同じ造りのはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。
「おーい」
波打ち際で遊んでいる彼らに手を振り返す私がいるのは、ごつごつとした岩場だ。ハーフジーンズの素足を投げ出し、手元の溶けかけたアイスカップを傾ける。温いのにわずかに冷たく、特有の濃い甘味を伝えてくるバニラアイスは、脳に程よい刺激を与える。カラになったカップを置いて、目の前の青い空と蒼い海の境目を探す。違う青だけれど、同じ青。どこまでも、ただ、青。世界に青しかなくなってしまったみたいな草原に手を伸ばし、そのまま身体ごと上にあげてゆく。そして、ひときわ大きな手に掴まれる。
同じ骨と皮で出来ているのに、どうしてその手が全然違うと思うんだろう。大きさのせいか?
マジマジとその手を見ていると、そのまま吊り上げるように立たされる。人並みに重さはあるほうなんだけど、その男は軽々とやってのけてしまう。
「はわっ 危ないよ、サエさん!! おち、落ちる~っ」
その手がそのまま突き出されそうになって、慌ててしがみつく。しがみついたとたんに引き寄せるあたり、わかっていてやったのだろうか。
「呼んでるのに全然気づかないんだもん。晴樹」
明るい笑い声が頭の上からするりと落ちて、くるくるふわりと私を囲んだ。
この人は佐伯虎次郎。なんでか皆に「サエさん」と呼ばれていて、私もそれが移ってしまった。サエさんはとても優しい顔で笑う人。サエさんはとてもお兄さんな人。
学校は同じで、クラスが一緒になったのは三年が初めてだった。初めて一緒になったクラスで、くじ引きでサエさんの後ろの席になった私は黒板が見えなくて、サエさんが替わってくれた。それからよく話すようになって、今日はサエさんの部活仲間と海に来ている。海開き前の海は入るにはちょっと冷たい。けれど風はとても心地好い。髪の一本一本の間を丁寧にすり抜けて行く。
風ではない不自然な流れに気がつくと、サエさんの大きな手が、額に当たって目蓋まで覆い隠して、世界を闇にした。暗いけど、心地好い闇。海の潮の香りとサエさんの気配だけの闇。
「気持ちイイ…」
心からそう思って言ったのに、サエさんからはとっても呆れた声が返って来た。
「…晴樹って、馬鹿だね」
「ぬぁっ? 急に何さ、サエさん!?」
つか、酷い。いきなり何の前振りもなく、馬鹿はないでしょ。サエさんの声に気がつかなかったからか!?
避難の目を向けている私の世界はサエさんを中心に、ぐるりと回転する。そして、今、とても近くにサエさんの喉仏が見える。ついでに言うと、空しか見えない。さっきまで見えていた海がサエさんの身体に隠れて見えない。
震動と共に、地面が揺れる。
「ぎゃ! 地震!?」
「岩場降りてるだけだよ」
「どっちにしても危ないじゃんっ 落ちる、降ろしてっ」
いつもよりも数段近くに見えるサエさんの顔の下からのアングルは、3割増どころか10割増にも見える。
「落とさないから、捕まって」
捕まる? 捕まった? 捕まえられてと、勝手に頭が連想ゲームを始める。
「攫われるの!? 助けて、バネさーん!! サエさんにさーらーわーれーるーぅ」
振動が止まって、空が丁度翳り、下を向いたサエさんとまともに目が合う。いつ見ても真っ直ぐなワタシ好みの目をしていらっしゃる。バネさんというのはサエさんの部活仲間で、なかなか爽やかなスポーツ少年だ。もちろん、サエさんも「爽やか」にいれていいけど。
「人聞きの悪いコト言うなよ」
いつもだったら、笑いながら返してくれるところ(怖いけど)。でも、今は珍しく怒った顔と声で、静かな怒りに私は身体を縮こまらせる。
「…ごめんなさい」
上目遣いに表情を覗うと、視線を外して、呆れたため息を付かれてしまった。
サエさんは顔が良いらしい。世間一般として。でも、私はそんなことにはまったく興味はない。でも、サエさんはとても優しくて、とても大らかな人だと思う。
だから、1ヶ月前に告白されて、正直に困った。
ーー同じクラスになれたし、こんなに近い席だし。
彼らしくなく、言い訳するような言葉で始まった奇妙な告白だった。
ーー麻生さんは好きな人いないみたいだし。
なんで知っているのかと思ったけど、自分の行動と言動を思い返せば簡単なコトだ。
ーーもしかしたら、俺のコト好きになるかもわかんないでしょ?
