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書名:BSR
章名:中編読切

話名:放浪の舞姫 - 7#-12#(完)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2012.11.22 (2012.11.30)
状態:公開
ページ数:6 頁
文字数:11741 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 8 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
舞姫の本分
7#放浪の舞姫、奥州で出会う
8#放浪の舞姫、葱を食う
9#放浪の舞姫、事情を話す
10#放浪の舞姫、囚われる
11#放浪の舞姫、舞を捧げる
12#幸福の舞姫、最初の地へ戻る

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p.1

7#放浪の舞姫、奥州で出会う



 畑に青々と茂る葉を前に、私はごくりとつばを飲み込んだ。旅をしながらいろんな場所に行ったけれど、ここにあるのは今まで見た中でも特級品だ。絶対に美味しいと確信できる。でも、野菜泥棒にはなりたくないし、と畑の前をうろついていたら、声をかけられた。

「そこでなにしてやがる」
 声をかけてきたのは百姓には見えない男で、顔に大きな傷がある強面だ。だけど、今の私にとって、そんなことはどうでもいいのだ。

「すごく美味しそうなネギですねっ」
 私がそういった瞬間、一瞬だけ男の表情が和らいだ。だけど、誤魔化すように直ぐに引き締まる。

「採りたてを焼いて食べるのもいいし、吸い物にするのもいいなぁ。あと、鍋もいいっ!」
「なんだ、てめぇは……」
「通りすがりの一般人です。あの、こちらの畑はどなたの持ち物か御存知ですか? 知っていたら、教えてくださいっ」
 凄んでくる男に私が満面の笑顔で尋ねると、男は困ったように目線を彷徨わせた後で、眉間に皺を寄せて答えた。

「……俺だ」
「はい?」
「ここは俺の畑だ」
 ……私は首を傾げて考えた。ココハオレノハタケダ、ってどういう意味だ。ちょっと脳内で軽く混乱しながら、私は復唱する。

「えと、ここはおれのはたけだ?」
「そうだ」
 口に出したら、なんとか意味を理解できた。理解できたが。えーっと、ここはどう反応したら良いのだろう。意外性が大きすぎて、どうしたものか。

「ネギがほしいのか」
「え、ええと」
「いくついるんだ」
 あれ、なんか怖い顔だけどザクザク畑に入っていって、採ってくれるようだなと気が付き、私は慌てて両手を振った。

「ああああのっ! 私、あの、宿無しでっ。その、家もなくて、あ、同じか。料理もできないし、ちょっとご馳走になれたらなぁなんて思っただけでっ」
「……正直だな」
「あわわ、すいません……っ。えと、本当にあのご飯と宿をお借りできたらいいなぁって思って、ご飯が美味しいともっといいなぁってっ」
「くっ」
「ご、ごめんなさい、ホント、ごめんなさいっ! あぅー、姉様にちゃんと料理を教えてもらうんでしたーっ」
「ははっ」
 あれ、何か笑われているようです。どういうことだ。

「えーと、お金もないので、お礼も拙い舞ひとつしかできないんですけど、少しは農家の方のお力にはなれると思いまして」
 自慢ではないが、本来の力の使い方よりも、私は動植物を元気にする使い方のほうが得意ではあるのだ。楽しんでしまうと、いつもそちらのほうが強く出てしまうので、よく怒られていたのだが。

「な、なんなら、お見せしましょうかっ」
 男は少し考え込んだ後で、畑の真ん中で腰を下ろした。それは舞っていい合図だと思ったわけで、私は舞扇を取り出そうとしてーーまた慶次のことを思い出す。

(まあ、いいか)
 こっちの舞なら、舞扇がなくても自然体で十分だろう。私は思うままに体を動かしはじめる。するとつられるように、ざわざわと葉が囁き、キラキラと太陽の光が輝きを増す。近くを流れる水路からも水滴が踊りでて、楽しげに私の周りで円を描く。

 ああ、なんて楽しい。舞っている間は何も考えないでいられるだけに、私は心ゆくまで体を動かし、結局倒れて動けなくなるまで踊って。

「……あんた、馬鹿だろう」
「その感想は斬新です」
 舞うことでいろいろ感想はもらうけれど、いきなり馬鹿と言われたのは初めてで、私は素で笑っていたのだった。ああ、こんなに楽しいのは久しぶり。

