幕末恋風記>> ルート改変:藤堂(+鈴花)>> 慶応二年師走 09章 - 09.4.1#揺らぎ

書名:幕末恋風記
章名:ルート改変:藤堂(+鈴花)

話名:慶応二年師走 09章 - 09.4.1#揺らぎ


作:ひまうさ
公開日(更新日):2006.6.28 (2012.10.24)
状態:公開
ページ数:2 頁
文字数:5007 文字
四百字詰原稿用紙換算枚数:約 4 枚
デフォルト名:榛野/葉桜
1)
揺らぎの葉(61)

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p.1

(藤堂視点)



 しんしんしん、と雪が降る。冷たいそれを扇子の上に乗せ、不安そうに葉桜さんは空を見上げていた。絵草紙でそうゆう光景をみたことがあるなぁと、鈴花さんの勧めで伊東先生の部屋へ向かう途中だったオレはぼんやり考えた。

 今日は体調が優れないとかで伏せっていると聞いていたのだけれど、夜着姿でこんな自室から離れた場所に立って何をしているのだろう。

 オレは声をかけるのも躊躇われる光景に心を奪われていて、これが現実で、そこに立っているのが葉桜さんその人だということに気がつくまで少しの時を要した。

「いつまでそうしているつもりだ、藤堂?」
 葉桜さんから声をかけられて、オレははっと我に返った。そうだ、葉桜さんは今伏せっているはずなのに、何故こんな場所にいるのだろう。いや、それはともかくこんなに雪の降る寒い日に夜着ひとつで屯所の廊下に出歩いていて良いわけがない。よく見れば、葉桜さんは素足だし、寒くないわけがないと思うのだが、彼女が震えている様子はない。

「葉桜さんこそ、何をしているんですか」
 オレが急いで近づいて自分の羽織を渡すと、葉桜さんは少し目を丸くして驚いた後でふわりと微笑んだ。その姿は葉桜さんが普段ありえないほど女を感じさせないだけに、まるで別の女の人みたいで、オレは自然と自分の顔が熱くなった気がした。

「少し外の空気を吸いに出てきただけだから、大事ないよ。心だけ受け取っておく」
「少しって、ここは随分と葉桜さんの部屋から離れてるよ?」
「ふっ、部屋の前じゃすぐに連れ戻されるからな」
 葉桜さんがにやりと笑う様子はいつも通りで、オレはなんだかそんなことにひどく安堵した。

「わかってるなら、おとなしくねてたらいーじゃん」
「わかってるから、余計に出歩きたくなるもんなんだよ」
 オレは歩きだす葉桜さんの後を歩いてついて行く。彼女は足音も気配もなく、それでも、ただ確固とした存在だけがそこにあることに安堵しているオレがいる。

 葉桜さんという人がいるということは、それだけで不思議と安心がある。強さとかそういうのだけじゃなく、居るということが重要な感じだ。そんなことあるわけないと思ったりもするけど、やっぱりこうしてみるとなんだか安心した。

「伊東さんはどんな様子だった?」
 ふと葉桜さんが立ち止まり、オレに問いかけてくる。

「これから行く所なんだ」
「そう、か」
 葉桜さんは何かを気にしているのか、それとも何も気にしていないのか。どこか読み切れない様子で、また歩きだす。少し先からは鍛錬の声が聞こえてくることから、このまま行くと道場に行き当たるのがわかる。

「このところ調子悪いんだって聞いたけど、そんなに動き回っても大丈夫なの?」
「ああ」
「…服部さんは倒れた葉桜さんを見つけたって」
「そんなこともあったかな」
 ははは、と葉桜さんの乾いた笑いが廊下に響く。でも、それはどこか無理をしているようで。どこからどうみても、元気がないんじゃないかって、オレは珍しく感じたんだ。

「もう、部屋に戻ったほうがいいんじゃない?」
 考え始めると、もともと葉桜さんは少し日焼けしているような感じなのだが、今は少し青ざめている気もしてくる。その上、オレが葉桜さんの手を引こうとして触れると、彼女の手は信じられないほど熱かった。

「ね、熱あるじゃん!」
「少しだけだよ」
 葉桜さんは少しというが、ちょっと触っただけのオレでもそれが嘘だとわかる。

「何言ってんだよ、こんなところでフラフラしてたらダメだろっ?」
「ふふふっ」
「笑ってる場合じゃないって」
 どうしようとオレが次の行動を考える間に、葉桜さんはぐるりと周囲を見回した。

「藤堂の部屋、この近くだっけ。少し休んでいいか?」
「いいよ。大丈夫? 歩ける?」
「ああ、大丈夫だ」
 オレは本気で心配しているのに、葉桜さんはクスクスと忍び笑いを漏らしながら、オレの後をついてくる。あーもうこの人はどうして自分のこととなると、こうも無頓着なのか。以前も高熱があるっていうのに外へ飛び出して、土佐藩士に喧嘩吹っかけたらしいし。無茶にも程があるという新八さんたちの言葉にも頷ける。

