明るい日差しに目が眩みそうになりながら、僕は僅かに木陰となっているベンチに座った。
風は穏やかで、光も穏やか。緑の木々から零れてくる風は僅かに潮の香りを秘めていて心地好い。
休日ということもあって、公園内には老若男女問わず、人が多い。けれど、どこか温かい。
きっと家族連れが多いせいだろうと思う。
本国に帰れば、たしかに陽だまりみたいな家族が迎えてくれるだろうけど。
鞄を開けて、図書館で借りてきた本を取り出した。少し厚めのペーパーバックだけど、気分転換には丁度良いぐらいの長さだ。
「こんにちはっ」
数ページ進んだところで、誰かが挨拶をしてきた。綺麗な日本語だったので、学校の誰か知り合いかと思った。声には聞き覚えがあったから。声だけで意思の強さを感じさせる、しっかりと芯を通したさっぱりした声だったから。
でも、目の前には誰もいない。
「えっと、Hello?」
次いでかけられる英語の挨拶は左側から聞こえるので、首だけそっちへとむける。
「あ、貴方は…」
「やっぱり。似てるなぁって思ったんです。勉強中?」
それはよく見かける少女。年は僕より少し下だろうか。でも、日本人は幼く見えがちがというので、もしかすると同じ年か一つ上ぐらいかもしれない。
「あ、いいえ」
本に栞を挟んで閉じようとすると、手を止められた。
「邪魔しないから、読んでてください」
「え?」
声をかけてきたのになんなのだろう。でも、不思議とイヤな感じはしない。夏の終りの木漏れ日みたいな空気が彼女を取り囲んでいる。
「でも…」
「別になにかってわけじゃないですから。ただ」
ーー知った顔があったから、ちょっと声をかけてみただけ。
そう言ってスッキリとする笑顔で彼女は微笑んだ。紫水晶の欠片みたいな瞳はとても印象的で、日に透ける髪は空に浮かぶ珊瑚みたいだ。柔らかく優しく空気が変わるのが自分でもわかる。
こんなにも人を愛しく思えるなんて、思わなかった。
家族以外の誰かを想う日があるなんて。
「読んでていいですよ。私も」
彼女は鞄を探って、小さな文庫本を取り出した。
「私も天気がいいから外で読もうと思ったんです」
たしかに、ここは読書するには格好の場所だ。日差しは木の葉が僅かに遮ってくれるし、風も大して強くは吹いて来ない。
「空気みたいなものと思っていただければ!」
そうして、二人で穏やかに読書をした。
とても穏やかな一日だけれど、僕の心の中には少しだけ面白くないと思っている自分がいる。彼女は空気といったけれど、それよりも遥かに大きな存在へと変わっていることに気がついていないのだろう。その時の、僕も、君も。
「僕はーー」
気がつくと勝手に口が話していた。
「僕は自分の夢を追いかけて、日本にきました」
しばらくなんの反応もなかった。急に話し始めたから、おどろいただろう。僕もどうしてこんなことを言い出したのかわからない。
「でも、日本では暮らすだけでいろいろあって、本当に何をしにきたのか」
わからない。知識としてだけならば、多くのことを知っていたかもしれない。でも、いざそのなかに入ってみると、自分が異質な物であるかのように溶けこめない。外見だけならば誰もが僕を日本人と思うかもしれない。でも、僕自身は日本の文化の壁に戸惑っている。
どうしようもない矛盾が僕を絡めとって、身動きできなくさせる。
一体何をしにきたのか。それは決して、縛られるためではなかったはずなのに。夢を掴むためであったハズなのに。
「僕は、情けないですね」
ポツリと呟いて、僕は本に視線を戻した。
答えはまったく期待していなかった。僕はただ、聞いて欲しかっただけで。言ってしまえば、すっきりすると思ったから。
行を追いながら横目で彼女を盗み見ると、その視線は本ではなく、別の方向を見て何か考えているようだ。もしかすると、聞いていなかったのかもしれない。だったら別にそれでもいい。
答えは、別になくてもいいんだ。
穏やかに午後は過ぎて、辺りが薄暗くなり、人の影が伸び始めた頃。僕は本をしまって帰り支度を始めた。
「うまくいえないけど…」
小さく彼女が話し始める。とても小さな声で、風の揺らす木の葉の囁きに掻き消えそうな小さな声だけれど。
「夢を追いかけて、わざわざ来たんならさ。諦めないで、進んだらいいんじゃない?」
そう言って振りかえった彼女の顔は眩しい夕焼けに赤く染まり、戸惑いながらもしっかりと見つめ返す目を細めて、笑っていた。
「諦めないで、ですか」
「うん。だって、絶対夢を叶えられるって信じて来たんでしょ? だったら、この先ずっと信じ続ければ、夢はきっと叶うわよ」
言葉がひとつひとつゆっくりと僕の中の何かを鮮明に、洗っていく気がする。
真っ白い靄の中にいたのが、急に晴れて鮮明になるような。
「そうでしょうか?」
「うん!って、私はまだ夢なんてないからいえるんだろうけどね」
陽だまりが僕の中に飛び込んできた。
「え!あの!?」
日本ではこういう習慣がないことも知っているけど、それでも僕はこれ以上の感謝の示し方を知らないから。
手元に引き寄せて、腕に収めて頬を寄せて、囁く。
「Thanx.」
「うわ、あの、その…っ」
動揺する姿は思った通り可愛らしくて、解放した後もじっとその瞳を見つめてしまう。キラリと光が映すのはアメジストではなく、深い闇を灯すブルーサファイヤのようで、すごく不思議な気がした。君は夜空をもその身に閉じ込めてしまうのか。
「ごめんなさい。日本人はハグすることに慣れていないんですよね」
少しその色が僕に冷静さを取り戻させる。しかも女の子にそんなことをするのは、ステディとか家族ぐらいだと聞いた気が、す、る。
「ああごめんなさいっっっ」
慌てて鞄を持ってその場を後にした。何か言っていたような気もするけど、でも僕はなんてことをしてしまったんだろう!?
もう一度夜空を見上げる。星と月の光は今、彼女を思い出す材料にしかならないけれど、もう一度、会えるといいな。
その時には、君の名前を教えて欲しい。
その日いつものメル友に送った内容は、彼女にしたのと同じ質問。僕の弱音。
だけど、君はすぐに彼女と同じ答えを返してくれたね。
それだけで、僕がどんなに嬉しかったか。君はきっとしらないーー。
SARAHさんから無理やりいただいた(笑)自由リクエストです。
メル友=主人公と分っていない頃の千晴くんの話です。
つか、ドリームってかほぼ千晴君の語り!! あっはっはっどうしましょう?
どうでしょうか。SARAHさん?
返品可です。OKでしたら煮るなり焼くなり捨てるなり、お好きにどうぞ。
ところで、こちらの主人公ちゃんはいつもの(~)じゃありません。
SARAHさんとこの沙良ちゃんをイメージして見ましたv
大失敗ですけどね<墓穴。
完成:2003/02/04