「おい、ここで寝る気か」
「はー……もう動けませんー……」
 男の警告を聞きながら、それでもあまり危機感の湧かないままに、私は目を閉じたのだった。小太郎が私を危険な場所に置いていくとも思えないし、この人は顔の割に良い人そうだし。

「ったく、ガキか」
 心地良い悪態を聞きながら、ようやく何も考えない夢に落ちたんだ。

p.2

8#放浪の舞姫、葱を食う



 起きてから、また私は男に平謝り状態でした。というか、本当に良い人すぎる。私はてっきりそのまま捨て置かれるかと思ったのに。ーーそれでも、もう構わないのに。

「ありがとうございましたっ」
「メシできてるぞ」
「ごはんっ!」
 用意された白米と葱の味噌汁、葱焼き、それから漬物と堪能してから、はっと私は男をみる。既に膳は空だ。

「まだ食うのか」
 少し呆れ気味だが、手を差し出してくる男に、私は無意識にご飯茶碗を渡す。

「え、ええと、あれ? なんで、私ここに? どうして、ご飯まで……」
「舞を見せてもらったからな、その礼だ」
 首を傾げながら、私はご飯を受け取り、漬物を一口かじる。ああ、美味しい。

 それからまた夢中になって食べたそのあとで、私はもう一度男に頭を下げたのだった。

「ごちそうさまでした」
「ああ」
「こんなに美味しいご飯は久しぶりですっ」
「そうか」
「姉様のごはんも一級だったけど、ここは特級ですねっ」
「くっ、なんだそりゃぁ」
「それだけ美味しいということですっ」
「あの舞に対してこれじゃあ、足りないだろう」
「そんなことないですっ。だから、折角なので、今朝も踊ってきますねー」
 弾んだ足取りでその家を出ようとした私は、入り口で誰かに思いっきりぶつかって、弾かれた。

「わっ」
「なんだ?」
 私が通ろうとした出入り口を入ってきたのは、慶次より少し下ぐらいの青年だ。右目に刀の鍔飾りを使った眼帯をつけている。

「誰だ……?」
「そっちこそ、誰? あ、て、この場合は私が不審者っ? ごめんなさいっ!」
 大慌てで私が頭を下げると、なんでか思いっきり笑われました。えーと、なんで?

 とりあえず、あの男の客だろうし、私に用事はないし、と私は青年の隣をすり抜けて畑へと向かった。そうして、昨日のように畑の前で踊り始めると、もう楽しくて楽しくて。

「Bravo!」
 夢中で踊り続けていた私は、聞きなれない響きと拍手に思わず動きを止めていた。そこにいたのは先程の青年と、この畑の持ち主だ。

「アンタ、イカしたDanceを踊るじゃねぇか」
「えと、どうも……」
 とりあえず頭を下げるけど、さっきまでの楽しい気分を壊されて、私はちょっぴり不機嫌だ。

「名前は」
「はあ、葉桜、ですけど、あの、あなたはどちらさま……?」
 答えながらも気分急降下中で、それを気にするように畑がさざめく。

(大丈夫、だよ)
 畑に手をやりつつ、慰める思いで触れる。

「Realy?俺を知らねぇのか」
「なんで見ず知らずのあなたを私が知ってるんですか」
 不機嫌そのものの声で私が返すと、なんでか青年は笑い出し、この畑の持ち主の男が不機嫌に眉根を寄せた。

「……葉桜」
「あ、そういえば、宿を貸していただいた上にご飯までいただいたのに、自己紹介がまだでしたね。私は葉桜と言います。宿なしの舞手ですっ」
 私は男に向かって、ご飯の美味しかったことを思い出しながら、満面の笑顔で礼をする。本当においしいごはんだった。

「俺は片倉小十郎。こちらの御方は」
 小十郎の言葉を遮り、青年が名乗る。

「俺は奥州筆頭、伊達政宗だ」
「へーそうなんですか」
 折角名乗ってもらったが、私は彼には欠片も興味がわかない。とりあえず。

「あの、もういいですか? 私はまだこの子たちと遊んでたいんで」
「……踊ってただけだろう」
「あはは、そうともいいますー。それじゃ、片倉様に、伊達サマ、御前失礼いたしますー」
 気まずい空気から逃れるように、私は水路の方へと足を向けた。……何故、ふたりともついてくるのだろう。

