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書名:Routes -3- adularia
章名:本編

話名:Routes -3- adularia - 57#-59#(完)


作:ひまうさ
公開日(更新日):2013.12.1 (2013.12.10)
状態:公開
ページ数:5 頁
文字数:9563 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 6 枚
57#よくある帰郷
58#よくあるフォロー
59#よくある名前

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p.1

57#よくある帰郷



 眠りの時間は、回復の時間だ。だから、夢の一つぐらいはみると思ったのに、案外に深い眠りは私に何の夢も見せなかった。

 そして、平和な鳥の鳴き声で目を覚ました私は、幼い頃から見慣れた天井に何一つ疑問を抱くことなく、ベッドから出て、いつもの男物の服に着替え、髪を整えるための細長い白布を一枚手に、階段を居りて、居間へと居りた。

「おはよー、マリベル母さん」
 こちらに背を向けて、食事の支度をしているマリベルに朝の挨拶をして、洗面所へと向かう。歯を磨いて、顔を洗い、長い髪を櫛で梳かしてから、持ってきた細長い布で一括りにまとめる。

「……ん? んー……」
 何か変だなーと思いつつ、居間に戻る。

 同時に、家の扉が乱暴に蹴り開けられ、私は慣れた暖かさに包まれた。

 そう、か。ファラは、私をここに帰してくれたのだ。そして、いつも通りであるようにしてくれたのは、おそらくマリベル母さんだ。でなければ、心配性の彼らが側にいないわけもない。

 私は小さく笑って、マリベルの身体に両腕を伸ばして、抱きしめ返した。

「ただいま、母さん」
 ぎゅうと強く抱きつき、深く息を吸い込む。ああ、本当に帰ってきたのだと、じわじわと喜びに身体が満たされてゆく。

 旅に出るときに帰ってくるとは言ったものの、自分でも本当に帰れるとは思っていなかった。だから、何度もオーサーを追い返した。

 女神の宣言をした時、やっぱりと覚悟もした。二度と、優しい時間が戻らない、平和で暖かな時間に戻れないことを覚悟していた。

 でも、やっぱり私はここに「帰りたかった」。

「アディっ!」
 戸口から聞こえたオーサーの声に顔をあげようとしたけれど、ままならなくても。

「やっと起きたか、アディ」
 呆れたようだけれど、気遣いの滲むディの声にも、動けないままでも。

「おかえり、アディ」
 なによりもマリベル母さんの腕の中が心地よくて、私は子供のように泣くことを堪えられなかった。



p.2

 落ち着いてから、私は私が眠った後の話を聞かせてもらった。マリベル母さんの用意してくれたシチューとパンを食べながら。お腹が空いていたので。

 一緒の食卓についているのは、オーサーとディと村長ウォルフ(父さんと呼べと言われたけど、直ぐには無理と返したら拗ねた)と、何故か青年の姿のままのファラだ。

「アディが眠った後、ファラは何も言わずにアディを隠しちゃったんだよ。どこに行ったか訊いても全然答えてくれなくて。でも、ディが大丈夫って言うから、僕らはフィッシャー様の魔法で塔を出て、殿下の私室に移動させてもらったんだ」
 オーサーが説明してくれるのを聞きながら、私はシチューを食べている。美味しい。

「リュドラントとの戦は、とりあえず今はない。てか、リュドラントの王様が急死しちゃったらしくて、騒動の真っ只中だって。一部でも、女神の逆鱗に触れたとか言われてる」
 それはもしかすると、私の宣言のせいだろうか。

「それもあるけど、元々ルクレシアは女神信仰の総本山だからね。これ以上の戦で傷つくことを恐れた女神が、野心ある王を呪い殺したって噂になってる」
 女神が呪い殺すとか、なんだそれは。女神にそんな力はないっていうのにね。

