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書名:Routes -1- rinka -
章名:素直になれない10のお題&溺愛10題

話名:10.5#眩暈がするほど愛してる


作:ひまうさ
公開日(更新日):2013.1.13
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3989 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
「溺愛10題」より
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p.1

 俺の前には今、今にも外れそうな古く使い込まれた一つの扉がある。中から聞こえるのは罵声ともとれるような荒々しい喧騒だ。躊躇いつつも、俺はその戸を開けて、室内へと足を踏み入れるしか道はない。

 現在は月が中天を過ぎた夜も更けた遅い時間であるが、この界隈は昼と変わらぬ賑わいだ。近くには娼館も酒場も多いから当然だろう。むしろ、そうなるようにこのあたりに似たような店を集中させているのだとシャルダン様から聞いてる。

 人の欲を操るのが政だと、時々ディルも言う。そのディルの発案が、ここの賑わいなのだ。ここまでわかりやすくあると、夜の警備もしやすいらしいというのは、俺付きのよわっちい近衛から聞いた情報である。

 俺が入っても変わることのない店内の喧騒を見回し、俺は奥の席に目当ての人物を見つけて足を向けた。以前ならば震えていた足も、今はもう落ち着いていられるのは、やはりディルのおかげだろうか。ディルは俺のために幾つもの防御魔法をかけ、思いつく限りのあらゆる手で俺自身の守りを強化してくれているようだから。もちろん、そこにはこうして俺が一人で出歩くことも前提とされている。

 俺が店の一番奥のテーブルの前で立ち止まると、そこに座って一人で酒を煽っていた男は、口の両端を挙げて陽気に笑った。

「来たか。まあ、座れ」
 俺に座る以外の選択肢がないような言い方だ。が、俺はこいつに、刻龍頭領の紅竜に呼び出されて来たのだから、座るしか無いのかもしれないが。

「要件は何だ、コウ」
「あん?」
「こんな呼び出しをするからには相応の理由があるんだろうな?」
 俺が手元で掌ほどの小さな紙をテーブルを滑らせると、中央にその紙が留まる。表にされたそこには、場所の名前しかない。紙の色は黒地だが、趣味の悪いことに文字は赤で書かれている。読みにくい上に、気味が悪い。そんなことをするのが誰かわかっているが、それにしたって、趣味が悪い。

「今夜は何もしねぇよ。ただの祝杯だ」
「祝杯?」
 紅竜はそういって、自分の傍にあるからのグラスに波々と酒を注ぐ。ここに来た時からなんとなく気がついてはいたが、本気で意味がわからない。

「飲むと思ってんのか」
「飲むだろ。わざわざお前のために手に入れた、女神の口吻、だぞ?」
 紅竜のいう銘柄の酒が値打ちものであることは知っているし、俺も酔わない自信はある。だが、クスリの可能性を考えないほど、俺は馬鹿じゃない。

 俺はただ立ったままに紅竜を見下ろし、促す。

「コウ、用がないなら終いだ」
「連れねぇなぁ。……そんなに、あの王子サマの腕の中は居心地がいいか?」
 俺にと差し出していたグラスを傾けて、酒を自分の喉に流し込んだ紅竜は、グラスから口を離してから、ぺろりと己の唇を舐めた。

 以前の俺なら、容易にのっていた挑発だが、今は違う。腕を組んだまま、俺は半眼で言う。

「ああ、もちろんだ」
 色々とディルに問題はあるけれど、こんなに溺愛されて嬉しくないわけなどない。時々怖くもなるけれど、俺を甘やかすディルを見ていると、これでいいかとなんでも許してしまうんだ。

 即答した俺を見ずに、紅竜は喉の奥で可笑しそうに嗤う。

「……一度闇に堕ちた者が、ずっと光の中にいられると思うなよ、リンカ」
 紅竜の言葉を、俺は眉を顰めたままに聞く。そんなこと、言われなくてもわかっている。俺は、ディルと出会うより前に、とっくに闇に身を落としているのだから。

