幕末恋風記>> ルート改変:藤堂(+鈴花)>> 元治元年文月 04章 - 04.4.2#白玉(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:藤堂(+鈴花)

話名:元治元年文月 04章 - 04.4.2#白玉(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2010.2.16
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2831 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
41#白玉
藤堂イベント「白玉」(裏)

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p.1

 壬生寺はいつも穏やかで、私にとって心地よい空間だ。だから、よくここへ足を運んでしまう。

「葉桜さんー」
 自分を呼ぶ声に、私が片目を開けると、丁度目の前に藤堂が辿り着いたところで、その後ろを鈴花が追いかけてくる。二人の手にはそれぞれに小さめの椀が抱えられている。

「どうしたの、二人とも」
 私が目を丸くして尋ねると、二人は同時に言った。

「葉桜さん、どっちが美味しいか判定して!」
 至極真面目に言われた私は、さらに目をまるくする。差し出された椀の中には白玉が三個ずつ入っているようだ。藤堂の方はみたらし風、鈴花の方は何もかけていないようだが。

「判定って、私が?」
「そうですっ」
 二つの椀の中を見比べてみても、私からはどちらも大して違いは見られない。ただ藤堂の方のみたらしは甘そうだということだけだ。

「こういうのは島田とか近藤さんの方がいいんじゃない?」
 私は甘味が苦手で、二人は甘党だから最適だと提案したのだが、すぐさま却下された。

「葉桜さんじゃないとダメなんです」
「そう言われても、私は甘いのが苦手で」
「お茶ならありますっ」
 目の前に水筒が差し出され、困惑しながら私はそれを手にとる。流石にここで中身がお茶以外と疑うことはないが、さてどうしたものかと考えつつも私は水筒を傾けた。

「うぶっ」
 飲んだ瞬間私が吹き出すのを予測していたのか、藤堂と鈴花は私の目の前ですでに左右に分かれている。

「な、なにこの渋い……っ」
 お茶、と言い切る前に、私の目の前へ二つの椀が差し出される。

「葉桜さん、これぐらいの渋茶があれば大丈夫でしょうっ?」
「俺の白玉食べてよ」
「あ、抜け駆けはずるいよ、平助君。私のを先に食べてください」
 顔の目の前に持ってこられた椀の中からは甘い香りがする。甘い甘い、みたらしの香りがする藤堂のほうはわかるが。

「……鈴花ちゃん、そっち何が入ってるの?」
「食べてみてのお楽しみです」
 とても、嫌な予感がする私は、ひくりと頬がひきつるのを感じた。なんでこんなことになっているのだろうか、と現実逃避しかけた私の前に、鈴花が非情にも白玉を一つ串に挿して差し出す。藤堂はずるいと言っているが、みたらしを差し出されたらいくらなんでも私は逃げる。

 私は甘味が嫌いなわけじゃないが、苦手は苦手だ。誰かが大酒飲みは甘味が苦手なんだと言っていたが、私は正しくその典型で、嫌いじゃないが量が入らない口だ。島原や揚屋でも勧められるが、大抵は座敷の女性に分けて済ましている。

 なんで私がこんな目にあっているんだろう。

「葉桜さん、さあ」
「判定してください」
 二人に勧められながら、私はどうやってこの場を逃げ出したものかと思案するが、あいにく壬生寺に来るものはほとんどいない。助けは望めないだろう。

 意を決して、私はえいやと鈴花の白玉を口に入れた。瞬間、口の中に広がったのは。

「な、何これ……」
「甘いのが苦手な葉桜さんでも食べられるように、葉桜さんが好きなお酒を混ぜてみたんですよー。どうですか?」
 目をキラキラと輝かせて尋ねてくる鈴花には悪いが、これはその端的に言って。

「……不味い」
「えーっ」
 何がそんなに意外なのか。確かにそういう種の菓子はあるにはあるが、この白玉にはずいぶん辛味の強い酒を使っている気がする。それがあまりに中の餡と合わなすぎて、最悪の音を奏でているのだ。