「それを知ってるのは女神関係者だけだから。普通は知らないからね」
 そーだねー。

「アディの系統については、ナルが、あー、女神神官のナルサースク様が証明出してくれたよ。流石に元王子の証明でもあるから、これで誰にも疑われることなく、アディはここに居られる」
 オーサーが言うと、ウキウキと足元を弾ませながら、マリベルが手の平サイズの金属板を渡してくる。書いてある系統は偽物だろうけど、一応目を通す。

「へー、女神のーー兎?」
 なんだこれ、と私が首を傾げると、ディが苦笑しつつ教えてくれる。

「あの時イェフダの持ってた黒い魔石が砕けただろ。その時にだな、黒い兎を見たんだと」
 黒い兎、ねぇ。女神関係者だけど、眷属でも何でもないよってことにしてくれたのか。

「でも、王族って扱いにはなるよ。非公式だけど」
 突然会話に割り込んだ声に戸口を見ると、戸を開けるヨシュと大きめの紙袋いっぱいに収穫したばかりの野菜を抱えた青年が立っていた。どこか見覚えがる気もするが、思い出せない。

 着ているものは庶民とはとても思えないほど豪奢な金の刺繍飾りがついた制服のようなもので、背中の中程までの白いマントを肩当てで止めている。

 金の細い髪が風にふわりと流れ、戸口から差し込む光が後光のように青年を照らす。

「……お早いですわね、シャットヤンシー殿下」
 やんわりと、だが咎めるような口調で私の前に立ち、遮るのはマリベルだ。

 て、シャットヤンシー殿下ってことは、もしかして、王子様ってことか。その人にマリベルが歯向かうとかって、まずいんじゃないか。

「さっきラリマーから、目覚めの兆しがあると報告を受けて、急いで来たんだ。あの時は挨拶もまだだったからね」
 私の前シャットヤンシー殿下が歩いてくるが、マリベルは動かない。

「アディは、私の娘です」
「わかっているよ、マリベル。連れて行くわけじゃないから、挨拶ぐらいさせてほしいな」
 しぶしぶとマリベルが私の前から隣に移動する。そうすると目の前にシャットヤンシー殿下が片膝をついて、騎士の礼をとって。

「はじめまして、女神アデュラリアの器であられた眷属殿」
「っ!?」
 スプーンを咥えたまま固まっている私に、ディの苦笑が届く。

「殿下、アディが困ってる」
「……従者殿」
「それから、俺のことはビアスでいいって、何度言わせんだ。わかったら、さっさと席につけ」
 こっちだと自分の隣を指すディに頷き、立ち上がったシャットヤンシーが離れてゆく。その背中を見ながら、見覚えがあるような気がする、と再び考えていると、オーサーから教えてもらえた。

「……あの神官様でしたか……。もしかして、私が女神の力を使ったから、様子を見に来てた?」
「そうです。元々ここにマリベルがいるのは知っていたのですが、彼女は神殿を出る前に大部分の力を失っていたので、別の者ではないかとナルが」
 椅子に座ったシャットヤンシー殿下の前に、マリベルがそっと湯気の立つカップを置く。

 同時に、戸を叩いて飛び込んできたのはラリマーだ。

「マリベル様、お願いしますっ」
「あらあら」
 今までの何事にも動じないラリマーにしてはずいぶんと息を荒らげて、荒々しい。てか、衣装もシンプルなドレスっぽいものに変わっているし、頭には真白いベールをかぶって、神殿の巫女のような様相だ。

「何故逃げるのですか、ラリマー?」
「うわぁぁぁっ」
 私の座る椅子の後ろに隠れたラリマーは、小さな子どものようにふるえている。次いで戸口から現れたのは、見慣れた蒼衣のフィッシャーである。表情は締まりなく、にやけている。

「だから、俺は違うって言ってるっ! アンタの探しびとじゃないから、さっさとどこかに消えてくれっ」
「懐かしいですねぇ、リンカもそうやって、逃げまわっていたんですよ」
「違うって言ってるだろっ」
 ラリマーの言葉遣いが乱暴になってるよ。目を丸くしている私に、堪えきれない様子でディが吹き出す。