 俺は一度息を吐いてから、ようやく紅竜と同じテーブルについた。それから、紅竜から差し出された、彼が口をつけたグラスを手に、一気に煽る。

 俺が闇に身を落としたのは、俺自身の意思だ。それを後悔するつもりはない。

「わかっているから、ここにいるんだろーが」
「ほう」
「期限は二十歳だ。それまでは、俺はディルのためだけに生きると決めた」
 俺は強く紅竜を睨みつけ、続ける。

「闇に堕ちたからこそ、俺はディルを守れる。そのための代償だったと、今は思ってるよ」
 養父を失い、闇に落ちて生きてきたからこそ、守ることができるはずだと、俺が言い切ると、相変わらず紅竜は愉しげに笑った。

「ははっ、変わったな、リンカ」
「まーな」
「前の強がってる様も良かったが、今のがイイ顔をしてる。アイツでなけりゃ、俺のもんにしたかったが」
 俺の顎を掬い取るようにする紅竜の手を跳ねのけることをせず、俺はにやりと笑ってみせる。

「そりゃ、残念だ」
 もしも以前の俺なら、紅竜の前で震えていることしかできなかっただろう。だけど、今はもうそんなことはない。俺には、ディルがいるから。

「話はそれだけか?」
「あぁ」
「なら迎えが来る前に帰るか。じゃあな、コウ」
 席を立ち、背を向けた俺に、紅竜が声をかける。

「女神の眷属リンカ、必要ならばいつでも呼べ。刻龍は女神の眷属の守り手だ。いつ何時でも、貴女の剣となり盾となり、手足となるだろう」
 それが刻龍の意志だ、と言い残し、俺が振り返った時にはそこに紅竜の姿はなかった。

 俺が店を出ると、そこには見慣れた姿が待っていた。金色の長髪を軽く結わえ、翠の双眸を不安に揺らして微笑む、ディルの姿が。格好こそは貴族みたいなものだが、相変わらず醸し出す雰囲気で王族であるのがまるわかりだ。

「リンカ」
 伸びてくる手を避けずにいると、そのまま腕の中に閉じ込められる。そして、耳元で安堵の息を吐くディルを、俺は小さく笑った。

「お願いですから、出歩くのは昼間だけにしてください。いくら居場所がわかっても、これでは安心できません」
 俺もディルの背中に両腕を伸ばしてみるが、背中を覆うようには届かない。体格差はこれからも変わることはないだろう。

「悪いな、ディル」
「どなたと会っていたんですか?」
「んー、古い友人、かな」
 友人といっていいのかわからないけれど、少なくとも紅竜が俺を呼び出したのは最後の一言のためなんだろうなというのは、なんとなくわかった。

 そういえば、誰かが言っていた気がする。刻龍というのは、元は女神の眷属のために作られた組織なのだと。あいにく、誰から聞いたのかまでは覚えていないが。

 それが本当でも嘘でも構わない。だが、紅竜の言葉が真実であるならば、もうディルが刻龍に狙われることはなくなるだろう。少なくとも、俺が、女神の眷属が生きている間は。

 俺はディルの腕の中で目を閉じて、その心臓の音を聞く。規則的なリズムを刻むそれを聞いていると、安心できる。

「城に帰りますよ」
「歩いて、な」
「嫌です。時間が惜しい」
 ふわりと身体が浮遊感に包まれ、思わずディルにしがみついたまま顔を上に向けると、俺は即座に口を塞がれた。

「っ!?」
 高度が上昇している間もそれは終わらず、どこに移動しているかとか、魔法移動が気持ち悪いとか考える余裕もない間に、俺は王城のどこかの部屋のベッドに押し倒される。ディルのことだから、間違いなく彼の寝室だろう。

「寝ているからと油断していたら、何を勝手に抜け出しているんだ、リンカ」
 そして、俺を見下ろすディルの目はとても危険な光を湛えている。式を挙げた夜から、俺の寝室は強制的にここになってしまっているというのは、今更説明するまでもないだろう。

