子供を一人、拾った。魔物に襲われたという旅人に頼まれ、訪れた家で生きていた子供だ。いうなれば、魔物に育てられていた子供であるのに、どこか特別な人間の空気を持っていた。…どう見ても、魔物には見えなかった。
どちらかというと、彼らが敬遠するものに近しいものを持っていたというのに、殺さずに生かしておいたというのが不思議でならない。
子供は最初から死んだ目をしていて、姿が母であるものが倒れていても、なんの感情も無い子供だった。悲しんでいるようにも喜んでいるようにも見えなかった。ただ、彼女が終わったと思っていたことだけが感じられた。俺はもともとそーゆーのは得意じゃないんだがな。
母親が魔物だと聞いても、それは変わらない。驚きもしないし、怖がりもしない。淡々と、人形と話しているようだった。
また、連れてこられたというのに、彼女は少しも騒がなかった。それなのに、働かせてくれという。ここには子供のできる仕事なんて少ない。だが、やらせてくれというので、給仕の手伝いを任せた。
働いているときだけ、動いているときだけ生き生きとしていた。ただ、時折振り返る。誰かを、待っているようだった。
本人にその自覚は無い。
「ヒナ、飴いるか?」
手下が戯れに買ってきた飴玉を差し出すと、始めが野うさぎのような目をしていた。それが次第に怪訝な色を濃くしてゆき。
「いらない」
堅く、拒絶した。それから、仕事しながらも視線が何度か手の上を行き来する。
「やっぱり欲しいんじゃないのか?」
「いりませんっ」
言いながらも視線が離れない。
「本当に、いらないのか?」
「今、忙しいんです。用事がそれだけなら、仕事に戻ります」
全然忙しくないのに、そんなことを言う。無理して強がっているのに気づいて、笑いがこみ上げてくる。それが、お気に召さなかったのか、キッと睨みつけてくる姿はやはり小動物。
「ヒナ」
「もう、知りませっ」
開いた口に放り込んでやると、一瞬泣きそうになって、慌ててキッチンへ駆け込んでゆく。…本当に、いらなかったようだ。
肩を落とす俺を、手下の一人がそっと手招きする。
(なんだ?)
キッチンをのぞいてみると、実に幸せそうな子供の姿。
「そんなに好きなら、素直にもらっときゃいいじゃねぇか」
「クラにはわかんないの! 飴はね、最高のご褒美だったんだからっ」
「はいはい。親父さんのお土産、だろ?」
「いっつもね、いろんな飴を持ってきてね、お留守番のご褒美にくれたのっ、それが、新しいお母さんが来てからは…」
「しゃべってねぇで仕事しろよ。ほら、舐めてんの見られたくないんなら、皿拭け、皿っ」
「美味しー…っ」
幸せをかみ締める姿に、ようやく安堵した。彼女は慣れていないだけなのだ。ただ無条件に与えられる幸せに。ご褒美に。
『娘を、助けてくれ』
俺が盗賊でもかまわないといった男は、狂っているのだと思った。
『生きていてくれるなら、それで、いい』
その言葉の意味が、やっとわかった。
「生きているご褒美、か」
今度、そう言ったら、あの笑顔は俺にも向けられるのだろうか。考えただけで、ワクワクしてくる。
「おい、飴はまだあったよな?」
「はい」
どんな風に返してくるのか。そのときがとても楽しみだ。
室内に怒声が飛ぶ。皿も飛ぶ。取り逃して割れると怒られるけど、飛んでくるものが怖くて目をつぶる。割れる音は、響かない。誰かが取るからだ。
「酒だ、酒!!酒もってこいっ!!!」
「つまみはまだか!?」
数日前にここへ連れてこられ、仕事を与えられた。もしかすると、誘拐とそれを呼ぶのかもしれないけれど、私にはもう心配してくれるような人はいない。母は私を産んでほどなく他界したし、義母には嫌われていた。父は、昔から旅をしていることが多かったけれど、義母を連れてきてからは一度もその姿を見たことは無い。また、旅に出たのだろうと思うけれど、父は一度たりとも私を顧みることは無かったから、きっと私を嫌いなんだろう。目下のところ心配してくれそうなのは小さな友人が一人きりで、その友人はめったに会いに来ないときてる。そんなにちっぽけな私一人がいなくなったところで、困る人なんて誰もいないのだ。ただの一人も。
