父さん、母さん、そしてマリ。
僕が日本に来て、3年半がたつね。
そっちは、変わりない?
僕はこっちの大学でなんとかうまくやってるよ。
日本でできた初めての友達と――。
「千晴くん、なにしてんの?」
「わぁ!!」
後ろから声をかけられ、慌てて僕はノートパソコンを閉じてしまった。
あ、しまった…。
「ご、ごめんね。そ、そんなに驚くとは思わなかったの」
背後にいた彼女は申し訳なさそうに謝って、僕の向かい側に座った。
彼女の名前は、春霞。日本に来て初めて出来たフレンドだ。アメリカの女の子たちのように、背が高いわけではないけれど、とても優しくて素直でまっすぐな少女だ。少しだけ、妹のマリに似ている。
「いえ、あの、僕は…」
「なんだか、とっても楽しそうだったから、驚かせたくなったの」
楽しそう?僕が??
大学に入ってから、僕は彼女と頻繁にいるようになった。春霞はプリティーで、純粋なハートを持っている。今日のように、僕に悪戯を仕掛けてくることもある。
「うん。メール書いてた?」
「はい」
「ご両親に?」
「はい」
彼女は、僕の日本語の先生のようなものだ。メールでたくさん、日本語を教えてくれた。メールでたくさん、勇気をくれた。彼女がいなかったら、僕はとっくにアメリカの家族の元へ逃げ帰っていたかもしれない。
「…もう邪魔しないから。続けていいよ」
ニコニコと微笑みながら、テーブルに両肘を乗せて両手を組んだ上に顔を乗せて、僕を見ていた。
同じ大学内で会うようになってから、よくこういう光景に会うようになった。これは彼女の癖、なのかな。でも、とてもカワイイ。可愛すぎて、僕は動揺してしまう。
「春霞は今日の講義、終わったんですか?」
そんな僕の気持ちに、きっと彼女は気づいていないだろうけど。
「うん」
「じゃあ、帰りましょうか」
ノートパソコンをしまって、振り向いた時の彼女の顔がとても優しくて、僕はわざとゆっくり鞄をしめた。
彼女は日本で出来た初めてのトモダチ。なくしたくない。
だから、僕は僕の気持ちを封印している。
卒業式のあの時から。
「帰りに喫茶店に寄らない?」
隣を歩く春霞の誘いに、いつも通りにうなづく。そんな僕を見て、彼女も優しく柔らかく微笑む。
これが今の僕の日常だ。
壊したくは、ない。
「今なら限定パフェに間に合うかな?」
「どうでしょうか?」
春霞の歩調に合わせると、とても色んなものが見える。一人だと、緊張してしまって景色を楽しむ余裕もなかった。
「…間に合うかも、ぐらい言ってよーっ」
肩を小突かれて、僕も笑う。
「先日、ダイエットをしていると言っていませんでしたか?」
隣でぐっと、彼女が詰まったのが楽しくて笑う。
「し、してるわよ。でもね、それとこれは別なの!」
こういう言い訳はマリと大して変わらないな、と笑う。
春霞といると、笑うということが大切だということを思い出せる。人はひとりでは笑えないのだ、と。
「もー、そんなに笑わないでよ」
「あはは、ごめんなさい」
叩こうとする手を交わして逃げると、彼女も追ってくる。当たらないのがよほど悔しいらしい。でもすぐに思い出したように、春霞は立ち止まった。
「でも確かにねー…カロリーがねー…」
こうして迷うのもいつものことだ。それでも、結局食べに行ってしまうのだが。
そのとき、僕の鼻孔にフッと甘い香りが香ってきた。この辺りの道に、売っているハズがない匂い。
「あ、ねぇ! じゃぁさ、森林公園に行って、噴水見ながらアイスってどう?」
考え込んでいた春霞が言った言葉に驚いた。
「いいんですか、パフェは?」
自分から言い出すなんて、珍しい。いつも、絶対に引かないで、意地でも食べに行っているのに、だ。
「いいの! 今日はアイスよ。アイスの日なのよ。アイス記念日なの」
「そうなんですか?」
「そうなのっ」
かなり強引な気がするけど、いいのかな。本当に。
彼女は僕の鞄の紐をつかんで、どんどん歩いていった。
「春霞、鞄が落ちます」
「行くったら行くの」
こうなると、全然話を聞かない。やっぱりマリと変わらない。
前を行く彼女の甘い香り以外は、変わらない。
たぶん、初めて会った時から惹かれていた。名前も知らない女の子なのに、町に出るたび、探していた。いや、彼女を見つけるために出かけていたかもしれない。いつも、僕を助けてくれる。勇気をくれる。ヒーローみたいな女の子。
僕には彼女を捕まえられるのかな。
「千晴くん、タイヤキ売ってるよ、タイヤキ!!」
興奮した面持ちで、春霞が叫ぶ。
君は覚えているの?
僕にタイヤキを教えてくれたこと――。
★cyanyas_chiharu.jpg★ちゃんやす★「僕とタイヤキ」★
あぁなんだこれは。自分で書いててわかんないぞ、コラ。
ちゃんやすさんのフリー絵『僕とタイヤキ』を見てたら、出てきました。
でも、千晴くん、まだ買ってないよ。
主人公がまた違う人だよ!?
千晴君ファンの方、ごめんなさい~っ
完成:2002/08/31