てか、本当にわかんないし。何を彼が焦っているのかも私にはわからないし。
ーー試しに、半年。お付き合いしてみない?
そんな風に始まったけど、サエさんは部活が忙しくて、教室ぐらいでしかなかなか会わない。遅くなるからって、私も先に帰る。付き合っているのに、友達とまったく変わらない。それが、彼は不満ではないのだろうかと思った。
実は今日が初めてのデート、のはずである。
「…ふぅ」
「(びくっ)」
溜息ひとつに大げさに反応してしまう私を見下ろすサエさんの視線は今までになく怖い気がする。そういえば、普段ニコニコして怒らない人は、本当に怒った時が一番怖いって聞いたことがある気がする。今のサエさん、めちゃ当てはまるし。うわー本当にヤバイじゃん。
「…怒った…?」
もう一度聞くと、一度視線が降りて来て、もう一度外され、深いふか~い溜息が。あわわ。本気でヤバイ…!
「怒ってないよ」
口ではそう言っても、サエさんは目を合わせてくれない。それだと、本当の気持ちがわからないよ。気持ち通りに動いた私の腕が、サエさんのシャツを引っ張る。そうして返ってくるのは、優しい笑顔だけど、どこか、不自然。人工雪見たいな不自然。
「ごめん、サエさん」
もう一度言うと、その笑顔が困ったようなものに変わる。視線が柔らかくなった気がする。ちょっとお兄さんっぽいかも。
「あの、さ」
サエさんは確かにお兄さんみたいだけど、お兄さんじゃない。今日は本当にそれを伝えるつもりできたんだ。予想に反して、サエさんの部活仲間も一緒だけど。
「あのさ、サエさん」
「…なに?」
「私ね、サエさんのこと、好きだよ?」
「………」
「サエさんのコト、ちゃんと好きだからね?」
ほかにも言うことがあった気がするけど、出てくるのはそれだけで、サエさんは私を見下ろしたまま。
固まっていた。
(……わ、私、何か間違えた!?)
ただでさえ、姫抱きされているのは恥ずかしいけれど、それ以上に大切にされているのも私は知ってた。私が好きなのはサエさんの優しさすべてだ。それを、伝えたかった。だけなんだけど。
「サエさん…? 佐伯…クン? 虎…」
「晴樹さーんっ? サエさんがどうしたのー?」
私の言葉は遠くからでもよく通る剣太郎の声にかき消された。サエさんが数度瞬きし、それから、にっこりと笑う。私の好きな優しい笑顔で。
「俺も晴樹が好きだよ」
サエさんの腕に力が入るのがわかった。わずかに自分の体が上がるのも。
でも、キスされるとまでは予想できなかったよ。
「さ、サエさんっっっ」
「熱でてるのに気がついてない、晴樹が放っておけないんだ」
「えぇ、熱!?」
「おかげで、晴樹から初めて告白されたけどね」
てか、この熱はサエさんのせいだってばさ!
くすぐるように何度もおとされるキスからにやける顔を背け、やっと私は気がついた。私たちを見物する人達がいる。しかもいっぱい。
「…サエさん、目の毒だから」
苦笑混じりだけど冷静なバネさんの声は、普段冷静なはずのサエさんに届いていないらしい。止まらないサエさんを両手で渾身の力で押し返しながら、私はバネさんを見やる。
「バネさん、助けー…」
がくんと一瞬の落下感の後、視界が再び青空とサエさんだけになった。ソラは半分から4分の1、5分の1、10分の1と減り。
「~~~~~っ!」
最高に幸せそうなサエさんを拒絶できることもなく、叫び声が文字通り声にもならずに、全部、サエさんの中に吸い込まれていった。
サエさんと私は同じヒト。だけど、ぜんぜん別のヒト。身体の造りも顔も考え方も全部違うけど、同じ。
好きって気持ちは少なくともおんなじだね。
「ハズレ」
「…え?」
「絶対俺のが晴樹のことを好きだよ」
私を地面に降ろしてから、そう言ってサエさんはもう一度私に触れるだけのキスをした。
「だから、場所を考えようよ。サエさんも麻生も」
どうしてサエさんなんだろうなぁ…自分でもよくわからんです。
ただまだサエさんラヴ!!!なんです。
初読み切りがこの人とは、自分でも思わなかった。(つか、別人?)
(2003/10/06)