アイボリーのクラシックな空気を基調としたカフェは、精神的にとても落ち着く。
目の前には白地のコーヒーカップの中から白い湯気を燻らし、登っては消えてゆく。手元には英字新聞があり、昨今の社会情勢を痛烈に書き殴っている。家族に頼んで送ってもらっているものだが、最近は碌な記事がない。
そんなわけで目も耳も自然に、パタパタと音をたてては何度も僕の隣を通る少女を追う。名を東雲春霞。同じ大学で、同じサークルで、僕の大切な女性。
ーー She have Wings.
そんな安易なフレーズが脳裏に閃き、声を立てない苦笑が零れる。
「いらっしゃいませ~っ」
店内を駆け回る小さなその背に目を凝らすと真っ白い翼が見えそうな気がして、ホットコーヒーの湯気の影で目を細めてみる。
白煙の向こう側で動き回る春霞は小動物のようで可愛らしい。
「ありがとうございました~っ、あ、いらっしゃいま…」
出て行った客と入れ替わりに駆け込んできた男を見て、すぐさまカウンターに向かい、水を取ってくる。
「水」
「す、すまん」
男は一気にそれを飲み干し、目を閉じたまま大きく息を吐き出す。心配そうにそれを見ながら、一緒に息を吐き出している。無意識につられているのだ。
「落ち着いた?」
「ああ、うん…ついでに奥で匿わせてもらえん?」
「また喧嘩したの?」
空のグラスを受け取り、笑いながら春霞がカウンターに戻る。と、同時に再びドアが開いて来客を告げる。
「まどか!」
その女性の出現に、慌てて彼は春霞の影に隠れる。
「うわ、もう来よった!!」
体格的に無理なのだけれど、後ろから両肩を掴まれた彼女は体を硬くして、笑顔も固まらせている。
「なっちん、落ち着いて…」
「こらー! 春霞の影なんかに隠れようとしても無駄なんだからね!!」
店内に響く大声に視線を集め、男の腕を引っ張るが、男も両腕を春霞の肩に回している。
「春霞ちゃん、俺、もうこんな強暴な女いややわ。春霞ちゃんみたいにやさし~子がエエなぁ」
「ちょ、姫条…!」
「ふ~ん。私の目の前で堂々と…っ」
「なっちん、誤解…!」
「こいつと別れたら、慰めてくれるか?」
ガタリと大きな音を立てて席をたったのに、その3人は気が付いていない。注目を集めているのはわかっているけど、我慢にも限度ってものがある。
後ろから近づいて、男の肩を引く。
「なんやぁ?」
「Release her.」
緩んだ腕から春霞を引っ張り出し、バランスの崩れた男の方はさっきから騒いでいる女性のほうへ突き飛ばした。
あっけに取られた瞳が腕の中から僕を見上げてくる。
「貴方のような人に春霞はもったいないですよ」
僕に向かってこようとした男は、女性にしっかりと捕まえられていて身動きを取れない。
彼女は軽いウィンクを僕らに向け、男を引き摺って店を出ていく。
「お騒がせしましたぁっ!」
「待て、話せば分かる…」
「もちろんじっくり話し合おうじゃないの!」
ドアが閉まるまでずっと見つめ、店内の空気が元に戻っても、僕はそこを睨みつけていた。
正直、自分でこんな行動に出るとは思っていなかったし、春霞の友達のようだっから、自分が出て行って良いものかどうか迷ってもいたのだ。
きっかけはなんだったのだろう。
ただどうしても春霞を他の男に渡したくなかった。本当はいつだって、僕だけにその笑顔を見せて欲しい。春霞を閉じ込めて、誰にも見せたくないという独占欲はあるのだ。
「なっちんと姫条なら大丈夫だよ。いつものことだから」
首を廻らせて見上げる春霞の細い肩に、顔を埋める。壊れない程度に、腕に力を込める。
「それとも、ヤキモチ?」
なんともない風に出てくる台詞に顔を上げる。あるのはヒマワリのような笑顔だ。頬をわずかに染めて、薄くルージュを引いた口元が、その特別な微笑を浮かべる。
「だったら、ちょっと嬉しい…な!?」
ヒマワリにくちづけると、甘い糖蜜とコーヒーの香りがした。