女なんて、と彼はいう。
「いっつもずるいんだよ。差別するなとかいうくせに、いざという時は女だからって理由で逃げやがるんだ。ぜってーずるい」
私はいつに無く反抗的な少年を微笑ましく見ている。こういうタイプはなかなか来ないのだ。こういう反抗期の少年は立ち直りも早く、症状も軽いからここに来ることなんてない。
「私も女よ?」
うっとひるんでいる彼の反応が面白くて、大声を上げて笑いたくなる。でも、もう少しからかいたいので我慢する。
「センセは、そんなこといわねーだろ」
「いうわよ。私だって、ほら、こんなに女らしいんだから、らしく扱われたいし」
女らしいというと、彼ははぁ?と思いっきり聞き返してくる。新鮮な反応が、この家に新たな流れを作っていくようだ。
「女らしいってのは、違うだろ。もっと淑やかで、色っぽくて、大人っぽくて…」
まったく。文句言う割にわかってんじゃないの。
「どーせ、私は女らしくないですよー」
「そうはいってねーよ」
言ってることがチグハグだってことに気がついているんだろうか。この少年は。
逆立てた金の髪は、地肌を見れば染めてあるのが分かる。目は純正の黒だから、これはどう見ても純粋な日本人。染めてなかった頃の方が女うけが良かったんじゃないかと思う。今は、ちょっと癖が強すぎる感がある。
いや、ちょっとじゃないか。かなり。
「あー俺センセみたいな女なら大歓迎だし」
照れたようにいうなんて、可愛いじゃない。
「私はお子様なんてお断りよ」
「ガキじゃねーよっ」
「そういってるうちは子供だっつってんの。もー、ホントめずらしーわ。あんた、なんでここに来たの?」
「知るかよ。つーか、ここどこだよ」
「診療所。簡単にいえば、個人医院ね」
それくらいわかると、すねたように返された。よっぽど、子ども扱いされたのが気に入らないらしい。だから、そういうところが子供だって言ってるのに。
パラパラと本をめくってゆく。
今回のは、どうやら間違いでここに来たらしいということはわかった。それ以上は個人のプライバシーにより、ここでは公開しないでおく。
「病院のセンセなんて、みんな冷たいもんだと思ってたけど」
彼のカルテを読んでいる間静かだと思ったら、さっきまでとは正反対の静かな声で彼が呟いていた。
「あんたみたいのも、いるんだな」
「私は変人だからね」
自分でいうのもなんだが、私は変わっているのだと思うから、素直に言ってみた。笑い飛ばしてくれれば、それでよし。そうでなくても、別にいい。
「センセのは変っていわねーよ。センセ、この仕事は楽しい?」
「ええ」
あなたみたいのにたまに会えるとね。という言葉は言わないでおく。
「今度さ、俺とドライブいかねー?」
「…遠慮しておくわ。高橋啓介君」
「俺のこと、知ってんの?」
急に警戒を見せても、もう無駄なのに。こっちは精神科医よ。
「天才的なヒルクライマー、高橋啓介くん。間違ってくるのは、最後よ。二度とここに迷い込まないでね」
「はぁ? 言ってる意味が」
「お客様のおかえりよ。玄関まで案内して」
「ちょ、センセ」
「はーい。お客様、玄関はこちらで」
彼と彼女の声が聞こえなくなる。また、静寂が訪れる。
一人になると、私だって考える。今の状態はたしかに居心地がいいけど、静寂は時折怖くなる。本当にたっとひとりだったら、私はここに耐えられただろうか。おそらくは、無理だろう。協調性なんて持ち合わせていないと思うけど、独りはやっぱりいやだ。
「センセー」
「ちょ、だめだってば」
「いいだろ、あと少しだけ」
「だーめっ」
縁側の向こうから歩いてくる啓介にまとわりつく彼女。やっぱり二人とも子供だ。
「俺さ、あんたと会えてよかったよ。なんか、気持ち的に楽になった」
「そぉ?」
「だからさ、そのお礼にドライブ」
「遠慮するって」
「なんでだよ」
焦っていらついている声に、クスリと笑いがこぼれる。
「もうちょっと大きくなってから、出直してらっしゃい。啓介君」
また子ども扱いかよ。と、言ってるうちは先は遠いわね。来ることは出来ないだろうけど、
「そうね、今度」
「え?」
「バトル見に行ってあげるくらいならいいわよ」
がっくりとするかと思ったら、その目が元気よく輝いた。
「マジで? やりぃっ んじゃ、番号!電話教えてよっ」
「連絡しなくても行けるから心配しなくても」
「この家に電話なんてないよ」
すっかり無視されていた彼女が私と彼の間に入った。
「電話ねぇの? 今時ありかよ、そんなの。まぁいいや。じゃあ、ケー番」
「持ってないわねぇ」
「ねぇのかよっ」
連絡の手段は絶たれたけど、まぁ、大丈夫なんだけどねぇ。
見るからに肩を落として残念そうにしている彼の頭をポンと叩く。見上げる瞳は、ちょっと大型犬っぽい。
「心配しなくても、次のバトルには会えるから」
「だって、センセわかんねぇだろ」
「わかるのよ。だって、Dのホームページに書いてあるじゃない」
電話が繋がっていないのに、ホームページが見れるわけもないのだが。
そうか、と彼はひとまず納得したらしい。
「見てるのか」
「ええ」
見れないけど。
「だから、安心してお帰りなさい?」
にっこりと微笑むと、彼は顔をくしゃっと崩して笑った。可愛い、と思ってしまった。こんな手に引っかかるなんて、今時なかなかいないわよ。
「約束なっ」
「バイバイ、啓介」
パチンと、目の前が弾けて、彼の姿がなくなった。向こう側で、彼女が厳しい目をしている。
「はーさん、出来ない約束は」
「次のバトルの日は、診察なしね」
「そんなのあたし達が決められることじゃないよ」
「じゃあ、サボっちゃおうか」
「はーさんっ」
「たまにはいいじゃない」
「よくないっ」
そうして、またいつもの繰り返し。
‘モノカキさんに30のお題’を書く間に書いたもの。ドリームじゃない二次創作。
丁度、『イニシャルD』を読んではまってた頃に書いたもの。
いや、どちらかというとテーマが難しくて、ノイローゼ気味だったときに書いたもの?
勢いだけで書いた割に、結構気に入ってる話。
(2004/09/18)