幕末恋風記>> ルート改変:原田左之助>> 慶応三年弥生 11章 - 11.1.3#柔術指南(追加)

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:原田左之助

話名:慶応三年弥生 11章 - 11.1.3#柔術指南(追加)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2013.10.9
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3340 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
11.1.3#柔術指南(追加)
(原田さん、深読みし過ぎの回)
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p.1

 新選組屯所内にある道場内は、常にない熱気に包まれていた。言うなれば、それは真剣勝負の御前試合に引けを取らないほどである。

 中心にいるのは普段通りの出で立ちである私と、対峙している隊士が一人。彼らを平隊士たちが囲んで声援を送り、端では襤褸雑巾のようになった平隊士が伸びている。

「葉桜先生、お願いしますっ」
「おう」
 木刀でかかってくる平隊士に対し、私は無手だ。相手の剣筋を読んで体捌きで避けつつ、私はその腕を抑えて、相手を落とす。ここしばらく屯所ではしていなかった、無手の稽古だ。

「何してんだ、葉桜?」
 外出から戻ってきたばかりの様子の原田が道場に顔を出したのは、私の気が程よく温まった頃合いだった。

「ああ、無手の練習。しばらくやってなかったし、そろそろ身体を温めておこうかなぁって思ってさ」
「あー……そういや、最初の頃にんなこと言ってたか」
 少し思案した様子の原田は、よし、と私の相手にしていた隊士に断り、私の前に立った。

「いっちょやるか」
「お、いいのか? そりゃ、助かる」
 手応えがなくて、飽きてきてたんだと笑うと、にやりと笑った原田が腕を伸ばしてきた。それを払いつつ左に廻り込もうとするも、すかさず原田も左へと移動する。

 互いに構えたままでいるだけなのに、自然と口元が釣り上がる。

「……原田が相手なら、遠慮は無用だな……」
「ああ、そうだ、ぜっ」
 再び襟を取りに来た原田から後ろ飛びによけつつ、私はその袖を掴む。

(力を抜いて、相手の力に沿うように)
 かつて教わったことを脳内で繰り返しつつ、自然と身体が動く。

「おわっ!」
 原田の身体が体勢を崩すのを見つつ、私はその首に手刀を当てて、にやりと笑う。

「動き良くなったな、原田」
「っくそ!」
 悔しげに道場の床を叩きつける原田から離れ、私は軽い足取りで道場の端へと移動した。近寄ってきたのは鈴花で、彼女の差し出す洗いたての手拭を受け取る。

「ありがとう、鈴花ちゃん」
「い、いいえ」
 当初は彼女だけを相手に稽古していたのだが、どうやら話を聞きつけた隊士たちが道場に集まっているらしく、久しぶりにここは賑やかだ。

 伊東ら御陵衛士が出て行ってから、屯所内は静かだった。人の気配がないわけではないのだが、半数がいなくなるとこれほどまでに静かになるのかと、私も驚たものだ。それに居心地の悪さを覚えたものの、どうしたものかと思案した私は道場に足を踏み入れ、眉をひそめた。鍛錬をしているものがいないわけではないが、どうにも気合が足りない気がしたのだ。

 だから、屯所内の空気を入れ替える意味で、鈴花相手に柔術指南をし、ついでに寄ってきた隊士を片っ端から相手にしていたわけだ。

 汗を吹いていると、隣に原田が並んで腰を下ろした。道場内は、どうやら乱取りの様相を見せている。

「どうしたんだ、急に柔術指南なんてよ」
 何故か不満そうな原田を横目で見つつ、私は小さく笑いを零す。

「ただの気晴らしだよ、気晴らし」
 私の気紛れなんてのは今に始まったことじゃないだろう、と笑ってみせるが、原田は笑わずにじっとこちらを見ている。

「なんだよ、原田?」
「いや、なに、葉桜が道場で気晴らしなんて、珍しいからな」
「そうか?」
 私は少し自身の行動を振り返り、納得してしまう。どうやら、私は自分で思っていたよりも、伊東らを強く警戒していたらしい。

「くっ、くくくっ」
「何急に笑ってんだよ」
 今はここにいるのは、仲間だけだ。これから先、一緒に戦い抜ける仲間だけがここにいる。気を許していい相手だけが、ここに残っている。それが私を安堵させているのだろう。我ながら、なんとも単純なことだ。

「いつまで笑ってんだ、葉桜」
「くっ、はははっ! わ、悪い、止まんないわ……っ」
 自覚して押し寄せた衝動に身を任せて、私は涙が出るほど笑い続けたのだった。



p.2

(原田視点)



 昼餉から戻ると、やけに屯所内が騒がしい。大抵こういう騒動の中心になるのは葉桜だ。本人にはあまり自覚がないようだが、よくも悪くも彼女は注目を集めやすい性質なのだろう。それも、例の役目故なのかもしれないが。

