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書名:テニプリ
章名:B-girl

話名:B-girl - 14)強がり


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.1.18
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:3482 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 3 枚
デフォルト名:麻生/晴樹
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p.1

 屋上の更に上、入口上が私の普段の特等席だ。階段も梯子もないが、両手をつけば乗れないことはない。もちろん両手が塞がった状態でお弁当は持てないので、結び目を口に咥えることになるのだが、人気のない場所で気を使う必要はない。

 給水塔にハンカチを敷き、寄りかかって膝を投げ出す。その上にお弁当を広げ、両手で箸を持ち、お弁当に礼をする。

(いただきます)
 そんな風に普段通りの昼食を済ませ、のんびりしていると、甲高い声が出てきた。一つではなく複数のそれに聞き覚えがないこともない。

「ほんっと、あの女ムカつく!」
「何であんな子がマネージャーなの!?」
 その単語で何となく興味を惹かれる。もしや、自分のことかもしれない。音を立てないように、そっと移動する。より影になる方へと。

「だいたい竜崎先生だって女子マネはとらないって言ったのに、どうしてあの子は特別なの?」
「特待でも何でもないのに、他の先生だって麻生さんだけ特別扱いしてさー」
「バスケのマネージャー断って、なんでよりによってテニス!?」
 あー…久々に聞いたなぁ。こーゆーの。

 口元が楽しさに緩んでくる。元々が攻撃的な性格なので、こんな風なのは慣れてもいる。けしかけることも多い。

 本人がいないとここまで言えるのに、今まで何の嫌がらせもなかったこと自体奇跡だ。やっと来たか、と腰をあげる。もちろん応戦するために。

 そっとそっと移動している最中、変化が起きる。もちろん移動中の私には無理だ。

「どうして、バスケをやめたんでしょうね?」
 誰かが静かな声で言うと、全員が口を閉じる。

「だって、以前の麻生さんなら絶対にこんなことなかったでしょ? 面倒見は良いし、愛想も良かったし。でも、今は周りを拒絶するみたいにやってて、まるでわざと嫌われ」
「はーい、そこまで」
 屋上の扉の隣、彼女の言葉を遮る。その場にいた女子がざわつく。

「貴方、いつから…」
 リーダー格らしき少女が呟く言葉を笑顔で制し、言葉を繋げる。

「私は誰にも好かれようとも嫌われようとも思っちゃいないわ。それと、マネージャーじゃなくて引き受けたのはサポーター。竜崎先生の手伝いの一環なのよ」
 ここまではいい?と確認する。無言のままの彼女たちに続ける。

「それから「特待でもなんでもないのに」特別扱いなのはまあ、これでも成績優秀ですから?」
 ワザと挑発して。

「バスケは」
 無理やりに笑顔を作って、無理やりに紡ぎ出そうとした言葉は喉につっかえて出てこない。

「…バスケは?」
 鸚鵡返しにされ、ぐっと両手に力を込めた。ここで言えば、吹っ切れると思った。

「バスケは、あ」
「麻生いるかー?」
 さっきまでの私と同じように言葉を遮って、すぐ脇の入口から桃城が顔を出した。私を見つけ、にやりと笑って呼び出しされてると連れ出した。彼女たちに別れを告げ、校舎に入る。

(なんて、タイミングの。悪い)
 バスケの神様は、私から視力を奪っておきながら、バスケをすることを奪っておきながら、ウソでもバスケを嫌いと口に出すこともさせてくれないらしい。

 急に暗いところに入ったため、すぐには動けない私の腕を桃城が引く。

「余計なこと言おうとしただろ」
 桃城に合わせて階段を降りることのできない身体が躓く。それを彼はなんなく抱き留めて、囁く。

「お前、見てて危なっかしいんだよ。ほっとけねーんだ」
「ちょっと」
「好きなものを否定すんなっ」
「っ」
「バスケ好きなんだろ?」
「っ…はなせ…!!」
 階段ということも忘れて、力一杯突き放すとすぐ後ろはもう壁だったらしく、支えの出来た桃城は更に強く腕を締めつけてくる。

「――言えよ」
「嫌っ」
「好きって言えっ!!」
「ヤっ」
 なんで、言わせようとする。封印してきた気持ちを、解放しようとする。桃城には関係ないのに。

「桃には関係な」
「関係ないことあるかよ! 俺は、俺はなぁっ」
「いやぁぁぁっ」
 急に解放され、今度は二の腕を強く捕まれて引き寄せられる。感触はよく知っているものだ。

