簡単に抜くような剣は持ち合わせていないと私が言ったら、対峙している浪人どもに怒鳴り返された。当然だろうという目で斎藤が私を見ている。一面に広がる緑の清涼な空気と高く小さな木漏れ日の下で、私は顔を逸らしてため息を吐いた。
巡察中、ここに彼らを誘い込んだのは確かに私だけど、そもそも仕事に対してのやる気がないのだ、今日の私は。誘い込むまでは私も騙し合いみたいで楽しいのだが、対面してみれば腕もないつまらない相手ばかり。私は沖田じゃないが、どうせなら強い相手のほうが楽しい。
「贅沢は言ってられません、か」
スラリと抜いた私の剣に、浪人たちが興奮した面持ちになる。
「もったいない」
「なんだよ」
小さな斎藤の呟きを私が聞きとがめると、斎藤はもうすでに相手に構えを取っている。斎藤も私同様、かなり面倒そうだ。
「斎藤の出る幕はないよ」
私は右の口端だけつり上げて笑い、地を蹴る。相手が五人だろうが六人だろうが、雑魚は雑魚だ。走り抜けざまに、私は剣を閃かせ、竹を切る。
「うわぁ!」
私は一人をその真下に蹴り落とし、二人目に柄を叩きつけて昏倒させる。三人目には剣の腹を叩きつけ。
「はぁっ!」
私の直ぐ横で斎藤の気配が動き、敵を斬り伏せる。私は余裕の笑みで、残る二人を睨みつけた。
「まだやる?」
「ひぃぃぃ……っ」
逃げようとする者に向ける剣はない、と私が剣を鞘に収めたところで、その浪人は私に斬りかかってきた。私は身を翻しつつ、浪人の足を引っかける。彼はそのまま竹につっこんで、私の目の前で小気味いい音を響かせて倒れ、昏倒したようだ。
「あぁ、せっかく許してやったのにねぇ」
それを私が笑っていると、いきなり横から張り飛ばされた。倒れずに踏みとどまった私は大したものだと思うし、それをした相手の言い分はわかっているつもりだ。斎藤のまっすぐな瞳に射抜かれて、私はわずかに胸が痛い。
「何故だ」
斎藤の短い問いに、私は苦笑を返す。
「言ったでしょ。雑魚に抜く剣は持ち合わせてない」
私は本能的にヤバイと直感してしまう。斎藤は言葉少ないが見抜くことに長けている。事実、私のことを土方に進言したのは斎藤なのだ。どういう理由だろうと、これ以上信用されても困る。私が組長になるなんてもってのほかだ。
「ならば抜けろ。やる気のない者は必要ない」
「そういうわけにもいかないんだなぁ」
目だけで聞かないでよ、と私は視線で返す。私にだって、答えようがないんだから。まさか、新選組がこれからどうなっていくのかを私が知っているから助けたいなんて言えないし、言ったところで信用されるわけもない。今の私が言えるとしたら、これだけだ。
「大切な約束があるんだ。だから、私はここにいる」
依頼人である少女との、大切な約束。人でないかもしれないし、違えても問題はないのかもしれない。けれど、それでも一度した約束を破るような人間に、私はなりたくないから。
私の殴られた箇所を柔らかく風が撫でてゆき、頬を掠めていった。何故今、斎藤が驚いた顔をするのだろう。
「約束は極個人的なものだし、相手は人間でさえないのかもしれない。でも、」
ーー新選組をとても愛しているものとの約束だ。
やっぱり私の声は出なくて、でも斎藤には伝わったようで。斎藤は無言で手ぬぐいを出し、私の頬に添えた。
「すまん」
何故、斎藤が謝るのだろう。
「疑っている訳じゃない」
斎藤も近藤と同じ台詞を言う。どうして、皆、私に同じことを繰り返すのだろう。
楽しいことばかりであればいいのに、どうして私は依頼人の少女のことを思い出すのも胸が苦しくなるのだろう。芹沢のことも、そうだ。
「悪い。みっともないところを見せた」
私は手ぬぐいで顔を拭い、顔をあげて笑う。まったく、愚痴なんか零して、私は馬鹿みたいじゃないか。
「葉桜」
「さぁて、こいつらどうするんだっけ。斎藤さん?」
有無を言わせぬ笑顔で私が問いかけると、ほんの少しだけ斎藤は微笑んだようだった。
夕餉もそうそうに切り上げた私は、道場に向かう途中で誰かに呼びとめられ、直ぐ脇の部屋に引っ張り込まれた。新選組の他の隊士ならともかく、相手は山崎だ。私が逃げる必要もない。
「ちょっとそこにお座りなさいな」
山崎は普段通りの煌びやかな服装で、私はいつみても綺麗だなと思う。山崎はその辺の女の子よりも可愛らしい。でも、今日の山崎は秀麗な眉間に皺が寄ってて、少しだけ怖い。
「烝ちゃん、顔怖いよ?」