「フィッシャーはラリマーがリンカ王妃の魂をもっていると、確信しているんだと」
「え」
 たしかにそうかもしれないけど、と私はラリマーを見ると、彼女は雨に濡れた子猫のように震えている。

 ……うん、気持ちはわかるわ。怖いよね、変態な上に、次元を超えたストーカーだもんね。

「ラリマー」
 泣きそうな声音のフィッシャーの声に、ラリマーはしかし両目を閉じて震えている。

「あの後、ラリマーは正式に女神の眷属として神殿に迎えられることになったんだ」
 おめでとう、と言おうとして、私は彼女を見て、やめた。

「……大丈夫、ラリマー?」
「大丈夫、じゃありません。も、その変態をなんとかしてください」
 涙目でこちらを見上げてくるラリマーは年上だというのに、とても愛らしい。そうだよね、変態は問題外だよね、と頷いた私はフィッシャーを振り返る。

「フィッシャー、帰って」
「嫌です」
「ラリマーのことなら、心配ないよ?」
「嫌です。せっかく今生で会えたというのに、手放すわけがないでしょう」
 どうしよう、この変態。悩んでいると、マリベルが私達の側をすり抜け、フィッシャーをあっさりと追い出した。

「何をするんですかっ」
「話が進まないので、外に出ていてくださいね」
 マリベルに逆らえるものなどいないというのは、どうやらこの村限定ではないようだ。

 苦笑しているシャットヤンシー殿下が言う。

「私が来たのは、アデュラリア嬢の意識が戻ったことを確認するためだが、ラリマーには別な目的もあるようだね」
 フィッシャーがいなくなった後のラリマーは元の様子に戻り、神妙に頷いている。さっきの幼い女の子みたいなラリマーも可愛かったけど、やはり彼女はこの方がいい。

「私はアデュラリア様に新たな名前を授けるために参りました」
 思いもよらないラリマーの言葉に、私は思わず彼女を凝視した。

p.3

58#よくあるフォロー



 ラリマーの申し出に驚いたのは、私だけだった。

「アディに新しい名前?」
「ええ、その名前は女神アデュラリア様のものですから。ただし、本人がそれを望むのであれば、もう一度新たな名前として儀式を行う必要があります」
 どういうことだろうと、首を傾げる私たちに対して、マリベルだけが頷く。

「ラリマーさん、と言ったわね。アディは真実、女神の器となっていたのだから、二つ名を名乗ることを許されるということなのね」
 マリベルの元にラリマーが頷く。

「新しい名前とアデュラリアの名前、どちらも持つことができるということよ、アディ。でも、貴女がそれを望まないのならば、名乗ることはないの」
 しかし、アデュラリア以前の名前を私は持っていない。リーダーにはなんと呼ばれていたか、もう覚えていない。

「アディがアディでなくなるなんで、僕は嫌ですっ!」
 あれ、なんか唐突にファラが出てきて、私をがっちり抱きしめてきた。

「名前が変わってもアディはアディよ?」
 マリベルが言っても、小さい時と変わらない様子で、大きな瞳からボロボロと大粒の涙を流しながら、首を振っている。

「僕のアディは、ずっとアディのままでいてほしいんです」
 数秒の沈黙の後で、オーサーが椅子を倒して立ち上がった。

「何が、僕のアディだよ! ファラ、お前はただの守護妖精だろうが!! アディから離れろ!!」
「嫌です~っ」
 私を挟んで騒ぎ始めた二人に、私はひっそりとため息をつく。なにこれ、何がどうなってるの。

