「あのー…」
自分の声がカラオケ屋とか体育館以外で響いてるのを聞くのなんて、生まれて初めてです。なんですか、この無駄に広い家ってゆーか屋敷は。一般家庭の自宅何個分ですか。廊下の向こうが見えないんですけど。
声をかけた相手は玄関からここまで私の手を握ったまま、かなり軽い足取りで前を歩いていく。いやだもう、こっそりスキップしてるよ。何者だよ、この人。
振り払えばいいじゃんとか思うと思いますけど、この人案外強くウチの手を握っているんです。少し痛いぐらいに。逃がさないぞと言う怖いぐらいの決意が見え隠れしているような気がしてなりません。
「この家で一番偉い人って、誰ですか?」
何でも良いから、ここから帰りたい。とにかく話をしないとどうにもならない。でも、彼はウチの話が聞こえていないのか、はたまた無視しているだけなのか。後者だったら質が悪いけど、そう思えてならない。
考え込んでいる間にもどんどん廊下を進まれて、急に立ち止まったと思ったら、大きな観音開きの扉の前だった。
「今日はここで休んでください」
「だからあの」
「後ほど食事の時間になりましたらお呼びいたします」
「聞いてください」
仮面のような笑顔でごっそりこちらを無視した挙げ句、勝手にウチを部屋に押し込んでどこかへ行ってしまった。
「…何もさー…鍵、かけなくても」
お父さん、どういう基準でこの家に大事な娘を預けられるんですか。なにあの不審者。部屋に鍵をかけ、ウチを閉じこめてまで泊めたいって理由なんかあるのかよ。
とりあえず、バッグを置いて部屋を見回す。
そこは旧世紀の映画ぐらいでしかみないようなアンティーク調で整えられている部屋だった。なんというか、いわゆる「お姫様が泊まってそう」な感じだ。こういうのがどういう名前の作りだとかウチに詳しいことはわからないけれど、少なくとも壊せば絶対にウチ一人では弁償できないに違いないことだけはわかる。
ベッドには薄い膜がかけられているということはないが、少し押しただけでその弾力性は相当なモノだ。試しに寝転がってみたが、これだけ弾力があると眠っているだけで疲れてしまいそうだ。別に、貧乏性だからというわけではない。
校長室にあるような赤茶けた木材(名前知らない)で作られたクローゼットを開いてみると、中には見たこともないビラビラとしたフリルとレースでいっぱいのドレスばかりが並んでいた。部屋単位でなかっただけマシかもしれない。
「うわ~…絶対似合わない」
試しに鏡越しで合わせてみたが、自分のイメージじゃない。元の通りに戻して、クローゼットを閉じる。
「にゃぁ」
「?」
もう一度クローゼットを開いてみる。が、衣装ばかりで何かが入る隙間なんて。
「…なんであんたそんなところにいるのよ」
なんの手品ですか。ドレスの端に置物みたいに座り込んで、私を屋敷に導いたあの猫がいる。それはまたにゃぁと、抱き上げろとでも言うように鳴いた。まぁ、ここに連れてきた張本人(?)でもあるのだ。いろいろと聞きたいコトもある。
猫は抱き上げると、ゴロゴロと気持ちよさげに喉を鳴らした。
「ここであったが百年目。吐いてもらうわよ~」
ゴロゴロゴロ。気持ちよさそうに喉を鳴らしている猫に目を細める。
「あんたここん家の子?」
ゴロゴロゴロ。
「なんでいつもウチの前にいるの?」
ゴロゴロゴロ。
「てか、あの胡散臭い人は何? 父は本当にここに来たの?」
途中から独白のように空中に問いかける。
今日の予定じゃ、自宅でじっくりパーティの準備をして、母が帰ってきたら親子水いらずの予定だったんだけどな。母は若い頃に武道も一通り習っていたらしく、護衛も必要ないぐらいの人だ。だからというわけじゃないが、帰ってきた母に飛びつくといきなり放り投げられ、キャッチして抱きしめるという我が家独特の再会の挨拶がある。中学に上がるまでそれが変だとは思わなかったウチもウチだが、いったい母は何処流でそんな挨拶を身に付けたのだろう。
そういえば、父にそんなことをしているのは見たことはない。ただし、欧米風としてはやりすぎるぐらいの挨拶をしている。娘の前でキスするなんて、当たり前だ。とりあえずお年頃の娘の前で、それだけはやめてくれと今回は頼む予定もある。
「だいたいさー…ここは日本なのにお母さんのあの挨拶は何人よ。ねぇ、猫?」
「なぁ~ぅ」
「くっ、気持ちよさそうにしやがって!」
ゴロゴロゴロ。
冷静に考えなくても、猫が質問に答えてくれるはずもない。なにやってんだ、ウチは。
「テレビでも見るかなー」
部屋を出られないし、勉強をする気もない。第一予習も復習も終わっている。となると、あとはテレビでも見て時間を潰すしかないだろう。
ぐるり、と部屋を見回す。そして、やっとウチは違和感が無いということに気がついた。つまり、部屋の景観をそこなうようなものがないってことで、テレビなんて電化製品はもちろん無い。別にどうしても見たい訳じゃないけど、それでもやっぱりこういうとき慣れたモノがないと現実感が薄れし、何より無いとなるとどうしても見たくなる。
嫌だけど、さっきのやつをとっつかまえて聞くぐらいしか手はない。ドアを強く叩く。
「すいませ~ん!」
何度か叩いた後、さっきの胡散臭い男がドアを開いた。
「食事はまだデスヨ」
「いや、それはお構いなく」
「そうデスか」
そのまま閉じてしまいそうなドアに手をかける。
「あのっ、テレビないですか? 見たい番組があるんですけど」
彼はテレビ?と復唱する。まさか、知らないとか言わないだろうな。
「テレビは全てシューリに出してオリます」
「は?」
「年代物でしたので、ヤク一月はかかると言ってマシタ」
くっ、こうなったら!
「ええと、じゃあビニール傘あります? それと、えっとアルミホイルと、あと」
「ありまセン」
「ないの?」
「ハイ」
他に用事があったら、ドアの脇の呼び鈴で呼べと言い残し、また彼は出て行った。
私が今聞いたもので何が作れるのかというと、以前にテレビで見たパラボラアンテナが出来上がる。電波を拾えれば、どうにかテレビの音も拾えるんじゃないかと思ったんだが。
バッグをひっくりがえして出てくるのは、昨日買った飲みかけのペットボトルと、財布とメモ帳と自分のケータイ。
あぁ、結局さっきのがあっても足りないじゃん。今確認してもケータイは圏外になっているから、誰かに電話することもできない。部屋の中には、それらしきものは見当たらない。
いや、一応ある。けど、何時の時代の物だよ。歴史の教科書に出てくる初期の電話交換機にしか見えない。
「あーもう!」
見回すと、いつのまにか猫はいないし、ひとりでどうしろっていうのさ!
ききいっぱつ 【危機一髪】
髪の毛一本ほどの差で危険が迫っている状態。きわめてきわどい場合。
(大辞林 第二版@三省堂)
ここで問題です。この状態でヒロインに迫っている危機は?(問題じゃない。
てか、このお題が一番難しいですね。内容と連動させられなかったorz
(2006/04/03 13:03)