 私が振り返ると、政宗がニヤリと笑う。だが、私は首を傾げて返し、小十郎へと目を向けて、問う。

(ついてくるの?)
 意味は全く通じていないため、何故か頷いて返された。えーと、困ったな。

「……あの、気が散るんで」
「Ah?」
「どっかいってもらえませんかね」
「葉桜」
 焦った様子で小十郎に名前を呼ばれたけれど、私としては気分良く踊りたいだけなのだ。ここを離れればいいのだけど。

「……ここなら追ってこれないっていうしなぁ……」
 困ったなぁ、と小さくつぶやいていると、急に肩を掴まれた。いつの間にか目の前に政宗がいる。

「あの、手を離してください、伊達サマ」
「アンタ、誰に追われてんだ?」
「はぁ、それがあなたに関係ありますか?」
 真っ直ぐに睨み返すと、なんでかますます政宗の機嫌はよくなるようだ。なに、この人。

「俺が匿ってやろうか」
 耳元で艶っぽく囁いてくる政宗に、脳天気な私でもさすがに危機感が生まれる。

「全力で遠慮しますっ!」
「そういうな。礼なら、アンタの身体で……」
 胸元に触れる政宗の手を、私は思いっきり弾いて、すぐに小十郎の後ろへと逃げ隠れた。

「なんですか、あの人。いくらなんでもないですよ。あ、り、え、な、いっ! 舞姫を遊女か何かと勘違いするような男は、切り落としてもいいって姉様にも言われてますからねっ」
 どこをとは言わなかったが、小十郎に私は思いっきり止められた。

「それは止めてくれ」
 小十郎が言うなら、と私は頷いたが、とりあえず次に誘ってきたら、蹴ってやるのは確定だ。蹴るぐらいなら、再起不能までにはならないだろうし。

「葉桜」
「あはい、大丈夫ですよー。さすがにここまで危険な人がいる場所で倒れるまで踊りませんから。それに、ここにいるのもやめたほうがいいみたいだし。せっかく小太郎にいい場所教えてもらったのになー」
 最後のところで、急に二人の空気が変わった。

「小太郎ってのは誰だ?」
 非常に険しい顔で、あれ何か睨まれてるような。

「……風魔、小太郎か……?」
 少し考えて、そういえば小太郎は久秀に飼われているって話があったなぁなんて思い出した。それから、この二人が久秀を討ったという話も。ーーかなり久秀が悪かったらしいし、復讐するまでの間柄ではない。

「幼馴染なんですよ、ご存知なんですか?」
「葉桜、アンタ、何者なんだ……?」
 怪しまれちゃったなぁと冷や汗が私の背中を滑り落ちた。どう考えても逃げられる状況ではなさそうだ。

「ご存知かはわかりませんけど、御神楽の舞姫です。その、最後の生き残りってところかな。小太郎は子供の頃からの馴染みなんですよー」
 案の定知らない二人は警戒を解かない。この場合はどうするんだっけと、私は姉様に教わったことを思い出す。久しぶり過ぎて忘れかけてるけど。

「そうですねー、この辺に神社ってあります? できるだけ大きいところがいいんですけど」
 自分の身分を証明するなら神社を頼れと、里長に言われたことをかろうじて私は思い出した。