 つか、オーサーが二人になった気分だ。つまり、弟分が増えた。いや、ファラは最初から同じくくりだし、単に図体が大きくなっただけか。

 結論、何も変わらない。

「母さん、お願いがあるの」
「なあに?」
「新しい名前、一緒に考えてくれる?」
「もちろんよ!!」
 するりと二人の間を抜けだした私を、マリベルが強く抱きしめてくれる。あー、癒やされるなぁ。

「……アディ、と、父さんとも一緒に考えないか?」
 恐る恐るといった調子で訪ねてくるウォルフ尊重を横目で見て、それからマリベルを見る。

「んー……仕方ないから、いーよ、父さん」
 そして、大喜びの村長は、煩く騒いでいるオーサーとファラを家から追い出した。

 お父さんと呼ばれて大喜びするのはわかっていたけど、まさかその流れて王子様とディまで追い出すのは予想外だったかなー。

 シャットヤンシー様とディは二人で話すことがあるとか言って、快く出て行ってくれたけど、あれ絶対気を使われたよね。

「村長、やり過ぎ」
「あれ!? もう父さんって呼んでくれねぇのかっ?」
 泣きそうな勢いですがりつかれそうになり、私はすかさずマリベルとラリマーの後ろに退避。

「アディ!」
「鬱陶しい……」
 村長を宥めるマリベルの声を聞きながら、私は密かに溜息をついた。

「ラリマー、そういえば、イェフダ様ってどうなったの?」
 ふとここまでオーブドゥ卿の姿がないことに気が付き、私は彼女に問いかけた。彼女は少しさびしそうに微笑んで、教えてくれた。

「操られていたとはいえ、女神に刃を向けてしまった咎で、現在は幽閉されておられます。その……アデュラリア様には深くお詫びいたしますとの伝言を承りました」
 話によると、本当は死罪となるところであったのをフィッシャーや王子達の尽力で幽閉ということになったらしい。一応、札を使うこともできないように術を施されたりされているが、本人は全く逃げる素振りもなく、慎ましく過ごしているということだ。

「そっか……」
「あ、の……本当に本来のイェフダ様は剣を持つこともない、穏やかな気質の方でして。女神のこととなると異常な探究心を見せますが、それはただの女神馬鹿といいますか!」
 慌てた様子でフォローするラリマーに、私は苦笑する。

「うん、知ってるよ」
「え?」
「イネスの孤児虐殺を止めたのは、イェフダ様でしょ? だから、そうじゃないって、知ってるよ」
 目を見開いたラリマーに、私は小さな笑いを零す。

「別に啓示を受けたとかじゃないから。ただね、風がね、時々噂を教えてくれるの。あの時の貴族や神官たちがどうなったかとか、ね」
 おせっかいなことに、そういったことを教えてくれたのはファラだった。私は彼にそういった話をしたことはなかったはずなのに、時々教えてくれる噂話の中に混ぜて、ひっそりと。

「……元々、風の加護がお有りなのですか……」
「私にはなかったよ」
 首をふると、ラリマーは首を傾げる。でも、私はその答えを教えるつもりはなかったから。目の前の夫婦に目を向けた。仲が良い、この二人の子供になることができるのは、私にとってとても嬉しいことだ。

 私が風の妖精ファラと出会ったのは、マリベルに村に連れて来られた日だった。そして、彼を通して風の加護を受けたといっても、それは本当に笑ってしまうほど微々たるものだったのだ。なかなかファラが成長しなかったから、本当の本当に気休めで、私にとっては庇護の対象でしかなくて。

「私の事より、ラリマーは大丈夫なの? 眷属なんて、やりたくないから隠れてたんでしょ?」
 私が問うと、彼女はほんの少し頬を紅潮させて、首を振った。

「別に隠れていたわけではありません。私はイェフダ様の執事ですから」
「言えば、イェフダ様喜んだでしょうに」
 私がいうと悲しそうに瞼を伏せる。

「それはそうなんですが」
 言葉を濁すラリマーは、私が今まで見たこともない「女」の顔をしていて。鈍い私でも、それが何を意味するのか気が付いた。

「……眷属の命には限りがあるよ。だから、私達は悔いを残しちゃいけない。そうでしょ?」
 目を見開いたラリマーが、慌てた様子で私を見る。それに、私は自分の口元に人差し指を当てて、静かに微笑んだ。

