昼餉にむかった店で、私は珍しく仲間にあった。
「あ」
「あ? おぅ、葉桜じゃねェか」
普段から私の食事する店はあまり知られていない場所が多い。見つかりにくい名店が多いというか、とにかく普通は入らないような店でというのが定番だ。
今日は饂飩屋にしたんだが、ここで私が永倉に会うのは別に初めてでもない。私は是非を聞かずに永倉の隣へ同席し、程なくいつものうどんが出てくる。
京のうどんは江戸と違い、まず醤油とだしを基本にしたつゆではない。最初に見た時は私も驚いたものだが、味は京のうどんのほうが旨いと私は感じた。永倉がうどんを啜る隣で、私はいつものように手を合わせる。
「いただきます」
麺を箸で取って、私は少し息で冷ましてから食べ始める。別に私も永倉も互いに話があるってワケでもないので、互いに無言だ。だが、永倉の方は私が気になるのか、ちらちらと見ている。子供じゃないんだから、と小さく苦笑しつつ、私から話をふる。
「なあ永倉」
「あん?」
私を見ていたことをごまかすためなのか、うどんを口いっぱいに入れたままの永倉の返事に、私はたまらず笑いが零れる。
「ここのうどん、美味いよな」
美味しい物を美味しく食べるって、私は結構難しいと思っている。永倉が食べているのが美味しそうに見えるのは、私にはある意味うらやましく感じる。いくら外見が男の姿をしていても、私の胃には一人前が限界で、その上美味しそうに食べることが出来ている自信はない。
「ああ、江戸にいる時ゃソバだけだったが、うどんもなかなかいけるよなァ」
私は永倉の話を聞きながら、もう一箸取り、また冷まして口に入れる。それを永倉が不思議そうに見ているのを感じ、私は一度箸を置いた。
「なんだ、葉桜。オメー、猫舌か」
「まぁな」
もう一箸、とうどんを摘んだ所で、私の椀に横から箸が伸びてくる。
「こら」
永倉は私の器からうどんを二、三本とり、そのまま口に入れてしまった。私が留める間もない。
「一口食わせろ」
「食ってから言うな、言ってから食えよ」
ホント、こういう永倉はガキみたいだと、私は自然に笑えてくる。私自身もつまんでいたうどんを口に運んでから、永倉の器を確認するが、すでに空のようだ。食べ終わったなら先に出れば良いのに、示し合わせてきたわけでもない私が食べ終わるのを待ってくれる永倉のさりげない優しさに、心がわずかに温かくなる。
あまり待たせるわけにもいかないし、と私は食べるのを再開する。
「そう言やァ、外国のヤツらは牛の肉をよく食ってるそうだな。オメーはどう思うよ」
うどんをほとんど食べ終わり、私が箸で椀の底をさらっていると、永倉がそんなことを言い出した。どうといわれても、私の持つ答えはひとつしかない。
「美味けりゃいいんじゃねー?」
日本は島国だ。だから、基本的に魚が主流ではあるけれど、大陸の人間からすれば、魚なんて海がなければなかなか食べられないらしいと聞いたことがある。食べられるかどうかなんて同郷人でもあるのだから、異国との違いが合って当たり前だ。だから、私は結局自分で美味しいと思うものを食べることにしている。
「だいたいさ、今の日本がこのまんまなんてことはないし、多かれ少なかれいつかは外国の影響ってのを受けてくんだ。今までそれがなかったからこれからもないとは限らないし、今まであったことがそのまんまとも限らない。だったら、新しいことはまず試すべきだよ」
まずやってみてからでなければ何も始まりはしないし、相手を理解しようともしないで拒絶するなんて、馬鹿のすることだ。これは完全に父様の受け売りだけど、私の中に強く根づいている言葉だ。
私がそれを言うと、いきなり永倉から背中を叩かれた。
「おうッ、俺もそう思ってんのさ!」
驚いて、咳き込む私を無視して、上機嫌に永倉が話す。
「日本って国は今後ほっといたって大きく変わってくだろう。食い物に限らず、どうでもいいことなんかも変わってくに違いねェ。変わらなくてもいいトコまで変わってしまわねェように、一度は試して考えるってコトも大事だよな」
私が同じ考えだと知った永倉が嬉しいのは分かったけど、こっちはそれどころじゃない。
「おい、大丈夫か?」
「いきなり叩くな、バカ倉!」
新選組の中ではたぶん、永倉が一番柔軟な考えを持っている。でも決して揺らがず、自らの決めた道をまっすぐに進んでいる永倉の姿が、私にはとても羨ましい。
「すまねェなっ」
全然悪いと思っていない永倉の笑顔の謝罪を聞きながら、結局最後は私も笑っていた。
「葉桜」
壬生寺で食後の団子を食していると、永倉が急に真剣な顔で言ってきた。
「オメー、女が好きなのか?」
予想外の質問に、私は食べていた団子を吹き出した。うわ、汚ェとかいってるけど、さっきの質問をする永倉の方が問題だ。
確かに私は永倉とつい先程まで、どこの太夫が美人だのどこの太夫が色っぽいだのどこそこの揚屋に可愛い女中がいるだの話したり、どういうのが美人でどういうのが可愛いかを話してはいた。だが、それだけで私が同性愛者とまで飛躍することは無いだろう。しかも、永倉とのその話は壬生寺に着く前までの単なる世間話であって、着いてからは鈴花の話をしていたのだ。どこをどうとって同性愛者というコトになるのか、私にはまったく理解できない。
「美人は好きだよ。男でも女でも関係ないじゃん」
「そっちの趣味か?」
本当に何を言い出すのか、私は永倉の耳をつまんで、引っ張り上げる。