 オレはとにかく急いで部屋まで葉桜さんを引っ張っていって、障子を開けて中へ招き入れた。

「オレ、布団敷いてくるから」
「ちゃんと上げてるのか。えらいなぁ、藤堂は」
 巫山戯ているのか本気なのか、判断に困るような物言いの葉桜さんを置いて、オレは奥の部屋へといく。そして、布団を敷いたオレが急いで戻ると、案の定葉桜さんは部屋の入口で倒れていた。

「葉桜さんっ」
 オレが声をかけても返事はなくて、普通の女性よりも大きな葉桜さんは、少し小柄なオレでは抱え上げるのが難しくて。それでも、オレがなんとか布団へ連れて行こうとしていたら、廊下から仲間の話し声が聞こえてきた。

「新八さんっ、左之さんっ!」
 オレが声を張り上げると、障子を開いて入ってきてくれた二人が目を丸くする。

「おい、葉桜!」
「なんで平助の部屋に葉桜がいるんだ?」
 この二人が来たなら、きっともう大丈夫だ。

「話は後。先に奥に葉桜さんを寝かせてやってよ」
「ああ、そうだな。左之、俺とオメーの上掛けも持ってきてくれ」
「わかったっ」
「おい、しっかりしろ、葉桜っ」
 オレではなかなか持ち上がらなかった葉桜さんを新八さんは軽々と抱き上げる。そして、布団に寝かせたところで、左之さんが両手いっぱいに上掛けを持って現れて、オレらはそれを山ほど葉桜さんに被せていった。

 これだけ騒いでいたというのに、その間の葉桜さんは寝息一つ立てずにずっと眠っていた。それがまるで死んでるみたいに静かで、オレは怖くて怖くてしかたがなかった。



p.2

(葉桜視点)



 自分のものではない香の薫りで、私はうっすらと目を開けた。見上げる天井は自分の部屋でも土方の部屋でもないことを知らせてくる。近藤の部屋とも違うし、当然山南の部屋のはずもない。私は香の薫りだけを、記憶を頼りに探り当てた。

「…藤堂…か?」
 そういえば、私は寝るのに飽いて、ふらりと廊下を歩いていたのだった。そして、途中で酷く疲れてしまって、通りがかった藤堂の部屋で休ませてもらっていたのだった。部屋に来たあたりまでの記憶はあるが、どうやって布団にたどり着いたか思い出せない。

 私は布団から起き上がり、カラカラの喉を押さえる。藤堂といた時は少し熱もあって驚かれたが、今は収まっているようだ。まったく、今はしっかりしないといけないというのに、この身体は肝心なときに動いてくれなくて困る。

 布団を抜け出した私は、隣の部屋によく知る三つの気配があることに安堵して、襖をそっと開いた。最初に私に気が付いたのは、やはり永倉だ。こいつは勘が良くて、こういう時は助かる。困ることもあるけれど。

「葉桜、もう起き上がっても大丈夫なのかよ?」
「ああ。迷惑をかけたな、藤堂」
 私が軽く謝罪すると、別に気にしなくていいよ、と藤堂はかすかに頬を赤らめて答えてくれる。こういう藤堂はやっぱり可愛いなぁと、私を和ませてくれる。実家を切り盛りしてくれている、育ちきってしまった弟とは大違いだ。

「葉桜は部屋に戻るのか?」
「ああ、たぶん怒られるだろうけどな」
「当たり前だろーが。おとなしく怒られとけ」
「そうするさ」
 原田に肩を竦めてみせて、私は少し日の陰ってきた障子の向こうへ目を向けた。あれからどれほどの時が経ったかわからないが、部屋の中は薄暗くなってきている。きっと夕餉の刻限も過ぎているに違いない。

「送ってやろうか?」
「んー…そうだなぁー」
 原田の申し出は有難いが、少し眠ったおかげで私の体調もかなり回復しているようだ。部屋まで少し歩くぐらいなら、丁度良い運動になるだろうし。喉も乾いているから、ついでに井戸で水でも飲んでいくか。

 私が考え込んでいると、急に視界がぐるりと反転した。これは熱のせいではなく、永倉が急に私を抱き上げたりするからだ。肩に担ぐようにされたから、目が少し回ったのだ。

「まだ調子悪いんだろ。もうちっと部屋でおとなしくしとけ」
 そうして永倉に担がれたまま、私は強制的に部屋に送られることになってしまった。

「水飲みたい」
「後で持ってきてやる」
「今、飲みたい」
 私が尚も言うと、永倉はまた抱き方を変えて、私の顔を覗きこんでくる。永倉の片腕は私の膝裏に、もう片方が背中をしっかりと抱えている。