p.3

9#放浪の舞姫、事情を話す



 巫女の正装に袖を通すと、それだけで懐かしくもあり、悲しくもある。里のモノは舞扇以外なにひとつ持ちだしてはいけなかったから、衣装も残っていないのだ。

 そうして、姿を表した私を前にしたのは、政宗と小十郎だけではなかった。だれだというぐらい大勢の、兵士が。

「……気にしないでいいか」
 くるりと彼らに背を向けて、私は借り物の舞扇を開く。あの舞扇がない今、私には舞うことでしか己を証明できないのだ。

(姉様)
 里の者たちを思い起こしながら、私は静かに舞い始める。あの畑でやったのとは違う、力を強く意識して、そうしていっても、結局最後まで続かないのだけど。

(楽しい、楽しい)
(もっと、もっとやって)
 声なき者達の応援が身体に響いてきて、そこに交じるぴりりとした陰の気配に抗い、私の顔を汗が滴り落ちる。

(もっと、もっと)
 全てを忘れて、全部忘れて。ずっとずっと踊っていたい。

「っ、葉桜っ!」
 小十郎の声を最後に、私はその場で意識を失っていた。

 そうして、気がついたら、広い広い部屋で寝かされていた。神社でもなく、小十郎の家でもない。

(どこ……)
 隣からぼそぼそと聞こえる小さな声に起き上がり、私は這うようにして声の聞こえる襖を少しだけ開ける。

「起きたか」
 だが、すぐにそこを大きく開けられ、体勢を崩した私は無様に床に倒れた。その冷たさがなんとも言えない。

「畳きもちいー」
「何してんだ」
 そのまま突っ伏してると、小十郎に抱え上げられてしまった。腕の中から見上げる小十郎は少しだけ和らいだ顔に見える。

「葉桜は馬鹿だな」
「うわ、また言ったっ。ひどいなぁー」
 私がそのまま笑っていると、小十郎は私を政宗の隣に座らせる。用意されている脇息によりかかり、私はほうと息をつく。

「無理させちまったな」
 そっと後頭部を撫でてくる政宗の手つきに、あの時ほどの嫌悪感はなく、私は目をこすりながら応える。

「あー、いや、いつかは必要だったんでいいです。これで、ふぁああー、日の本の神社に連絡が行くと思うんで、面倒にはなるんですけど、まあいいです」
「葉桜」
 話しながら欠伸をする私を、小十郎は苦笑しながら咎めてくる。仕方なく、私は口に手を当て、もう一度欠伸をする。

「そんで、疑惑が晴れたんだから、もういいですよね。私はこういう大きくて広い場所って落ち着かないし、あの畑でしばらく休んでたいんですよ」
「城が嫌だってのか」
「そのとおりです」
 きっぱりと言い切る私の頭を撫でながら、政宗が笑う。

「You Are Very Funny」
「ゆーべ……?」
「おもしれぇ女だな、アンタ」
「はぁ、お褒めに預かり……んー……光栄?」
 あんまり嬉しくないなぁ、と私は眉根を寄せた。それに眠い。

「ここにいても、小十郎の野菜は食えるぜ」
「採りたてに敵う鮮度はありませんよー」
「料理しちまえば一緒だろ」
「凝ったものより、簡単なものが好きなんで、鮮度命です」
「……俺が朝採ってきて、料理してやる」
「政宗様っ?」
「丁重にお断りします」
 私をご飯で釣ろうとしていた政宗は、何かの思い当たり、ニヤリと笑った。

「アンタ、誰に追われてるんだ」
 一瞬だけ慶次を思い出してしまった私は、顔を隠すように背けた。背けた先に小十郎の顔があったから、結局俯いた。

「言わなきゃいけませんか」
「言えないようなやつなのか」
「そういう訳じゃないんですけど」
 名前を口に出すだけでも顔どころか体中が熱を持ちそうで、同時に泣きたい衝動に駆られてしまう。

「小太郎に強引に逃がしてもらったから、たぶんとっても怒ってるし、心配、してるかもしれなくて」
 心配をしてくれているかもしれないというのは、私の願望だ。追いかけて、私を捕まえて、閉じ込めて欲しいと言ったら、きっと慶次も私も困る。

「恋人か」
「あはは、そんなんじゃないですよー。そんなん……なれるはず、ないんです」
 だって慶次の心にはあの人が棲んでいるのだから。

 強く握りしめた私の手の上に、剣蛸だらけの大きな長い手が重ねられる。指の長い、綺麗な手だ。私は顔を上げると、政宗がじっと私を見つめている。

「傷がつくぜ。舞姫の大切な手だろう」
 いつの間にか無意識に握りしめていた私の手のひらを、政宗が一本一本開かせてゆく。たしかに、少しだけ爪の跡がついている。

「あんたの片思いなら、なんで逃げてる?」
「片思いにしなきゃいけないから、逃げてるんです。けい……あの人の心にはもう叶わない相手がいるから」
「だから、逃げるのか」
「そうですよ」
「……馬鹿だな」
 主従揃って、なんて酷い言い草だ。