「なにしてやがる」
 唸るような海堂の声に怯むことなく、桃城が吼える。

「なんだよ。てめーには関係ねぇだろ!?」
 無理やり立たせるように私を支えてくれる、そのいつもの動作に平静を取り戻す。そして、思い出す。この二人がものすごく仲が悪いことを。

「海堂、行こう」
「…いいのか」
「うん」
 後ろで騒いでいる桃城を無視して、私は階段を駆け下りた。転ぶ寸前とか気にしてもいられなかった。後に付いてきていたはずの海堂が下で抱き留めてくれ、軽い礼と無理やりの笑顔を作って彼と別れた。

「…本当に、大丈夫なんだな?」
「うん、ありがとう」



p.2

 教室に戻りづらくて、私は海堂と別れた後は結局午後の授業を保健室でサボった。あの子達の言ったとおり、先生方は私のことをかなり特別扱いしてくれる。目が痛いからと言えば、快くベッドを貸してくれる。目なんかよりも心が痛くて、枕に顔を押しつけ、声を殺して泣いた。

 バスケが私の全てだった。両親は確かに名プレーヤーかもしれない。私もそうあるべきだから精一杯努力もしてきた。バスケを苦と思うことはなかったし、それこそバスケが世界の全てで、大好きだった。

 だからこそ、検査の結果を知ったときはもう死んでしまいたかった。大好きなバスケをできないなら、コートに立つことが出来ないなら、この生にどんな意味があるというのだろう。

 結果を聞いたとき、両親は私をただ抱きしめてくれた。好きなことをしていいよと、言ってくれた。でも、その好きなことが出来ないのに、何をしろというのだろう。

 そして、目が覚めたら真っ暗だった。

 そういえば、昼休みから寝倒したんだっけっと思い出す。人の気配があるから、保険医が残っているのだろうと予想する。

「…あー…」
 しかし暗くなると、余計に視界が利かない。つまり、帰れない。

「…寝るか」
「待てコラ」
 唸るような声がカーテンの向こうから聞こえ、慌てて起きあがってそれを引いた。

「海堂!? なんで?」
 問いにはふしゅ~という吐息しか返ってこなくて、待っていてくれたらしい彼と共に学校を後にする。

「なんで私が保健室にいるってわかった?」
「部活終わって随分経ってるよね。あー部活までサボる気はなかったんだけどなぁ」
「海堂の家って」
 ひとりでずっとしゃべっている私の隣を、彼は無言で付いてくる。だんだんと私も話すこともなくなり、静かになった頃、海堂はぽつりと言った。

「無理すんな」
 小さな子供をあやすように何度も軽く頭を叩いて、優しくするから。つい反発心が沸き上がってきて。

「こら、私は子供かっ!」
「似たようなモンだ」
 怒りよりも、哀しかった。どんなに強がっても、強がっても、この人は何も言わずに側にいてくれる。その優しさに哀れみを感じることはなく、どっしりと根を張った大木のように、私を支え、暖めてくれる。その優しさを受けるような資格が自分にないような気がして、哀しくなる。

 て、うわ。何考えてんの。私!

「あの、昼は有難うっ」
 恥ずかしさを誤魔化すように、笑顔で礼を言う。呆気にとられているうちに畳みかける。

「変なところ見せちゃって、ゴメンね!? 明日はまた走るの?」
「…あぁ」
「私は明日、休む! で、うちすぐそこだから!」
 バイバイと続けようとしたら、腕を引かれ、肩を抱かれる。

「壁」
「うあ…っ」
 やばい。抱き寄せられると、余計に恥ずかしい!!

「ああありがとうっ、も、だいじょ」
 離れようとしたけど、しっかりと肩を抱かれたまま歩きだされてしまって。

「か、海堂!!」
「…家の前」
「いいよっ、悪いよ!」
「……見えてねぇ…」
 たった一言だったけど、気付いた。なんで、もう、バレてるかな。これでも細心の注意をしてたのに。

 気がついたら、もうジタバタしても仕方ないと腹をくくるしかない。結果、玄関まで送られてしまって。

「晴樹、おかえりなさいっ」
 泣き腫らしたような目で嬉しそうに母に迎えられるところまで見られてしまった。ちょっとバツが悪い。海堂は挨拶もそこそこに、来た道を走って戻っていった。

「送ってきてもらうんなら、ちゃんと連絡しなさい。お母さんもお父さんも心配したんですからね。お父さんなんて学校まで迎えに行っちゃったわよ」
 そういえば姿が見えない。

「お父さんが?」
「行き違ったみたいね。電話してあげなさい」
「はーい」
 皆が皆心配してくれるから、私は明るく笑うしかない。それしか返せない。

 だから、どうか。誰も、私の中の闇に気付かないでください。

あとがき

(06/01/16 19:39)