池田屋の件での怪我も癒えたが外出を止められている私は、せめてもと屯所内をふらつくようになった。
稽古はある程度すると、やはりまた追い出されてしまうから、居場所がないのだ。とっくに治っていると本人が言うのに、周囲はまったく信用してくれない。それは哀しくはあるものの、こういう心配は、私を仲間と認めているからだとわかるから、嬉しい部類に入る。
そんな調子でふらふらと狭い屯所ないを散策していたのだが、誰かの疲れた声に吸い寄せられ、自然とそちらへ足が向かっていた。
「はぁ~あ、池田屋で討ち漏らした残党狩りがなかなかはかどらねー」
う、と耳が痛い一言に私が怯んでいると、さすがにそれを呟いていた原田に見つかってしまった。原田は気配を消しても勘でわかるというんだから、厄介なやつだ。
「あん? そんなところでなにしてんだよ、葉桜」
まだ安静中じゃなかったか、という言葉を言わせずに私は右手を上げて、縁側に座る原田を制する。言いたいことをわかってくれたのか、しかたねえなと言いながら、原田は私を手招きしてくれた。隣に座れと、隣を叩く。
「仕事出来なくて悪いね」
「いや、葉桜は充分やってくれただろ? 総司が怪我一つしてないのはおまえのお陰っていうし、俺からも礼を言うぜ」
「いいってば」
あの日以来、元試衛館の出身という連中には会う度に私は礼を言われてしまって、少し居心地が悪くなる。あれは知っている私がやるのが当然のことなのに、皆大げさなことだ。
それに私は藤堂が怪我をすることも知っていたのに、沖田を選んだ。むしろそれを責められるべきなのに、誰もそれを言わない優しさが時々ずきりと私の胸を痛める。
「しかしよ、戦場で倒れるなんてのは感心できねーな」
「あ、あはは……いやぁ、土方がきたと思ったら安心しちゃってね」
私だって、まさか土方が来たとたんに自分が倒れるとは思わなかった。いくら土方が来たからって、敵陣ど真ん中でなんて、ありえなさすぎる。
あの時のことに想いを馳せる度に私は考えてしまう。もっといくらでもやらなきゃいけないことがあったというのに、自分に出来たことと言えば、沖田を守るだけで精一杯だった。階下では藤堂が額を斬られ、守っていた永倉だって満身創痍だったという。
もっと力があればとも思うが、力があってもあれは簡単にはどうにもならないだろう。信念を持つ相手と交わす剣は、ひどく私を疲れさせる。
それでもたぶん今回一番痛感したのは、自分自身の体力のなさだった。もともと体力はある方だったし、上京前の旅でかなり増やせたつもりでいたんだけど、まったくの気のせいだった。普段の不摂生が祟ったのだろう。ともあれ、今後の課題は体力と持久力だ。今回ぐらいのことで倒れていては、話にならない。
「話によると随分色っぽい格好だったんだって?」
原田の台詞で、私は現実へと引き戻される。
「なにそれ?」
「何おまえ、あの時の自分の隊服がどうなってたかしらねーの?」
目を覚ましてから、あの羽織りを見ていないことに気がついてはいたが、私は大して気にも止めていなかった。休養中で隊務もないから着る必要もないし、それに隊務に戻るにしてもあの浅黄は目立ち過ぎる。それでも、また隊務の度に必要なものなのだから、完全に回復する前には新調しなければならないだろう。
聞き返した私に原田があまりに助平な笑顔を浮かべるので、思わず私は後退りした。
「治せないぐらいあちこちが切り裂かれててよ、胸の辺りなんてばっくりいってたって聞いたぜ」
見たかった、と本気で悔しがる原田の足を、私は無造作に蹴りつける。
「いてぇっ!」
憶えてるワケがない。私は池田屋で土方を見てから、屯所で目を覚ますまでの一切が記憶にないのだから。
「そっかー、じゃあ新しく作らないといけないのか?」
目立つ衣装はあんまり好まない私は、深く深く息を吐く。臑を押さえて涙ぐんでいた原田がそれにあっさりと返してきた。
「いや、いらねーんじゃねぇ? あのだんだら染めの隊服、着用禁止になったらしいぜ」
「え、マジで?」
「まあ、あんなモン着て歩いたら目立って仕方ねぇからなぁ。しょうがねーよな」
そうだよね、しょうがないよね、と原田に頷きながらも私の顔には隠せない嬉しさがにじみ出ていたらしい。
「そこまで露骨に喜ぶなよ。特に近藤さんの前じゃやめとけ」
「うん、わかったっ」
満面の笑顔で頷いた私にひとつ息を吐き、原田はまた残党狩りのために屯所を出て行った。
それを見送ってから、私も同じ道を辿り、屯所の出入口を目指す。
原田と話していたら気分も良くなったし、新しい羽織でも買いに行こう。報奨金で新品の刀を買うのもいい。今回ので流石にボロボロになってしまっている愛刀はしばらく研ぎにださなければならないし、ついでに怪我人の皆に美味しい酒でも買ってくるのもいいだろう。酒は百薬の長とも言うし、多少なら問題ないし、御神酒なら尚効果は高そうだ。
