彼女の朝は早い。それはもう昔からの習慣らしく、日もまだ昇りきらぬ早朝四時から始まる。寝ぼけながらベッドを出て、ふらふらと部屋を出る。屋敷にはまだ出勤してくる使用人は居らず、泊まり込みの数人と執事ぐらいしかいない。歩いていった先、彼女は歯を磨き、顔を洗い、部屋に戻ってクローゼットを開き、
「あ」
ようやくそこで目を覚ます。昨夜も12時近くまで勉強をしていたというのに、その後寝ることはせず、机に向かう。彼女曰く、「起きてしまったモノは仕方がない」らしい。何がどう仕方ないのかは、新たに執事となった俺には不思議でならない。
大体、どうしてあの男の娘がどうしてこんなに勤勉で可愛らしくて健気なんだ。もっと馬鹿なお嬢様であってくれれば、騙し甲斐もあるというものを。
「おはようございます、アルト様」
「あら、もっとゆっくり寝てて良いのよ、レイリ」
嫌味かと思ったけれど、どうやらこの人は素でこういう人らしい。
「朝食になさいますか?」
俺の問いに考え込むこともなく、笑顔で応える。
「まだいいわ。お腹空いてない…」
言葉の途中で盛大に腹の虫が主張する。輝くばかりの笑顔のままの表情に、ほんの少しの焦りが宿る。
「こ、これは別に何でもないのよ!? 笑わないで! 笑わないで!!」
ああもう、この人といるこの時間が心地良い。
「何か軽くお作りしましょうか?」
家族というものがあった頃よりも、心地良いと感じてしまう。どうか、今だけは。
「えーっと…い、一緒に作りましょう?」
頬を赤らめて、優しく微笑みながら提案してくる。
どうか今だけは、全てを忘れさせてください。アルトという存在に浸っていたいのです。