「アデュラリア様は……」
「私はもう、十分幸せだよ。だから、次はラリマーの番」
 薄っすらと目元に涙を浮かべた彼女は、誤魔化すように目を閉じた。

「ーーあり、がとう、ござい、ます……」
「問題はあの変態賢者だよね」
 私がわざとらしくため息をつくと、彼女はぶるりと身を震わせ、自身を抱きしめた。想い人が居るのでは、フィッシャーの想いは迷惑でしかないだろう。

「ああ、そうだ、いーこと思いついた」
「え?」
 ニヤリと口端を上げて、オーサーいわく企んでいる顔を作る私を、ラリマーが不思議そうに見つめていた。

p.4

59#よくある名前



 廃墟のような小さな神殿は、今日も今にも消えてしまいそうな気配を漂わせて、村で一番高い丘の上にあった。ここから一望する村は、一面緑の芝生に覆われて、人の通りの多い場所だけが少しばかり舗装された道になっている。

「アデュラリア様」
「様、はいいってば」
 神殿の中心にはラリマーが立ち、私はその前に跪く。頭の上に乗せられる彼女の手は、ほんのりと暖かだ。そして、私達の二、三歩離れた場所でマリベルと村長が寄り添って立っている。神殿をぐるりと取り囲んでいるのは、オーサー、ディ、シャットヤンシー様に、フィッシャー。それに、村の大人たちだ。この小さな村のほとんどがここにいる状態である。

 私が俯き、目を閉じて、彼女の宣誓を待つ。

「では」
 ラリマーが静かに宣誓を始める。

「女神の眷属として、私ラリマーがここに女神の力による宣誓を行わせていただきます」
 静かで穏やかな空気に、よく通るラリマーの声が朗々と響く。

「この者の新たなる名は?」
 ラリマーが問いかけたのは、マリベル達村長夫妻に対してである。これも私が彼らに頼んだことだ。



 名付けは理を縛るもの。私は私を縛るのは彼ら二人であることを望んだ。



「リンカ・アデュラリア・バルベ―リ」



 ざわりと動揺する空気の中で、神殿を中心としたごく狭い範囲が暖かさに包まれた。



「わ」
「……すげぇ……」
 何が起きているのかわからないけれど、目を閉じたままの私の頭に、暖かな手が三度触れる。



ーー良いのか、小さなアディ?



 それはラリマーの声のようでいて、どこか違う響きで空間を支配する。



ーーリンカの名は、妾より重い。それでも、望むか。



 申し訳無さそうな声は、しかし嬉しそうでもある。



「はい」
 だけど、私は自分で決めたことだから、もちろん覆すつもりはない。

 不思議な声は、そうか、といって、それからふわりと私の頭を撫でて、去っていった。



 少しの間、周囲は静寂に飲まれていて。私はラリマーに手を取られて立ち上がらせてもらうまで、目を開けることもなく余韻に浸っていた。

「……ごめんなさい、アディ。それと、ありがとう」
 私を抱きしめ、小さく耳元で呟く言葉は涙が滲んでいたけれど、身体を離して見た彼女は嬉しそうに笑っていた。今まで見た中で、一番綺麗なラリマーの笑顔に、私も思わず笑顔になる。

「幸せにならなきゃ、承知しないからね」
 無言で頷くラリマーから、私は踵を返して、マリベル達の前まで移動する。

「やっと、マリベルの娘になれるよね」
「ええ、やっと、ね」
 嬉しそうに笑って、マリベルが抱きしめてくれる。

「でも、最初から、私があなたを見つけた時から、貴女は私の娘よ。誰がなんといっても、アディは私の娘だったわ。ね、ウォルフ?」
「ぅ……」
 マリベルの腕の中からウォルフを見ると、顔中から液体が流れでて、ちょっと低レベルで感動の渦に居るようだ。