「そーかそーか、口移しで飲ませて欲しいのかよ」
 永倉が言っている内容は、普段巫山戯ているときと変わらないが、口調がとてつもなく怒っているので、私は大人しく口を噤んだ。何故永倉がこんなに怒っているのか知らないが、触らぬ神に祟りなしだ。

 さっきの藤堂の部屋にいたせいもあるのだろうが、永倉の薫りが少しだけ気になった。こいつの香りはやっぱり香とかじゃなく、どこか男臭い。汗臭いとも言うが、別に嫌なわけではない。

「なんで調子悪いときに出て歩くんだ、葉桜は?」
「部屋に閉じこもってるのがイヤなんだ」
「だったら、もうちっと厚着して出歩け。この時期にそんな格好じゃ治るものも治んねェぜ」
 永倉の顔がよく見える今の抱かれ方だと、彼のため息が体中に響いてきた。案外にこいつは苦労性だからなぁ、と私は思わず永倉の背中に腕を回し、ぽんぽんとその背を叩く。

「なんだァ?」
 驚いた永倉が足を止めて、私を覗きこんできた。

「ため息をつくと幸せが逃げるんだよ、永倉。だから、ため息をついてる人がいたら、こうして祓ってあげればいいんだってさ。悪いモノが憑かないように」
 私が昔父様に言われた言葉をそのまま口にすると、永倉にくすりと笑われた。

「葉桜は時々とんでもなく可愛いこというよなァ」
 別に私自身はそんなつもりは毛の先程もないのだけど。永倉に顔を背けてクスクス笑われているのが何か恥ずかしくて、私は彼の耳を軽く引っ張った。

「さっさと部屋に行く」
「っ、俺は褒めてんだぜ?」
 笑って言っているから、永倉のそれに説得力は全く無い。

 部屋に着いて、布団に私を寝かせてからもずっと永倉は忍び笑いを続け、可愛いと連呼していて。私は恥ずかしさから、彼に枕を投げつけた。が、簡単にそれは捕られてしまって。

「大人しく寝ねェと襲うぞ」
「ぎゃー! ごめんなさいっ、もうしませんっ」
「…ふっ…くくく…」
 怒り出したい気持ちを押し隠し、私は目を閉じて無理やりに永倉の存在を追い出したのだった。

 翌々日、すっかり具合の良くなった私は鈴花を説得するのに苦心することになった。

「本当にもう大丈夫なんですかっ?」
「大丈夫だって言ったじゃない~。医師だって太鼓判押してくれたんだしさぁ」
 本当は翌日の時点ですっかり良くなっていたのだが、土方や鈴花に医師の診断書を持ってくるようにと言われてしまったのだ。だから、昨日は結局診療所で一日を潰してしまった。

「いーえ、葉桜さんはどんな無茶するか分からないんですから、もう少し休んでいてくださいっ」
 土方は診断書で納得したが、鈴花は今のとおりだ。

「いーやーでーすー。これ以上休んだら、身体が鈍るでしょーが」
 鈴花から逃げ回っていた私は、すり抜けざまに首根っこを抑えられて捕まった。

「おい、廊下を走るんじゃねぇ」
 低い声で眉間に皺を寄せて怒る土方に、私は肩をすくめ、鈴花は頭を下げて謝る。

「申し訳ありませんっ!」
「ほらぁ、怒られたー」
「葉桜さんが逃げるからですっ」
「鈴花ちゃんが止めるからでしょー。ねぇもう行っていいですか、土方さん」
「土方さん、葉桜さんを止めてください。これから鍛錬するって聞かないんです」
 別に外に出かけると言っているわけじゃないんだからいいじゃない、と私が口をとがらせると、ダメですと鈴花から即座に否定される。なんでこんな小姑に育っちゃったかなぁ、鈴花ちゃん。

「葉桜さんっ」
「あーあーあー聞こえませんー」
 私が両耳を塞いで、鈴花の声を遮断していると、いきなり頭に拳骨が降ってきた。

「った!」
 頭を抑えて、涙ぐんだ目でそれをやった土方を見ると、あれ、こっちも怒ってる。

「そんなに元気があるなら、掃除してこい。二人でな」
「えーっ!」
「わかりました。いきますよ、葉桜さんっ」
 結局、私は鈴花に連行されるようにして、屯所内の掃除に死ぬほど付き合わされたのだった。

 なんで私がこんな目に合うんだー。

あとがき

時期的に世情不安定なので、ヒロインは病弱です。
次は本編の前に趣味話を少し入れます。


平助分だけを書いたのですが、物足りなくて後半分を付け足しました。
読み終わって、笑えるものがいいなぁ、と。
(2006/06/28)


藤堂のモノローグの人称を修正
(2006/07/06 15:23)


改訂。
最後の流してた部分も、ちょっと詳しくした。
(2012/10/24)