俺もあの処置が正しいとは思っていない。だが、間違ってるとも思わない」
「だったら、私が言えるようなことは何もないですよ」
 そう言ってから、私は難しい顔をしている土方の袖を左手で引き、右手で肩を引き倒した。

「なっ!」
 私の思いもよらない行動で、あっさりと土方は私の膝の上に頭を落とした。

「はーいはい。静かにしないと見つかりますよ」
 膝枕をしている状態の土方の目の前に左手を置き、私は彼の視界を覆い隠す。

「……何のつもりだ、葉桜」
「別に? ただこうしたかっただけです」
 優しく薫る土方の着物に焚き染められた香の匂いを吸いこみながら、私はその大きな肩を右手で軽く叩く。ぽんぽん、ぽんぽんと旋律を刻むと段々と気持ちが落ち着いてくるのだ。実際、小さい頃の私は父様にこうされると借りてきた猫のように大人しくなったといわれた。

 手の平から優しさが流れ込むのだと、私は聞いた。優しく穏やかに触れれば、その気持ちが伝わってゆくのだと。誰にと私が問うと、父様は巫山戯て「世界」と応えていたが。

 今ならそれが真実だとわかる。あの時触れてくれた父様の優しさは私に流れてきたし、私も誰かに優しくしたり、優しくされたりするたびにそれを感じてきた。

「新選組のためを想う土方さんの気持ちを誰も疑うことはありません。どうか、あなたが信じるように進んでください」
 私は父様ほどの優しさを伝える術を自分が持っているとは思えないけれど、少しでもこの気持ちが伝わると良い。私が信じていることを、最後までついていくという気持ちが伝わるといいと願う。

「葉桜は、どんなことがあっても、新選組(ここ)にいると信じてください」
 これから時は流れ、時代は変わってしまうだろう。私の知る通りならば、新選組は間違いなく幕府の運命に巻き込まれてゆく。そしてこの人はきっと最後まで退かないからこそ、最後まであの紙の終わりにあるのだろう。

 私は幕府と共にある変えようもない運命を持っているから、本当ならばもう新選組を離れたほうが良いのかもしれない。幕府が滅び行くとすれば、私もまたひとつの終わりを迎えるはずだ。この幕府の業を受け続ける私がいれば、おそらく新選組にも多少なりと影響が出てしまう。

 だけれど、自分がいるからこそ、新選組には終わりを迎えないという回避の策はあるはずだ。

 そのためならば、どんな犠牲を払ってでも、私は絶対に新選組を、土方たちを守ってみせる。

 決意はささやかな胸に秘め、私は深く息を吸い込み、空を見上げて吐き出した。



p.2

(土方視点)



 桜庭には何故と問われた後だったので、縁側でいつものように座っている葉桜を見て、俺は戸惑った。彼女に同じように問いを投げかけられて同じく答えても、俺は自分が平静でいられるような自信を持てなかったからだ。

 俺自身、自分の判断が間違っていたなどとは考えていない。だが、葉桜の目を見ると気持ちが揺らいだ。

 予想に反して、葉桜は俺に何も問わなかった。それどころか俺は膝枕をされてしまって、俺に目隠しをする葉桜の手がやけに冷たく心地良くて。

「葉桜は、どんなことがあっても、新選組(ここ)にいると信じてください」
 落ち着いた柔らかな葉桜の声に、俺はどきりと心が揺れた。葉桜は俺が何を恐れているのかということに、気が付いているのだろうか。

 葉桜は、こいつならたぶんどこででもやっていける。人懐っこいし、腕っ節もあるし、学もある。情に深く、どこか人を突き放しているように見えて、その実、誰よりも深く相手のことを想っている。そうでなくても葉桜は人を惹きつけるものをもっているし、誰からもきっと愛されるだろう。男としても女としても最高の親友となれるだろう。

 だが、葉桜は一人で立っているようにみえて、その基盤はひどく脆くて崩れやすくも見える。危なっかしさが、なお一層人を惹きつける。

 俺の耳に、葉桜の小さな謡が聞こえる。柔らかく優しい葉桜の唄は、雨のように降り注いでくる。俺を癒すように紡がれてゆく言葉の数々に意味は感じられず、ただ音が降ってくるのを感じるだけだというのに、穏やかで優しい心地になれるのは、葉桜だからだろうか。

