最近、私は憑かれている。もちろん、幽霊なんて見える訳じゃない。私に憑いているのはれっきとした人間である。
「意識し過ぎ。奈緒まであいつのフェロモン犠牲者になる気?」
「そんなこと言わないで助けてよ、吹雪ー」
数学パズルを解いている友人は、こっちを見もしない。同じパズルでも、私は知恵の輪とかのが好きだな。といっても、彼女と私の好みなんて違って当然だ。全然別の人間なのだから。
「あいつのフェロモンに対抗できる数少ない女子なんだから、頑張って逃げな」
ようやく顔を上げた彼女が、そのまま固まる。どうしたのかと思うと、急に視界が暗くなって、納得。
「委員長」
小林健吾。こいつの前だと、吹雪はまったく様子が変わる。これではまったく相談相手になりゃしないので、席を立つ。
「どうぞ」
彼に進めて、そのまま歩きだしたところを何かにぶつかる。
「みーつーけーた」
「ひぃゃぁぁぁっ」
走りだそうとしたところで既に遅い。もう彼、小林千尋の腕の中だ。罠の香りがする。
「助けて、吹雪!」
目の前で彼女が席を立ち、私達を通り過ぎて、出て行ってしまって。しかも、小林健吾まで既にいない。
「ふたりっきりだよ、奈緒」
耳元で言われて、一気に力の抜けた私を、机に座らせて。彼は今度は正面から私をじっと見つめる。正視できない私が視線を逸らし、その方向にまた彼の顔がくる。
「この間から、どうしてこっち見ないの?」
やっぱり気付かれてる。
「そんなこと、ないよ?」
「今日だって、一度も見ないよね。どうして?」
どうしてって。そんなこと、答えるわけにはいかない。私は小林千尋は好みじゃないんだから。
「ねぇ?」
「そんなの、私の勝手でしょ?」
なにかいわなきゃと思ったのに、そんな言葉が飛び出して、慌てて自分の口を塞いだ。言ってしまった後に、いつも後悔するのに、どうして私はこういう風にしか出来ないんだろう。
彼はどう思っただろう。私を嫌いになっただろうか。それがとても怖くて、不安で、彼を見た。
正面からみた小林千尋は、とても怒っている笑顔に思える。このまま嫌われたら、どうしよう。
「千尋、く」
「そうだね、奈緒がなにをするのも、奈緒の勝手だ」
突き放した言葉。それが、答え。
いやだ。嫌われるのは、怖い。嫌いに、ならないで。
伸ばした腕を強く、掴まれる。引き寄せられ、なんだかわからないうちに彼に抱き上げられて。
「だから、俺も勝手にする」
「え、ど、どこに行くの?」
腕の中から見上げた小林千尋は、とても罠的な笑顔を見せる。
そして、何も答えずに歩きだした。
「え、ちょ、や、あのっ、千尋くんっ?」
怒っているんだか、いつもの罠なのか、全然わからない。
逃がさないようにしっかりと抱えられ、着いた先で言われた。
「好きだよ」
うれしいけど、うれしいんだけど、どこか複雑だ。これは、罠?
「信じる信じないも、奈緒の勝手だけどね」
ドアの閉まる音を背後に響かせながら、ささやく。
「逃がさないよ」
私、特大の罠に捕まったみたいです。
図書室で向かい合って数研の問題を解いている女に男が問いかける。
「おい、いいのか?」
彼女は、やはり顔をあげずに答える。
「いいのよ、奈緒は。心配しなくても、小林千尋は何もできないから」
普段であれば、すべての女子を小林千尋から遠ざけようとする彼女を知っているだけに、その様子が腑に落ちないといった様相の男を見上げ、女が微笑む。
「それに、あの子なら本当の小林千尋を知ってて好きなんだから。大丈夫よ」
そのまま問題に戻る女を直視できずに窓の外を見る男。
(だからこそ、心配すると思ったんだが)
思っても口には出さない。それが彼という男。だが、女の笑顔にやられてまともに考えられなくなっているともいう。
「そうなのか」
「そうなんだって」
かくゆう女も数少ない女友達に言われて気が付いたことであったりする。だから、少しだけ心配している。
(でも、あげはのそーゆー勘は鋭いからなぁ)
のんびりと過ごしている二人は、まだ奈緒が小林千尋によって、旧館の女子トイレにつれさられたことを知らない。
ごめん。こんなオチで(笑)。しかもありきたりで。何かニセモノっぽい…。
これを本当に開店祝いにしても良い物かどうかが自分でも判断つかないので、タイトル通り、どうするかは鷹斗さんの勝手です。
リクエスト有難うございました。
(2004/09/11)