ここに慣れるのは、意外に早かった。みんなが優しいのもあるし、きっと空気があっていたのだろう。ずっと、待っていた居場所に来ることが出来た気分で、とても安心する。
仕事といえば、食事係と呼ぶにはほど遠いが、給仕としての仕事を与えられた。当番のつくった食事を運ぶのが私の役割だ。歩くたびに上に皿を積み上げられたり、次々と用事を言いつけられたり、けっこう忙しい。でも、ここでは食べ逸れるということは無くて、毎日色々なものを食べれるし、色々なことを教えてくれる。でも、物事には限界と限度ってものがあって、まだ子供の私の容量はとても小さい。
「朝飯はまだかよっ」
だから、その言葉でいい加減、キレた。
「そんなにいっぺんにできるわけないでしょぉっ!?」
叫んだとたんに、みんなで笑い出す。つまり、わざと言って楽しんでいるのだ。たった十歳の女の子をからかって遊ぶなんて、馬鹿みたい。
運んできたばかりの大皿をテーブルに乱暴に乗せるが、みんな笑っているばかりで食べようとしない。せっかく運んできたのに。
「悪い悪かった。ほら、コレやるから、機嫌直せよ。ヒナ」
ここの中心となっている男が差し出した、キラキラ光る石をはねのける。澄んだ悲鳴をあげて、石は床に放り出される。でも、そんなものに興味なんてない。
私を連れ出してくれたのは、盗賊団らしい。らしいというのは、私はそれがどういうものなのかよくわからないからだ。だって、何が正しくて何が間違っているかなんて、私にはわからない。わかるのは、人を殺めるのがいけないことだということだけだ。彼らは盗賊というわりに快活で、養母よりもよっぽど良い人間だ。何より血の臭いがしないし、少なくともその優しさが偽りでないことが肌で感じられる。この勘はまだ外れた事が無いから、絶対だ。
「お頭、ヒナは花より団子ですよ」
「馬鹿にしないでよ!」
隣から差し出された手の上のキラキラの飴の包みをひっつかみ、即座に開いて口に放り込む。
「ほんはほほへはははへひゃんっはははーっ!」
(こんなものでだまされないんだからー!)
「しっかり食っといて何を言ってんだ」
上から頭を押さえる手を押し退ける。
「ひゃへ…っ」
がりっと、二つの感触がした。飴を噛んでしまったのともうひとつ。
「あ」
口に手をつっこむ。この感覚は覚えがあるから、たぶんアレがあるはず。
「どうした?」
取り出したそれをずいっと、お頭に差し出す。
「ん」
「歯が抜けたのか。子供の歯だな、こりゃ」
子供の歯、つまり、それは。
「投げてい?」
首を傾けて聞くと、顔を赤くして、頭をまたなでられた。お頭の手は、おっきくて、暖かい。そのお頭に抱えあげられ、肩車される。いつも見上げている仲間を見おろせて、ちょっとだけくすぐったい。彼は何も言わずに、そのまま外に出る。
いつもより空が近い。
「上と下、どっちだ?」
「下の歯」
「おっし、じゃあおもいっきり上に投げろ。新しい歯が丈夫に強くなるようにな」
「お頭、そんな迷信知ってたんだ」
方々が意外だと声が上がる。そんなの信じてなさそうなのに。私だって、別にちょっとしか信じてないけど。
「いいから投げろ」
言われるままに、屋根に向かって投げる。
「福はー家!鬼はー外っ!」
なっ!?
「お頭、それ絶対違うっ!!」
「ははっいーんだよ。縁起事なんだから」
そーゆーもの!?
私の疑問を余所に、お頭は私を肩車したまま小屋に戻った。やはりお頭は変な人だ。
盗賊団の名は、悪夢。主人公の名はヒナ。
ちょっと前に置いておいた『女神の眷属~月神篇~』の番外編?かもしれません。
[鬼]って、なんとなく赤黒いイメージ色が付きまとうので、あえて豆まき。
豆まきというとFAの豆が…動く危険物の錬金術師が…!
あわわ。こうやって書くと余計に暴走しそうだ。THE・豆まき!
妄想を暴走させてないで、次も頑張ろう。
(てゆーか、これは本当に[鬼]でいいのか? [飴]じゃないか??)
(2004/04/27)