 私は立ち上がり、自分の寝ていた部屋の前まで引き返す。背中に二つの視線を感じる。

「そう、私は馬鹿で臆病だから、壊したくないんですよ。このまま慶次くんとただの友達に戻りたい。ただそれだけが願いなんです」
 振り返り、無理矢理に笑顔を作って、私は笑う。

「今夜はここに泊まらせて頂きますが、明日から暫くは畑の方で休ませて頂きますね。慶次くんが来たら早めに逃げるんで教えてください」
 おやすみなさい、と私は襖を閉めて、布団へと潜りなおした。

「……っ」
 鼻の奥がツンと痛いけれど、無理矢理に私は眠ったのだった。

p.4

10#放浪の舞姫、囚われる



 奥州で過ごすようになって直ぐ、何故か私は政宗に気に入られ、小十郎と二人共に名前で呼ぶように言われた。私の呼び方があまりに言いにくそうだからと言われたが、私にとってはどうでもいいことだ。もめるのも面倒だし、私は請われるままに知り合った者たちを呼んでいた。

 ここでの私の一日は、主に畑で遊んでばかりだったように思う。たまに来る伊達軍の兵士たちは皆気のいい人ばかりで、私は少しも飽きることなく過ごしていた。時々、夜に一緒に泊まるのは小十郎ではなく政宗だったりもしたけど(その場合、外に小十郎がいたようだ)、概ね日常は穏やかであったと言える。

 だけど、その日常は唐突に終わることになった。

「戦?」
「ああ、豊臣が最近きな臭い動きをしていてな」
「へー」
「悪いがもうここに葉桜をおいておくわけにはいかなくなった」
 戦があるというだけなら無関係だと思っていた私は、びっくりして手にした野菜を落としてしまった。小十郎の手伝いぐらいは、私だってやるのだ。

「え、ええ、それは」
「困るんだろうが、さすがにアンタを戦場に連れて行くわけには行かねぇ」
 謝る小十郎の言葉の上から、別の声が遮った。

「意外だなぁ、片倉くんはもう少し好みが違うと思っていたんだけど」
 少しかすれた男の声に、小十郎は慌てて振り返り、無意識に私を背に庇っていた。私はその向こうを覗いてみる。銀髪の男は、政宗ぐらいの年齢に見える。それが病のためで、実際は慶次と同じだと知ったのはもう少し後で。

「何者だ、てめぇ」
 襲撃者はその男だけではなかった。彼の率いる兵が、後ろから私を昏倒させられてしまって。気づけば、私は牢にとらわれていたんだ。ーー豊臣の本拠地、大阪城の地下牢に。

 囚われていたといっても、長い鎖が両手両足の大きな動きを封じるぐらいで、重さも大したことはない。舞うことは可能で、それは相手が私の正体を知っているからだというのは、直ぐに知ることが出来た。

「舞姫の力で、病を癒すことはできるのか」
 私を連れてきた男、竹中半兵衛がいないばしょで、大猿のような大男ーー豊臣秀吉に尋ねられた私は、素直に首を振った。

「進行を多少遅らせることはできるかも知れませんが、完全に治すことは不可能です」
「そうか」
 ひどく残念そうな彼に私が何かを言う前に半兵衛が戻ってきてしまったので、結局そのあとは二人で話すこともなかった。

 連れてこられてから、私は毎日毎日二人の前で舞うことになった。それは最初の日に私が「病を遅らせることはできる」といったのと関係があるのだろう。そして、おそらくその病を抱えるのは半兵衛なのだろう。

 舞うことで、こんなにも悲しくなる日は初めてで、私は日増しに弱っていった。段々と舞う時間も短くなり、倒れることが多くなり。

「……葉桜」
 抜け出すという小十郎についてゆく体力も残っていなかった。佐助が助けてくれるといったけれど、私はそうしたいと思わなかった。

「風来坊がアンタを探してる」
「このままでいいのかい?」
 佐助は私を連れて行こうとしていたけど、もう私にはこれでいいんだという諦めがあった。このまま、半兵衛の病を癒すためだけに舞い続けて、そうして終わるのならばきっと姉様たちも許してくれるだろう、と。

