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書名:シリウス・ブラック
章名:読み切り

話名:日常風景


作:ひまうさ
公開日(更新日):2003.9.29
状態:公開
ページ数:3 頁
文字数:5054 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:///ミヤマ/リサ
1)
似非家族

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p.1

 早朝より一足早めのひそやかな鳥の声に、私は起こされる。

 今日も素敵な一日の始まり!

 などと私が思うわけもなく。気だるさの残る身体を引き摺って、適当な服を引っ張り出し、キッチンへ向かう。

 本日の食材を探すものの、籠に入った卵が数個と昨日焼いたロールパンが1籠分だけ。

「…足りない…」
 絶望的に呟く自分の声もだるそうで、もう別に朝食なんかどうでもよくなって。部屋に戻って、布団を被って眠ってしまおうと考える。人間1食や2食抜いたぐらいじゃ死なないし。

 そう考え始めると気分も楽になって、時計を見、まだ時間もあるコトを確認し、居間のテーブルの上に羊皮紙と羽根ペンとインクを準備する。

 さて。うちのペットどもにはなんといいわけしよう?

ーー本日休業。

 別に店でも無いし、勝手に食べに来るだけな野良だし。

ーー微熱あり。

 普段のやつらの言動からするに、何をされるのかわかったものではない。この家がめちゃめちゃにされるのだけは避けたいものだ。

「む~~~~~」
 羽根ペンの先からインクが零れる。それがじわりと広がって、不思議な文様を映し出す。

ーー夢見が悪い。

 理由にならんな、これじゃ。

「なにしてんだ?」
 小さく舌打して、表情筋を総動員して、笑顔をむけてやる。

「私、今日はお休みね。シリウス」
「は? メシは?」
「各自で」
 隣に座る影とも光ともつかない男に身体を預ける。自分のものではない他人の穏やかな鼓動は、収まりかけた眠気を誘い出すには十分だ。

「各自でって、おい」
「ハリーとリーマスにもいっといてね」
「ここで寝るのか?」
 ココで。ここってどこだとぼんやり考えたが、起きるのも億劫だ。動く気がしない。

「んー、部屋、連れてって」
「了解」
 世界が回る感覚に吐き気を覚えつつ、両手で胸を抑え、堪える。背中と膝の裏には強い腕があるから、おとされることはないだろう。

「あれ、シリウス。リサ、どうしたの?」
「今日は休みたいんだと。リーマスにもいっといてくれ」
 ハリーの声に目を開けようとしたが、もう目蓋が開くことを拒否してる。

「ハリーぃ」
「心配すんな。自分らでちゃんとするし」
「悪ぃ」
「別に今に始まったことじゃねぇしな」
 心地好い震動は子守唄と同種の魔法で、深く意識が混濁して行く頃、ふかふかというより堅いベッドの感触で、反射的に目を開く。反射という割にはかなりゆっくりとだが。

「欲しいもんは?」
 間近の曇り空は柔らかく笑っている。私の、大好きで、大嫌いな人。無言で睨みつけてやると、苦笑を残して部屋を出ていく足音が残った。

 額に手をやる。一瞬だけ触れた熱が、身体中を巡って、気だるさが嘘のように消えて行く。低血圧の私には丁度良い熱だったというのか。

「~~~~~っ!!!」
 冷静になって見まわさなくても、ここは私がシリウスに宛がった部屋でその部屋には当然、住人の香りが残り、布団に包まっているとその腕に包まれているみたいで。その心地好さに不機嫌なんて飛んで行ってしまう。

「あ」
 扉に近づいてくる気配に、慌てて私は寝たふりをした。今日は何がなんでも食事を作らない。外には出ないと決めているのだ。



p.2

(シリウス視点)



 キッチンに行って、リサが「本日休業」を宣言した理由はわかった。食材がない。なさすぎる。一体いつ買いものをしていたのかがわからない。気分が良ければ買い物に出るのかもしれないが、何がなんでも休みたいというあの様子からして、今日は十中八九雨が降る。これはもうどうしようもないぐらいの確定事項で、13年経っても変わっていない。

「リサ、病気なの?」
 心配そうに見上げてくる親友そっくりの忘れ形見の頭を軽く叩き、心配ないと微笑んでやったものの、問題は彼女よりも本日の食事だ。ハリー一人ならどうとでもなりそうだが、俺とリーマスまでこの家にはいついてるから、足りないとはっきりみてとれる。

「僕、何か作ろうと思ったんだけど、」
「心配すんな。たいしたことじゃねぇ」
「何もないよね、ここ」
 どうやら、彼もキッチンの中を探しまわったらしい。

「ルーピン先生はまだ起きて来ないし、僕何か買ってくるよ」
 1年間教わったというだけあって、ハリーはリーマスを、先生、と呼ぶ。それに慣れない分、俺は苦笑しか返せない。