「いででででっ」
「永倉の頭ん中は色事しか入ってないワケか。それじゃ一度掃除してやったほうがいいな」
「だって、オメー島原や揚屋はそういう場所……いででで」
「綺麗なモノや可愛いモノは愛でるモノだよ。色事は関係ない」
「でも、その分高ェだろ」
「料金分尽くしてくれるよー? 美味しい物食べさせてくれるし、いろんな踊り見せてくれるし、いろんな話してくれるしね」
私からすれば、情報収集として、これ以上の場所もない。
大人しくなったので私が手から耳を離してやると、永倉は複雑そうな顔で頭を抱えている。
「変な女」
「普通の女なら、新選組に隊士としてなんて入らないって」
「そうだけどよォ」
色事に興味があるなら、私の歳ーー 現在二四ーーじゃ、とっくに所帯をもっていておかしくない。だけど、いろいろ事情があって、私は結婚するわけにはいかないし、正直する気もなかった。
だけど、新選組に来て、だんだんと変わっていく自分を私は無視できない。ここで出会う者たちは皆共にいたいと思ってしまうぐらい気の合うものばかりだから、決して揺らがないと思っていた私の道が度々崩れ、歩みは戸惑う。崩壊した道の上をゆらゆらと揺れる葉に乗って彷徨っているような感覚に、私は酔いそうになる。自分の足でちゃんと歩いていないなんて、そんなの生きてるなんていうのか私には断言できない。
なんでそんなこと永倉が気にするんだと私は問い返す。
「だって、もったいねェじゃねぇか」
言っている意味が理解できなくて私が首を傾げていると、永倉は不満そうに口をとがらせて続ける。
「葉桜ほどの女が剣を振ってるだけなんてもったいねェ。オメー、気になる奴とかいねェのかよ」
永倉はたぶん一応褒めてくれているんだろうけど、言っている内容は酷くないだろうか。私は選んでこの仕事をしているし、人に非難される謂れもない。
気になる奴と言われて、今の私は真っ先に山南が思い浮かぶ。あの優しい笑顔がとても好きで、無くしたくないって想ってる。
それから鈴花。一生懸命に剣で身を立てようとしていて、でもやっぱり私とは違う女の子らしいものをちゃんと持っている。その姿をとても愛しいと想う。
近藤はその揺らぎない信念に、懐の深さに私は近寄りたくなる。でも、局長として気を張って、常に新選組を大切にしすぎる姿が時々不安でならない。
土方は厳しい人だけれど、隠された優しさも含めて、私には信頼に足る人だ。近藤を支え、新選組を常に第一をし続ける姿はとても格好イイと想うし、それに解りづらい不器用な優しさは好ましい。
沖田は純粋すぎる。彼の世界には善も悪もなく、ただ剣のみに生きていて、それがいつか仇となるのではないかと、私には心配だ。
藤堂はあまり視野が広くないし、影響を受けやすいらしい。自慢話をすることも多いけど、虚勢も多くて、私には困った弟みたいだ。今は鈴花とよくつるんでいるようだが、鈴花の対応も弟に対するものに近いような気がする。藤堂は鈴花を好いている様子なのに、簡単には報われそうにない。
私が山崎を心配することはない。あいつは私よりもずっと強いから。
「気になるのなんて、多すぎてわかんないよ」
原田や永倉、斎藤は気になるけど、私が特別心配になることはない。依頼者からの一覧に名前がなかったというだけで気楽に付き合えるし、その上で気も合うから、共にいてとても居心地がいい。
「そのなかでも一番気になる奴だよ」
「何故言う必要がある? 永倉には関係ないことだろ」
他に私が気になるといえば、容保様だろうか。あの方は特に無理をしすぎる嫌いがある。職務に真面目すぎて、今だってあまりよく休んで居られないのだろう。報告の場所を室内に変えてはもらったが、私に気を使っているのか、いつも笑顔も絶やさずに聞いている。
本当は顔色だってまだまだ良くないし、職を辞して国許へ帰るのが一番良いのだろう。だけど、他に京都守護職をできる人材もない今、真面目な容保様は決して辞めるとは言わない。
「関係あんだよ」
「なんで?」
「なんでって、オメー」
「なんで?」
「わかんねェのか?」
だったらいい、と永倉はそっぽを向かいてしまった。永倉が何をいいたいのか、私も少しは気が付いている。だけど、今は気が付かないふりをしていたいから。
新選組内で色事なんてとんでもない。規律は乱れ、隊士たちの心も乱れ、新選組内の平穏が崩れるし、それは私も望む所じゃないんだ。ただ平和であってほしいと願うのは、私の我が侭というだけではない。
想いをすべて押し込めて、私は隣の永倉に寄りかかる。
「少し寝る」
「な、ここで寝るんじゃねェ」
「くー」
「寝たふりすんなっ」
私は今のまんまがいい。誰一人かけることなく、この時が続いてほしいとただ願う。それが無理な願いと知っていても。
今のまんまが、いい。
「ちっ、しゃあねェ。聞かないでおいてやらァ」
眠ったふりをする私の頭を永倉は軽く叩いて、答えない私を許してくれた。
ヒロインの現在のメインキャラに対する意識調査。
山南さんを一番気にしているのは、もうすぐイベント近いからですね(爆。
趣味に走りまくりですが、読んでいる方は大丈夫かな。
(2006/05/17)
リンク変更
(2007/08/01)
リンク変更
(2007/08/08)
改訂
(2010/04/19)
土方さんの項目だけ、少し改訂。
(2012/10/18)