 道場で柔術指南をしている葉桜は、実に活き活きとしている。柔術指南だというのに、着衣の乱れが殆ど無いところは、彼女の隙のなさと実力が成せる技である。

(てか、指南じゃねぇから乱れてねぇのか)
 思えば、彼女が柔術指南をしているのは、かなり久しぶりのはずだ。江戸から帰ってから、彼女は剣術指南ぐらいしかやらず、それものらりくらりと理由をつけて避けていたフシがある。近藤さんや土方さんはなにか理由があるんだろうと推測していたし、そもそも指南する人手は足りていたのだから、わざわざ彼女に指南を受けようというのは、邪な目的があるか、純粋に彼女を慕う者ぐらいだった。後者は特に、性別を気にしないぐらいに慕われている様子だった。

 何にしても、彼女が道場で鍛錬をするのは珍しいし、互いに相手に不足はない。それで相手を申し出たものの、やはり露ほども相手にされなかった。

 もっとも、彼女が女であることを考えると、こちらが強く出られないのがわかっているのだろう。葉桜は無理を言うことなく、そのまま柔術指南は終わりにする様子だ。

 道場の端で汗を拭う彼女の隣に座る。刹那、出入口から入ってきた風が彼女の方から流れてきた。

(ん……?)
 ふわりと漂う風に交じるのは、少しばかり甘ったるい女の香りだ。隣を見るが、無造作に胡座をかいて、楽しげに口元を緩める彼女に、女の仕草やなんかは感じられない。

 じっと見つめていると、なんだよ、と笑いながらこちらを流し見てくる。

 一瞬、どくりと心臓が騒いだ気がした。

「いや、なに、葉桜が道場で気晴らしなんて、珍しいからな」
 自分でも分からない気の乱れにまどいながら、俺は言い訳のようにそれを口にした。そう、ただのいいわけだ。だが、葉桜はそれのなにが面白かったのか、涙がでるほど笑い続けて。それから、いつものようにあっさりと道場を出て行った。

 彼女がいなくなると、しばらくして、あの甘い香りも無くなった。つまり、あれは葉桜がもっている何かの香りなのだろうが。

(……旨そうな、匂いだったな……)
 俺はぼんやりと平隊士の乱取りを見ながら、そんなことを考えていた。

「原田先生、お願いしますっ」
 俺の前にきた平隊士に頷き立ち上がる。そうして、数人を相手にしながらも、俺はまだぼんやりと呆けていたようで。

「わっ」
 気がつけば、道場の床に叩きつけられた平隊士が目を回しているようだ。

「お、悪い」
 伸びた隊士に気付けをし、次の隊士が荒い息を整えながらいう。

「原田先生」
「おう」
「葉桜先生って、一体何者ですか?」
「あ?」
 問いかけてきた相手はまだ年若く、明らかに新入隊士であることも見て取れる。たしか、入隊してきた当初から幾度と無く葉桜に挑み続けてる男ではなかっただろうか。

「何者も何も……」
 言いかけて、そういえば葉桜が幕府関係者であるというのは、幹部でも極一部しか知らないことだと思いだした。だが、それを差し引いても、葉桜に不明な点が多いのは確かだ。出身も、流派もわからない。わかっているのは、かなりの腕前の女武芸者であるということのみである。

「葉桜は葉桜だろうが」
 しかし、謎なんてものはどうでも良くなるぐらい、葉桜は信頼出来る。彼女が新選組を裏切ることがないと、彼女を知るものであればはっきりと断言できるのである。

 敵であるなら厄介だが、彼女がそうなることは絶対にありえない。だから、何も心配はいらない。

「それの何が不服だ?」
「っ」
 かかってきた相手の手に掴まれないように動き、逆に相手を捕まえ、投げ飛ばした。

「悪いが、葉桜はお前なんかよりよっぽど信用に足るやつだ。それを女だからなんつって舐めてるやつぁ、かかってきやがれ。俺が根性を叩きなおしてやる」
 ギラリと周囲を睨みつけると、やる気に満ちた目が返ってくる。いい度胸というのもあるが、そういえばこんなことは久方ぶりの気もする。

 ここまで見越して、葉桜が珍しく柔術指南なんてことをしていたのだとしたら。

(ったく、食えねぇ女だな)
 幾人目かの平隊士を叩き伏せ、俺は汗を拭って、天井を仰いだのだった。

あとがき

ううむ。本当に自己満足です。
原田さん、深読みし過ぎの回。
…どこかいい場所に二次だけ引っ越したい。
森のブックだと、強制名前変換とかちょっとできなさそう。
(2013/10/09)