幕末恋風記>> 日常>> (元治二年弥生) 07章 - 07.1.1#見張り

書名:幕末恋風記
章名:日常

話名:(元治二年弥生) 07章 - 07.1.1#見張り


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.5.24 (2010.5.28)
状態:公開
ページ数:1 頁
文字数:2829 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 2 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
67#見張り

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p.1

 庭の梅がゆっくりと花開いているのを見て、私は再び目を閉じる。春はもうすぐそこだが、私は外でのんびりする許可はまだでていないのだ。目の前では隊士たちが入れ替わりにやってきては、土方に報告を済ませてゆく。近藤は文机で書状をしたためいているようで、今私にはその広い背中しか見えない。

 不器用に、絶えず髪を撫でられることで緩やかな眠りが襲ってくるけど、別に私は眠いワケじゃない。

「外、出たいなぁ」
 ぽつりと私が漏らした言葉に書類に目を通していた土方と、近藤の背中、髪を梳く手が止まった。

 ここは近藤の部屋ーーつまり局長室で、何故私が大人しくここにいるのかというと、先日屯所を抜け出した罰なのだという。今までなら私も山南のところに入り浸っていたのだが、以前の屯所に山南を置いてきてしまったため、好き勝手にふらふら出ていってしまう私を止める名目で、この部屋に留められているのだ。

 今度の屯所はかなり広い。殊、新たな局長室は四人でいても十分すぎる広さがあるので、快適と言えば快適だろう。だが、私は外に出て、日に当たっている方が好きだ。もちろん、鍛錬も嫌いじゃないし、平隊士たちに稽古をつけてやるのも、他の連中と稽古するのも楽しい。だけど、私にとって屯所の外はそれ以上に楽しい。

「ダメですよ、葉桜さん」
 頭上のカラカラとした笑い声に、私は嘆息する。さっきから私の髪を絶えず梳いているのは沖田だ。近藤、土方、沖田と揃っているのに、この三人からなんて逃げられるわけがない。以前までは、まだ私を見張るにしても近藤と土方の二人だけだったのが、先日熱が出ていたとは二人をいえ出し抜いてしまったせいで余計なのまで増えた。しかも、沖田は一緒にいると私にひっついて離れてくれない。ひとときも側を離れてくれない上に、沖田には私が抜け出せるような隙がまったくない。

「そうそう、約束破った罰なんだから」
 先程から書いていた物を土方に渡しつつ、身体ごと私たちに向き直った近藤が笑う。たしかに、あの白装束で外へ出ないという近藤との約束を破ったのは私だから、その点についての異論はない。

「じゃあ、せめてコレ」
「嫌です」
 私は近藤に沖田を引き離してと目で懇願するも、当の本人から笑顔で拒否されてしまった。この子供(沖田)をどうしてやろうかと、私は小さく舌打ちする。

「土方さんー」
 我関せずといった体で書類に目を通している土方は、呼んでも私を見ない。

「じゃあ、俺の方にくるかい?」
 近藤の申し出に対し、私はため息をつく。そういう問題じゃないと言っても、わかってはもらえないだろう。

「ねぇ土方さん、そっち行ってもいい?」
 私がもう一度土方に問いかけると、近藤が意外そうに目を開き、不満そうな沖田がぐっと私の髪を引っ張る。

「ぎゃっ、痛いからっ」
「どうして土方さんなんですか?」
「沖田がそーゆーことするからっ」
 一瞬沖田の指が緩んだ隙に、私は飛び起きて、そそくさと土方のそばに移動する。それは必然的に近藤にも近づくわけだけど、私は無視を決め込んでいる土方の隣に座り、寄りかかる。

「邪魔だ、葉桜」
 土方の手元には書き上がったばかりと見える書類があり、よくよく読んでみれば。

「届けましょうか、それ」
「ん?」
「容保様への書状ですよね」
 内容はただの引越挨拶だけど、私には良い口実だ。見張られているせいで報告にも上がれないから、容保様の具合はどうなのかとか気になってしかたない。外へ出して貰うためにも好都合だ。