「父さん、顔拭いて」
「うぉぉぉおおおおおおおおっ! アディが! アディが、俺を父さんと!!」
 これまでも何度か呼んでいるのに、いつになったら慣れるのだろうか、と苦笑しつつも私も嬉しくて顔が緩んでしまう。

「僕は絶対、姉さん、なんて呼ばないからねっ」
 近づいてきたオーサーに、私は苦笑する。

「あはは、呼ばなくてもアンタは最初から私の弟だから。今更変わるわけ無いでしょ、オーサー」
「っ」
 何故か悔しそうなオーサーの後ろからディが近づいてくる。と、私とディの前に、ウォルフが立ちふさがる。

「おっと、家族水入らずのところに、てめぇの入る余地はねぇからな」
「祝いぐらいは言わせてくださいよ、ウォルフ村長」
「てめぇの祝いはいらねぇ」
「……団長……」
 疲れた様子で言い合いをする彼らをするりと抜けて、フィッシャーとシャットヤンシー様がラリマーの側へ行く。

「ラリマー、先ほどのは、いったい……」
 動揺がありありと見て取れるフィッシャーの背中と、じりじりと後付さるラリマーの様子に、私はマリベルの腕から抜けださせてもらって声をかける。

「もうラリマーの中にリンカ様はいらっしゃらないよ、フィッシャー」
「な、何故ですか……っ?」
「元々欠片だからね、より強いリンカの力に集まるのが当たり前でしょ?」
「意味が、わかりませんよ、アディ」
「器だった私が名前をリンカに定めたから、これからリンカの欠片は私の集まるよ。たぶん、来世であれば、もうちょっとわかりやすくリンカを継ぐ子が出ると思う」
「こ、今世では?」
「んー、私が出会ったリンカの欠片はラリマーだけだから、無理かな」
 しばらく何かを考えこんでいる様子のフィッシャーはほうっておくことにして、私はシャットヤンシー様に頭を下げる。

「ラリマーのためにも、一日も早くイェフダ様の解放をおねがいしますね」
「危害を受けた君が言うのか」
「そうですよ」
 微笑んだ私の顔に何を見たのか、シャットヤンシー様は溜息をひとつつく。

「女神の関係者はいつも頭が硬くて困るよ。まあ、宗教ってのはそういうもんなのかもしれないけど」
「……シャットヤンシー様」
「次はもっと平和に会いたいな。兄も君に会うのを楽しみにしてるんだ」
「え、あー……」
 王城にこい、って言ってるのだろうかと困惑していると、オーサーに後ろから抱きつかれる。

「ナルには絶対会わせませんっ」
「楽しみにしてるのに」
「絶対、ダメです! アディを着飾っていいのは、僕と母だけですからねっ?」
「はははっ、わかった。伝えておくよ」
「伝えなくていいですっ」
 次期王位継承者と対等に言い合いする弟に苦笑していると、辺りにウォルフの声が響き渡った。

「野郎共、今日は祝いだーっ!」
 応える村人たちの声と、そして私の背中を押す誰かの手。



「貴女の残りの日々が、幸せでありますように」



 ラリマーとマリベルの泣きそうな笑顔に、私は満面の笑顔で応える。



「はい!」



 駈け出した私はウォルフの腕に抱え上げられ、その肩に座って広場へと歩いてゆく。周囲には見知った気安い大人たちばかりで、紛れるようにディとオーサーがいて。

 そうして、皆がここでとても楽しそうに笑っている。



 ここが私の望む場所。皆が笑顔で要られる場所。誰にも、壊されない、幸福の形。



p.5

 一年後の状況。

 ラリマーは女神の力を使えなくなったとされて、神殿を辞することになる。その際、幽閉から国外追放という形になっていたイェフダに仕えることを望むが、流石に元眷属を使用人にすることはできないと断られる。色々あって、二人は無事に婚姻関係を結ぶ。