 ディルが深く眠ったのを確認して、こっそりと抜けだして、俺は紅竜に会いに行ったのだ。迎えに来るのは予想できていたし、ディルが怒るのも想定内だ。ただし、対策はまったく思い浮かんでいない。迎えに来るまでに、思いつけばいいかと楽観していたわけだ。

「わ、悪かったよ、ディル」
「俺が君のいないベッドを見て、どれだけ肝を冷やしたか、これからじっくりとわからせてあげよう」
 顔を引き攣らせて後退しよとする俺の肩を掴み、ディルが噛み付いてくる。

「っ、ま、ちょ……っ?」
「待たない」
 言い訳さえさせてもらえず、俺はこのあとめちゃめちゃ後悔した。翌日の昼まで起き上がれないぐらいには後悔した。でも、行ってよかったと思っている。



ーー刻龍はもうディルを狙わない。



 刻龍頭領の言質を取ることが出来たのだから、こんなことぐらい安い犠牲だろう。刻龍以外の組織てあるなら、俺にだって撃退する自信はある。

「リンカ、懲りてないな?」
「あー……そんなことはないぞ」
 昼食のサンドイッチをベッドで食べる俺の傍で、椅子に座って書類を繰りながら勘ぐってくるディルから視線を逸らし、窓の外へと視線を向ける。

 窓の向こうはディルの瞳と同じく蒼く高く澄んでいて。

「リンカ」
「なんだ?」
 呼ばれた俺が振り返ると、目の前にディルの彫刻みたいに端正な顔があって、俺の口端を軽く舐める。

 瞬時に顔に熱が集まり、俯く俺を見て、ディルがクスクスと笑う。

「次に夜抜けだしたら……」
「し、しないってっ、マジだってっ!」
「本当に?」
 訝しむディルにしっかりと頷くと、俺の頬にディルの片手が触れてくる。

「それは残念。次に抜けだしたら、どんなお仕置きをしようか楽しみにしているんだけどな」
 ひくっと俺は顔を引き攣らせ、慌てて首を振った。

「金輪際、ディルに何も言わずに抜け出さないっ」
「別にいいけど?」
「しないっ!」
 言い切る俺をディルは楽しそうに、そして嬉しそうに笑う。俺がどこにいても、ディルが来てくれるのは疑いようもないけれど。眩暈がするほどに愛されている気がするけれど、ディルのこれはどうにかならないだろうか。

「リンカ、僕は仕事に行きますけど……」
「行ってこいっ。今日は城で大人しくしてるから、心配すんなっ」
 嬉しそうに笑いながら、ディルは執務室へと戻っていった。残された俺は、赤い顔を抑えて、頭を抱える。愛されていることは嬉しいけれど。

「……式が終われば落ち着くって言ったのは誰だよ……」
 独占が余計ひどくなってんだけど、と呟きながらも、にやけてしまう自分の顔を両手ではさみ、俺はベッドに突っ伏したのだった。

あとがき

結婚後の一幕で、この二人の話は終了です。
このお題は書いてて久々に楽しかった―。
ディルが変態になっていったのは想定外ですけど、リンカの可愛さが自分でも異常だと思います。
何この子、なんでこんなにツンデレ!?
しかも、両想いなもんだから、ツンよりデレ率が高くて、書いててニヤケが止まりません。
もし今後書くことがあるとしたら、たぶん疲れて糖分が必要なときとかかなぁ←
あとは、未公開のルナ編を公開できる日がくれば、そこで王妃になったリンカを書けるかもですね。
でも、王妃になっても、今とさほど変わらない気がします。
だって、リンカだもの。


姫は未定ですけど、シャルの方はもしかすると、書くかも知れません。
つか、そのうち西の魔女がやらかす予定。
話のケツまで思いついたら書きたいです。


アメリアの言ってた大会とかはいつか書きたいですね。
賓客扱いでも、勝手に出場してそうです、この夫婦。


刻龍の設定はもう出来た当初からブレのない設定です。
アディ編だと刺客になってますけど、そもそもの設立は女神の眷属のために、シスコンのアニキが作ったものですから(ぶっちゃけすぎ)


色々蛇足でしたけど、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
ここまで読んでくださって有り難うございました。
(2013/01/13)