幕末恋風記>> 日常>> (元治元年卯月) 03章 - 03.3.2#見廻りの後で

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:(元治元年卯月) 03章 - 03.3.2#見廻りの後で


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.4.26 (2010.1.14)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:1758 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
28#見廻りの後で
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p.1

 見廻りから戻った私が真っ先にやることは、井戸に行って顔を洗うことだ。同じ水で浸して絞った冷たい手ぬぐいで、私は濡れた顔を拭き、汗を拭う。

「どうだったよ、葉桜。京の町の様子は」
 私がここに入隊して約一年。今では声だけで誰なのか、私にもだいたい分かるようになった。

「見慣れない浪人の増え方が異常。仕事増やすなっての」
 私はこれから何が起こるのか知っているだけに、悪態もつきたくなる。もうすぐあの日が、新選組の運命を変える、事件が起こる。

「まァそういうな」
「大体なんで私と沖田ばっかり絡まれんだよ。斎藤と出ても藤堂と出ても同じだし、楽ができるのは原田や永倉と出るときぐらいだ。ああ、あと源さん」
「あれで楽なのかよ」
 呆れきった永倉の声に、私は苦笑いを返す。沖田と組んで見回りに出ると大変なのはわかるのだろうけど、私が永倉と組んで出る時とどう違うのかなんて永倉は知らないだろう。

「ホラ、わかんだろ。沖田は喧嘩全部買うし、藤堂も買うし、斎藤は売るし」
「はははっ大変だなァ、葉桜」
「笑い事じゃないってーのっ」
 そうでなくてもここ最近は、非番で私が町をぶらついてるだけで絡まれる。変装とかって私が山崎に女装させてもらったら、もっと質の悪いのがひっかかるし。しかも、この場合はもれなく梅さんまで釣れてくれる。

 ぶつぶつと文句をいう私の頭を軽く叩いて宥めてくれるだけ、永倉は優しいと思う。原田辺りに言ったら、私は爆笑されて終わりだ。

「てか、なんでいつのまに私は一番隊副長助勤なわけ?」
「俺が知るわけねェだろ」
「仕事終わった直後だってのに、沖田がやり足りないから稽古しろって煩いんだよ。何とかしてよー」
 私が泣きつくと、永倉は本気で笑いやがった。

「オメー、また手ェ抜いて稽古してやがんな?」
「別に手を抜いてるつもりはないよ」
「ウソつけ」
 永倉には何度か私の仮想敵、対芹沢をさせているので、薄々感づかれているとは思っていたけど。そのせいで私の手の抜き具合というのは分かるものらしい。

「ここ最近のオメーはなんか気ィ抜けてるからよォ、総司も心配なんだろ」
 確かにあれ以来、私は気が抜けていると言えば、そうかもしれない。芹沢がいなくなって空いてしまった私の胸の内にある虚ろの穴はまだ空っぽで、ヒューヒュー風が通り抜けていく。私も隊務の最中だけはそんなことも忘れられるんだけど、それ以外の時は普段のやる気のなさが二乗されてるぐらいに腑抜けていると自分でも実感している。

 そこまで考えて、やっと私は思い至った。「も」てことは永倉にまで私は心配されているのか。

「悪いな、心配かけて」
「おぅよ。だから早くいつものオメーに戻ってくれ」
 永倉からは否定でなく、なんだかやりにくいんだよ、と零された。



p.2

 永倉と別れた私が道場に行けば、入る前からこちらに近付いてくる気配がある。そのまま私が入らずに待っていると、案の定沖田が満面の笑顔で道場の戸を開けてくれた。

「葉桜さんっ」
 こいつはよく懐いた犬みたいだなぁと微笑みながら、私は沖田の言葉を先に続ける。

「沖田、今は稽古の相手、頼める?」
 私の誘いが意外だったのか、一時沖田が目を丸くし、次いで目を細めて本当に嬉しそうに笑った。

「はいっ」
 これが見た目通りの少年ならいつだって相手してやるんだけど、沖田の稽古はこいつが飽きるまでと相場が決まってて、しかも恐ろしく長い。若さ故か、沖田の体力は無尽蔵といっても過言でないのだ。

 鈴花や他の平隊士はあれは稽古じゃないとかって逃げ出すし、近藤や土方は忙しくて滅多に道場まで来られない。永倉や原田や藤堂は他の隊士の面倒を見るとかで逃げやがるし、斎藤に至っては汗をかくのが嫌だとかぬかしやがる。

 事情も知らずに最初に沖田と稽古したのが私の運の尽き。あとは沖田が道場にいるときは自然、相手が私になるようになった。

 沖田と私は向かいあって、木刀を構え、礼をする。

「今日こそは手加減無しでお願いしますよ」
「どーしよっかなー?」
 私が本気の剣を振るうとき、それは沖田を救うとき。そう言ったら、沖田はどんな顔をするだろうかと考えかけたが、私は意識を目の前に切り替えた。稽古と言えど、沖田との稽古は私にも命のやり取りにとても近い。私がよそ見できるほど、沖田の相手は容易ではないのだから。



あとがき

うーん…永倉とどうしても「オトモダチ」で止まってしまう。
特に芹沢の事件後のことがあるから、踏み込めなくなってる。
その分沖田が近付いてる。いいのかなぁ?
(2006/04/26)


リンク変更
(2007/06/20)


改訂
(2010/01/14)


~次回までの経過コメント
土方
「京に潜入した長州者は二百をゆうに越えるらしい…」
「山崎を筆頭に、隊士たちは京市中の探索を開始してくれ」