Routes>> 読切>> Routes -x- D - 02. 秘めごと

書名:Routes
章名:読切

話名:Routes -x- D - 02. 秘めごと


作:ひまうさ
公開日(更新日):2004.4.17 (2004.4.20)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:3237 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚

モノカキさんに30のお題(02)

前話「Routes -x- risato - Steady」へ p.1 へ あとがきへ 次話「Routes -2- luna - 03. 鬼」へ

<< Routes<< 読切<< Routes -x- D - 02. 秘めごと

p.1

 乾いた音が世界に響いた。

 目の前には、殊勝に頭を下げる男と、それを蹴りつけている依頼人の女。

「ごめんですめば、あたしだってここまでするかっ」
 剣を落とした敵は、呆然とそれを見ている。可哀相に、両目を見開いて、今にも風化しそうな勢いで。俺は、一応理由知ってたけど(聞き込みの結果だ)、それでも目の前の出来事に呆れかえるのは避けられない。

 つまりは、こっちの依頼人と男は婚姻関係を結んでるってわけで、毎回その辺の傭兵を捕まえては盛大に夫婦喧嘩をしているというわけだ。

「…いつものことなんだけど、つきあってやっておくれね…」
 俺の依頼人のほうはそれなりに人気もあるらしく、聞き込みの最中に何度もそうゆうようなことを頼まれた。頼まれたからってわけじゃないが、報酬はちょっとイイ値だったから断る気も無かった。

「あんた、これで何度目だと思ってんの!?」
「えぇっと…」
「考え込まなきゃならんほどするなー!」
 原因はよくある浮気らしい。

 敵さんは全身を震わせて、まだ呆然としている。しかたないから、落とした剣を拾ってやる。

「おい、」
「こ、これは、どうゆうことだ…?」
 まだ現実を認めたくないらしい。

「みたまんまだろ」
 頭を抱えて、しゃがみこんでしまう。

「みたまま、だと?」
「あぁ」
「ここまでのことをさせておいて、ただの、痴話喧嘩、だと?」
「あぁ」
 辺りは数ヶ所の壁が破壊されており、石砂が風に舞っている。壁に残る傷跡は今日だけのものではなく、相当古いものも混じっている。実は奥にも石の扉があり、そこには大きくこの世界の主軸となる女神の紋章が描かれている。古い神殿の廃墟だが、文化財クラスの建物だというのはそれですぐにわかった。そんな場所を毎度痴話喧嘩の舞台にしている夫婦もある意味、とてもすごいと思う。

「ふざ、けるなっ」
 風を切って唸る剣を、後ろへ飛んで避ける。どうやら、怒ってしまったらしい。

「この夫婦に怒っても損だと思うな」
「うるさいっ!」
 完全に頭に血が上っているようで、相手と自分の力量も見えなくなっているようだ。こうなってしまっては、動物と変らない。変わるとすれば、それは話せること、か?

「ーー 大海の奥底に眠る赤き精霊よ 中空に潜む爆ぜる魂よ 静寂に潜む煙火の種を…
 その言葉が最後まで言い終わるのを待つ前に、腹に剣の柄を叩き込む。

「単なる夫婦喧嘩に、魔法なんか使っちゃいけないなぁ」
 白目をむいているので、きっと聞こえていないだろう。起きる前に、はた迷惑な夫婦を退避させるべく、俺はそれを顧みた。

 すぐに、もとの敵に向き直る。彼らはとりこみ中で、入り込める雰囲気じゃない。殴る蹴るの音が聞こえている気がするが、気のせいにしておく。女に逆らうとろくなことが無い。

「…しばっときゃいいか」
 幸い、縛るものなら、この廃墟にいくらでも生えている蔓がある。壁面近くに男を引きずり、蔓の先で後ろ手に両手首を縛り上げておく。

 し終わってから振り返る。ーー終わったようだ。

「姐さーん」
「なんだい?」
「終わったみたいッスね」
 彼女はものすごくすっきりとした顔をしているが、亭主のほうはもう見れたものでは…いや、うん、自業自得、だよな。うん。

 納得しておかなければ、俺が同じ目に遭いそうだ。

「あんたのおかげさ。ーー全部わかってたんだろ?」
「ばれてましたか」
「あんなにどうどうと聞き込みしてりゃね」
 堂々としていたつもりはないんだけれど、彼女はとにかくものすごい情報網を持っている。

 対する主人のほうは、何でも隠したがる性格らしいが、この女に隠し事なんて、無茶だよな。依頼主がこうゆう性格だから、敵さんも事情を知らなかったんだろうけど、少し同情してしまう。

「これに懲りて、二度と隠し事なんてしないことね。絶対バレるって、いい加減わかったでしょ?」
「うぅ…っ ちょっと魔が差しただけなのに…っ」
「そんときに素直に言って謝れば、済んだんじゃないですか?」
「そう思うだろ? でもね、こいつ、結局怒るんだよ」
「あったりまえでしょぉ!」
 ガッッととても良い音がした。これだけ殴られても気絶しないのは、きっと打たれ強くなっているからだろう。ある意味でそれはとても不幸な気がする。