 牢を開ける音に外を見ると、その場所で半兵衛が咳き込んで倒れていた。

「半兵衛くんっ」
 私が傍にゆっくりと歩いて行って、その体に触れると、ひどく冷たくて。

「半兵衛くん、死んじゃダメだっ!」
 私は必死に彼を揺り起こしていた。目を覚ました半兵衛は何故か、私を見て笑った。

「慶次が、来てる」
 目を丸くする私の手を引き、ゆっくりと半兵衛が歩き出す。抗えば半兵衛に負担をかけてしまいそうで、私は鎖の音を立てながら、懸命についてゆく。

「どこ、どこへ行くの、半兵衛くんっ。寝てなきゃだめだ」
「今ここは上杉、奥州に攻めこまれてる。四国も反乱を起こしてる」
「そんなのどうだっていいっ」
「今しかないんだ、君を返してあげられるのは、今しか」
 必死に言いながら歩く半兵衛に手を引かれ、私は城の外へ出る。そこには、慶次がいて。何が起こるか容易に想像できてしまった私は、必死に半兵衛にすがりつこうとした。でも、力がなかった。

「駄目だ、慶次くん、半兵衛くん! 二人共、戦っちゃダメだーっ」
 鎖が重い。そんなこと、ここに来た時は微塵も感じなかったのに、重くて重くて、仕方ない。舞いたいのに、助けたいのに、舞えない。

「……やだ、やだよ……こんなの、やだぁ……っ」
 こうしてむざむざと半兵衛が殺されるのを見ているしか無いなんて、大好きな人と、死なせたくない人が戦っているのを見ているぐらいなら。

「っ」
 力を振り絞って起き上がった私を半兵衛が背後から羽交い絞めにする。

「っ、半兵衛くん、やめてっ」
 そんなことをしたら慶次が怒って、半兵衛が殺されてしまうのに。

「ーーーーー」
 半兵衛が私だけに聞こえるように囁やいた直後、慶次が突進してくる前で半兵衛は私を突き放し。慶次の剣の前に斃れてしまった。

(そんなのって、そんなのって、ないよーー)
 涙で前が霞んで、見えない。慶次が、大好きな慶次も見れない。

「葉桜、やっと見つけた」
 慶次が半兵衛を殺したその手で私を抱き上げているのに、この体はそれを喜んでいる。慶次に会えたことを、捕まえてくれたことを、喜んでいる。心はこんなに哀しいのに。

「慶次くんの馬鹿馬鹿馬鹿っ」
「ごめん」
「半兵衛くんは、半兵衛くんは……っ」
「ごめん、葉桜」
「半兵衛くんがぁーっ」
 泣き続ける私を抱えて、慶次はひたすら謝ってくれたけど。本当は謝らなきゃいけないのは私だ。

「ごめん、葉桜。でも、好きだ」
「慶次……っ」
 私はその腕の中で、慶次の首に両腕を回して、深く深く口吻た。泣きながら、ずっとくちづけていた。

p.5

11#放浪の舞姫、舞を捧げる



 秀吉も結局討たれてしまって、私は戦勝の雰囲気の中で一人沈んだ心地でいた。それから、慶次も。二人で抜け出し、戦場であった場所で城を見上げて。

「……秀吉さんも半兵衛くんも優しかったよ。私に毎日好きなだけ舞わせてくれたし」
「でも、治らない半兵衛くんのための舞だったから、私は心が悲しみに押しつぶされてしまって、そのせいで体力まで落ちてしまったみたい。だから、今は一人で歩くことも出来ない」
 ここまで私を連れだしてくれたのは慶次だ。隣に座って、私をその胸に寄りかからせてくれて。涙を拭ってくれる。

「二人共、助けてあげたかった」
「そうだな」
「なんで慶次くんは半兵衛くんを殺しちゃったの?」
「……ごめんな」
「なんで半兵衛くんはわざと殺されるような真似をしたの?」
「さあな」
「なんで、最後にあんなこと言ったの……っ」
 泣き出す私を自分の胸に押し付け、慶次が囁く。

「好きだ、葉桜」
 慶次は首を振る私の頭に口付けを落とし、額に目蓋に頬に鼻にといくつも口吻を振らせてくる。そうして最後はーー。

「やはり、こいつだったか」
 急に背後から聞こえる政宗の声に、私は慌てて振り返った。そこには小十郎も、佐助も、少し離れて小太郎までいる。何故か真田の幸村が鼻血吹いて倒れてるけど。