「黙って座りなさい」
私が思ったままにいったら、また眉間の皺が増えた。このまま土方化されても困るので、私は言われるままに山崎の前に正座する。と、直ぐに山崎の傷も被れもない綺麗な指が伸びてきて、つぅーっと私の頬を撫でた。
「今日はハジメちゃんとお仕事だったのよね。なにかされた?」
「は?」
山崎は涙の跡がある、と言う。私はちゃんと戻ってから洗ったのに、何故わかったのだろう。
「これはちょっと気が抜けちゃっただけで、別に斎藤に何かされたとかじゃないよ」
「本当?」
「ウソつく理由がないよ」
私がにこにこ笑って返すと、山崎は安堵の息を漏らして手を離した。
「だそーよ、鈴花ちゃん」
「うんだから、斎藤を解放してあげて。近藤さん、鈴花ちゃん」
山崎と私が襖の向こうに声をかけると、近藤の手によって静かに開かれた襖の向こうには、酷く憤慨している鈴花とその前で平然としている斎藤、そして苦笑している近藤が姿を現した。
「あれ~、なんで俺と斎藤君までわかったの?」
斎藤はともかく、近藤は気配を消しもせずによく言う。
「ほら、鈴花ちゃんも」
「……はい」
しぶしぶ鈴花が私の前にやってくる。
「鈴花ちゃん、貴方は何しにここに来ているの? 私を気にかけてるばあいじゃないはずでしょう」
私がペシペシと小さな額を叩いてやると、恨めしそうに見上げてくる。うーん、可愛いと私はにやけてしまいそうだ。
「でも、葉桜さん」
「でもじゃない。さっさと夕餉を食べてきなさい」
「………………」
「あとでお茶しましょう?」
「……はい」
失礼します、と鈴花がいなくなったところで、私は近藤達に向き直る。
「近藤さんが参加してる理由は?」
「葉桜君が心配だから?」
「却下」
「……即答しないでよ」
私は心配されている場合じゃないのに、どうして皆構うんだろう。私は女だけど、ただの隊士でしかない。気にかけるほどの価値を、私は私自身に見出せない。
「悪かったね、斎藤。鈴花ちゃんには私からちゃんと説明しておくから」
貴方も夕餉に行ったら、という私の言葉を遮り、近藤が笑顔のまま問う。
「約束って?」
しゃべったなと私が睨みつけると、斎藤はなにかまずいのかと視線で問い返してくる。まずいことじゃないけど、私個人として、あまり知られたくはない。
「それって芹沢さんとの約束?」
「なんでここで芹沢さんが出てくるんですか」
あんな男との約束なんてとんでもない、と私の眉間にまたも皺が寄る。守る気のない約束になんて何の意味もない。裏切り者の約束に価値なんて、無い。
芹沢の話になると、私は自然と口調も厳しくなる。私は私自身の感情を抑えるために笑顔を作ってはみるものの、どうしたって怖いと言われる。どうして私があんな男のことで悩まなきゃならないのか、といい加減嫌になる。
「あ、別の人なんだ」
「当たり前です」
剣先よりも鋭くとがる私の声に、山崎も斎藤も口を挟めずにいるようだ。それでも、めげない近藤はちょっと凄く見える。
山崎も芹沢に関しては、私に一切問うことをしない。私も話そうとしたことがあったわけではないが、山崎は決して私に聞こうとしない。 制約のある内容ではないけれど、今の芹沢だけ知る人に、昔の彼の話を私がしたところでどうなるというわけもないだろう。
「約束って、アレ?」
山崎の短い問いに、私はただ頷いて応える。そちらに関しては、山崎にも以前に話してあるから合点もいくのだろう。山崎は頬に手を当て、憂いた表情で息を吐いた。
「ちょっとちょっと。二人だけでじゃなく、ちゃんと俺にもわかるように話してくれないかなぁ?」
私も話せればいいんだけれど、これはどうにもならない事柄だ。あの紙は私以外に、見せることも話すことも叶わない。でも、このままでは近藤は私を解放してくれないだろう。
「近藤さん」
私は背筋を伸ばし、近藤に真摯な視線を向けて、直る。
「二人だけでお話ししませんか?」
ほんの少し表情を和らげ微笑んだ私に、近藤は柔らかく頷いた。
ゲーム本編からちょっとそれているような気がしないでもないですが(逸れてるって)、
桂を逃がした後なので、斎藤さんと真面目に(?)お仕事している所でも書いてみました。
(2006/04/05)
改訂
(2009/12/30)
~次回までの経過コメント
芹沢
「都落ちして長州へ下った七卿どもの官位が剥奪されたらしい」
「くくく…いい気味だな」
(06/04/04 13:06)