 彼らはそんなやり取りを家に着くまで繰り返した。

 自宅についてから、報酬を受け取る。最初の額の倍以上で、二〇〇〇オールもある。ちなみに、相場は八〇〇オールでも高すぎるぐらいで、今回の場合は報酬が無くてもおかしくない。

「多すぎますよ」
「いいから受け取っておくれよ。あんた、イイ男だったしさ。その分も含めてっ。多くても困るもんじゃないだろ?」
「多すぎると反って邪魔なんです。それに、こんなにはこれから困るんじゃないですか。この辺りは決して物価は安くないですし」
「あははははっ、いやまぁいいからさ。どーせ、こいつの小遣い減らせばいいし。探し物してんだろ? 多いに越したことはないって」
 結局押し切られ、見送られたせいでドアの前に置いて行くわけにも行かず。多すぎる報酬を持って、俺はもう一度廃墟となった神殿へ向かう。

 縛っておいた敵はもういない。自力で蔓を切って逃げ出すぐらいの技量はあるだろうし、いい加減熱も醒めたのだろう。

 そのまま、崩れかけの回廊を歩く。一歩毎に来る震えを押さえ込み、あの扉へと近づく。

ーー女神の扉の前で、腰の剣を外し、跪く。

 物心ついたときから、探している人がいる。その人はもう世界のどこにもいないと言われているが、俺は諦めきれない。

 女神の眷属、と呼ばれる彼らを守る従者の印を腕に持つ。故に、俺は探す。既にいないとされる、彼らを。

「なにしてんだ、お前」
 振り返らずに、置いておいた剣を持って、鞘を後方へ横に凪ぐ。

ーーがらぁんっ

 重い音で、彼が剣を落としたことがわかる。

「ずいぶんと剣を離すことが多いなぁ。キミ、ほんとうに剣術使い?」
「魔剣使いだって言ってんだろっ …なんで、ただの剣術士が俺に勝てる…っ」
 そんなわかりきったことを。

「キミが弱いから」
「俺は弱くないっ!」
 弱い奴ほど、そういうんだけど。俺は今までに本物の魔剣使いに遭ったことなんてない。故に、剣の勝負で負けたことはただの一度しかない。その一度は、剣を使っていたけれど、相手は拳闘士で、それで俺の師だ。

「俺は、あんたの相手をしているほど、暇じゃないんだよ」
「あんた、何者だっ?」
 何者、と言われても答はひとつしか持ち合わせていない。

「みたまんま、剣術士さ」
「名前はっ」
「そんなの」
ーーキミの名前も知らないのに言うわけないよ。

 そう言うと、彼はとても悔しそうに歯噛みしている。親しくもない相手に、ましてや敵に名前を教える馬鹿が傭兵をやっていると思っているのだろうか。…思っているのかもしれない。近年は傭兵の質が落ちていると言われるし、実際剣術見習いまで傭兵になれてしまうような時代だ。俺の師なら、片端から殴り殺してしまいそうだ。

「…女神の紋章の前で、何をしていた?」
「答える理由がない」
「まさか、貴様…眷属、なのか?」
 抜き放った剣の軌跡さえ、彼には見えなかっただろう。はらはらと落ちる数本の髪が風に飛ばされるのを見て、男の顔色が悪くなる。

「永久に口を利けなくしてやろうか」
 女神の眷属を探しているのに、そのものと間違われるとは。

「悪かった。俺が、悪かったっ」
 そのまま踵を返し、回廊の途中から廃墟を出る。風が雨の匂いを運んでくる。ここの女神はきっとこうして何年も雨風にさらされてきたのだろう。さらさらと、静かに見守り続けるのだろう。世界の行く末を。

 女神の眷属はいるだけで世界中のどんな財宝よりも価値よりある宝だ。だから、常に隠すように世界のどこかへ産み落とされる。危険から逃れるために、生きるために。

 世界の主を守る使命は、見つけるまで誰にも報せない。守るために。彼らを生かすために。

あとがき

オリジナル設定、女神の眷属。従者バージョン。何故か騎士でなく従者。なんでか、従者がよかった。
で、大問題。誰一人として名前がアリマセンっ。考えてもいませんっ。いいんでしょうか、これで!?

ひめごと【秘め事】人に隠して知らせない事柄。ないしょごと。ひじ。(三省堂提供『大辞林 第二版』より)

[ひじ]ってなんだ。[ひじ]って。
人に隠して報せないと、前半の旦那さんのような目に遭います(笑)。
隠しておくことが良いとは言いませんけど、時には言わないでおくのも優しさだと思います。
でも、嘘はいけません。嘘は。<あ、耳が痛い…。
(2004/04/16)


一部加筆修正
(2004/04/20)