「おい、ハリー」
「なに?」
「金は?」
 ニッと笑う姿は亡き親友と寸部も変わらない。

「シリウスと違って、僕は無駄遣いしてないから」
「あぁ? 俺がいつ無駄遣いしたよ」
「誕生日プレゼントなんて、一気にくれなくてもいいのに」
 ハリーが言っているのは、昨年送った最新最速の箒、ファイアーボルトのことだ。あれに残された俺の全財産を注ぎ込んでしまったおかげで、現在文無しの俺はリサに飼われている。

 ちなみに、ハリーは一緒に暮らすようになってから、毎月リサから「給料」を貰っている。毎日リサの手伝いをするという条件で働かせてやっているといえば聞こえは悪いが、彼女も親友たちの忘れ形見を無知なマグルの家に置いておきたくなかったのだろう。

「嬉しかったけど」
 小さなつぶやきを残して、慌ててハリーが出て行く。二つのドアの音がしたのは気のせいだろうが、耳まで赤くしていたのは間違いないだろう。それだけハリーが優しさに慣れていないともとれる。

「はよ、リーマス」
「今出てったのは、ハリー?」
「ああ」
「なんで?」
「リサは本日休業だと」
 どさりとソファーに座り、杖を一振りして湯気の立つカップをだすリーマスは、そうかとただ頷いた。彼にとっても、これは慣れたこと。

「ふぅん。じゃ、雨降るんだ」
「だな」
「ハリーは知ってたっけ」
 そういえば、彼が来てから誰か説明しただろうか。そもそも彼女本人が説明するなどということはありえないし、雨が降るのは初めて、か。

「この天気で、雨が降るとは思わないよね。もしかして、傘持ってかなかった?」



「マジで、バカ犬ね」



 もう1つの扉の音と、俺の叫びは同時。頭を抑える俺の横を素通りして、先ほど俺の部屋に運んだリサは平然とリーマスの向かいの椅子に座った。

「おはよう、リサ」
「はよ、リーマス」
「飲む?」
「ダージリン。ノンシュガーでね」
 痛がる俺の前でにこやかに交される日常会話。

「もう大丈夫なの?」
「心配しなくても、これ飲んだら寝る」
「僕の部屋で?」
「言ってろ」
 苦笑を返すリサを後ろから抱きしめる。

「あ~ぁ、ハリーがいないと思って」
「いてもいなくても盛るなっつの」
 口で悪態をつきながら、リサは普通にキスに応える。それもまた日常風景。

「僕、ハリーと食材買ってくるよ。傘も持ってってあげないとね」
 苦笑混じりの声を2人で聞きながら、扉が閉まって、気配が消えるまで、ずっとただ重なるだけのキス。

「ふふ、かわんないわね~」
「なにが? そろそろいいか?」
「ここじゃダメ」
 深いキスをしようとしたところを強い声と笑顔で制止される。これで幾度止められたことか。無理にやってもこいつにはきかねぇしな。

 妙にご機嫌な彼女の身体を抱えあげる。学生時代と変わらない重さは、ただ細さから来るのではないかもしれない。今もまた胸を抑えて目を閉じて。彼女を抱える時はいつもこんな風で。ずっと変わらない。抱きかかえられるのが苦手なわけではないと、言っていたが。今だその理由を聞いたことはない。こうしているときの彼女はとても神聖なもののようで、侵しがたい天使、てそんながらじゃねぇな。

「ご飯食べたの?」
 俺の部屋を開けて、このベッドにこいつを連れてくるのは本日2度目だ。

 堅いベッドの上でリサは幸せそうに微笑む。昔みたいなふかふかのベッドってわけにもいかないけど、それでもこいつは怒らない。

『この目の前に居るのが、ホンモノのシリウスならなんだっていいわ』

 風、というより猫。そんな存在。

「今から食うよ」
 わかっているのか、いないのか。ただ俺を見上げる瞳は柔らかく、甘いまま。

「ここで」
「やだ、寝る」
 にっこりと宣言されて、固まる。

「シリウスもハリーを迎えに行ってきて?」
 俺がうかつに外を歩けないと知っていて、こういうことをいうあたりも変わってねぇ。そこぐらい変わっていてもいいもんだろうが!