「よかったな、葉桜」
 小十郎が優しい目で言う。

「Happyになれよ、葉桜」
 政宗がニヤニヤと意地の悪い顔で笑う。

「あんまり幸村の旦那に見せつけないでくれる? 慣れてないからさ」
 困った様子が微塵もなくいう佐助の飄々とした姿から少し離れた場所で、小太郎がじっと私を見ている。

 彼らは皆満身創痍だけど笑顔で立っていて、私はいっぱい迷惑をかけたのに、私を祝ってくれていて。

 私は慶次の腕の中で反転して、彼らに向き直り、地に深く頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました。あと、ありがとうございました」
 それから顔を上げて、慶次の肩を借りて立ち上がる。女は気合だといったのは、葵姉様だったっけ。

 慶次に離れてもらい、私は慶次から返された舞扇を開いて、ゆっくりと深呼吸する。

 彼らとは舞で始まった関係で、私にはこれしか返せるものはないから。ゆっくりと手を動かし、足を運ぶ。いつもと同じというわけにはいかないけれど、それでも一心に舞う。降る星々の光を手に、世界を引き込み、淀んだ空気を昇華して。

 ほんの短い時間でできることは、僅かな心と身体の癒しだけしか無いけれど。

「ありがとう、皆」
 倒れた私を抱えるのは、大好きな人の大きな腕。その中で私はもしもの夢を見た。とてもありえない、幸福な夢のなかで、私は慶次の隣で笑っていて。目が覚めても、そこに慶次がいて、笑っていて。

「ーー慶次くん、大好き」
 寝ぼけて重ねた口づけはなかなか離されることはなかった。

p.6

12#幸福の舞姫、最初の地へ戻る



 初めて会った京で、初めて慶次と止まった宿が出会茶屋と知ったのは、こうしてもう一度訪れたからだ。あの時は「泊まることもできる」の意味を考えもしなかったというのに、私は通された部屋で動揺してしまって。

「け、慶次くん」
「ん?」
「あの時、本当に私に興味なかったんだね」
 顔を引き攣らせた私を前に、「あの時」を思い出した慶次も苦笑いする。私たちは一つの布団に枕を二つ並べた部屋で、布団の上で互いに向き合って座っている。

「そりゃお互い様。ーーでも、今は違うから」
「う、うん」
 伸びてくる慶次の手にドキドキしつつ、私は目を閉じる。でも、慶次が触れてくる様子はなかなかなくて、目を開けると嬉しそうに笑っている。

「何?」
「俺がいつから葉桜を好きだったか、知りたくない?」
「いつって……私が逃げてからじゃない?」
「はずれー」
 ちゅっと音を立てて額に慶次の唇が触れて、私は不意打ちに顔を赤くする。

「じゃ、じゃあ、慶次くんの家に泊まった時」
「……惜しい、かな」
 今度は目蓋に触れて。

「え、え、島津のおじいちゃんのとこ?」
 慶次は無言で、互いの口が重なり、すぐに離れる。

「あたり」
「うそっ!」
 思っていたよりも随分早い時期を考えて、私は動揺して目線を泳がせた。当然ながらその時期私は慶次を意識したことはなくて、考えれば考えるほど……夢吉にべったりで。夢吉かわいいからなぁ。そういえば、あんまりべったりだと慶次に引き剥がされたっけ。

「それで、葉桜が意識したのは、うちに来た日?」
 青くなる私に慶次がもう一度くちづけてくる。軽く触れてくるだけだけど、合わさる目線の熱さに、私も内側から熱せられそうだ。

「わかるの?」
「わかるよ。あの夜、すっごい可愛かったから」
 慶次のひと言に凍りつく私を、彼は嬉しそうに抱きしめてくる。

「それなのに、俺の気も知らないで、一緒に寝ようとか誘ってくるし」
「ぁぅ……っ」
 決して誘っていたわけではないのですが。そういうことに、なるの、かな。

「俺があの時どれだけ我慢してたかわかるかい?」
「す、すいませんでした……っ」
「いいよ、その分もこれから」
「これから……?」
 腕の中で慶次を見上げると、今度は少しだけ深い口吻が降りてきて。それから目線が合わさり、重なり、深く深く私を覗きこんでくる。深い深い、綺麗な慶次の目を見ていると吸い込まれそうだ。

