その夜、私は布団に横たわったまま、目を閉じることなくぼんやりと月明かりの部屋をみつめていた。今夜は鈴花が夜番で、部屋には私一人しかいない。眠っていなくとも文句を言われることはない。
目を閉じても眠れる気がしなかったし、私は深く息を吐きだすと起き上がって、羽織をひっかけ、縁側から庭へと降りた。冬の冴え凍る月夜はひどく寒く、肩を抱いていても震え上がるほどの寒さだ。それでも、私は静かに井戸を目指して歩いて行った。
何か目的があったわけでも、誰かがいると思っていたわけでもないけれど、静かな屯所の中で、静かに彼ーー藤堂は井戸端に佇んでいた。
「こんな夜更けになにをしてるんだ、藤堂」
笑いを含んだ声音をかけると、びくりと肩を震わせて藤堂は振り返った。その顔はまるで迷子の子供のようで、私は苦笑しつつ近づいていった。
「葉桜さんこそ」
「私は少し眠れなくてな」
「……やっぱり」
藤堂の小さな呟きを聞き返すと、彼は少し考えてから永倉から聞いたのだと言った。そういえば、永倉に強制的に昼寝を取らされたのは昨日だったか今日だったか。それさえもおぼろげな私は、彼らの言うように疲れていたのだろうなと自覚すると、思わず笑いがこぼれていた。
「ふふっ」
そんな私をじっと見つめていた藤堂は、逡巡するように視線を彷徨わせた後で、意を決して尋ねてきた。
「葉桜さんは、伊東先生のことどう思う?」
「は?」
いきなり出てきた人物の名前に私が目を瞬かせると、藤堂が慌てて訂正を入れてくる。
「あ、別に男としてどうかとかって話じゃなくて、なんていうかその」
「指導者として?」
「でもなくて……」
「人間として?武士として?」
「えーと、なんていうか」
困り果てた様子の藤堂が可愛らしくて、私はつい同じぐらいの身長の彼の頭を撫でていた。
「なにを言いたいが分からないが、人として嫌いではないよ」
「ホントに!?」
急に意気込んできたりするから、思わず二人の距離が近づいて。あと一歩で額がぶつかる寸前だったけど、私は避けなかった。逆に自分の行動に気づいた藤堂が慌てて離れるのがなんだか面白い。
「じゃ、じゃあさ、もしも伊東先生が……」
藤堂がなにを言わんとしているのかを察した私は、ただ柔らかに笑って、首を振った。
「藤堂、私は「近藤さんと土方が守る」新選組が好きなんだ。それを離れていくということは、私にとって有り得ないことだよ」
「っ、でも、葉桜さんは……っ」
「藤堂」
私が静かに、しかし強く藤堂の名を呼ぶと、彼はしゅんと沈んでしまった。そこにないはずの垂れた耳と尻尾が見えてしまって、あまりの愛らしさに内心で私は身悶えていた。
もちろん藤堂が成人男性であることは心得ているが、なにをどうしたらこんな風に愛らしい男に育つのか、自分が女らしくも可愛くもないと自覚している私には不思議でならない。新選組においての藤堂は、私にとっての鈴花に継ぐ癒しだと言っても過言ではないだろう。
「……もしも葉桜さんが着いてきてくれたら、鈴花さんも来てくれるかもって思ったんだけどなー……」
ああ、ほら、やっぱり可愛い。
私が思わず顔を綻ばせて藤堂の頭を撫でていたら、ふてくされた顔で睨まれた。しかたない、と私は少しだけ助言をしてやることにする。
「藤堂は私と鈴花が入隊した時のことを覚えているか」
私の言葉に、藤堂が少し頬を赤らめて顔を背けたのは、あの勝負を思い出したからだろう。女だからと舐めてかかった結果、私に負けた最初の試合を。
「忘れるわけ無いよ」
「じゃあ、問題。私たちはどうやって新選組、いや壬生浪士組に入隊したんだっけか」
私がわざと古い隊名を持ち出すと、少し懐かしそうに藤堂が目を細めて遠くを見る。ああ、違うな。あれは鈴花の部屋のほうだ。ーー私の部屋でもあるが。
「もちろん知ってるよ。会津藩主松平容保様の姉君、照姫様の口利きで入ったんでしょ」
「ああ、そうだな」
それだけわかっているなら、藤堂ならば自分で答えを見いだせるだろう。私は彼の肩に軽く手を置いてから、背を向けて自室へと足を向けた。
「え、葉桜さん?」
「それがわかっているなら大丈夫だよ。じゃあな、おやすみー」
歩き去る私の背中に、藤堂の途方にくれた声が聞こえたけれど、私は気にせずに部屋へと戻ったのだった。
部屋に忍びいる月明かりは明るく、その上先ほどの藤堂との逢瀬はほのかに私の心を温めてくれた。私は布団に潜り込み、暖かな想いを抱きしめる。彼のお陰で今夜は久しぶりによく眠れそうな気がした私は、ほどなくほの暖かな眠りに落ちていった。
うん?私、眠いのかな?
最近〆が眠っている話が増えてる気がする。
オリジナルだと最終的に殴り飛ばしてるんだけどなー…(何(いや、なんでも…ゴニョゴニョ…
(2012/11/19)
公開
(2012/11/23)