「私はここで寝てるだけで十分だから」
「俺が不満なんだよ」
 その不満をぶつけるように、今度は重ねるだけじゃなく、深いキスをしてやっても、こいつはただ受け入れるだけで、抵抗されてたことはない。

 どんな風に蹂躙しても、こいつは全部わかっているみたいにわらってやがって、そんで俺もそんなこいつがずっと好きで。

「ーーよく、忘れなかったよね~」
「お前の場合、幸福とは違うだろ」
「あら、私と居ても幸せじゃないって?」
「ろくな扱いされてねぇしな」
「ーー当然でしょ?」
 それでも、好きなんだけど。

「リサのは遠回りだからな。もうちょっと直接来いよ」
 ベッドの中で引き寄せて、直に触れ合う体温にただ俺は安心する。

「いやよ。そんなシリウスを好きみたいなことしたくないわ」
「好きなくせに」
「どっちがよ」
 そうして、両方の笑いがお互いの口の中に伝わってゆく。

 気だるい朝は、二人でこんな朝もいいかもしれない。



p.3

(リーマス視点)



「リサは大丈夫かな」
「気にする必要はないよ、ハリー。今日みたいな日はよくあるんだ」
 心配そうなハリーの頭を軽く叩きつつ、家路への歩みは止めない。

「え、それって…」
「雨が降る日はね、いつもこうなんだよ」
 それは素直じゃない彼女なりの精一杯の甘え。本人は決して認めないけれど。

「それにずっと、離れていただろう?」
「あ、そーゆーことか」
 ハリーなりに別な勘繰りをしていたようだけど、リサに限ってはそれはありえない。どんなに弱っていても気取られないようにする天才。それが、彼女。

「じゃあ今頃」
「思いっきり甘えてるんじゃない?」
「シリウス、ずるい」
 おや、と視線を下げると、少し不満げにしているハリーは足を速めた。

 どうやら、ハリーもリサのことが好きみたいだ。さっきは上手くかわされたけど、もちろん僕も。

「どうやって邪魔する気?」
 試しに聞いてみる。

「ルーピン先生こそ」
 思ったとおりの楽しそうな笑顔が返される。亡き親友と同じ笑顔には、もうひとつの笑顔も重なる。

「それじゃ、手始めに美味しい御飯でお姫様を連れだそうか?」
 たぶんそれぐらいじゃリサは連れ出せないだろうけど。気まぐれだけど、その気まぐれはいつもシリウスにしか向けられていない。それはもう学生時代から決まってて、誰にも勝ち目なんてないんだ。

『シリウスを好き? 冗談言わないで』

 シリウスが裏切ったという報せをしたときも、息せき切った僕に蒼白な顔で笑っていたリサ。

『私が好きなんじゃなく、アイツが私を好きなの。それなのに、アズカバンなんかであいつが死ぬもんですか!』

 精一杯の強がりは、ただシリウスを信じていて、裏切ったって言っても信じなくて。初めてリサの本当の心を見た気がする。シリウスを好きで好きで、どうしようもなく好きで、何があっても信じつづけるって気持ちを。

『あのバカ犬が、ひとりで淋しくなんて、死ぬもんですか』

 むしろ死なせてやらないと笑ってみせた、リサの瞳に涙が浮かんでいるのを見て、僕はリサを諦めることにしたんだ。そこまで信じて愛しているリサを、その気持ちを僕に向けられるなんて思えないから。でも、アズカバンは寂しいって理由で死ぬわけじゃないって、誰でも知っていることだけど、わざとかい?

『帰ってきたら、1日だって、思い通りになってやるもんですか!』

 どこかズれた誓いを胸に秘めて、帰って来ない人を待ちつづけて。決まり悪げなシリウスを無理やり引き摺ってきた僕に目もくれず、犬姿のシリウスを無理やりヒトに戻して。

『何年迷子になってる気なのよ!?』

 いやもう本人も何言っているのか自覚はなかっただろうけど、あれはかなり、笑えた。リサだから出来たことなんだろうけど、学生時代とまったく変わらない調子のリサに向かってシリウスはキスしようとして、噛み付かれてたっけ。

「ルーピン先生?」
「ほら、シリウスからリサを救い出すんでしょ?」
 怪訝そうなハリーの背を軽く手で押して、先を急がせる。

 しかし、どこが思い通りになってやらないんだか。やってることは結局学生の頃と変わらないじゃないか。

「くっくっくっ」
「???」
 こちらを振り返りかけたハリーが慌てて前を向いたのは置いておいて。

 朝っぱらから僕とハリーに買出しさせる輩はどうしてやるかな?



あとがき

ありえないとわかりきってるのに…!
貴重な休日をなんてものに私は費やしてるんだ!?
そんなわけで夢親子。ニセモノでスイマセン。
シリウスの甘い夢を書きたいけど、なんかだるくて。
その気分をまんま書きこんだとも言う。<ぇ。
てゆーか、マジニセモノ!
これ本当に、シリウスとリーマスとハリー???
すっげー自信ないです。
(2003/09/29)