「けほっ、けほっ」
「葉桜さん、ほら、お茶っ」
 渡されたのが例の渋茶とわかってはいたが、他にないのだからしかたない。口の中が不味さの不協和音で今にも死にそうだが、苦味でまあまあ消してはくれただろうかと私は小さく息をついた。

「じゃあ今度は俺の番だよね」
 満面の椀を差し出してくる藤堂の前で、私はうっと口元を抑える。さっきのが私に合わせてということは、藤堂のもおそらく酒入りだろう。つまり、さっきと同じかそれ以上の地獄が待っているのかもしれない。

「食べない方がいいですよー、葉桜さん。平助君は白玉作ったの、これが二回目なんですからねっ」
 さっき私が不味いといったことが相当不満だったのか、鈴花が不機嫌に言う。

「ちょ、そういうのはずるいよ、鈴花さんっ」
 焦ったように言いながら、どさくさに紛れて藤堂が私に椀を押し付ける。これはやはり食べないといけないだろうか。鈴花のを食べて、藤堂のを食べないというわけにはいかないだろうな。

「第一、俺は最初に言ったじゃん。いくら葉桜さんが酒好きでも、あの量は入れすぎだし、あの酒は料理に合わないんだって」
「そんなことないわよ、葉桜さんはお酒が入っていれば、多少の甘さがあっても大丈夫なんだから」
 鈴花の中での私は一体どういう存在なんだろう。

「それに、これは永倉さんや原田さんにきいた葉桜さんのお気に入りの酒を使っているだから、不味いわけが」
「でも、鈴花さん味見してないよね」
 藤堂の一言で私が鈴花を見ると、鈴花が怯んだ顔で私と藤堂を交互に見る。

「そ、それはだって、私、お酒飲めないし」
 鈴花が下戸なのは周知の事実で、確か同じように甘党の島田も酒いっぱいでひっくりかえるというので有名だ。私とは逆で、甘味に強いものは酒に弱いの典型なのである。

 そういえば、近藤は甘味好きだが、それなりに酒も飲めた覚えがある。流石に私や永倉たちのような限度のない飲み方はしないけれど、芹沢のように酔っ払った姿というのは見たことがない。表に出ないだけなのだろうか。

「そ、そんなことより、葉桜さんっ」
「近藤さんって、甘いの好きだけど、お酒って強いの?」
 考えながら私が口にすると、藤堂が音を立てて固まった。

「さあ、そういえば酔ったところは見たことないですね」
 鈴花からは素直な同意が返されたが、藤堂の様子は明らかにおかしい。

「藤堂?」
 私が声をかけると、さらに大きく体を震わせる。

「どうした、」
「あ、俺、山南さんと約束があったんだったっ」
 じゃあと逃げるように走り去る藤堂を、私はついそのまま見送ってしまい。

「な、平助君!?」
 勝負はどうするのだと、鈴花は藤堂を追いかけていってしまった。残されたのは私と、白玉らしき物体の入った椀が二つと、とても渋い茶入の水筒がひとつ。

 私はおもむろに藤堂の椀から白玉をひとつ、口にする。

「甘」
 なんの変哲もない、普通の白玉に安堵し、私は水筒を傾ける。

「渋」
 閉じた私の瞳から、何かがひとつこぼれ落ちる。冷たくて、透明な粒は私の頬を伝い、膝に小さな染みを作ってすぐに消えた。

 藤堂のがただのごまかしだとわかっているのに、今の私は山南を想うと胸の辺りがきゅうと締め付けられる。

 会いたい、けれど、山南の前で私がどんな顔をしていいのか、どんな話をしたらいいのかわからない。想いが千々に乱れているのがわかっていながら、どうしたらいいかを誰かに問うことも出来ない苦しさを抱え、私はただ蒼天を見上げて、藤堂の作った白玉を口にする。

「甘……」
 甘いのに、何故か私にはその一口が苦い気がした。

あとがき

たぶん、最初はヒロインを元気づけるためだったんでしょうが、話している間に勝負することになった二人。
……とかだったら、はた迷惑な(笑
(2010/02/16)