西本願寺の境内で、私は珍しく一人で悩んでいた。手元にあるのは一首の和歌が書かれた手紙だ。差出人は恐れ多いことだが、京都守護職を預かる会津藩主であらせられる松平容保様である。
「なぁんで、こんなの送ってきますかねぇー」
私はひとつため息を付きつつ、ぼんやりと空へと目を移した。
容保様との手紙のやりとりというのは初めてではないし、報告もあるので定期的に行なっていることだ。だが、本来ならば容保様から私にというのは有り得ないことでなくてはならない。それなのに、こうして報告の返礼として送られてくる文書に添えられた、手紙が一番の問題だ。
容保様からの手紙は季節を歌う和歌が一首書かれてあるだけで、他には何もない。それ自体は教養高さも伺える季節を咏った良いものであるが、実際の中身を読み解けば本気か遊びか図りかねるような恋の歌なのだ。
私がそれに返さないといくら言っても、容保様は何故か送って来られる。和歌を読み取れるような人材が新選組には土方ぐらいしかいないからいいものの、私だって流石に困る。
ここしばらく忙しさにかまけて、容保様に顔見せにも行っていないせいもあるのだろうか。しかし、今の私は新選組を離れがたくもあり。
「うー、参ったなぁ」
沖田の容態は今のところ、落ち着いている様子だ。だけど、心配であるのは変わりなく、結果私も他の者に任せることなど考えられず。だからといって、私は気持ち的に辛すぎて、沖田の前で笑顔でいられない以上、診続けていることも出来ず。
結局のところ、容保様のことも沖田のことも、私が彼らに向き合っていないから困るのだと言われてしまえばそうなのだが。
「何してんだ、葉桜?」
「ん、原田か。見てわかるだろ、悩んでるんだ」
不意にかけられた声に私が振り返ると、原田は何故か不機嫌そうだった。
「葉桜がぁ?」
「そう、私が」
私が真顔で返すと、原田にも事の重大さが伝わったらしい。
「葉桜が悩むほどの問題っつーと、総司のことか?」
原田は沖田が倒れた時に共にいたから、そう思うのだろう。確かにそれも問題の一つだ。最近、ままならない悩み事が多すぎるな、と私はまた乾いた笑いを零した。
「ま、それもそうだが、今日は別なことだ」
伊東さんらのこと、沖田のことは今これ以上私に手を出すことができない。鈴花の可愛らしい恋の悩みも、巫女としての悩みも、今の私には待つことしかできない。
「じゃあなんだよ?」
「これ」
私が手紙を原田に差し出すと、原田がわかりやすく渋面した。おまえもかよ、とわけのわからないことをつぶやいている。
「ちょーっと無視できない筋からの手紙でね。どう返したものか困ってるんだ」
「ふーん?」
それでも私の手から手紙を受け取り、見てみようとしてくれているだけ、原田の人の良さが伺える。すぐにその眉間に皺が寄るだろうことは、私にも容易に想像がついたが。
「なんだ、これ?」
「和歌だよ」
「……わか?」
どうやらよくわかっていないらしい原田に、私はわかりやすい判例はないかなと考えてみる。
「原田も百人一首ぐらいなら知ってるだろ」
「あ、あー……歌留多か」
百人一首といえば、江戸でも有名な歌留多のひとつだ。酔った時の原田を見ていると教養がないわけではないのだとわかるだけに、知っていることは容易にわかる。
「で、その歌留多がどうしたってんだ?」
「手紙だって言っただろ。どう返事したらいいか、困ってたんだ」
「ーーなんて書いてあんだ?」
「見たままだろ」
私が事も無げに返すが、たぶん今の原田にはわからないだろう。どう誤魔化したものか、と考えかけて、私は原田が私もその意味さえわからないと考えるのではと思い当たる。それなら、先にそう言ってしまえば追求もされないだろう。
「だから、それが」
「私にもなんて書いてあるかわからないから、返事に困るんだ」
殊更に眉を顰めて答えると、なるほどと原田は納得してくれたらしい。そして、良くも悪くも、私にとって予想を裏切らない提案してくれた。
「じゃあ、土方さんに相談してみたらどうだ?」
土方が俳句を読むのは周知の事実である。それも、ちょっと笑いを誘う方向の。ニヤニヤと笑いながらの原田に釣られて、私も笑う。
「あー、まあ、そうだなぁ」
しかし、本当に意味を知られても困るものではある。だからといって、ここで土方に相談するのを渋っても怪しまれることは確かだ。
「……そうしてみるよ」
私がそう答えると、原田はまた楽しそうに笑った。
原田が去った後も、私はしばらく空を眺めていた。ただし、先程のように私は立ったままではなく、近くの縁側に座って、だ。
はぁ、と吐き出す息が白く宙に浮かび消える様を何度か繰り返してから、私は目を閉じる。私の目蓋に浮かぶ容保様の面影は、すぐに山南、沖田、土方と入れ替わって、最後に芹沢の最後を映して消えた。
ーー恋なんて、できるわけない。
それはもうずっと前に決めたことだ。はっきりと決めたのは、やはり父様の死からだけれど、それ以前からぼんやりと考えてはいた。
影巫女の役目は表と違って終わりがない。次が育たなければ代も替われず、結果相当に長生きをすることになるらしい。それは江戸幕府の興る遥か昔、千年よりもさらに昔、神代の時より続く連綿とした呪いだ。
過去の巫女たちがどうしたか知らないが、私は置いて行かれることがわかっているのに、誰かに心を渡すようなことなど考えられない。母上はそうして父上と共にいたというけれど、いつもいつも寂しそうだった。ーー結局、母上は父上を置いて、先に逝ったのだけど。
「よしえやし来まさぬ君を何せんにいとはず吾は恋いつつ居らむーー」
私の口を付いてでたのは、母上から聞いた万葉の歌の方だった。母上は最後まで父上を愛していたけれど、その気持ちが私には今もわからない。
今の私にわかるのは、この場所が、新選組な何よりも大切で守りたいということだけだ。
「……浅葱……」
思いついた色を口にして、私は考える。近藤がずっと前に言っていた、新選組の色、だ。それはおそらく容保様も知るところだろう。
「鈴花ちゃんなら、持ってるかも」
浅葱色の紙を容保様への返事としようと決めて、私は鈴花を探しに歩き出した。
返歌の中身は、書かない。送るのは浅葱色の紙一枚。ただそれだけだ。浅葱色と共にあることが願いだと、だから貴方の想いには答えられないと、容保様は気づいていてどうするだろうか。
「ふふっ」
それを想像するのは楽しくて、私は思わず口元をほころばせていたのだった。
本来のイベントでは鈴花が原田に手紙に使う紙を選ばせるという無茶ぶりで。
裏イベントとして考えていたのも、表巫女に手紙を送る予定だったのですが。
何故か書きだしたら容保様からの恋文になりました。なぜだろー?
リクエストのないイベントは、ほぼゲーム進行とは別のイベントにしてます。
いわゆる「裏」と書いているのは、ゲーム進行を本来のゲームヒロインにまかせて、こちらのヒロインは別のイベントを…というわけです。
リクエストがあった場合は、全力でゲームイベント通りに甘くします。善処します(え
既に裏イベントとしてものでも、リクエストは随時受け付けておりますー。
(2012/11/01)