「逃げるなよ」
「っ」
「いいや、逃がしてやらないから、覚悟しといて」
 そういって口付けながら押し倒されて。姉様に作法は全部教わっていたのに、私は何も考えられないぐらいに愛されて、愛されて、すごく幸せで。

「……夢みたい」
 事が終わってから隣で私がつぶやくと、慶次が目を見開いてから、幸せそうに笑う。

「ああ、でも、夢じゃないぜ」
「ん」
 何も身に着けていない私の肌を、慶次の大きな手のひらが撫で上げ。それから、ぎゅぅと私を抱きしめて、口吻て。

「祝言をあげよう、葉桜」
 急に言い出した慶次に、私は瞬きする。

「俺は前田家の次男坊で、たいして何も持っちゃいない。けど、アンタを愛する気持ちだけは誰にも負けない。葉桜、俺の嫁になってくれ」
 急に言い出した慶次に動揺したけど、何も持っていないのは私の方だ。慶次は、本当に多くを持っていて、私にはもったいない。でも、もう離れたくないから。

 私は自分から慶次の唇に軽く口を重ねて応える。

「私の方こそ、故郷も家族も何一つ無いし、きっとこの先舞姫の枷で面倒ばかりかけると思う。でも、慶次くんが好きだから、この気持だけは誰にも、慶次くんにも負けないから。だから、私を慶次くんのお嫁さんにしてください」
 私が言い切ると、慶次は泣きそうな顔になってしまって。でも、その姿は今まで見た誰の泣き顔よりも綺麗で、可愛いと思った。

「葉桜、俺、もうだめだ」
「ふふっ」
「幸せすぎて……」
「ん?」
「あー、可愛いなぁっ!」
 感極まった様子でぎゅっと抱きしめてきた慶次を、私も強く抱きしめ返して。

「慶次くんもかーわいぃ」
 小さく呟くと、何故か硬直して、それからため息を吐かれた。何故だろう。

 それから、大きな反撃を受けたものの、最後まで私の感想は変わらなかった。

「慶次くん、可愛い」
「こーら」
「んふふふっ」
 幸せすぎるこの瞬間が、毎日続いていくのを想像したら、もう私はにやけるのを抑えられなかった。

 姉様、私決めたよ。この人と、ずっといっしょにいる。役目を忘れたりはしないけど、でもどうか。この幸せが、ずっとずっと続きますように。

あとがき

7#放浪の舞姫、奥州で出会う


奥州に来ました。
趣味全開でごめんなさい。
四国に行くか迷ったけど、近い方にしました。小田原に(そうか?
(2012/11/9)


公開
(2012/11/22)


8#放浪の舞姫、葱を食う


葱、実はちょっと苦手です。
でもやきねぎは美味しい。
葱フルコースとか遠慮したいですけど。
筆頭の影がいつになく薄いです。
ちょっと前まで小十郎で書いてた影響かな?
もしくは、やっぱりヒロインの興味の問題。
(2012/11/9)


公開
(2012/11/24)


9#放浪の舞姫、事情を話す


口説かれてるけど、まったく相手にしないってどうなの。
まあ、もう慶次に絞ってるからかもだけど。
それにしたって、ねぇ。
自分で書いたキャラだけど、かなりどうなのって考えます。
考えるだけですが。
(2012/11/9)


公開
(2012/11/26)


10#放浪の舞姫、囚われる


豊臣戦はさらっと流しました。
流し過ぎだと思いますけど、流してください。
重要なのは、実は半兵衛が良い人っていうところ!(違う
タイトルの囚われるは、豊臣と慶次両方にかけてみました。
……無駄な努力ですかね、今更だし(笑
次で〆です。
(2012/11/9)


公開
(2012/11/28)


11#放浪の舞姫、舞を捧げる


無理矢理まとめた気がする(え
おまけはちょいエロになります。たぶん。
(2012/11/9)


公開
(2012/11/30)


12#幸福の舞姫、最初の地へ戻る


エロシーンを書こうとして、やっぱりやめました。
これぐらいなら全年齢公開範囲ですよね?
(2012/11/9)


公開
(2012/11/30)