 葉桜の小さな謡が途絶えたかと思うと手が除かれ、影が覗きこんでくる。葉桜の髪から自分と同じような香の薫りがする理由は知らないが、自分と同じような香りを好んでくれるというのは少しばかり嬉しい。

「…寝たかな」
「寝るか」
 俺が起き上がると葉桜は苦笑いし、公家者がそうするように、誤魔化すように扇子を開いて口許を隠した。

「あははっ、やっぱり姐さんらみたいにはうまくいきませんね」
 そして、とんでもないことをいう。今日の葉桜は俺をずいぶんと驚かせてくれるようだ。

「花君ちゃんって言えばわかるって言ってましたけど、どうです? 彼女からのお願いだったんですよ」
 葉桜の口にした名は島原の花魁の名前で、その口ぶりからかなり懇意だというのがわかる。俺自身もその名に覚えはある。島原ですいぶんと世話になった女性だ。

 だが、こいつは女だ。確かに方々から葉桜が島原や祇園、揚屋といった場所に出入りしていることを知っているが、何故そうできるのかがわからない。普通の女は厭うものだし、彼女らも葉桜のようなものを厭うわけではないのか。

「ここ最近来ないからしっかり休んでないんじゃないかって、花君ちゃんが心配してましたよ。土方さんもたまには息抜きに行ってきたらどうです?」
 俺は人の気も知らないで勝手なことばかりをいう葉桜の身体を引き寄せ、今度は自分の膝の上に引き倒した。

「なんですか、土方さん」
「うるせぇ、黙ってろ」
 最近、自分が島原や祇園に行く回数が減っていることは自覚している。自慢じゃねぇが、行けば俺に惚れ込む遊女も多く、男として気分もいいのは確かだ。それを必要としなくなり、情報収集やなんかを主とするようになってきたのは、いつからだったか忘れちまった。

 ここに葉桜がいる。それに安堵するようになったのは、いつからだったか。

「ふふっ、なんですか? 私が花君太夫と親しいのがそんなに悔しい?」
 葉桜はどこへ行っても人に好かれる。新選組だからと色目で見るヤツもいなければ、女なのにといわれることもほとんどないらしい。敵味方の区別なく交流を深めている、というのも山崎から聞いている。どちらも見ることのできる葉桜は貴重で、もし相手の手にこいつが渡ってしまったらと考えると俺はぞっとしない。

 花街の女だって、馬鹿じゃねぇ。倒幕派、佐幕派の別で客をとるやつだっている。あの近藤さんでさえ、倒幕派の花魁を口説き落とせなかったほどなのだ。なのに、こいつはその別もなく、本当の意味で人間に好かれる気質らしい。

 俺が髪を撫でると、葉桜は飼い猫のように気持ちよさ気に目を細める。意図せずやっているその行動がどれだけ男心を惑わせるか、葉桜はきっと全然分かってもいない。

 だが、なんの計算もない、葉桜という存在を、俺も今はただ愛しく想う。

「土方さん、仕事の途中じゃなかったんですか?」
「いいから寝ろ」
「ふふっ、はぁい」
 時を待たずして静かになったかと思えば、すぐに小さな寝息をもらしている葉桜に、俺はもう一度息を吐く。たしかに葉桜は寝入るのは早いほうだろうが、それにしたって限度があるだろう。安全と安心されているのか、それともまったく男として見られていないのか。どちらにしても、こいつは無理をしすぎる傾向が強いから、それだけ疲れていたのかもしれない。

「人の心配してる場合じゃねぇだろ、葉桜」
 寝入っている葉桜の耳に俺が小さくささやきかけると、彼女はかすかに眉を顰めて身じろぎした。

あとがき

鬼の副長という名までついてしまっている人ですけど、
やっぱり元とはいえ辛くないわけもないとおもうんですよ。
うーんでも、どうなんだろう。
基本的にこの話は皆ヒロインに甘いんで、つか、
土方さんは特にいろいろ享受していただかないと
ヒロインが新選組から放りだされます(苦笑。
(2006/06/21 17:03)


リンク変更
(2007/08/22 08:57:16)


改訂
なにか、その、土方祭りになっててごめんなさい…(今更。
(2012/10/22)