「どこから行こうかなー、迷うなぁ」
うきうきとした気分で屯所の門の手前までたどり着き、私は立ち止まらずにくぐり抜ける。いや、一歩出る前に背後から腕を取られて、一瞬だけ私は顔をしかめた。だが、すぐに平静を装って振り返る。
「どうしたんだ、永倉?」
誰かがいることに気がついてはいたが、まさか永倉だとは思わなくて、私は半ば本気で驚いた。近藤の班にいた私達は少しの間休みを貰っているし、あれから姿も見かけていなかったし、永倉の性格上てっきり島原か揚屋にでも泊まり込んでるのかと思っていた。
「オメー、少しは病人の自覚を持て」
「なんで?」
「町にはまだ長州の残党がいやがんだ。回復しねぇうちから屯所を出るやつがあるか」
私は腕を振って、永倉の手を強引に振り払う。私をただの女や普通の平隊士と同等に見てもらっては困る。
「完全とは行かないけど、ほとんど回復してる。問題ないだろ」
「あるに決まってんだろ」
一体どんな問題があるというのか、と本気で見上げる私に、永倉は大きく嘆息した。
「あのなぁ、オメーは仮にも女」
皆まで言わせず、私は永倉の臑を蹴り上げる。
「いてぇっ」
永倉が痛がっているうちに私はまんまと屯所を抜け出した。
女だから、というのは別に本当のことだからいいけど、「仮にも」はないだろう。私は別に女を捨ててるわけじゃない。気にしていないだけだ(それもどうか)。気遣ってくれるのは有り難いが、永倉はもうちょっと言い方を学ぶべきだと、歩きながら空を仰ぐ私はため息を吐き出した。
屯所を昼過ぎに出てから二、三刻で戻った私を待っていたのは、鈴花を筆頭に親しい仲間たちの心配の強い怒りだった。いくら途中で平隊士とあったからと言って、呉服屋で羽織り、武器商で新しい剣を買い、酒屋で酒樽ごと買ってくるのはやり過ぎだと笑いながら言うのは原田と藤堂で、まず一人で屯所の外へ出るなんてもってのほかだというのが永倉や山崎、近藤らで。
「まだまだ安静が必要なんですよ!?」
部屋から出ること自体がダメだと言うのが鈴花と、土方。土方に睨まれても怖くないが、鈴花のは少しだけ怖い。まあ、ここで怖いけど可愛いとか口にしたら火に油なのは目に見えている。
「せめて屯所を出るなら、俺らの誰かを連れて行けよなァ」
「だってみんな忙しいじゃないですか」
残党狩りと、養生が必要なのと、事後処理に追われている者ばかりで誰を誘え、と。そんな風に私が言い返したとたん、土方に怒られた。
「わかってんなら、部屋からでるんじゃねぇ」
しかもその上。
「罰として謹慎三日だ」
なんの罰ですか、と不満新たに私を囲む者らを睨み付ける。
「俺たちを心配させた罰だよ、葉桜君」
「ええ~っ」
不満そうな声をあげる私に、山崎までもが言う。
「当たり前でしょ~ぉ? あんたがいない間、屯所内じゃちょっとした大騒ぎだったんだからねっ」
「大騒ぎは、ちょっと、って言わない……」
「口答えするんじゃありませんっ」
みんな酷い、こんなに動ける病人がどこにいるっていうんだ。
私が泣く真似をして土方に抱きついてみたら、案の定怒られた。でも、いくら動揺しているからって力一杯引きはがすことはないと思う。「仮にも」病人て言ってるのに。
「山南さん、本貸してください」
小一時間怒られた後、部屋に戻る前に私は言ってみる。
「ああいいよ。でも、部屋に戻って読むんだよ?」
だけど、念を押されてしまって、山南も平静に見えて、本当に心配してくれていたらしい。本を持って部屋を出る前に一言だけ私が謝ったら、山南も動揺していた。
それから三日間謹慎して、回復の証拠に斎藤と原田、それに永倉と仕合させられ、ようやく私は隊務に戻ることが出来た。みんな、過保護すぎだなあと仕合の後で私が笑ったら、仲間だから当前だと即答されて、私には苦笑いしか返せなかった。
山南さんの看護はどうしたということですが、その前にヒロインに養生が必要です。
じっとしていないので回復に時間のかかるヒロインを無理やり養生させてみた。
この間、沖田はまだ養生中。
(06/04/24 17:49)
池田屋襲撃の反省。
新選組の隊服、史実では近藤・土方は着ていないって話。
どこまで本当だろう?
(06/04/26 17:44)
リンク変更
(2007/06/20)
リンク変更
(2007/06/27)
改訂
(2010/01/31)
~次回までの経過コメント
藤堂
「近藤さん、池田屋のコト手紙で故郷に報せたそうなんだけどさ」
「捕縛した人数やら何やら色んなトコでサバよんでるらしいよ」
「ホント、見栄っ張りだよね~」