 フィッシャーは、ラリマーがリンカでなくなることについて、悩んだ末に旅に出る。その際に立ち寄った遺跡で精霊王と再会し、再びの契約を結ぶ。

 オーサーはミゼットでの幼馴染であった、パン屋の娘に口説き落とされ、婿養子になる。

 シャットヤンシーは隣国の王が亡くなったのを機に、裏から手を回して、元王族であった男を支援し、王位へとつかせる。目的は、侵略阻止と平和維持のため。

 ナルサースクはラリマーを女神の眷属の地位から辞する時に、協力。実はイェフダを国外追放で留めさせたのも彼の手腕。色々と裏から手を回しているけれど、相変わらずシャットヤンシーを支持して、いろいろと暗躍する。

 アディは、ずっと村にいる。もちろん、ディもそばにいる。二人の関係は変わらない。



「ディ、あのね、もう私のことは守らなくてもいいから、ハーキマーさんを幸せにしてあげて」
「…………」
「私は二十歳を待たずにいなくなる、と思う。本当はあの時に終わっていたはずの命をラリマーがほんの少し伸ばしてくれただけだから、それは仕方ないよ。だからね、ディも私から離れて、幸せになってほしいんだ」
「……アディ」
「でも、強制はしない。ただ、私が誰かの想いに応えることはもうないから。それだけわかっていてくれるなら、いてもいいよ」



 二人だけでそんな話をしたこともあったけれど、ディはずっとアディのそばにいることを選んだ。

 フィッシャーはアディの命を繋ぐ方法を、契約した精霊王と共に調べていたけれど、それを待たずにアディは世を去った。その翌日から、ディは再び旅に出たという。女神を探す、永い永い旅へ、と。

あとがき

ちょっと駆け足になってますけど、次辺りで終わりです。
もう少しお付き合いください。
(2013/12/01)


あと一話ぐらい、かな?
フィッシャーが報われないことが確定とか。
どうしましょうね、これ。
でも、最初からラリマーは主一筋ですから。
(2013/12/7)


これにて、アディ編は完結です。
長々とお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
今回反省点盛りだくさんですね。飽きるとかね!(おい)
あと、リンカと王子が好きすぎですね。
何度かあちらに脱線しました。
二人が濃すぎるからいけない。


次回というか、リンカとアディの間に書いていたキャラを書くかどうかが問題です。なにせ、元盗賊団首領とか、どんな設定だ、おい。
リンカの時代の女神の末裔ということになりますが、いい加減ヒロインが不幸設定も飽きてきたので、普通に普通で、ちょっと変わったヒロインも書いてみたいです。
となると、もっともっとあとの時代に移動しないとなぁ…。ぶっちゃけ、一度世界が滅亡するぐらいがいいかと思ってしまいます。
そして、遺跡のように巨大ロボットが発掘されて「おひげのロボットが!」とか(まてこら)


以下、蛇足の補足の補足なので、ちょっぴりネタバレです。




















 ……最後の最後に蛇足した状況を鑑みるに、これって、ディEDになるんだろうか。しかも、バッドエンド。どうなのそれ。
 オーサーは旅の影響で逞しくなったところを幼馴染に見初められ、熱烈な求婚をされたうえ、強行突破されて、婿入り(とかが楽しいなぁ)と勝手に妄想しています。夢の中で抗議されそうだな。
 賢者は結局報われない人。カワイソ―。そして、今回一番得なのはイェフダですね。宝石の魔力に操られたとはいえ、最終的に元女神の眷属ゲット。いえーい。


 最終的にアディが誰を好きだったかどうかは、マリベルなのかなぁと思っています。あと、次点で実はウォルフ。パパ大好きだけど、恥ずかしくてパパって呼べない!とかがなにげに萌える(え