がたんっと大きな音はするが引き出しが開かないコトから察するに、鍵でもかかっているんですか。
「変な部屋」
ぽつりと漏らした呟きにつっこんでくれるような生き物はとりあえずウチの周辺、つまりこの部屋の中にはいない。それと散々部屋を見て回った結果、この部屋には生粋の日本人が住んでいたようだということがわかった。
衣装はどれも洋装ばかりだが、引き出しにしまわれた紙の束には達筆な日本語が並んでいた。あまりに達筆すぎてウチにはところどころしか読めない。手書きのもの以外はどれも外国語ばかりでやっぱり読めない。英語は苦手なんです。
バッグから裁縫セットを取り出し、中から針を出す。よく映画や小説でこういうのを使って開けてるし、試すだけでも暇つぶしぐらいにはなりそうだ。
カチャカチャと最初はヒーロー気分で楽しんでいたんだけど、気分だけで開けられるはずもない。
「あーだめ。開かない!」
1、2分で飽きて、ベッドに横になる。ふかふかのベッドに寝るのは久しぶりだ。枕にぎゅ~っと顔を押し付け、感触を楽しむ。
「またお母さんの所に泊まり行こうかなー」
たまにウチは母親のところに遊びに行く。忙しいからあまりかまってはもらえないけど、母のベッドはこんな風にふかふかで顔を押し付けると母の香りがする。それがとっても落ち着くのだけど、この枕からは当然なんの香りもない。
「てか、お父さんとお母さんはちゃんと連絡とれたのかなぁ」
ウチひとりだけ追い出して。でも、母は今日来られないわけで、家には御馳走が待っていて。父はひとりでどうするつもりなんだろう。
「まさか、ひとりでお母さんの所に!?」
がばっと顔をあげた時、目の前にそれは飛び込んできた。ベッド上に飾られた高そうな写真立てに入ったウチの写真。学校で友達と笑い合っている写真だ。なんでこんなところにあるのだろう。父が渡したのだろうか。
理由はどうあれ、他人の家に自分の写真が飾られているのはあまり気持ちの良いもんじゃない。写真立てを手に取り、中身を取り出す。
「あ?」
写真立ての後側を開いて出てきた写真は一枚じゃなかった。一枚目はさっきのウチの写真で、二枚目にはウチの両親の写真。おそらく結婚したばかりの頃と見えて、今以上にベタベタした写真だ。あれでマシになったほうって、父の友人が来たときに言っていたけど、本当の話だったんだと実感してしまった。
そして、三枚目。
「誰、この人。てか、髪長っ」
場所はたぶんこの部屋。私の今座っているベッドの上で、柔らかい微笑みを浮かべている西洋人形みたいな女の子が映っている。肌は日焼けなんてしたことないんじゃないかってくらい真っ白で、瞳は深い海の色をしていた。でもそれ以上に金の細い髪が長く長く、部屋を埋め尽くしている。これだけ長いと移動も大変だろう。ていうか、移動なんてできるのだろうか。
だけど、何よりも問題なのは、ウチの写真がここにあって、それで隠すように両親の写真とこの髪の長い女の子の写真があるってことだ。
気味が悪い。父は本当にここの人と友達なのだろうか。
扉を叩く音で、慌てて枕の下に写真と額縁を隠す。
「大沢のお嬢様、夕食の前にひとつゲームでもしまセンか?」
張り付いた笑顔の仮面が今は何より怖くて、私は一呼吸おいて神妙にうなづいた。
二枚ずつ、対の札が場に落とされてゆく。二人ババ抜きなんて、久々ですよ。友達とでも滅多にやらない。
書いてある絵柄はごく一般に売られているもので、なんの細工もない。だけど、私はこういうゲームに強い。
「ふっふっふっ、またウチの勝ちーっ」
「本当に強いデスね~」
ここまでにしておけば、良かったのだ。ただ勝ちが続いている時ってのは大抵の人が浮かれてて、油断してるわけであって。
「今度は何か賭けませんか? 負けた方が勝った方の言うことを聞くとか」
「えー、じゃあウチが勝ったら家に帰るよ」
構いません、という言葉に頷いて、またババ抜きを始める。
ワンペア、もうワンペアとカードが消えてゆく中、もしもというのが過ぎり始める。
もしも、ウチが負けたら何をやらされるのか。
「…ねぇ、アンタが勝ったら、何?」
「そうですねぇ」
引くカードを選びながら、ドキドキと言葉を待つ。
「ドレスでも着ていただきましょうか」
そんなんでいいのか、と気の抜けた様子でカードを引くけど、ダメ。対になるカードはない。
こちらのカードを選ばれる中、そういえば、と思い返す。あのクローゼットの中のドレス、けっこう派手じゃなかったか。胸の大きく開いたのとか、ビラビラしたフリル付きとか。到底ウチが選ばないようなのばかりじゃなかっただろうか。
カードを引こうと伸ばした手の先で、それが入れ替わる。
「馬鹿、動かすな!」
もう一つ、思い出したことがある。
ゲームで負けることは少ないけど、賭け、と名前がついたとたんにウチは勝負運が無くなるんだ。前者は母似で、後者は父似ゆえに。先日も校内球技大会で「賭け」ているという言葉をきいたとたんにウチは負けてしまったのだ。それまでは大差をつけて余裕勝ち目前だったというのに。
彼の持っているカード、きっと真ん中か左がジョーカーだけど、どっちかがわからない。
結局勝負はウチの負け。その前は勝っていたんだからドローだという主張も聞き入れて貰えず、部屋を出て行ったヤツが戻ってくる前にどうにかして逃げられないかと思ったけどどうにもならず。
悶々として待つウチの元、不幸のノック音が室内に響いた。