「近藤さん付きでもいいから、ね?」
 どんな理由をつけてもいいから、私は容保様に逢いたい。今どうしてるのかとか、無理していないかとかとっても気になる。

 容保様は放っておけばどこまでも無理をする人だから、誰かが見ててあげなきゃいけないと思う。でも、あの人は会津藩主で、京都守護職に就いていて、とても職務に忠義で頑固で。具合もよくなっていないのに、こうして土方みたいに仕事している気がする。

「ダメだ」
「なんでよー」
「そんなにヒマならおまえもこれやるか?」
 これと言われた別な書類を見て、私は眉を顰める。出来ないことはないが、これは土方の、ひいては近藤の仕事だ。平隊士である私にやらせるものではないだろう。それに。

「やだ、そんなのつまんない」
「じゃあ大人しくしてろ」
「ケチー」
 土方に睨まれたので私が大人しく引き下がるかというと、そんなわけがない。次に私は沖田の方へ向き直る。沖田は私と視線が合うと、嬉しそうに微笑む。

「沖田」
「なんですか?」
 本当に嬉しそうに寄ってきた沖田に、私は満面の笑顔で応えた。

「外に出してくれたら、真剣勝負してあげる」
 一瞬心底嬉しそうな顔をした沖田が、次には困ったように微笑する。

「まて」
「それはダメ」
 沖田が答える前に私は首に腕をかけられ、近藤に抱き寄せられた。私が見上げると、近藤は穏やかな様相で焦りを隠している。

「まだこの間の怪我も完治していないのに、何考えてんのー?」
「外に出たいって考えてます」
 私は素直に言ったのに、近藤に旋毛をぐりぐりと押されて痛い。だいたい、山南との勝負の時の怪我はとっくに治ってるっていうのに、三人ともひどいと呟く。

「怪我ならもう治ってます。なんなら見せましょうか?」
 口にした途端、近藤は腕にかけた力を少し強めて、首を絞めてきた。これはいくら私でも苦しいから、腕を叩いて降参する。

「おまえはもう少し恥じらいってもんをだな」
「あんな綺麗な切り口、ほとんど痕も残りませんって。山南さん、しっかり手加減してくれちゃったしさー」
 眉間に指を当て、ため息を吐く土方に私は反論する。そう、山南ほどの手練れにやられると傷痕なんてほとんど残らない。私は内臓に達するほどの深傷ということもなかったし、今あるのはすっと朱い線一筋ばかりだ。

「で、見せたらそれ持っていってもいいですか」
 私がにっこりと微笑むと、三人で一斉に息を吐かれてしまった。失礼極まりない人たちだな、と私は口を曲げる。

「総司、ちゃんと見張っとけよ」
「当然ですよ」
「食事も四人分、ここに運ばせようかー」
 それぞれが背を向け、私はまた沖田の膝に戻されてしまった。

「ちょっと」
「大人しくしてくれないと、襲いますよ」
「……大人しくしてます」
 理由はわからないけど、大人しくしていないと本当に沖田に襲われそうな気がして、私は抵抗をやめた。外へ出してくれなさそうだし、仕事もさせてくれなさそうだし。今の私には大人しく、寝るしか選択肢がないらしい。

 私の髪を優しく梳く沖田の手が再開され、心地良さに目を閉じる。ひとつの山はもう越えたから、次までは少しだけ、ゆっくりと私は休ませて貰おうか。それで、一日も早く、解放して貰うしかない。

「ふふっ、眠ってもいいですよ」
「……悪ぃ、沖田」
「おやすみなさい、葉桜さん」
「……ぅん」
 ごく自然に、私は意識を眠りの淵へと沈める。平穏な日常に微睡む時間は、ただ静かに暖かに過ぎていった。

あとがき

~次回までの経過コメント
藤堂
「土方さんやハジメさんが新しい隊士を募りにわざわざ江戸まで下ったみたいだけど」
「あれってやっぱり、男は東国に限るっていう近藤さんのこだわりからなんだろうね」
「でも伊東先生まで連れてかれちゃ相談相手がいなくて困るよぉ」


改訂
(2010/05/28)